第三十四回

狄義士が金を掘って持主にかえすこと

貪欲な郷約が物を貪って災厄をなくすこと

 

人の命は百年間

風に転がる蓬の葉

積める財産みな空し

悟りきり、満ち足ることを悟りなば

家は清らなものとなる

金の亡者は笑ふべし

奴らの心臓(むね)は銭の虫

あくせく利益を追ひ求め満足を得ることもなし

すきをとらへて金せびり

手をこれほども緩めない  《浪淘沙》

 仙人になろうとする人々や、仏教を学ぶ人々は、苦しい修行をしますが、大事なのはまず酒、色欲、財欲、怒りを慎むことです。この四つのうち、財欲は、第三ではなく、第一であると見做すべきです。世の人々は、酒、色欲、怒りは我慢することができますが、財欲を起こしますと、孝、悌、忠、信、礼、義、廉、恥の八つをすべて捨ててしまうものです。人にとって最も大事なのは命ですが、人は往々にして財欲のために、命さえ顧みず、多年に亘って汚名を残し、大勢の人々に罵られるのです。良心を失い、厚かましい顔をし、財産を手に入れますと、目の前の楽しみだけを求め、人品、節操、気概にはお構いなしということになりますが、それは仕方のないことです。しかし、財産というものは、財神が管理しているものです。数千数万の財産を手にいれることが八字で定められていますと、逃れようとしても逃れることはできません。一方、得るべき運命にないものを求めようとしても、財神は手に入れさせてはくれません。財神が来ることを無理に願っても、彼は病魔を唆してまとわりつかせたり、すきをみて医者の家に逃げ、疫病神をよんできて混乱を起こしたりします。財神は権勢のある家に身を寄せますので、あなたは一文も手にいれることができず、窮迫するだけです。

 尉遅敬徳は隋末のころ、鉄を打つ職人をしていました。彼は胸一杯に英雄の気を抱きながら、運に恵まれず、惨めな生活に甘んじなければなりませんでした。ある日、五更に起き、火鉢に火を起こし、鉄を打とうとしますと、長身で肩幅が広く、黒い顔に髭を生やした、西洋の商人のような男がやってきて、尉遅敬徳に、鍵が欲しいといいました。尉遅敬徳は彼を見ますと、尋ねました。

「この近辺であなたをお見掛けしたことがありません。よそからこられた方なのに、どうしてこんなに早くこられたのですか」

その人は言いました。

「わしは財神で、天下の人々の財産を管理しているが、倉庫の鍵がなくなったので、合鍵を作ってもらいたいのだ」

尉遅敬徳「私は荒くれ者ですが、貧乏です。ここで鉄を打って生活をしていますが、食べ物にも事欠く有様です。財神さまでしたら、どうかお救いください」

財神「おまえはとても富貴になるが、運がまだ訪れていないのだ。とりあえず倉庫の銅銭をやろう。使いたければ、領収書を書いて幾らかもっていくがいい。明日、この村の東の柳の下に積んでおくから、五更に取りにいけば手にいれることができるぞ」

尉遅敬徳は紙を手にとると、名を書こうとしました。すると、その神さまはいいました。

「名を書く必要はない。おまえは『鄂公銅銭若干を使う』とだけ書けばいい」

尉遅敬徳は尋ねました。

「私にどれだけくださるのですか」

財神「いずれにしてもおまえが手にいれるべきものなのだから、量はおまえの思うままだ」

尉遅敬徳「三百万だけいただきましょう」

書き終わりますと、神さまに渡し、別れを告げて帰りました。

 翌日の五更に起きだし、村の東の柳の木の下に行きますと、山のように銅銭が積み重なっていました。そこで、両肩に二三十吊を担ぎ、家に行きますと、隣近所の人々を呼び、一緒に銭を運ばせました。中にはすきをみて盗む者もありました。しかし、腰に巻いたり、袖に隠したりしますと、銅銭は蛇に変わり、蠢き、咬みつきました。また、ある者は家に盗んでいきましたが、銅銭はすべて蛇に変わって、敬徳の家に行ってしまいました。銅銭は動くことができましたので、見張りも必要ありませんでした。敬徳はこのような金を手に入れたため、唐の太宗を助けることができ、元勲となり、鄂公に封ぜられ、滅んだ隋の倉庫の銅銭をすべて与えられたのでした。そのときに、蔵を開け、調査をし、蔵の中の古い帳簿をみてみますと、ちょうど三百万少なくなっていました。さらに、帳簿の後ろを捲ってみますと、敬徳が書いた書き付けがありました。

