第三十八回

連挙人が答案を書いて合格すること

狄学生がいとも簡単に入学すること

 

綺麗な頬は蓮のやう

前世は定めし龍陽[1]

眉に被さる緑髪(くろかみ)は、紅の衣装に照り映えぬ

何郎のやうな白き顔

荀令のごと薫る裾

美人は投げぬ果物を

韓、柳[2]の文才なくとも構ふものかは

青き袍[3]着て宮居に入れば

花園に来し宋朝[4]

膠庠[5]にゐる弥子[6]のやう

 さて、程楽宇は四人の弟子、五人の下男を引き連れ、済南から家に戻りました。相于廷、薛如卞兄弟は、父母から二十数日離れていたところ、急に家に戻ることになりました。彼らは先生から文章がとてもいい、十位以内で合格するだろうといわれ、うきうきしておりましたので、すぐに家に帰りたくてたまりませんでした。しかし、狄希陳だけは眉をしかめ、笑ったり喋ったりすることはありませんでした。龍山[7]に着きますと、人々は休憩し、食事をとり、馬に餌を与えました。しかし、狄希陳だけは食事もとりませんでした。狄周は彼の体がおかしいのではないかと思い、彼の頭を触りましたが、熱くはありませんでしたので、安心しました。程楽宇は彼の文章がよくないといったから、腹を立てているのではないかと思い、言いました。

「おまえは十六歳だから、勉強をしなければならん。射た矢が一発で的にあたることはない。一生懸命努力をすれば、数か月たらずで科試になる。十七歳で学校に入れば、若くして秀才になったというものだ。何を心配しているのだ。食事もとらないつもりか。ちょっとしたら、悲しむのをやめ、今まで通り勉強をしなくなるのだろう。彼ら二人が学校に入ってしまえば、誰もおまえと一緒に試験を受けてはくれないだろう。童試の試験場でも、だれも面倒をみてくれないぞ。そうなったら大変だろう」

程楽宇の言葉は一句一句が真面目な話でしたが、狄希陳の心を言い当ててはいませんでした。人々は食事をとり終わりますと、出発しました。日が西に傾く頃に故郷に着き、それぞれ元の家に戻りました。

 連春元はまず程楽宇の家にいきました。薛教授も程楽宇に会いにきました。人々は互いに挨拶をし、揖をしました。連春元は程楽宇に向かっていいました。

「四人のお弟子さんの文章は、すべて合格でしょう。書き写したものはありますか」

程楽宇「書き写してあります。薛の長男坊、相のものは、十位以内でしょう。薛の弟のものは、面接試験を受けていないので、合格するかどうかは微妙なところでしょう。狄のものは、趣旨を間違えていますから、望みはありません」

連春元「どうして間違えたのですか。四人の同窓生が一緒に合格すればよかったのに。彼らに書いた文章をもってこさせてください。私が見てみますから」

 翌朝、程楽宇は四人の弟子を連れて連春元の家に行き、それぞれの文章を連春元に渡してみせました。連春元は自分に見る目があると言ってはいましたが、思わず薛如卞の文章を手にとって見てみました。そして、こう言いました。

「文章はよくできている」

次に、相于廷のものを見ますと、やはりこういいました。

「この文章は県試の答案よりも重厚で細緻に書けている」

狄希陳のものを見ますと、何も言わずに笑っていました。さらに薛如兼のものを見ますと、いいました。

「これもいい。きっと合格だろう」

見おわりますと、連趙完に渡して見せました。連趙完が見おわりますと、連春元は尋ねました。

「四人の文章をどう思う」

連趙完「程先生の評価に間違いはありません」

連春元「三つの答案の評価はその通りだが、狄君は第二位で合格するだろう」

連趙完は笑ったまま、何も言いませんでした。

連春元「笑っているが、信じないのか。お前と程先生はわしに何を賭ける」

連趙完は程楽宇にいいました。

「童生の文章は才気を問われますから、幼い学生の文章だといえば、合格するかも知れません。しかし、第二位で合格するかどうかはわかりません」

連春元「二人でわしと賭けをするつもりか。もしも第三位に合格したら、わしが負けということにしよう」

連趙完「お父さまは第二位で合格するとおっしゃいましたが、これはどういうことですか。私には分かりませんが」

連春元「種明かしをするわけにはいかん。おまえはとにかく賭けをすればいいのだ」

連趙完は程楽宇にむかっていいました。

「程先生と父で賭けをし、先生が負けたら、私が先生と一緒にお金を払いましょう。父が負けたら、一人で払うことにしましょう」

連春元「四人の学生とともに、狄希陳くんが第三位以下で合格したら、一両出しましょう。もしも第二位で合格したら、二人で一両分のおごりをしてください。私たち七人のほかに、薛さん、狄さん、相さんを招き、全部で十人で楽しく食事をすることにしましょう」

