第二十二回

晁宜人が田地を分けて一族と親しくすること

徐知事が扁額を掛けて賢人を褒めること

 

親戚と仲睦まじき范文丞相

公の田を買ひて親戚たちに分け与ふ

一人が幸を得たならば

家中がその禄を食む

この高尚な行ひは永遠(とは)に伝へてしかるべし

ところが賢き人々は、善き行ひを見習はず

婦人のみ善き行ひを見習ひて

田を分けて正義を守り、凡人に勝る行ひをなす。

 小和尚の満月がすぎ、正月十九日になりますと、晁夫人は人に麺を発酵させて饅頭を蒸し、肉を秤に掛けて料理を作るように言い付け、二十日に食べようとしました。晁書の女房が尋ねました。

「大奥さまは、料理を作り饅頭を蒸されて、何をなさるおつもりですか」

「一族の八人をよび、数畝の土地を分け与え、彼らが自分で耕して食べていくことができるようにするのだよ。そうすれば、大旦那さまが役人になって、一族の人の面倒をみたことになる。人が多くては駄目だが、指のように七八人が並んでいるだけだ。そして、みんなひどい貧乏をしている。私たちがこのような暮らしをしていては、死んでからご先祖さまに合わせる顔がない」

「大奥さまは、私たちの土地は、他の人に与えても、あのろくでなしどもにはやらない、『八十年雨がふらない−よく晴れた日のことを覚えている[1]』とおっしゃったではありませんか。あの日徐知事さまがこられなかったら、今頃、私たちは晴れない気持ちでいたことでしょうよ」

「彼らは私たちに悪いことをした。彼らが夾棍に掛けられ、板子でぶたれたのは身から出た錆だ。あのろくでなしどもはひどい奴らで、人の悪口ばかり言っていた。私も初めはどれだけ腹が立ったか知れないが、落ち着いて考えてみれば、私たちにも悪いところがあった。私を娶って一二年のうちは、晁老七と晁溥は正月に二回きていた。私たちは貧しい生活をしていたので、一杯の冷水も飲ませてやらなかった。あの頃は私は嫁にきたばかりで、上には姑がいたから、思い通りにするわけにはいかなかった。私たちが相手にしなかったから、その後ずっと家にこなかったのだ。彼らは私たちが貧しいのを嫌ったのだ。後に大旦那さまが役人になると、彼らはまたやってきて、すぐに旦那さまに何かを求めた。さらに大舎もこういった。『貧しい秀才だったときは、すこしも様子を見にこなかった。貢生になったときも、偉くもなんともないといい、やはりやってこなかった。ところが、知県に選ばれると、お世辞を言いにきた。あんな泥棒のように貧乏な奴らは、汚らわしいだけだ』。二人とも彼らの相手をしようとはしなかった。私は、人々を引き止めて食事をとらせるように言ったが、承知しなかった。後に役人になると、一銭の価値のあるものも彼らに与えず、先祖の祭礼のために戻ってきたときでさえ、彼らを前へ行かせて饅頭を食べさせなかった。役人になったというのにだよ。あの人たちを咎めることはできないよ。私たちはたくさんのお金を稼いだろう。[2]雍山の十六頃の土地は私たちが最初に山荘を作るとき買っておいたものだから、これはうちのものにしておこう。墓の脇の四頃は、手放すわけにはいかない。大旦那さまが現金をためて買った四頃を、ろくでなしどもに分けることにしよう。そのほかの八頃あまりの土地は、すべてよそ様から騙しとったものだから、私は元の持ち主をすべて呼び集め、彼らに受け取らせよう」

「大奥さまが土地をすべて手放されたら、坊っちゃまが大きくなられたときに何を食べていかれるのですか」

「神さまのおかげで子供が大きくなりさえすれば、乞食をしても構わないよ。二十頃の土地がなくても、あの子が食べるのには十分だよ」

「大奥さまは私たちに少しも分け与えてくださらないのですか」

「一二頃の土地をもっているのに、これ以上どれだけ手に入れようというのだえ。家から秀才、郷紳がでたわけでもあるまいに」[3]

「私たちが持っているものは私たちのものです。持っていないものは大奥さまが私たちに分けてくださらなければいけません」

「馬鹿なことばかり言って。盗んだものではないのだよ。すべて大旦那さまとともに役人をして稼いだものだ。計算してみると、おまえの二頃の土地と城内の家は、ほぼ一千二三百両の銀子の値打ちがある。これ以上何が不足なのだね。外に行き、彼らのうち一人を呼んできておくれ。話すことがあるから」

晁書の女房は外にいって曲九州を呼んできました。晁夫人は言い付けました。

「一族八人を明日ここによんできておくれ。彼らに話しがあるから」

曲九州が家々を回って招待をしますと、人々は明日いくといいました。曲九州は晁夫人に報告をしました。

 翌日の朝、人々は晁思才の家に集まり、相談をしました。

「俺たちを呼んだのは、どうしてだろう。年明け前から何の話しをするつもりなんだろう。年末は暇がない。年が明けてからでも大丈夫だろう」

晁無晏「俺はすぐに想像がつくぞ。あの数畝の墓地で、俺たちに穀物を干させようというのだろう」

晁思才「そうではないだろう。みんなの墓地ではあるが、俺たちが耕していた土地ではない。俺たちに穀物を干させるだと。あいつの家では墓に蛟龍碑を建て、牌坊を造っているのだぞ。穀物を俺たちにくれないのに、俺たちに穀物を干させるのはおかしい。あの婆さんがそんなことをいったら、俺は怒るぞ」