 皆さんはここまで聞きますと、財産は無理に求めることができないものだと思われることでしょう。ですから、昔から正しい人物は、仁義は泰山のように重く、財物は糞土のように軽いと考え、厚顔無恥に、天理を損ない、不義の財を求めたりはしなかったのです。落とし物のお金は、人の生命、身体に関わるものです。他人の金を手に入れても、役に立つとは限りませんし、かならず人災天災がもたらされるものです。人は金を拾ったときは、正しい心をもたなければなりません。「とるべきか、とらざるべきか」などと考えてはならず、江夏[1]の馮商[2]になろうとしなければなりません。しかし、楼を建てたり、棟を建てたり、井戸を掘ったり、壁を築いたりしていて、金、銀、銅銭を掘り出したときは、落とし主はいませんし、何年何月何時代何王朝のときにそこに残されたものであるか分かりませんので、それを使っても、恥知らずで不正であるとはいえません。

 清廉な読書人は、不正な財産を得ようとしないものです。管寧[3]は華歆とともに地を鋤いているとき、金を掘り出しました。管寧はそれを瓦礫のように考え、よく見ようともせず、すきで除けました。華歆はその後で、手で拾い挙げましたが、金であることに気が付きますと、放っておきました。人々は彼ら二人の品性を見定めました。果たして華歆は曹操に味方して伏皇后を殺し、漢の献帝を廃しましたが、管寧は高潔な節操を保ち、汚れた世に染まることはありませんでした。

 羊裘翁[4]は、五月の暑い日に、衣装がなかったため、ぼろぼろの羊の袷をつけ、薪をきって過ごしていました。そこへ、立派な人物が通り掛かり、道に金おちていた金を蹴り、羊裘翁に使わせようとしました。

羊裘翁「五月に羊の裘を着ている人が、人の金を拾おうとするはずがありませんよ」

彼の言葉の意味は、金を拾おうとする人間は、蠅や犬のように、何でも悪いことをする、蠅や犬のように、悪いことは何でもするのだから、暑い季節には、紗の単衣、ズボン、服、裙、靴、靴下をもっているにちがいない、羊の皮を着て薪を切り、苦しい思いをしたりはしない、ということなのでした。

 以上は髭を生やした男子、剛直な男のお話しで、奇とするに足りませんが、女性にも、非凡な見識をもったものがいるものです。李尚書は名を李景譲[5]といい、李景温[6]、李景荘という二人の弟がいました。三人は小さいとき、父親を失いました。彼の母親はまだ中年に達していませんでしたが、三人の息子を守って過ごしました。暮らしはとても侘しいものでした。ある夏、雨が降り続き、高い塀が壊れました。雨が止み、人に修理をさせますと、塀の根元から一隻の船が出てきました。船の中には銅銭が一杯つまっていました。李夫人を呼んで見せますと、夫人はいいました。

「これは天が我々親子に身寄りがないことを憐れんで、救ってくださったのです。しかし、地中から掘り出したもので、使っていた人の名前も記されていませんから、これを手に入れるのは不正なことです。もしも天が孤児と未亡人を憐れまれ、三人の子に勉強をさせ、それぞれに名声を得させてくださるというのであれば、後日、この金を息子たちへの俸給とすることにしましょう」

元通りに埋め、上に壁を積み重ねました。後に、李景譲は尚書にまでなり、景温、景荘は高官になりました。

 皆さん、お聞きください。あなたは私が何のためにたくさんの話しをしたのだとお考えでしょうか。ここで狄員外が埋蔵金を掘り出し、それを返したことをお話し致しましょう。

 さて、狄員外は、薛教授とともに程楽宇を呼び、両家の子弟を教育することにし、新しく空き地を買い、書斎を建てました。そこでは人が掃除をしていましたが、書房の入り口のハマナシの花は枯れかけ、生気がありませんでした。

