第二十回

晁大舎が家に戻って夢に現れること

徐大尹が道を通って悪を除くこと

 

命軽んじ

忘るるは独り身の母

五倫五常は

ひつくりかへる

棄てられたるは筒井筒

家に住めるは婀娜な妓女

妓女は気儘で風任せ

し放題

楽しみは

すぐ消えて

罰を受け

横死する

一族は虐げり

やもめの老母

上様が強きを挫き

遺腹児が生まれざりせば

危ふく命婦は死ぬ前に

追はるる身  《満江紅》

 小鴉児は、晁源と唐氏二人の首を、髪で一つに結び付け、肩に担ぎ、短い棍棒を掴み、門は開けずに、塀を飛び越えて外に出、城内に入りましたが、そのことはさておきます。

 さて、晁住の女房は、夜明けまで寝、目を覚ましましたが、正房の向かいに、彼女が昨晩捨てた月のものがありましたので、夜が明けるとみっともないと思い、起き上がり、ズボンを穿き、上半身裸のまま、箕で灰をとり、奥の棟にいき、地面の血を埋めました。中に入りますと、言いました。

「ずいぶんよく寝ていますね。まだ起きられないのですか」

よく見てみますと、晁住の女房は、魂が消え失せてしまい、木綿の衫をはおり、ズボンの裾を引き摺りながら、外にむかって、こけつまろびつ走りでて、季春江を呼びにいき、いいました。

「大変です。若さまと小鴉児の女房が殺されました」

季春江は、大慌てで中に入り、二人の男女の死体を見ますと、素っ裸でまだ床に横たわっていましたが、首はどこにあるのか捜し出せませんでした。床には大きな血溜まりができていました。季春江は、あたふたと郷約、保正を呼びにいきました。地方、総甲[1]は、一斉にやってきて見てみますと、晁源と小鴉児の女房の死体が同じ場所にありました。これが姦通であることは、疑うべくもありませんでした。しかし、小鴉児は、この日、姉のところに誕生祝いをしにいき、晩には戻ってきませんでした。表の大門、中の宅門は、堅く閉ざされたままで、開けられていないというのに、だれが殺したというのでしょう。人々は、顔と顔とを見合わせますと、晁住の女房が、言いました。

「李さんの奥さんは、表で寝ており、中にはあなた一人しかいませんでした。人が殺されたというのに、どうして事情を知らないのですか。前後の門は、開いていませんから、きっとあなたが焼き餅をやいて、殺したのでしょう」

晁住の女房「私は、早くから東の部屋に入り、鍵を掛け、眠っていましたから、奥で何をしていたかは、知りません」

季春江「女の死体には首がないのに、どうして小鴉児の女房だと分かるんだ」

晁住の女房「首はなくなっていますが、足で分かるじゃありませんか。この荘園で、他にこんな小さな足をした女はいませんよ」

人々「ともかく、はやく人を遣わして城内に報せ、小鴉児を呼んでくるんだ」

郷約は上申書を書き、県庁に報せ、晁住の女房を、季春江に引き渡して見張らせ、床にある掛け蒲団を拾いあげ、二つの死体を覆いました。人々は去っていきました。

 さて、晁源は、髪の毛を振り乱し、素っ裸で、片手で下を隠し、全身血まみれの姿で、泣き叫びながら走り込み、晁夫人を引っ張りますと、言いました。

「狐の精が小鴉児をつかって私を殺しました」

晁夫人が大声で泣きましたので、脇で眠っていた小間使いは、急いで晁夫人を起こしました。晁夫人は、びっくりして体中に冷や汗をかき、心臓がどきどきし、全身の震えがおさまりませんでした。夜明けが近かったので、明りをつけさせ、髪梳き、洗顔をし、晁鳳を呼び、急いで騾馬に鞍をつけさせ、荘園に晁源の様子を見にいかせました

「大奥さまの夢がとても不吉だったので、若さまにはやく城内にくるようにいっておくれ」

下女、小間使いは

「狐の精が仕返しをするはずがありません。毎日話をしているので、大奥さまは、狐の精のことを忘れることができず、悪い夢を見られたのでしょう。怖いことなどありません。悪い夢は縁起がいいのですから、心配されることはありません」

間もなく、晁鳳は騾馬に馬具をつけ、窓の下にやってきますと、いいました。

「城門に行って待機し、城門が開いたら出ていきましょう」

 晁鳳が城門に着き、しばらく待ちますと、夜がだいぶ明けて、城門が開きました。外に出ますと、一人の男が、二人の首を背負って、城内に歩いてきました。門番が遮って詰問しますと、雍山荘で斬った姦夫、淫婦の首だといいました。門番は尋ねました。