中で晁邦邦が言いました。

「思才おじさん、この前は三嬸子(おばさん)[4] に、例の事件は、すべてろくでなしどもが悪いのですといっていたくせに、今日は俺は怒るぞと言うんだね」

晁思才「おまえはわしの性格を知っているだろう。わしには面子などはないのだ。おまえは俺の口に髭が生えていると思っているだろうが、みんな犬の毛なのだ」

晁思才の女房が走り出てきて言いました。

「勝手な想像をするはやめておくれ。あんたがこの前墓の二本の檜を売ったのをあの人が知り、人々を呼んで責め立てようとしているのだろうよ」

晁無晏「七爺はいつ木を売られたのですか。私たちの墓なのですから、あなた一人が木を売ったとすれば、家の三奶奶が承知しないのはもちろん、私だって承知しませんよ」

晁思才は晁無晏に向かって、いいました。

「承知しないだと。おまえが承知しなくても、どうということはないぞ。役人をした奴が死んだおかげで、わしは、今、わが家で一番いい金の椅子に腰を掛けているんだ。墓の木を売ったことをおまえが承知しなくても、わしが今おまえたちの女房を売るとしても、おまえたちはわしを邪魔することはできないのだぞ」

晁無晏「とんでもないことを言ってくれるな。あんたが公明正大な人なら、誰もあんたが立派な人でないとはいわないぜ。あなたがしていることは人でなしの所行だよ。人の女房まで売ろうというのかい。墓の木を売ったり、女房を売ったりするのは、とんでもないことじゃないか」

晁思才が手を出しますと、晁無晏も受けてたちました。晁思才は、訴訟を起こそうとしました。

晁無晏「すぐにいきましょう。びくびくしたら人でなしだ。いずれにしても、我々二人は、知事さまの前で悪いことをしたのだから、また一緒に監獄に入り、女房たちに間男を養わせ、豚箱の飯を食べることにしよう。あんたには金を稼ぐことができる女房はいないがな」

晁思才を外に引っ張っていくと怒鳴りつけました。晁思才の女房は走り出てきて引っ掴みました。

「ろくでなし。おまえの女房だったら、若くて、綺麗で、間男を養い、金を稼ぐことができるだろうよ。しかし、わたしのような年寄りの女房は、十字路に横たわったって、行き来する男たちはまともに見ようとはしてくれないよ」

晁無晏は彼女に構おうともせず、晁思才を引っ張って県庁の入り口に行きました。晁思才は晁無晏を屈服させることができませんでしたので、おとなしくなってしまい、今度は自分の女房を罵って、いいました。

「私娼め。面の皮を厚くしてべらべらまくしたてるのはやめるんだ。おまえはわしが墓の木を売ったのを見たのか。二官児、手を離せ、わしらの家にはよその人間が幾人かいる。同じ家の者同士の喧嘩だから、わしが間違っていても、おまえが間違っていてもどちらでもいい。だが、よそ様には笑われないようにしろよ」

人々も手を引っ張りながら宥めて、いいました。

「本家で私たちをよんでいるのです。いくのなら、今すぐいかなければなりません。いかないのなら、それぞれ家で粥を食べておとなしく仕事をしましょう。日が出ていないうちから口喧嘩をするなんて」

晁思才「二官児、彼らの言う通りだ。手を放せ。わしらは向こうへ行くことにしよう。わしらは一緒に他人の面倒をみなければいけないんだ」

 晁無晏も争うのをやめ、晁家にやってきました。曲九州はそれをみますと、中に入って話しをしました。晁夫人は広間に出て相見えました。晁思才は口を開くと言いました。

「昨日、義姉さんは人を遣わされ、話があるから、はやくくるようにとおっしゃいましたが、何のお話しでしょうか」

晁夫人「私がこの間息子を失ったとき、あなたたちは私の財産はすべて自分たちのものであると思い、私までも棍棒で追い出そうとしました」

晁思才は話が終わらないうちに、いいました。

「何をおっしゃいます。だれがそのような心を起こしましょう。人の話しを信じられてはいけません」

晁夫人はさらに言いました。

「今回、神さまが哀れと思し召し、私に息子ができました。息子ができた以上、この財産は私のものです」

晁思才は晁夫人が話し終わるのを待たずに、いいました。

「私たちを呼ばれたのは、そのことを話すためですか。ほかにお話になることはないのですか」

晁無晏は

「七爺、話しがあるなら三奶奶が話し終わってからにしてください」

といい、晁思才の話しを遮りました。晁夫人はさらに続けていいました。

「今財産は私のものになりましたが、私は独り占めはいたしません。先祖の血を受け継ぐ人々のことを考えることにいたします。みんながご飯を食べることができれば、私は満足なのです」

晁思才は晁夫人が話しおわる前にいいました。

「端境期なので、私たちに一石の穀物をくださるというのでしょう。昨日、お呼びがかかったとき、私は義姉さんがいいことをしてくださるのだと思っていましたが、まさにその通りでした。叩頭いたしましょう」