程楽宇「それは結構ですね。そうすることにしましょう」

連春元「さらにもう一つ、狄くんが案首になったら、やはり私の負けということにしましょう」

程楽宇「一位になったら、あなたの勝ちということでしょう」

連春元「そんなことはありません。それでは私にものをみる目があったということにはなりません。第一位で合格したら−第二位にしかならないと私は思っているのですから−二両出しましょう。狄希陳くんは家にいって急いで勉強をし、受験の準備をしていましたからね」

薛如卞は連夫人が出てきたのを見ますと、立ち上がって別れを告げました。連春元は引き止めて朝食をとらせてから、薛如卞を帰らせました。連春元は十の経書の問題、十の『四書』の問題を作り、彼ら四人に受験の準備をさせました。

 学道は兗州の試験をおえますと、省城に戻り、合格掲示板を出しました。繍江の試験の結果が省城の済南府に張り出されました。順位が発表されますと、人が知らせにきました。薛如卞は第一位、狄希陳は第二位、相于廷は第四位、薛如兼は第十九位でした。それぞれの家では祝報を届けた人にたくさんの金を渡し、それぞれ酒、ご飯でもてなしました。一つの書房の学生が四人全員合格したのは当然として、連春元の眼力に少しも間違いがありませんでした。程楽宇は喜んで

「あの人の優れた眼力には感心しました。一畝の土地を売ってでも五銭の銀を払うことにしよう」

人々は連春元に会うと尋ねました。

「かならず第二位になると思われたのはなぜですか。少しもまちがいがなかったのは、どういうことですか」

連春元「簡単なことです。童生の中にこのような見識、才気があるものがいれば、案首で合格させたくなるものですが、偏鋒なので、純正[8]の者を一位合格させるのです。ですから、第二位以外はありえないのです。それに、偽りを書いているわけでもないですからね。匡の人に周りを取り囲まれ、吉凶を予想することができないというのに、夫子が大言壮語するはずがありません。自ら疑うというのは、極めて筋の通ったことです。『孟子』の問題ですが、上に周の天子がいるのですから、斉王が王政を行い、明堂に坐すなどという意味であるはずがありません。このような答案はとても結構なものです。はやく私に奢ってください。食事をとったら府に試験を受けにいきましょう」

三日目に出発することに決めました。出発するのは先日の十人で、一人も欠けていませんでした。泊まったのもやはり例の宿屋でした。狄員外は家で食べ物を準備しました。

 狄希陳は馬から降りますと、あっという間に見えなくなりました。彼は三歩を二歩にして孫蘭姫の家に行きました。孫蘭姫は人に連れていかれたため、家にいませんでした。狄希陳は母親の錦の絹を盗み、彼女に送りました。やり手婆あは彼を食事に引き止めましたが、彼はとどまりませんでした。戻りますと、外で小便をしていたら、昔の同窓の劉毛にあったので、彼と話しをしたのだと嘘を言いました。

薛如卞「でたらめをおっしゃって。我々がきたとき、劉毛は家にいてまだ出発していなかったのですよ。劉毛の魂と話をしたのですか。我々に内緒で何やらしでかしたのでしょう」

相于廷「こっそり物を買って食べただけのことだろう」

人々はそういいながら、出来合いの食事を買って食べました。

 程楽宇「今回は前回とは違うぞ。これは大事な試験だから、よく勉強をするのだ。これ以上ぶらぶら出歩いてはだめだ。それに府の様子は見たことがあるだろう。学校に入ることができれば、遊ぶこともできるのだからな」

程楽宇も歳試がありましたので、真っ先に勉強を始めました。弟子たちは勉強をしないわけにいきませんでした。しかし、狄希陳だけは五更に用を足すと称して、孫蘭姫の家に行きました。先生は彼らを監視しましたが、狄希陳はごまかすことができましたし、狄周も彼のために隠し立てをしましたので、ばれることはありませんでした。連城璧は彼の舅の華尚書の家に泊まっており、宿屋が違いました。程楽宇に会い、食事をし、外に出ますと、ちょうど孫蘭姫が馬に乗って東に行くところでした。狄希陳は彼女が目隠しを掲げたのをみますと、孫蘭姫が彼を呼ぶのを恐れ、すぐに目で合図をしました。孫蘭姫は彼を一目見ますと、通り過ぎました。相于廷は奥にいきますと、言いました。