狄員外「その腐った花を書房に置いておいてはいかん。井戸の脇に移し、毎日水をやれば、生き返るだろう」

根元を掘らせますと、音がしました。掘り出してみますと、小さな陶器の甕が現れました。中にはたっぷり銅銭が入っていました。銅銭の下には大きさの異なる銀子がありました。

狄員外「楊春が銅銭を掘っていれば、この家の敷地を売る必要はなかったろう。人の謀りごとは天の定めたには勝てないものだ。洪水のとき、家々は水害を被ったが、わしだけは許真君のご加護をうけていたので、家財、家屋は、少しも流されなかった。このようなご加護を受けながら、善い行いをせず、不義の財を求めるわけにはいかない。わしのように食べる物がある者がこのようなものを手に入れても、金儲けのうちにはいらない。しかし、貧乏な楊春が手にいれれば、金持ちになることができる。八両足らずの銀子でこの店を買い、五六か月で、思いも掛けない財産を手に入れたりすれば、きっと良くないことがあるだろう」

金を自分のものにしないことに決め、楊春を呼びました。

 楊春「狄さま、地面から何かを掘りだされたということですが、私を呼ばれたということは、分けてくださるのでしょうか」

狄員外は楊春に金を見せますと、いいました。

「これで暮らしが楽になるだろう」

楊春「もちろん楽になります。しかし、私はこのような幸運を受けるわけにはまいりません。このハマナシの花は私が植えたものですが、私はこの土地を掘ったことはございません。私が金を掘りだすことができず、狄さまが掘り出されたのはなぜかといえば、それは狄さまの運が良かったからです」

狄員外「これはおまえの土地の物だ。持っていって数畝の土地を買い、生活するがいい。わしが水害に襲われなかったのは、天が守ってくださったのだ。これ以上、金を手にいれても仕方がない」

楊春「何をおっしゃいます。一銭の物を売ったときでも、私が朝に文書を書けば、午後にはあなたのものです。数千数万両を掘り出されたのはあなたで、私とは関係ありません。それに、文書にも、土の上の物、土の下の物はすべて買い主のものであると書いてあります。契約をしてから時間も経っていますし、家も建てられたのですから、掘り出された物を私が持っていくなどという道理はありません。私が貧しいため、お慈悲で数吊の銅銭をくださるというのでしたら、念仏を唱えてさしあげましょう。一つの銭も分けてくださらないのが一番です。私は自分に運がなかったと思うだけで、あなたを恨むことはありません」

狄員外「これはわしが掘り出したものだが、他の人が見ていたわけでもない。話をしなければ、だれも気が付かないだろう。わしは本気でおまえにやろうとしているのだ。いらないから、はやく持っていっておくれ」

 楊春は一部だけを求めましたが、狄員外はすべて与えようとしました。

楊春「私のような貧乏人が、急にたくさんの銀子、銅銭を手に入れれば、天災がなくても、きっと人災があることでしょう。お金はあなたがもっていかれ、私には少し分けられた方が、安全で宜しいでしょう」

狄員外「これを手に入れたのはおまえに運がむいてきたからだ。おまえがこれを手にいれても問題はない。これを手に入れたら、良いことを考え、良いことをするようにするのだ。そうすれば、神さまは感激し、きっと守ってくださるだろう。おまえが『俺は人に二升の食糧を貸すように頼んでも、貸してもらえなかった。衣装を貸すように頼んでも、いうことをきいてもらえなかった。しかし今ではどういうわけか金持ちになれたぞ。』と考え、人の口を塞ごうとしたり、良い物を着ようとしたり、良い物を食べようとしたりすれば、おまえのいっていた『天災がなくても人災がある』ということになるだろう」

楊春「お言葉はご尤もです。しかし、全部もっていくわけには参りません。旦那さまも受け取られるべきです」

狄員外は地面を掘った小作人を呼びました。

「この人のために運んでいってくれ」

さらに楊春に言いました。

「金はこの男が掘り出したのだ。何かお礼をしてやれ。これはおまえの問題だから、わしは邪魔をしないぞ」

楊春は狄員外に叩頭して感謝すると、いいました。

「今、世間には、だれもあなたのような心をもった人はいません。洪水のときに残ったのは、すべてお金持ちの家だったので、人々は神さまが贔屓をすると思っていました。しかし、指を伸ばして数えてみますと、残ったのは、小金持ちたちではありませんでした。あなたのような心をもった方を、神さまが守らないはずがありません」