晁無晏「七爺、三奶奶の話を邪魔ばかりしないでくれよ。三奶奶が話し終わってから、話すべきことがあれば話をし、叩頭するべきであれば叩頭するようにすればいいだろう」

晁夫人はさらに続けていいました。

「私は主人の四頃の土地を、各人五十畝、八つの家に分けて耕させることにします。私たちの家からは役人がでたのですから、このようなことをするのは当然のことです。全部で四頃の土地を、どのように分けるかは、あなたがたが自分で決めてください。あなたに五両の銀子、五石の雑穀を与え、農業を続けられるようにしてあげましょう」

 晁思才は二つの耳たぶをちょっと抓りますと、いいました。

「夢ではないでしょうか。兄さんの土地は、一畝あたり銀子四両の価値があり、四頃の土地は銀子一千六七百両の価値があります。それをただで我々に下さるというのですか」

晁夫人「おやおや。ただであげなければ、私にお金をくれるというのですか」

晁思才「阿弥陀仏。嫂子、あなたは世の中の凡人ではなく、観音様か頂上奶奶[5]の生まれ変わりです。まったく菩薩そのものです。一千年以上長生きされることでしょう」

晁無晏「七爺。長生きはあんたとは関係ないが、三奶奶なら一万年生きられても多いとはいえないよ」

晁夫人「下らないことをいうのはやめて、真面目なことを話しましょう。あなたがたに証文を書いてあげましょう。誰に書かせたらいいでしょう」

晁思才「二官児がとてもうまく書けますから、彼に書かせましょう」

晁夫人「馬鹿なことを。あなたがたが自分で書いて、自分で保存しても、証拠にはなりませんよ」

晁思才「私は話しをするべきではありませんが、ちょっと申し上げましょう。嫂子に判断をお任せしましょう。今回、三哥が亡くなり、私も一族の年長者ということになりましたから、荘園の家をすべて私にください」

晁夫人「誰もあなたが一族の年長者でないなどとは言っていませんよ。しかし、下の世代の者たちはあなたのことを年長者だと考るかもしれませんが、ご先祖さまからみれば、あなたがたは同じ子孫です。この家は、あなたがたにあげなければ、墓に持っていくしかありませんよ、曇りや雨の日に、足を休め、火にあたるとき以外は、この数間の家など何の価値もありません。あなたがたには、一人として大きな目で物を見ることができる人はいません。いざこざが起こり、均等に分けることができず、私の好意があなた方によって台無しにされては大変です。あなた方は、燕が巣を作るときのように、ゆっくり相談してください。これは天からの授かりもので、使ってもなくならないものなのですよ」

晁無晏「大奥さまのおっしゃることはご尤もです。まずはお礼を申し上げてから、話しを致しましょう」

晁夫人「すべてにけりがついてから、叩頭をしても遅くはありません」

晁思才「けりがついてからまた叩頭しても、多すぎるということはありますまい」

晁夫人「だいぶ遅くなりました。皆さん、食事をとられてから、また話しを致しましょう」

人に命じ、料理を並べさせ、おかずを運ばせ、大きな盆に饅頭、粉湯を載せ、捧げもたせました。

 晁夫人は、その時、奥にいっていました。すると、突然李成名が入ってきて、言いました。

「胡師傅が通州からやってきて、大奥さまにお会いしたいといっております」

晁夫人「梁師傅はこられなかったのか」

李成名「彼について尋ねたところ、梁師傅が新年に坐化されたといっていました」

晁夫人はとてもびっくりしてこう思いました。

「小和尚は本当に梁片雲の生まれ変わりだ」

晁夫人「東の広間にお招きしておくれ、会いにいくから」

 まもなく、晁夫人は広間に行きました。胡無翳は跪いて四回叩頭をしました。晁夫人は立ちながら彼の叩頭を受けますと、いいました。

「遠くて寒い道を、会いにきてくださって。梁師傅はどうして亡くなったのですか」

胡無翳「私は、一つには大奥さまにお正月の挨拶をするため、二つには坊っちゃんがお生まれになったか気になっていたため、三つには梁片雲がおかしな死に方をしたために、お会いしにきたのです。彼はここを去ってからというもの、ずっと大奥さまのご恩に感謝していました。彼は若奥さまが妊娠されていることを知っており、どうしたら生まれ変わって息子になり、大奥さまにご恩返しすることができるだろうかといっていました。そして、家につくと元気がなくなり、毎日気息奄々としていました。ある日、夢に韋駄尊者が現れ、彼にいいました。『晁宜人は通州にいた三年間、夫に刑罰を軽くするように勧めた。夫は言うことを聞かなかったが、彼女は十分に良心を尽くした。六百数両の銀子はたくさんの人を救い、これから救われる人も限りがない。あの方にお仕えする子供がないようなことになってはならん。おまえはあの方の子供になるといった。自分で願いをたてたのだし、出家した者がでたらめな言葉ははくことはできないぞ。犂舌地獄は本当にあるものだ。おまえは十二月十六日の子の刻、ちょっといってくるがよい。おまえが悟りを得るのが遅れることはないぞ』。彼は目を覚まし、すぐに長老と私に話しました。私たちは彼は普段ほど元気ではないが、何の病気でもないのだから、すぐに死ぬはずはあるまいと思っていました。ところが、彼は十二月十五日の酉の刻になりますと、湯を沸かして湯浴みをし、新しい服に着替え、大奥さまが彼のために作ってやった深緑の道袍をつけ、それぞれのお堂の仏像に別れを告げ、韋駄の目の前で叩頭し、長老に別れを告げました。さらに、私に、穀物を蓄える仕事を怠ってはならないと、再三言い含めました。そして、自分の修行部屋に入り。香を摘み、禅床に上り、膝を組んで腰掛けました。長老『あんなに元気な人間が、どうしてすぐに死ぬものか。自殺をさせてはならんぞ。遠くで用心し、部屋に入って邪魔をしないようにしよう』。十六日の夜が明けますと、長老はいいました。『子の刻をすぎたから、何事もないだろう、中に入って見てみよう』。中に入りますと、鼻の穴から二本の玉柱が出て、膝の上に垂れており、いつ円寂を遂げたのかは分かりませんでした」