「さっき通り過ぎたのは、君が小便をしたことを怒った彼女じゃないか」

狄希陳「違うよ。さっき通り過ぎた女は老けた女だったじゃないか」

相于廷「あの女はこの前君に瓜を食わせてくれたが、彼女のことをまだ覚えていたとはね」

 話をしていますと、畢進が学道の入り口からやってきて、言いました。

「我々の県はまったく文書を提出していません[9]。試験にはまだ早いようです」

連春元は人に食べ物、臘肉、響皮肉[10]、羊羔酒、米、麺、炒めた棋子[11]、焦餅[12]をもってこさせました。さらに、六つの経書の問題、六つの『四書』の問題を作り、学生に準備をさせました。十九日後、繍江の童生の試験が行われることになりました。期日になりますと、五更に起きました。連趙完も宿屋にやってきて、保証人として試験場に行くことにしました。食事をとり終わりますと、最初の大砲がなりました。人々は一斉に進み、順繰りに点呼を受けて中に入りました。

 学道の試験では確認が行なわれてから着席しなければならず、席を乱すことは少しも許されませんでした。狄希陳は彼「玄」の字の八号に腰を掛けました。彼が中に入りますと、程英才は彼に言い付けました。

「物事は予想がつかないものだ。彼ら二人と一緒になることもあるかもしれない。模擬問題が当たることもあるかもしれない。これは運が巡ってきたということだ。彼らに会うことができず、問題も分からなければ、運が悪かったのだから、病気と称してでてきた方がいい。決してでたらめなことを書いてはいけない。おまえは第二位だったのだから、代筆がばれたらただでは済まされないぞ」

ですから彼は号房に腰を掛けますと、両隣をきょろきょろと見回しました。第一位だった薛如卞は遠いところに座っていましたし、第四位だった相于廷は「地」の字七号に腰を掛けていました。薛如卞は、学道がテーブルを持ってきて、綺麗な髪の毛をした子供とともに脇に座らせていました。狄希陳は周りに友人がいなくなってしまっていましたので、二十六の問題の中で考えるしかなくなってしまい、この時ばかりは孫蘭姫のことを忘れてしまいました。

 点呼が終わりますと、学道は自ら入り口が閉じられるのを確認しました。下役が本をもってきて問題を出しますと、脇にいる府の礼房が、長い柄のついた看板に問題を掛けました。『四書』の問題は「図らざりき楽を為すことここに至るや」[13]でした。狄希陳は問題を見ますと、孫蘭姫と会ったとき以上に喜びました。実はこの問題は、連春元が五つの圏点をつけ、文章を作って狄希陳にだけ読ませたものでした。「斯」の字を「齊」の字と考え、府の試験のときと同じような偏鋒の答案を完成しました。さらに、有り難いことに程楽宇からも教わったことがあり、読めば黙写し、黙写が終われば読んでいましたので、一字も違えずに答案に書き写しました。最初の問題は自分で書き上げましたが、経書の問題がどうなるかは分かりませんでした。まもなく、童生に問題が掲示されました。狄希陳は『詩経』の問題を見ますと、「宛ら水の中央に在るがごとし」[14]でした。彼は腹の中で思いました。

「有り難い。ぴったり当たった」

この問題にも、連春元が五つ圏点をつけていました。狄希陳はふたたび一字も違えずに答案に書き写しました。彼は先生の命令にしたがって、後ろに草稿も書き、心の中でうまくいったと思いました。答案の字はよく書けてはいませんでしたが、なかなか綺麗で、汚れもありませんでした。書き終わりますと、真っ先に答案を提出しました。

 宗師は答案を見ますと、尋ねました。

「おまえは府試では何位で合格したのだ」

「第二位で合格しました」

「どんな問題だった」

「『文は茲にあらざるか』でした」

宗師「破題はどのようなものだったのだ」

「『文は其の衰えるに(あた)り、聖人もまた自ら疑うなり』と書きました」

「第二の問題は」

「第二の問題は『王王政を行わんと欲さば、則ちこれを毀つことなかれ』でした」

宗師「破題は」

「『王政輔くべくんば、王迹まさに存すべきなり』でした」

宗師は尋ねました。

「おまえの先生はだれだ」

「程英才です」

宗師は尋ねました。

「おまえの先生はこのように講義したのか」

狄希陳は心の中で考えました。

「これはまずい。先生を告発しようとしているのだろう」

「先生が講義したのではなく、挙人の連才が講義したものです」

宗師はさらに尋ねました。

「おまえは今年で何歳になる」

彼はさらに考えました。

「すこし若めにいえば、あまりひどくぶたれることはないだろう。もしも十六歳だといえば、たくさんぶたれてしまう。十四歳というには、髪の毛が長くなりすぎてしまっている」