狄員外「これらの物を手に入れたら、昼夜慎むがよい。この土地の者たちは軽薄で、腹が立つことがたくさんある。さらにもう一つ、郷約の秦継楼と李雲庵、彼ら二人の悪者がおまえに文句を言うだろうから、彼らを避けるべきだ」

楊春「旦那さま、まったくおっしゃる通りです。注意することに致しましょう」

 小作人は縄と棒を探し、甕を縛り、楊春とともに家に運んでいきました。楊春の母親と女房は、甕が担がれてきたのをみますと、いいました。

「どうしたのですか。あなたを呼んで、酒を一甕わけてくれたのですか」

楊春「その通りだ。嬉しいことに、俺たちに一甕の酒をくれたんだ」

二人は家にそれを運びこみました。彼の母親と女房は銀子、銅銭をみますと、言いました。

「あの方は掘ったものをどれだけ下さったのですか」

楊春「すべて俺たちにくれたのだ」

小さな籠[7]をもってきて中にあけてみますと、二三十吊の銅銭、二百数両の銀子があるだけでした。楊春たちは、七八握りの銅銭を小作人の袖に入れ、さらに二塊の、優に十両ほどある銀子を選んで与えました。小作人は、自分でも、優に十両ほどある二つの塊を籠から

取り出し、こう言いました。

「これでは二畝の畑しか買えない。あんたが俺にくれても、どうってことはないだろう」

そう言いながら、外にむかって走っていきました。楊春は外に追い掛けていっていいました。

「どうしていってしまうんだ。酒を買って一杯やろうじゃないか」

「旦那さまが俺を待っているんだ、後日ご馳走になるよ」

家にいき、狄員外に報告をしました。

狄員外「少し分けてもらえたか」

「私に七八握りの銅銭をくださいました。銀子十両ほどの価値があります。さらに、銀子二塊をくださいましたが、やはり十両ほどあります」

銀子を全部地面にこぼしてみましたが、銅銭は二千五百三十四文、銀子は全部で二十一両四銭ありました。

狄員外「おまえはいい思いをしたものだな。これで一生暮らすことができるだろう。もってくるがいい。わしがおまえの代わりに受け取ってやろう。おまえの物になると、ろくでもないことをするからな。さあ、銅銭の端数をおまえにやることにしよう」

しかし、その時には、男は嬉しそうに去っていってしまっていました。

 さて、楊春はこれらの物を手に入れますと、一生懸命狄員外の教えに従い、とても慎ましやかにしました。しかし、貧乏人の家は狭く、秘密は漏れやすいものでした。また、家には二人の頑是ない子供がおり、あちこちの家に行っては家に一甕の銀子、銅銭があることを話しました。小作人が甕を担いで楊春の家にいったことは、多くの人が見ていました。さらに、狄家の銀子、銅銭を分けてもらえなかった者は、恨みに思い、至る所で噂をし、村だけでなく、隣の荘園やよその県でも、珍しいこととして噂しました。一人が十人に話し、嘘を真のように話しました。果たして二人の郷約は心を動かし、人を遣わして彼にいいました。

「今年は飢饉で、朝廷は至る所で義捐金を集めているというのに、楊春は何を考えておるのだ。数十万の金銀を掘ったのに、役所に報告もせず、すべて自分のものにするとはな。我々にたくさん分ければそれでよし、さもなければ、県庁に報告し、全部没収してやるぞ」

 楊春はそれを聞きますと、とても慌て、こっそりと狄員外のところへ相談しにいきました。

狄員外「あの二人は善人でないと思っていたが、まったくその通りだった。わしは彼らとは知り

合いだが、肉を食べようとしている者の碗を平手でぶてば、ぶったのが父親だったとしても、ぶたれた者はおとなしくはしないものだ。金を払い、何かを与えるにしても、少なければ彼らを抑えることはできず、多ければこれは『大晦日の五更にトウモロコシ粥をすする、大晦日でないほうがましだ』[8]ということだ。それに一人がおまえを脅してうまくいけば、みんながおまえから金を取ろうとするだろう。何なら、わしの名をだし、『私は何も手に入れていませんよ。狄賓梁さんに尋ねにいかれてください』というのだ。彼らがわしに質問したら、わしは彼らに返答することにしよう」