晁夫人「どうしてこのような変わったことがあるのだろう。十二月十五日の朝は、妊婦も目を覚ましていた。二鼓すぎになって、産婆が『まだ早いですから、大奥さまは少し休まれてください』といった。枕をもってきて、私は眠った。すると、梁師傅が私の部屋に入ってきて叩頭をしたのだ。身には私が彼のために作ってやった油緑の道袍をつけていた。彼はいった。『私は大奥さまが身寄りを失われたので、大奥さまにお仕え致します』。私は夢を本当だと思って、こういった。『出家した人が私の部屋に入ってきて仕えることはできまい。外へ行っておくれ』。すると、彼は悠然と私の裏間へ行ってしまった。人々は私が寝言を言っているのだと思い、私を呼び起こした。その後、すぐに子供が生まれた。ちょうど十二月十六日の子の刻だった」

 互いに話をしますとぞっとしました。

晁夫人「さらにおかしな事があった。私はまだ話していなかったが、心の中でこう思った。『彼を生んだとき、夢で梁片雲が部屋に入ってきたのを見たから、彼を晁梁と呼ぶことにしよう』。その日、県庁に吉報を届けにいくと、県知事さまが赤い円領を着け、学校の棟上げ式から帰ってこられた。吉報を届ける者が報告をすると、県知事はいった。『この子は運がいいぞ。わしが礼服を着ているときに、おまえたちの吉報を迎えることができたのだからな。わしは学校の棟上げ式から戻ったところだから、晁梁と呼ぶことにしよう』。おまえは気が付いているかい。この子の顔は梁片雲とそっくりだ。もう梁片雲の出棺はすんだのかい」

胡無翳「彼は、埋葬はしないでくれ、裏庭に運び、龕の中にいれて煉瓦を積んでもらえば、自分で戻ってきて埋葬をする、といいました。そこで、今は裏庭の龕の中に入れられています。都の功臣、宦官たちは、大勢で彼を拝みにきています。皇太后さまも司礼監を遣わし、香を捧げられました。龕はとても立派な造りです。二月二日になりましたら、さらに大規模な工事をする予定です」

晁夫人「精進料理を食べおわったら、子供を見せてあげよう」

晁夫人も奥に食事をとりに行きました。精進料理がでてきますと、胡無翳は自分で食べました」

 晁思才たちは狼か虎のように食事を終えますと、晁夫人にそのことを知らせました。

晁夫人「よかった。彼らのために証文を書く人がいなかったのだが、胡和尚はちょうどいいところにきた」

晁夫人は食事をとり終わりますと、晁思才のところへいき、尋ねました。

「おなかはいっぱいになりましたか。ずいぶんはやく食べおわりましたね」

晁思才「いっぱいです。いっぱいです。あなたのお宅で、嘘を申し上げるわけがないでしょう」

 さて、胡無翳は精進料理を食べおわりますと、人が呼びにきましたので、真空寺に帰ろうとしました。

晁夫人「少しとどまられてください。お頼みしたいことがあります」

晁思才に言いました。

「通州から胡師傅がやってきましたから、あなた方のために字を書くように頼みましょう」

晁思才「それはとても結構なことです。どこにいるのですか。呼んで会ってみましょう」

晁夫人は胡師傅を呼んでこさせました。人々は胡無翳が赤い唇に白い歯をしており、尼のように綺麗なのを見ますと、とても尊敬し。互いに挨拶をしました。

晁夫人「これは私の一族の人々です。私は私たちが役人になり、朝廷の俸禄を受け、数畝の土地を買い、今数畝を彼らに分けようとしているのですが、契約書を書く人がいなかったのです。あなたはちょうどいいところにこられましたから、お頼みすることにしましょう」

胡無翳「うまく書けないのが心配です。原稿はありますか」

晁夫人「原稿はありません。私が読みますから、あなたが原稿を書き、さらに清書してください」

テーブルを拭かせ、筆、硯、紙、墨を持ってこさせました。晁夫人は読みました。

宜人晁家の鄭氏と息子晁梁が記す。亡夫は朝廷の恩典により、知県を四年、知州を三年勤め、俸禄をため、わずかな田地を買った。晁某ら八人は先祖の子孫であるが、みな貧乏である。鄭氏と息子晁梁は、自分たちだけが豊かな暮らしをするに忍びないので、今回、老官屯にある私有地四百畝、銀銭一千六百両を、某ら八人に分けることとする。五十畝ずつを、永く財産とさせ、一族を愛する心を表すことにする。財産は代々守るべきで、一族以外の者に売るべきではない。食糧、用役は、土地を耕す人が一切を負担する。これは母の命令であり、梁が成長した日には効力を失う。このほか雑穀五石、銀五両を分け与え、土地を耕し、物を作るための費用にすることとする。以上を以て証文とする」