返事をしました。

「十五歳になります」

宗師「そんなに若いのに、文章にどうして大人の風格があるのだ。おまえが学校に入るのを許そう。さがるがよい」

答案に点を打ちました。退出用の牌が三十人分たまり、最初に試験場の門が開いたときは、まだ正午になっていませんでした。狄希陳はあたりを見渡し、迎えにきている下男がいないのを見ますと、黒い服も着替えず、大股で、矢のように孫蘭姫の家に走っていきました。

 孫蘭姫は家にいました。彼女は彼が今日必ず家にくるだろうと思っていたため、四碗のおかずを作り、餃子を包み、待っていたのでした。そして、すぐに彼に食事をとらせました。彼は食べ足りず、さらに孫蘭姫の部屋で麺を食べ、学道の入り口に戻りました。すると、狄周たち執事、程先生、連趙完さえもそこで待っていました。

 彼が歩いていきますと、先生は尋ねました。

「いつ出てきたのだ」

「出てきてからだいぶたちます。ここで彼らを待っていましたから、宿屋に戻らなかったのです。先ほど、面接試験を受け、宗師さまに入学することを許して頂きました」

さらに、宗師との応答について話をしますと、人々はとても喜びました。次に薛如兼、その次に相于廷、その次に薛如卞が出てきました。彼らは面接試験で宗師に合格させてもらったと言いました。そして、宗師は彼らが優れた少年たちであるのを見、彼らの先生がだれかと尋ねた、彼らは程先生にしたがって勉強をしていると返事をした、と言いました。

 師弟たちと連趙完は顔を綻ばせ、宿屋に戻りました。人々は酒、ご飯をとりました。時間が早かったので、先生は彼らに文章を書かせてみてみました。翌朝、家から馬が迎えにきてますと、程先生は四人の学生を帰らせました。薛如兼は彼の母親を恋しく思っていたので、すぐにはいと返事をし、とても喜びました。しかし、みんなは言いました。

「家には戻らず、ここで先生に付き添っていましょう。先生の試験が終わったら、一緒に帰りましょう」

程楽宇「それも尤もなことだ。わしはおまえたちの受験に付き添ってきた。先生がここにいるというのに、おまえたちがわしをおいて家に帰っていいはずがない。そのような理屈はない。だが、薛如卞はまだ若いから、薛三槐とともに先に行かせよう」

 人々は家への祝報を書き、さらに書いた文章を連春元に見せました。先生はまだ試験を受けていませんでしたので、忙しくしましたが、学生は勝手気ままな神仙のようになりました。若者達は父母の躾けをうけていませんでしたが、たくさんの銀子、銅銭を渡されていましたので、勝手に買い物をし、一日中街でぶらぶらしました。狄希陳はつねに彼らと一緒に外出し、あの手この手で姿をくらましては、孫蘭姫の家で彼女と一緒に暮らしました。やり手婆あは、埋めることができない穴、娼婦はぺてん師なのですが、どういう訳か、やり手婆ばあと孫蘭姫は彼から何をだましとるというわけでもありませんでした。彼が時たま銀子を与えますと、二人は何度も質問をし、彼が両親をだまして盗んできたものではないかと心配しました。十余日間、程先生の報せはありませんでしたが、繍江の童生は答案と順位が発表され、三十八名が合格しました。第一位は相于廷、第三位が薛如卞、第七位が狄希陳、第十六位が薛如兼で、四人が合格掲示板に並びました。宿屋に報せが届きますと、程楽宇は喜んで耳、頬を掻き、連趙完も宿屋にきてお祝いを言いました。祝報を届けるものは家に行きました。人々は省城に人を遣わし、銀花を買ったり、赤い絹織物を買ったり、青い衫を作ったり、儒巾、長靴を買ったりして、それぞれ忙しくしました。