 郷約たちは楊春が返事をしませんでしたので、ふたたび人を遣わすことにし、こう言いました。

「奴を城内にこさせ、この方の名字を尋ねさせてやろう。郷約がおならをしても、奴はすぐに『いいにおいですね』といい、鼻に吸い込むことだろう。わしが一万両を掘っただろうといえば、九千九百九十九両を掘ったことを認めたうえに、一両を掘ったことも認めなければいけない。奴に、よく考えろ、後悔しないようにしろといえ」

楊春「私の土地は売られてすでに半年になります。昔、父が一甕分の銅銭を埋めましたが、行方知れずになってしまいました。そこで、契約書には、掘り当てたら、もとの持ち主に返すようにと書きました。昨日、狄さまがハマナシの花を移植するときにそれを見付けられ、私に返してくださいました。いずれにしても甕と銅銭はここにございます。数千数万両なら、家を買って蓄えることもできましょうが、私は、この二間の藁屋以外に、家や土地をもっていません。ただ、あの方たち二人に数杯の酒を飲ませることぐらいならできます。千両も払えなどとおっしゃるのは、とんでもないことです」

話しを伝えにきた人は彼の話しを郷約に報告しました。郷約はいいました。

「奴に四の五の言わせるな。だが、一人につき千両だせなどといったから、奴もびっくりしてしまったのだろう。わしは奴が実際には三四十吊の銅銭、二百数両の銀子を手に入れたと聞いている。我々一人につき五十両を送らせよう。銀子は我々と均分し、銅銭はあいつのものにすることにしよう。それでもだめだというなら、奴をおとなしくさせるしかないな」

 楊春はそれを聞きますと、狄員外のところに相談をしにいきました。狄員外はしばらく考えますと、いいました。

「これはどうしようもない。おまえがあの二人を追い出しても、ほかにも脅迫をする者がいるだろう。奴らの言うことにしたがわなければ、結局役所にいかなければならない。きっぱりと彼らと手を切ることにしよう」

楊春「彼らが本当に県庁に報告し、役人が厳しい取り調べをおこなったら、どういたしましょう」

狄員外「おまえは、昨日、銅銭はおまえの父親が埋めたものだ、文書にはっきり記してある、といっていた。このことを奴らにきちんというのだ。どこへいってもそう返答すればいいだろう」

 楊春は話しを聞いて戻りますと、まず秦継楼の家に行き、言いました。

「お金をお支払いいたしましょう。昔、父は銅銭を入れた甕を埋め、捜し出すことができなくなりました。この間、土地を売ったとき、そのことを文書にはっきりと記してありました。狄さまはハマナシの花を移植するときに、それを掘り出しますと、私に返してくださいました。これはすべて二人の郷約さまのお陰です。明日、野菜を買ってまいります。家には場所もございませんから、廟にお二人をお招きし、何杯か飲んでいただきましょう。来てくださるのでしたら、準備を致します。李さんに会いにいっておりませんが」

秦継楼「そんなに出費をしてどうするのだ。手元において使うがいい。おまえから何杯か酒を飲ませてもらえば、口を閉じて、何も言わないよ。おまえは父親の銅銭を手に入れ、他人の物を手に入れていないのなら、問題はない。しかし、このような大事なことは、我々は報告しないわけにはいかない。知事さまの耳はとても鋭いからな。おまえが李雲庵を呼ぶか呼ばないか、あいつが行くか行かないかは、わしとは関係ない。おまえはわしのために骨を折る必要はない。わしは時間がないし、法を曲げて、人から酒や食事をご馳走になるつもりはないぞ」

楊春「あなたは約正[9]ですが、私はあなたにはっきり話しをしていません。どうすれば李約長に話をすることができるでしょう」

秦継楼「おまえが話をしにいってくれ。何も怖いことはない。人の考えはそれぞれ違うものだ。あの人が何もいうことがないのなら、俺はおまえと事を構えることはしないよ。『川の水は船を洗わない』[10]ということさ」