 胡無翳は、それを聞きますと、原稿を書き終わり、最初から終りまで読んで人に聞かせ、尋ねました。

「これで宜しいでしょうか」

人々「とてもいい。代わりに清書してください」

晁無晏「『一人の客は二人の主人を煩わさない』ものです。私たちは農家になった以上、当然家畜を使うでしょう。牛を一頭ずつ我々にわけてくだされば、大奥さまの善行はますます完璧なものになるでしょう」

晁思才「嫂子さま、二官児の話しも尤もです」

傍らにいた晁近仁がいいました。

「ああ。人間は満足することを知らない。一人一人に与えられた五十畝が銀子でどれだけの価値があるか、大奥さまがわれわれにくださった銀子と食糧はどれだけ役に立つか考えてみろ。それなのに、大奥さまに牛をくれなどというとはな。七爺が『晁思才』[6]という名で、二哥が『晁無晏』[7]といわれるのも尤もなことだ−まったく名が実に伴っているとはこのことだ」

晁無晏は両目を見張り、晁近仁を食べんばかりの勢いで、言いました。

「有り難がらないのならともかく、人に説教をしてどうするんだ」

晁夫人「晁近仁の言葉がなくても、あなたがたに牛はあげません。牛は残し、私も農業をすることにします」

 晁無晏と晁思才は、彼らに五十畝を送るという話しを聞いたときは喜びましたが、後にだんだんと火にあたりたいと思うようになりました。火にあたりますと、さらに炕に上がろうとしました。炕に上がりますと、豆を摘んで食べようとしました。豆を摘むことができないと、心の中がひどく物足りなくなりました。二人はほかの人より何かしら多くのものを得ようとし、人々と一緒になろうとはしませんでした。ある者が自分は一族の年長者だというと、ある者は自分は一族の有力者だといいました。二人は外にいきますと、しばらく相談をしてから中に入ってきて、晁夫人にいいました。

「大奥さまにお話ししたいことがございます。かしらというものは必ずおります。馬鹿者には馬鹿者の頭が、盗賊には盗賊の頭がおり、一族の中でも長幼の序がなくすべて同じだということはありません。私たちはねえさんの分に手を触れる積もりはございません。六つの家への分配金を、一軒につき一両ずつ減らし、食糧も一軒につき一石ずつ減らし、六両の銀子と六石の食糧を、わたしが四、二官児が二の割合で分けることにしましょう。ほかの者よりも一銭でも多く分けていただければ体裁がいいのですが」

晁夫人「あなた方二人の体裁がよくなれば、六つの家の体裁は悪くなります。あなた方二人だけが嫡室の孫で、彼ら六つの家が義子の劉封[8]というわけでもないでしょう。胡師傅、彼らには構わず、東の広間にいって門に閂を掛けて文章を書き、書き終わったら、持ってきて私に書き判をさせてください。ここでは次から次へと人が喋って、うるさくて仕方がありません」

晁夫人は、すぐに身を翻して奥へ行きました。晁思才は人々に向かっていいました。

「真面目な話しをしているのにな。食糧や飼料を納めるとき、わしら二人は、県庁に知り合いをつくっているから、みんなはわしらを利用することができるのだ。わしらは善意をもって話しをしたのに、どうして聞き入れてくれないのだろう」

まもなく、胡無翳は八枚の契約書を一字の間違いもなく書きました。人々はそれらを比べ合わせました。晁夫人が出てきますと、胡無翳は、晁夫人に一回読んで聞かせました。晁夫人は八枚の契約書に花押を書き、書き込まれた人々の名前にしたがって、彼らに配りました。晁夫人はその原稿を自分のもとにおさめました。そして、小間使いに命じて奥から竹で編んだ拝匣を捧げ持ってこさせますと、中に五両の重さの八封の銀子を包みました。人々はそれぞれ一封を受けとりました。二十二日には、城外にいって土地を分割し、彼らに穀物を与えることにしました。人々は晁夫人に叩頭しました。晁思才は一生懸命晁夫人に挨拶を受けるように言いました。

晁夫人「兄嫁が義弟から挨拶を受けるわけには参りません。お立ちになってください」

晁夫人に叩頭しました。

晁夫人「先ほどはあなた方のお話に従わなかったわけではないのです。世の中は秤のように公平で、あなたが多めに取ろうとしたら、こちらが下がるか、あちらが下がるかするのです。あなたがたはこの数畝の土地をわけた以上、鼻と頬のような間柄です。老七、私があなたに説教することを悪く思われないでください。あなたは族長だとおっしゃいましたが、万事公平であってこそ、人々は従うものです。しかし、あなたは正しくないことをし、不公平なことをいっています。私は女で、何も知りませんが、『不公平』はよくない言葉であることは分かっています。それに、私が拝帖に書いたのは『公平』な言葉であり、『公平』とはいいことなのだということも分かっていますよ。この城外の人々が新来者を苛めることは、あなた方も知っているでしょう。我々一族が仲良くすれば、彼らはあなた方が大勢なので、あなた方を恐れることでしょう。しかし、あなた方が同じ家の者同士で争ったら、よその人にひどい目にあわされるだけではすまないでしょう」