 さらに二日後、繍江県の生員の試験が行われることになりました。狄希陳の四人の同窓生は、それぞれ金を出し合い、料理人の尤聡に二卓の酒席を設けさせ、程先生、連趙完たちをもてなそうと[15]しました。狄希陳は、その日は午前中に孫蘭姫の家から戻り、先生をもてなさなければならないと言いました。そこで、三人の弟子は学道の入り口で待機し、先生と連趙完が出てくるのを待っていました。

 そこへ汪為露が出てきましたので、狄希陳は彼のところへいき、揖をしました。

汪為露「おまえが学校に入れたのは、わしが五年勉強を教えたお陰だ。程先生の倍の謝礼をしてくれ。そうしなければ、おまえは秀才にはなれないぞ。おまえは宗昭とはちがう。奴が試験に合格したとき、わしはあいつが河南に逃げるのをどうすることもできなかった。しかし、おまえは河南に座師[16]がいないだろう。親父と相談をして、程英才につくのはやめるのだ。おまえの勉強が遅れてしまうだろうからな」

ぷんぷんしながら、去っていきました。さらに暫くしますと、程楽宇と連趙完が一緒に出てきました。三人の秀才は彼らを宿屋に迎えました。連趙完は彼の舅に別れを告げようとしました。華家からは人が迎えに来ました。そこで、程先生の勧めで、衣装を換え、程先生とともに酒席に赴きました。狄希陳は汪先生に出会ったといい、話したことを述べました。

程楽宇「わしでさえお礼を受けるのは気が引けるのに、あの男がお礼を求めるとはな」

連趙完「あのような恥知らずとは、何も話す必要はありません。あいつが口を開く前に、お礼をすれば、あいつも何も言うことがなくなるでしょう。そうしなければ、あいつは先生にひどい迷惑を掛けるでしょう」

話しをしていますと、スープとご飯が出されました。連趙完は別れを告げ、彼の舅の家に帰っていきました。学道は掲示を出しました。そして、試験を終えた生員たちを面接を行うために待機させ、勝手に帰ることを許しませんでした。面接にこなかった者は、除名して庶民にしました。

 程先生は試験が終わったので、宿屋にじっとしていませんでした。友人を訪ねていったり、友人が彼を訪ねてきたりして、あちこちをぶらぶらしました。ある日、友人とともに孫蘭姫の家に行きました。その日、孫蘭姫は人に呼ばれたため、外出しようとしていましたが、狄希陳がやってきますと、彼が恋しくてたまらず、行くことができませんでした。そこへ、ちょうど友人たちがやってきました。狄希陳は友人たちの中に先生がいるのを見ますと、寝室に隠れました。孫蘭姫は部屋の入り口を閉じ、鍵を掛けました。中には鄭就吾がおり、腹を立てて

「俺たちがやってきたのに、迎えにこず、急いで門に鍵を掛けるとはな。俺たちが泥棒で、おまえの物を盗むわけでもあるまい。はやく開けてくれ。さもなければ、門を両足で蹴ってやるぞ」

孫蘭姫は満面に笑みを湛えていいました。

「外に出ようとしたとき、ぼろの衣装を床の上に積み重ねていましたので、あなた方に格好悪いところを見られるのが嫌だったのです。私のものを盗まれるのが怖いのではなく、私のものを見られるのがいやなのです」

人々「彼女の話は本当だよ。彼女の部屋に行ってどうするんだ」

 鄭就吾は承知せず、足で門を蹴ろうとしました。そして、小者を呼び、家具を壊しました。人々は彼を宥めました。

「気晴らしのためにここにきたのに、腹を立てるなんて。僕たちが何回か来たことがあり、彼女と馴染みだったら、彼女が急いで鍵を掛けたのは良くないことといえるだろう。だが、僕たちは来たこともなく、馴染みもないのだから、彼女が鍵を掛けたのを咎めることはできないぜ。中に人がいたのかも知れない。江家池に涼粉を食べにいこうよ」

鄭就吾を外に引っ張って行きました。

 孫蘭姫は追い掛けていいました。

「茶が沸いていますから、一杯飲まれていってください。すぐに行かれてどうされるのですか」

程楽宇「おまえが外に出たいのなら、後日、暇なときにまた来てお茶をご馳走になることにしよう」

拱手をして去っていきました。

 程楽宇は道の上でいいました。

「おまえはまったく野暮な奴だ。あんな人当たりのいい姉さんに、乱暴な態度をとるなんて」

鄭就吾「先生はご存じないのです。私たちが入っていったのに、出迎えもせず、入り口に鍵を掛けるなんて、私達に恥をかかせたことになるじゃありませんか」

程楽宇「我々が彼女のぼろの衣装を見るのを恐れていたのでもあるまい。きっと部屋の中に人がいて何かしていたところに、我々がおしかけたのだろう。彼女は真っ青な顔をしていたぞ。あの顔はしばらくたっても、元には戻らないだろう」