楊春「また李さまに会いにいき、お話を聞いてから、戻ってまいります」

 楊春はふたたび李雲庵の家に行きました。

李雲庵「貴い方にお出でいただいたものだ。ただで一万両の金を手に入れたのはめでたいことだ。すぐに土地を買うがいい。わしはおまえのために土地を耕しにいってやるぞ」

楊春「一万両の金とは何のことですか。とんでもないことです。一万両の金ですって。狄さまが銀子の扱いに困り、手元に残さず、すべて私にくれたですって。私は野菜を買い、明日おもての廟でお二人をおもてなしし、何杯か飲んでいただくことにしましょう。先ほど秦さんのところへいきましたが、考えが決まっていないので、あなたの話をまっているといっていました。あなたが廟にいかれることを承知してくだされば、あの方は行かないはずがありません」

李雲庵「秦継楼さんはおかしなことをいっているな。あの人は約正なのに、わしを待っているとはな。あの人は自分は善人になり、わしを悪人にさせるつもりなのだ。おまえに本当のことを言ってやろう。あの人とわしは、まずそれぞれがおまえに五十両を要求する計画を立てたのだ。しかし、実際はおまえから全部で四十両の銀子をもらえばいいのだ。おまえが承知しなければ、わしは県に申請し、郷約の責務を果たすことにするぞ。おまえの運次第では、銀子はおまえの父親が埋めたものだという話しを、知事さまが信じ、おまえに金を要求しないことも、あるかもしれん。しかし、厳しく取り調べをすることも、あるかもしれん。酒席など設けてくれなくて結構だ」

 楊春はとても憂欝な気持ちで家に戻りますと、狄員外と相談しました。

狄員外「おまえが行ってから考えたのだが、百回動くよりも一回静かにしていたほうがいい。役人のもとへいくまえに、使いの者は、おまえが銀子、銅銭を掘ったといい、さんざん強請をするだろう。役人はおまえが手にいれたのはこれだけではないといい、厳しく全部要求するだろう。彼らに金を与えなければ、拷問に掛けられることもあるかもしれない。おまえが何かを彼らに与えれば、郷約たちは口を閉ざし、話しをしないだろう。また、他の人々もとりとめのないことを話しはしないだろう。郷約は自分のために、当然彼らを取り締まるだろう。しかし、どれだけ賄賂を贈ったものだろう」

楊春「先ほどの李雲庵の話しでは、それぞれ四十両の銀子がほしいとのことでした」

狄員外「これは多めにいっているのだ。三十両の銀子を彼らにやればいいだろう。そういうことなら、わしはお前のところへいき、お前のために手を打ってやろう。家に行き、気前良く彼らに三十両やり、彼らを喜ばせるのだ。お前が銀子をもってきたら、わしは彼ら二人をわしの家に呼び、彼らと話しをしよう」

楊春はすぐに銀を取りにいきました。狄員外はさらに二日契約の小作人李九強を遣わし、二人の郷約を家に呼んでこさせ、話しをしました。

 李九強はまず秦継楼の家にいきますと、言いました。

「狄員外さまが家で話しをしたいとおっしゃっていますが」

秦継楼は尋ねました。

「俺たちと何を話すつもりなんだ」

李九強「楊春のことでしょう」

秦継楼「狄員外さまはそんなに金が欲しくないのかな。一万両余りの銀子をただで人に送るのは、気が違っているか、腹を立てているかだぞ」

李九強「あの方は頭がおかしいわけでも、腹を立てているわけでもありません。洪水のときに水に漬からなかったので、ひたすら善行をし、神さまにご恩返しすると言っているのです」

秦継楼「金を惜しいと思っていないのなら、楊春に半分、役所に半分を与えれば、名声を得ることができるだろう」

李九強「幾らもありませんよ。小さな陶器の甕の中は銅銭ばかりで、銀子は少ししかありません。百十両だけでしょう」

秦継楼「おまえはたくさんあることを知らないのだ」

李九強「私は金を掘り出し、あの人と一緒に運んだのですから、知らないはずがありません。私が家まで運んであげると、あの人は私に二吊三四百銭を返し、十両余りの価値のある銀子をくれました」