人々は、晁夫人の言っていることは、正しいと思いました。人々は、別れを告げ、家に帰りました。

 晁夫人は胡無翳を引きとめて昼食を食べ、供物と一千銭を真空寺の長老に送り、胡師傅の食事を準備させました。晁夫人は、さらに言いました。

「八頃の土地の元の持ち主をすべて呼んできておくれ、胡師傅がここにいる間に、ほかにも何か書かなければならないかもしれないからね」

一日足らずで、元の持ち主がすべて呼び集められました。晁夫人は、今まで通り自分で広間に出て、ある者には揖をし、ある者には叩頭をして、すべて顔を合わせました。

晁夫人「あなた方は土地を私たちに売ったのですか」

人々「はい」

晁夫人「これらの土地は、すべて私が任地にいるときに、息子が買ったものです。その時に公正な値段で売買をしたかどうかは分かりません。何か不平があったらおっしゃってください、私が対応いたしますから」

人々は、それぞれ自分のことを言いましたが、ほとんどは、数両の銀子を借りたところ、十分二十分で複利計算をされ、十数か月足らずで、元本の三四倍にされたというものでした。百両の土地を手に入れるのに、二三十両の銀子も使っていませんでした。金を貸す代わりに物を与える場合はその価値を高く見積もり、年老いた馬、驢馬、牛、騾馬でも、数十両か数両として計算をし、三四銭の銀子の値打ちもない、ろくでもない酒一甕を、八九銭として計算したりしました。また、銀三銭の青布一匹を、四銭五分として計算しました。さらに、一両銀を千四五百の鐚銭に換金し、一吊[9]を一両の銀子であるとして、人に貸し与えました。人が承知しないと、すぐに元本、利子を取り立てようとしましたので、人々は鼻をつまんで我慢するしかありませんでした。

「この前、晁旦那さまが亡くなったときに、私たちも両院に告訴をしようと計画していたのです。ところが、若さまも人に殺されてしまいましたので、私たちは何も言えなくなってしまいました。家に男がいなくなってから告訴をすれば、奥さまを苛めているようにみえます」

晁夫人「私はこの数頃の土地は、とても不正な手段で手に買ったもので、恨みのある人も、たいへん多いのだと聞いています。土地を耕すとはいっても、不正に手に入れた土地を耕すのは、子孫のためにもよくありません。私が皆さんと相談をし、皆さんが原価でこの土地を請け戻すことができるようにすれば、皆さんは心安らかに仕事に精出すことができるでしょう」

人々「今の土地は気に入っていますが、原価を作ることはできません。実を申しますと、原価があれば、どこからでも土地を買うことはでき、わざわざ土地をうけもどすことはないのです」

「文書上の原価が欲しいということではありません。みなさんが昔借りた銀子の元本の額が欲しいと申し上げているのです。計上した利子、金の代わりにした品物も、要求はいたしません」

「もしそうであれば、大奥さまに申し訳ありません。単利計算をしていただき、金に換えた品物も公正な額でありさえすればいいのです。複利計算した利息を免除していただければ、私たちはどれだけ助かるか分かりません」

「いえいえ。私から話しをした以上、元本を返していただければ結構です」

「大奥さまのご好意とあれば、銀子を準備し、またもどってきて大奥さまに報告いたします」

「すぐに行かれる必要はありません。もとの文書をもってきますから、受けとっていかれてください」

中に二人の男がおりました。一人は靳時韶、一人は任直といい、いいました。

「銀子がきてから文書を渡しても遅くはありません。今は作柄がよくなく、人の皮の中に犬の骨が包まれている有様ですから、晁大奥さまの好意を無になってしまいます。悪人が善人に迷惑を掛けるようなことがあってはいけません」

人々は一斉にいました。

「あなた方二人は何もおっしゃらないでください。世の中全部の人に良心がないはずがないでしょう」

任直「今の人に良心があるのですか。最近の人は、口は蜜の盆のようでも、別のところでは悪口を言っていますよ」

晁夫人「道理に照らせば、あなた方二人の言うことはもっともです。しかし、私は約束をしてしまいました。でたらめなことを言うわけにはいきません。文書は彼らに渡しましょう。私は人に迷惑を掛けて罪作りなことをするのを恐れていますが、彼らだって罪作りなことをするのを恐れていないわけはないでしょう」

任直、靳時韶「仕方ありません。大奥さまはこの文書をすべて私たち二人にお渡しください。私たち二人は、一人は約正[10]、一人は約副[11]です。私たちは、今、土地を買ったが銀子を払っていないことを証明する文書を書きますから、大奥さまがお受けとりください。私は、大奥さまにかわって、銀子の取り立てをし、十日以内に仕事を終えます。ごまかしをするものがあれば、私たち二人は、彼を処罰致しましょう」

 果たして、帖子、文書を受け取りますと、人々は、晁夫人に礼を言い、門の外に出ました。任直と靳時韶は、言いました。

「阿弥陀仏。本当に女菩薩だ。俺は新しく生まれた子供は、あのご老人が功徳を積んだために生まれたのだと思うよ。はやく銀子を集めてあの方にさしあげよう、絶対に人の好意を無にしてはだめだ」