 さて、鄭就吾たちが去っていきますと、孫蘭姫は門を開け、中に入って見てみました。すると、狄希陳の姿がありませんでしたので尋ねました。

「どこにいらっしゃるのですか」

彼は床の下から頭を出し、尋ねました。

「みんな行ってしまったかい。びっくりしたよ」

孫蘭姫は股座を叩いて笑いました。

「どうしてあんなに驚かれたのですか。意気地がなければ、来なくてもいいのですよ」

狄希陳「中に僕たちの先生がいたから、大変だと思ったんだよ」

孫蘭姫は彼を引っ張ると、彼の体についた埃を払ってやり、彼の髪を梳かして、言いました。

「いい子だから、お行きなさい。先生が怖いのでしょう。本を暗記したら食事をとりにいらっしゃい」

二人はしばらく遊んでから、別れました。

 数日たちますと、繍江県の生員の順位が発表になりましたが、連趙完は一等の十三位、程楽宇は一等の十一位でした。新しい秀才も覆試を受けました。狄希陳は七位でしたので、県学に送られるはずでした。彼は孫蘭姫が恋しかったので、覆試が終わりますと、わざと遅れて歩き、薛如卞ら三人が出ていってから、答案、上申書を渡し、府学にかわろうとしました。宗師は簡単に承諾しました。後に結果が発表になりますと、薛如卞、相于廷の二人は県学、狄希陳、薛如兼の二人は府学でした。狄員外と薛教授は、府学はよくないと言い、相談をして上申書をかき、彼ら二人に上申書を出させ、学校をかえさせようとしました。さらにこう言いました。

「狄希陳は七位だから、県学に送られるべきだ。間違って府学に送られたのだろうから、承認されないはずがない」

上申書が届きましたが、府学はそもそも彼自身が上申書を提出してかえたものでしたから、ふたたび上申書を提出する訳にもいきませんでした。狄希陳はぐずぐずして提出しにいこうとしませんでした。薛如兼は自分で上申書を提出しました。そして、彼は年が若く、往復の道は遠く、父母が安心できないから、県学にかえたいといいました。宗師は承知しました。狄希陳は、先生もどうすることもできませんでした。他の人はみな故郷に帰りましたが、狄希陳だけは府で入学式を待つことになりました。先生が帰り、同窓もいなくなりますと、彼は少しも憚ることなく、毎日孫蘭姫の家にいっていちゃつきあい、毎晩帰りませんでした。狄周と尤聡は一晩中彼を待つことになりました。

 さて、狄員外ら二人は息子たちが学校に入ったのを見ますと、とても喜びました。後に、三人が故郷に戻ってきました。入学式の日は、とても賑やかにしました。しかし、狄希陳の家だけは一日中静かでした。さいわい、婿の薛如兼が学校に入り、赤い布を掛けてお祝いをしましたので、県城に行き、何とか気晴らしをすることができました。狄希陳は府で入学式をしました。彼は学官の引率で学政官に見え、出席簿に署名しました。数日後、他の人々は休暇をとり、故郷に帰りましたが、彼は家に帰ろうとしませんでした。狄周が何度も催促しましたが、聞こうとしませんでした。家から二三回馬が来ましたが、学官があれこれいっている、束修を送れば帰るのを許されると嘘をつきました。狄員外は学官への礼物を整え、二人の学官にそれぞれ五両の銀、ほかにも靴、靴下、生地をおくりました。学官は喜び、それらを受け取りました。それからというもの、学校にはいかず、決して出席簿に署名しませんでした。そして、相変わらず故郷にも帰りませんでした。

 ある日、故郷から馬が迎えにきました、故郷では親戚、友人と彼の舅の薛教授が彼が戻ってきたらお祝いをしようとし、楽隊を呼び、家に酒席を並べていました。狄周は荷物を纏め、彼に出発するように促しました。七十里を歩き、龍山に止まり、翌日三十里を歩けば、朝に到着してお祝いを受けることができると考えました。ところが彼はいなくなってしまいました。狄周は遠くまで捜しにいきましたが、彼の姿はありませんでした。そこで、ふとこう考えました。