秦継楼「いこう。おまえと一緒にいこう」

李九強「李さんも呼んできましょう」

秦継楼「おまえと一緒に行こう」

二人は一緒に李雲庵の家に行きました。

秦継楼「狄賓梁さんが俺たちをよんでいるんだ。何の話しかはわからないが、行くことにしよう」

さらに言いました。

「李九強、おまえは先にいってくれ。おまえが新しく蒸留酒を造ったと聞いたから、何杯かご馳走になりにいくぞ」

李九強「まあいいでしょう。先に家に話をしにいって参りましょう」

狄員外は女房に食事を作らせ、彼らをひきとめ、酒、ご飯を食べさせました。

狄員外の女房「恥知らずのろくでなしども。みっともないったらありゃしないよ。他人の金で、奴らに酒、ご飯を出して食べさせるなんて」

狄員外「幾らも使うわけではない。何ももてなしをせずに郷約から板子でぶたれるわけにもいくまい」

 そう言っていますと、秦継楼、李雲庵がやってきました。招き入れて揖をし、腰を掛けました。狄員外はいいました。

「楊春は何度もお二人に自分のことを執り成してくれと頼みました、私は『執り成しをすることはできない』といい、あの男に構いませんでした。しかし、あの男は先ほどもやってきて私にまとわりつきました。私は『おまえが何か出費をすれば、面倒をみてやろう。しかし、一銭もださないのなら、面倒をみるわけにはいかん』と言い、あの男を家に行かせました。お二人は私の顔に免じて、あの男に我慢してください。あの男と争われてはいけません」

秦継楼「賓梁さんのご命令には、私たちは必ず従います。この一年、何かにつけ、お世話になったというのに、ご恩返しをしていませんでした」

 そう言っていますと、楊春もやってきました。狄員外は尋ねました。

「例の量だけもってきたか」

楊春「はい」

狄員外は受け取るとそれを眺め、自分で奥に持っていき、秤に掛けましたが、量は十分でしたので、手にとっていいました。

「三十両の薄謝です。服を買われてください。本来ならこの人にたくさん送らせるべきですが、この人が手にいれた額はもともと多くはありませんので、わずかなお礼しかできません」

李雲庵は秦継楼を見てばかりいました。

秦継楼「賓梁さんのご命令とあれば、おならも漏らしは致しません。道理からいえば、賓梁さんの面子を立てて、一厘も要求するべきではありません。しかし、郷約の苦しみを、賓梁さんはご存じのはずです。銅銭をもしも貰わなければ、何も食べるものがございません」

狄員外はさらに言いました。

「もう一つお願いがあります。誰か他の人が話をしたら、お二人の力で押さえ付けてください」

秦継楼「賓梁さん、もちろんそう致しますとも。『人から金を貰ったら、人の災いを除いてやれ』といいます。自分で金を使うことだけ考えて、他のことに構わないというわけにもまいりませんからね」

狄員外はテーブルを拭き、食事を並べさせました。

秦継楼「本当にご馳走になるわけにはまいりません」

狄員外「実を申し上げますと、もともとこうする積もりがあれば準備もしたのですが。今、こうすることを思いついたばかりですので、できたての焼酎以外、何もございません」

秦継楼「酒は蒸留したものなのですから、前から買われていたのではございませぬか」

狄員外「普通の酒麹です。何日かとても暖かかったので、酒がまずくなるのを恐れ、開いてみたところ、ちょうどうまくなっていたのです」

 話しをしていますと、四つの小皿に入った小料理、酒肴、油条がでてきて、焼酎が注がれました。二人の郷約は、狄員外と世間話しをしたばかりでなく、楊春ともとても打ち解け、いいました。

「狄員外さまとはとても仲良くしていますし、狄員外さまも私に対して、わが子のように接してくれます。私たちは狄員外さまに失礼な振る舞いをするつもりはありません。親に仕えるときのようにお仕えしましょう。前もって狄さまが来られることを告げて頂ければ、私たちも下らないことはいいませんでした。賓梁さんにこのようなことをして頂いたりはしませんでしたのに」