 十数人の人々がいましたが、彼らの得になるようなことは喜んでやりました。抵当にする土地がありましたので、人に銀子を貸すように頼めば、貸し与えるものもありました。人に土地を転売する者もありましたが、返した金をひいてもたくさんの余りがありました。果たして十日以内で、任直、靳時韶とともに次々と晁夫人に金を渡しました。合計しますと銀一千数両ほどでした。以前は、晁大舎は晁住夫婦とともに金をごまかしていましたが、今回は晁住の報告した額と、人々が返した金額には、大きな差はありませんでした。

 中に麦其心、武義、傅恵というものがおりました。三人はぐるになって靳時韶と任直の二人を騙しにいきました。

「我々はよそから銀子を借りたが、人々はみな信じず『女がこのような良いことをするものか』といいました。みんな文書をみてから承諾をしようといいました。我々の文書をとりあえず貸して見せてください。すぐにお返しします。他の人はすべてお金を払いましたが、我々三人だけはまだです。これでは、行いの善くない人のように思われます。恥ずかしくて、縄で首を括って自殺したいほどです」

靳時韶「おまえたちは銀子を一文も払っていないから、文書を渡すことはできない。それに我々は普段ながく一緒にいたわけでもないのだから、そんなことをするわけにはいかない」

任直「彼らの言うことも尤もだ。文書を人に見せなければ、銀子を借りることができないから、いつまでたっても金を返すことができない。持っていかせ、我々に返させればいい。そうでなければ、私が彼らについていこう」

靳時韶「それもいいでしょう。あなたが彼らについていってください」

三人の文書をとり、彼ら三人にわたしました。任直は彼らにくっついて長春観に新しく造られた裏門にいきますと、いいました。

「金を貸してくれる人はこの中におられます、遼東の参将です。金を貸してもらうのですから、少し恭しくし、叩頭をし、お願いするのがいいでしょう」

任直「俺が彼の銀子を借りるわけでもないのだから、頼みごとをする必要などない」

傅恵「我々の件をうまく纏めてくださればいいのです」

任直「おまえたち三人が入るがいい、俺は門の前の石の上に座っておまえたちを待っていよう」

三人「いいでしょう、あなたが中に入って私たちのために口を利いてくだされば、もっと事がうまくいくのですが」

傅恵は麦其心に向かって

「門番への礼物をもってきてくれ。伝言をするように頼まなければいけないからな」

麦其心はわざと袖を探りますと、いいました。

「先ほど暑かったので、袷を脱ぎましたが、あの袷の袖の中に忘れてしまいました」

傅恵「事を行うときは順調にしなければなりません。先ほどこの文書が必要になったとき、靳時韶の奴にあれやこれやと勿体をつけられたので、銀子を忘れてしまったのです。任さんの袖の中の汗巾には銀子が包まれていましたね。私たちに二銭を貸してくだされば、また戻って時間を無駄にしなくてすむのですが。銀子はお返し致しますよ」

任直はさっぱりした人でしたので、四の五の言うことなく、袖から汗巾をとりだし、銀の包みを開け、靴下から秤をとりだし、二銭はかりとり、傅恵に渡しました。

傅恵「紙で包むのがいいでしょう」

任直は袖から紙をとり出しました。傅恵は銀子を包み、裏門から中に入ると、さらに言いました。

「待ちきれなくなったら。中に入って催促してください。あの人が長話しをすると、用事が遅れますからね」

 任直は朝から食事をとっていなかったのですが、三人は昼近くになっても、出てきませんでした、腹がとても空いてきて、抹糕[12]売りが通り過ぎるのを見ますと、一碗買ってたべましたが、待ちきれなくなりました。昼もだいぶ過ぎたのに、三人は出てきませんでした。そこで、一人でゆっくりと歩いて中に入りました。門番などはいませんでした。さらに歩きますと、初老の尼が豆腐の粉を引いていました。そこで、急に思い出しました。