「坊ちゃまはこの頃しばしば外出され、一晩中帰らないことも多いが、きっとあの娼婦の家にいるに違いない。他のところにはいないだろう。きっと趵突泉の西の、小便をした場所に違いない。あそこにいって探すことにしよう」

狄周がこっそり入っていきますと、ばったり狄希陳に出食わしました。狄周はいいました。

「何をしてらっしゃるのですか。宿屋では荷物をまとめてあります。故郷では酒席が設けられています。城内からはたくさんの親戚がきて、明日の正午にお祝いをしようと待っています。こんなところにいては、人々が苛々するではありませんか。このお姉さんはとんでもない人だ。一体どういうことですか。狄希陳さまを引き止めるなんて」

 狄周は腹を立てていましたし、やり手婆あと孫蘭姫も何度も彼に勧めました。

「あなたが嫌いではありません。しかし、学校に入られたら、すぐに故郷に行かれ、ご先祖さま、ご両親に叩頭をされるべきです。それに、家には酒が並べられ、ご親戚がお祝いをしようとして待っているのです。いかれなければ、この方は報告のしようがありません。私の言うことをきき、すぐに家に行かれてください。あなたは府学の生員なのですから、いつでもくることができるでしょう。道も遠くはなく、南の棟から北の棟に行くようなものです。これから幾らでも時間はあります。いかなければ、大人の方たちに怒られ、『壁を塗るときに腕捲りをする−ほったらかしにする。』[17]ということになります」

しかし、彼は首を振り、聴こうとしませんでした。彼は日が落ちる頃までもたもたしてから、狄周とともに宿屋に帰り、荷物をおろしてとどまり、明日に出発しようとしました。

狄周「百里の道のりですよ、明日になってから出発したら、家に着くのはいつですか。お祝いをしてもらうことができなくなってしまいますよ。城を出れば、明日朝早くから出発することができます」

彼は仕方なく馬に乗り、東門を出、狄周にしたがって王舎店[18]にいき、とどまることにしました。彼は城内に着きますと、すぐに出発することになるのを恐れ、宿屋を探して泊まりました。もしも狄周がいなければ、彼は機会を見付けて逃げようとしていたでしょう。

 翌日の五鼓、狄周は起きると、明りに火を点け、狄希陳を呼びました。しかし、彼は起きようとはせず、心臓がどきどきし、頭がくらくらすると嘘をつきました。

狄周「心臓がどきどきして頭がくらくらするのは、きっとおなかが空いて疲れたからでしょう。荷包鶏子[19]を作ってさしあげます。起きて幾つか食べられれば、きっと良くなり、家に行くことができるでしょう。家には役者が呼ばれ、城内では三四人の妓女を呼び、ここ数日待たせてあるのです」

狄周は馬を引いてきた男に向かって目配せをしました。馬を引いてきた男がいいました。

「本当ですよ。新しくきた兗州府の妓女は、まるで神仙のようで、とても綺麗ですよ」

狄希陳「僕をだましているな。どこの妓女だ。どこに泊まっているんだ」

馬を引いてきた男は口裏を合わせ、言いました。

「狄周さんが話したので、ちょっと申し上げたのです。あなたを騙してなどおりません。家に行って御覧になられてはいかがですか。三人の妓女は西の屋敷の楼にいて、ここ数日、毎日連さま、相さまと酒を飲んでいるのですからね」

狄希陳はそれを聞きますと、笑って言いました。

「おもしろい。早く行くことにしよう」

 家から五六里離れますと、狄希陳は場所を探し、馬からおり、髪の毛を梳き、新しい服に着替えました。さらに二三里進みますと、家から四五里足らずの文昌祠[20]で、親戚、友人たちが待っていました。狄希陳は儒巾を換え、青い衫を着けました。薛教授は彼に花飾りを挿してやり、赤い薄絹を羽織らせ、酒をついでやりました。親戚友人の中にも、冠に花飾りを挿したり、赤い飾り布をつけたりした者がありました。彩楼[21]が担がれていましたが、掛け軸、帳、菓子、酒で飾られていました。十二対の五色の旗を並べられ、連春元が作った新しい対聨が掛けられていました。楽人が先導をしました。たくさんの親戚、友人は、彫刻をした鞍をのせた騾馬に乗り、後ろからついていきました。家に着きますと、盛んに楽器が演奏されました。狄員外と程楽宇、相棟宇は、入り口で賓客を迎え、客を中に入れました。