楊春は、翌日、彼らを食事に呼び、狄員外に付き添ってもらおうとしました。

李雲庵「それには及びません。私たちは狄さまの面子を立てることにいたします。ここには悪者がたくさんいてよく喋ります。私たちが堂々とあなたの家で酒を飲んだら、人々は減らず口を叩いて騒ぐことでしょう。そうなれば、私はあなたの面倒をみるわけにはいかなくなってしまいます」

狄員外「雲庵さんのいうことは尤もだ。急ぐことはありませんね。後日食事をすることにしましょう」

話しをしながら、二碗の卵焼きを出しました、二碗の塩漬け肉、二碗の干しインゲン、大きな鮮魚を一尾、二碗の韮豆腐、二碗の蓮根、二碗の肉、鶏スープ、鍋餅[11]、米、薄豆子[12]を食べ、酔って腹一杯になりました。

 楊春は、先に別れを告げ、家に戻りました。

秦継楼「この数両の銀子は、楊春のものではなく、明らかに賓梁さんがくれたものです。ただで拾った銀子は、拾った者しか使ってはいけないのですか。我々郷約が、昼も夜も恐れられているのは、何のためですか」

狄員外「あの人の数両の銀子を使っても悪くはありません。私は金を掘りあてたとき、心の中では、廟に喜捨をし、貧乏人を救おうと思っていました。しかし、そうしても意味はない、あの男の土地から出てきたものだから、あの男に返そうと思いました。大した金ではありません。李九強に二吊あまりの銅銭、十両あまりの銀子をとられましたし、先ほどはさらに三十両を払いましたから、幾らも残りはありません。これから誰かが噂をしたら、あなたがた二人が楊春のために噂をおさえつけてください。そうすれば、何事もないでしょう」

二人は別れて帰りました。

 嫉妬する小人たちの口を封じることはできませんでしたが、二人の郷約がでてきて楊春を守ったお陰で、人々は怒りを口にすることができなくなりました。楊春は二人の郷約と知り合いになり、さらに、狄員外にあれこれ面倒をみてもらいました。それからというもの、手に入れた銀子、銅銭を取り出して使うことができるようになり、四十畝の良い土地を買い、藁屋を建てました。彼は以前人と賭博をし、わずかな財産はすっからかんになり、土地も売ってしまっていましたが、幸運が巡ってきたのでした。むかしの賭博仲間は、彼がただで金を手にいれたことを知りますと、手に悪性の腫れ物ができるときのように、あの手この手で彼をだまそうとしました。しかし、彼はまるで根が生えたかのように動かず、八人の金剛でも彼を動かすことができませんでした。小作人の李九強も、二吊の銅銭、二十数両の銀子を手に入れ、生活をすることができました。

 「黄河にも澄む日がある、人にも運が巡ってくるときがある」と申しますが、結局「貴人が助けてくれる時が、運の良い時」ということなのです。

 

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]湖広武昌府。

[2]馮商は宋の馮京の父のこと。子がなかったので上京して妾を買ったが、彼女が妾になったいきさつを聞くと、それを哀れみ、ただで父親のもとに返してやった。まもなく、本妻は妊娠し、馮京を生んだという。宋羅大経『鶴林玉露、馮三元』に見える話で、後世『三元記』などの戯曲になった。

[3]三国、魏の人。彼が金を掘り出した話は『世説新語、徳行』に見える。

[4]羊裘を着た男が金を拾おうとしなかったという話は、『太平御覧』巻六百九十四引『呉越春秋』にみえる。「延陵季子適斉、見路有遺金、当夏五月、有被裘而薪者、季子呼取金、薪者曰、吾五月被裘而薪、資以金者哉」。

[5]唐の太師少保。

[6]唐の尚書右丞。

[7]原文「荸籮」。丸い籠。三〇センチ弱。横から見ても丸い。

[8]原文「大年五更呵粘粥、不如不年下」。「いい思いができるはずなのに、いい思いができない」ということ。

[9]郷約のこと。

[10]原文「河水不洗船」。「余計なことはしない」の意。

[11]比較的硬くて大きな烙餅。直径五。六〇センチ、厚さ三。四センチの大きさで、店で作ったものを切り売りする。片面に胡麻がふってある。

[12]未詳。豌豆のようなものか。

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