「ここは長春観の後殿ではないか。遼東の参将はここで休んでいるはずだ」

尼「施主さま、中にお座りください、私が茶を持って参ります」

「参将さまはどの部屋におられるのだ。朝三人が入ってくるのを見たか」

「朝早くから、傅恵と麦其心と知らない者がきて、二碗の粥を食べていきました」

「どこから出ていったんだ」

「表門から出ていきました」

「彼らは遼東参将に会ったか」

「この道観の中には昔からお客をお泊めしません。遼東参将などはおりません」

任直は尋ねました。

「彼ら三人は何か言っていたか」

「彼らはもしも我々を訪ねてくる人がいたら、我々は烏牛村で彼をまっているから、はやくこさせてくれといっておりました」

「どこに烏牛村などという村があるものか。ああ。あの犬の骨どもめ、『烏牛村』に奴らを探しに行けだと、このように人を馬鹿にするとは、憎い奴らめ」

とても後悔し、靳時韶に合わす顔がありませんでしたが、仕方なく戻って前後の事情を告げました。二人は腹立たしくもあり、おかしくもありました。

 靳時韶「彼らがどこに逃げようと、我々は彼らを探しにいこう」

鼓楼の前にいきますと、三人はぐてんぐてんに酔って、酒屋から出てきました。傅恵は任直を見ますと拱手をして、いいました。

「大変ご馳走になりました。あなたの二銭の銀子がなければ、俺たちのような弱虫は、帰ることができませんでしたよ」

任直「この人でなしどもめ」

武義「俺たちは人間だぞ。証文を返さないなんてとんでもないぜ。俺はこの口の減らない野郎のかかあを驢馬に犯させてやる」

傅恵「驢馬に犯される野郎をぶって、打ち殺したら、俺は命の償いをしてやる」

彼らは三人、こちらは二人、それに彼らは酒を飲んでいましたから、適うはずがなく、彼らにこてんぱんに殴られました。さいわい地方、総甲は郷約が殴られているのを見て、一生懸命にかばい、県庁に走っていって報告しました。県知事はちょうど出廷しており、三本の簽を抜き、三人の捕り手に十数人の下役を遣わしました。鼓楼の前にいきますと、三人の悪人はまだそこで乱暴をしていました。靳時韶、任直はぶたれて血塗れになって地面に横たわっていました。捕り手は三人に鎖を掛け、靳時韶、任直の二人を介助して知事に会いました。知事が靳時韶、任直をよびますと、彼らは前後の事情を報告しました。さらに長春観の尼を呼んで審問を行いました。傅恵の体からは、三枚の証文が見付かりました。知事はとても怒り、それぞれ三十回の大板、一回の夾棍、百回の杠子に処しました。三枚の証文は全部で八十畝、契約書にかかれた金額は三百二十両でしたが、今回、実際に晁夫人に返した銀子は百二十両でした。

知事「庫吏に、先日封を破いた残りの銀子を百二十両を計りとらせ、靳時韶に渡し、晁夫人に送り返してくれ。八十畝の土地は公売に付し、学校の貧乏書生を養い、証文の原本は役所で保管することにしよう。三人の畜生どもは大門の外に引き摺り出せ」

 靳時韶、任直は、銀子をほかの人にもたせ、晁夫人に送り返し、前後の事情を告げました。

晁夫人「善行をするはずだったのに、三人に台無しにされてしまいました。知事さまがこの土地を没収して学田にするのは、とても良いことです。この銀子は知事さまに渡し、この土地は私が学校に売ったということにしましょう」

靳時韶、任直を引き止めて酒、飯でもてなし、さらにそれぞれに一石の粟、一石の麦を送り、謝礼としました。二人は晁鳳とともに、百二十両の銀子を持ち、県知事に返しました。

県知事「まあいいだろう。大奥さまは善い行いをされるものだ。八十畝は大奥さまが買ったものということにしよう。学校に石碑をたてて後世に伝え、大奥さまのために額を作ることにしよう。家に帰ったら大奥さまによろしく伝えてくれ」

晁鳳ら三人を遣わし、礼房を呼んできちんとした扁額を作るように命じ、「女中義士」と書きました。吉日を選び、祝い酒、羊果[13]、彩楼[14]、楽隊を準備し、晁夫人の家に額を掛けるのを待ったことはお話しいたしません。

 胡無翳は一か月以上とどまり、晁夫人は彼のために旅費を送り、精進料理を並べて餞別をしました。小和尚は三か月近くなりましたが、とても利発でした。晁夫人は人に小和尚を抱かせて胡師傅に見せました。まことに不思議なことに、小和尚は胡無翳を見ますと、手を前に伸ばし、口を開けて大笑いしました。胡無翳はたいへん慌てましたが、よく見てみますと梁片雲とそっくりでした。

胡無翳「坊っちゃん、大奥さま、私は十月一日になったら、大奥さまのためにお誕生祝いをしにきますので、その時またお会いしましょう」

小和尚はひたすら胡無翳に抱いてもらおうとしました。胡無翳は小和尚を受け取るとしばらく抱きました。やがて、乳母が受けとっていきましたが、まだとても名残惜しそうにしていました。このことから、因果応報には根拠があることが分かります、人は天地鬼神は目に見えないものだといって悪いことをしてはいけないのです。まさに、

瓜を植うれば瓜を得て

粟を植うれば粟を得ん

少しも異なることはなし

水を施し玉を植う[15]

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]原文「八十年不下雨、記他的好晴児」。歇後語。「八十年雨が降らない、よく晴れた日を覚えている」という意味だが、「晴」は「情(こと)」と同音。は「よいことを覚えている」の意味になる。なお、これは反語。「奴らがしたよいことを忘れない」の意。

[2] この後、原文には「如今不知那些結着大爺的縁法、一応的差徭都免了咱的。要是大爺升了、後来的大戸収頭累命的下来、這纔罷了咱哩」という句があるが義未詳。

[3]原文「你家裏有甚麼秀才、郷宦遮影着差使哩」。義未詳。とりあえず上のように訳す。

[4]晁夫人のこと。

[5]頂上娘娘ともいう。碧霞元君のこと。

[6] 「思才sī cái」は「思財」(財産のことばかり考える)と同音。

[7] 「無晏wú yàn」は「無厭」(満足を知らない)と同音。

[8] 『三国志』の登場人物。劉備の義子。

[9]銅銭千文をいう。明何俊良『四友斎叢説』「一吊者千銭也」。

[10]村長。

[11]副村長

[12]抹子糕とも。山棗を粉にし、砂糖を加えて作った菓子。

[13]果物の一種と思われるが未詳。

[14]五色の布で飾り立てた牌楼。

[15]原文「舎漿種玉」。「種玉」は、水をくんで旅人に施していた漢の羊公が、旅人から石を授けられ、旅人からいわれたとおり、それを土に植えたところ、玉が生じたという、『捜神記』巻十一の物語にちなむ言葉。

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