 狄希陳は四回拝礼をしますと、さらに奥へ行き、先祖と彼の父母に挨拶をしました。表に行き、まず程先生に会い、親友たちに挨拶をしました。さらに、連春元に叩頭して礼を言い、連趙完、薛教授父子に感謝し、彼のおじの相棟宇に叩頭をし、同窓生たちも挨拶を行いました。狄賓梁が酒を注ぎ、年齢順に腰を掛けました。狄希陳たち二人は左右を見回しましたが、劇はなく、人形芝居すらありませんでした。妓女が出てくることを期待しましたが、酒が五六巡して、ご飯が出てきても、妓女の姿すら見えませんでした。そこで、口実を設けて席を離れ、狄周に尋ねました。

「おまえは役者がいる、三四人の妓女がいるといったが、どうして出てこないのだ」

狄周「私どもは府におりましたので、見たわけではございません。私は馬をひいている厳爽がいったのを聞いたのです」

狄希陳はさらに厳爽に尋ねました。

「劇はどうしたんだ」

厳爽「早く来られればよかったのです。劇は今朝県庁に呼ばれていってしまいました」

狄希陳はさらに尋ねました。

「兗州府の妓女はどうしたんだ」

厳爽「ああ。私は神仙のようだといったでしょう。神仙というものは長いこと俗世にいたりはしません。去っていってしまいましたよ。今まで待っていたのですがね」

狄希陳は怒って厳爽の顔に拳骨を振るい、席に戻っていきました。灯点し頃を過ぎますと、賓客たちは席を立って散っていきました。相宇棟は奥へ行き、彼の姉、狄員外、狄希陳とともにしばらく酒を飲み、別れていきました。狄希陳が戻ってきてからどうなったかは、次回でお話しすることにいたしましょう。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]戦国時代の魏王の寵童。『戦国策』魏策四に名が見える。後に龍陽といえば、男寵をさすようになった。

[2]唐の韓愈、柳宗元のこと。

[3]生員の服装。

[4]春秋時代、宋の公子。美男子として名高い。『論語』雍也にその名が見える。

[5]学校の雅称。周代に学校をこう称した。

[6]弥子瑕のこと。春秋時代、衛の霊公の男寵。

[7]山東省歴城県東の鎮名。

[8]経書の解釈を、朱子の注にしたがっておこなった者のこと。

[9]原文「咱県裏通還没投文」。受験者に関する書類を学院に提出することをいうのであろう。

[10]角切り肉に何度も胡麻油を塗って焼いたもの。清佚名氏『調鼎集』響皮肉「肉切方塊、炭火炙皮上頻抹麻油再炙酥、名響皮肉」。

[11]小麦で作った、将棋の駒状の食品であろう。『東京夢華録』食店「大凡食店…則有…棋子、寄炉麺飯之類」。

[12]許宝嘉、宮田一郎主編『漢語方言大詞典』によれば、冀魯官話で、胡麻をかけた小型の焼餅という。同書の引く一九三六年『寿光県志』に「芝麻麺烙熟曰焦餅」。また、『竹嶼山房雑部』巻二に「薄焦餅」を載せ、「用水和麺加生芝麻於内、揉小剤、幹甚薄餅熱鍋熯燥熟、有和以花椒塩熟油赤砂餹、擣去皮胡桃仁皆宜」という記述から、薄焼きで、胡麻を含む(ピン)であり、山椒、塩、油、黒砂糖、胡桃の実などをふることもあるらしいことが分かる。

[13] 「思いもよらなかった。音楽というものがこれほどすばらしいとは」『論語』述而に見える孔子の言葉で、孔子が斉に滞在中、韶という音楽を聴いたときの発言。

[14] 「まるで川の真ん中にいるかのようだ」。『詩経』秦風・蒹葭。川の対岸にいる情人を詠んだ句とされるが、伝統的な解釈では、周の礼制を用いて国を安定させることのできない襄公をそしったものと解釈されている。

[15]原文「接場」。試験を終えた人を労うこと。

[16]科挙の合格者が試験官を呼ぶときの呼称。

[17]原文「漫墻撩胳膊、丟開手了」。「漫」は「鏝(鏝で塗る)」に通じる。壁を塗るときは両手がふさがっており、腕をまくろうとすれば道具から手を離さなければいけない。「[diu]開手」は「手放す」の意と、「相手にしない」の意がある。ここでは、「あなたは以後大人の人たちに相手にされなくなりますよ」の意。

[18]王舎人店のこと。山東省歴城県の東北にある。

[19]目玉焼き。

[20]学問の神、文昌帝君を祀った祠。

[21]赤布で飾り付けした楼。

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