「姦夫とは誰だ」

小鴉児「晁源です」

 晁鳳は、それを見ますと

「何ということだ。若さまは、どこでおまえの女房と姦通し、おまえに掴まって、殺されたのだ」

小鴉児「あなたの家の母屋の向かいで、今でも、二人とも真っ裸で寝ていますよ」

晁鳳は城外にはいかず、飛ぶように駆け戻りますと

「若さまが殺されました」

晁夫人「だ、だ、誰から話を聞いたんだい」

晁鳳「男が、二人の首を担いで、県庁に出頭していったのです」

晁夫人「どうして二つの首なんだい」

晁鳳「一つはその男の女房のものです」

晁夫人は、泣いて意識を失い、死にそうになりましたが、人が介添えをしたため、暫くすると、意識を取り戻し、泣きながら

「晁源や。おまえは少しも良いことをせず、命を縮めるようなことばかりしていた。おまえがよい死に方をしないことはとっくに分かっていたよ。おまえが私より後に死んで、私の葬式を出してくれることを望んでいたのに、私より先に死んでしまうなんて。こうなることは分かっていた。通州にいたとき、私が縄で首を吊って死んでいたら、どんなにか楽だったことだろう。必要もないのに私を救い、私に辛い思いをさせてくれたね。私は年をとったのに、葬式を出してくれる人もいない有様になってしまった。このろくでもない息子が」

石像も涙を流し、鉄像もうなずくほど泣きました。

 泣いておりますと、荘園の人々も報告をしにきました。報せにきた人は、晁住の女房が嫉妬して殺したのではないかと疑い、小鴉児が晁源を殺し、首をもち、県庁の前で県知事が出勤するのを待っていることは知りませんでした。晁夫人は急いで人をつかわし、娘の尹三嫂を呼び、家の番をさせました。そして、支度をすると、城外へ行き、納棺をするため、晁書らの人々をひきつれて出発しました。彼女は、晁鳳を残し、県庁で首を受け取ったら、すぐに城外に出て、納棺をするように命じました。さいわい、荘園は、杉の板[2]が置かれている波止場からは、遠くない場所でした。晁夫人が荘園に着いたときは、すでに辰の刻になっていました。彼女は、ふたたび一しきり泣き、人に板と布を買わせ、急いで準備をさせました。

季春江「この女の死体も、私たちが処理するのですか。彼女の亭主に処理させればいいでしょう」

晁夫人「あの男は、この女を殺したのだから、もう夫でも何でもないよ。おまえがあの男に処理を任せれば、あの男は、死体を山にひっぱっていって犬に食わせ、とんでもないことになるだろうよ。私の息子は、この女のためにひどい目に遭ったが、この女も息子のためにひどい目に遭ったのだから、同じ板を二揃い買って、同じように埋葬してやろう。息子はこの女のために死んだが、二人の死体を一緒に野辺送りしてやろう」

そして、すぐに用意を整えました。六月半ばは焼けるような気候でしたので、二人の死体はだんだんと膨れ始めました。衣服を作り終わる頃には、服を着せるのが難しいほど膨れ、何とか着せたものの、二つの首のない死体は、同じ場所に安置されたままでした。晁鳳が首を受けとってくるのを幾らまっても、彼はまったくやってきませんでした。晁夫人はとても焦りました。

 小鴉児は、二人の首を県庁の前の地面に置き、知事の出勤を待ちました。隙間もないほどの黒山の人だかりができ、晁大舎の首だとわかると、千人万人の人々は、一人として可哀相だ、彼を殺すべきではなかったとは言わず。彼は薄情だったと言ったり、ごろつきだったと言ったり、ある者が一つのことを指摘しますと、別の者が他のことを指摘し、あっという間に三寸の厚さの行状ができるほどのありさまでした。人々はみな、

「小鴉児は、英雄豪傑だ。他の男なら、こんな金持ちを捕まえたら、数千両の銀子を脅し取ろうとしていただろう」

小鴉児「こいつは俺に一万両を約束したが、俺はこいつの金はいらなかったんだ」

 間もなく、県知事が出勤しますと、小鴉児は首を担ぎ、投文牌にしたがい、中に入りました。郷約、地方は、最初の上申書では、晁住の女房が嫉妬をし、晁源たちを殺したのだと決め付けていましたが、城内に入りますと、小鴉児が彼らを殺したことが分かりましたので、最初から上申書を書き改めて、送付しました。小鴉児と郷約は、前後の事情を報告しました。県知事は尋ねました。

「彼はいつ姦通を始めたのだ」

「いつからかは分かりませんが、ずいぶん前から疑わしい行動をとっておりました。私は、かねてから注意して、何度か踏み込みましたが、彼に出食わすことはなく、昨晩になって、ようやく実情を目にすることができたのです」

郷約「二人の死体はどこにあるのだ」

郷約「大きな北側の棟で、中には涼床[3]があります。床の上には赤い毛氈、毛氈の上には天青の錦織りの緞子の敷物、敷物の上には藤の筵が敷かれ、月白胡羅の一重の布団と藤の枕が床に落ちていました。女の死体はまだ床に横たわっていました。男の死体は、上半身は床に、下半身は床の下にあり、どちらも頭を北に向けていました。寝床は血だらけでした。寝床の前にも血だまりがありましたが、あまり多くはありませんでした」

小鴉児に尋ねました。

「どのように殺したのだ」

「私が中に入りますと、二人はぐっすり眠っていました。月の下で見てみますと、彼ら二人であることが分かりました。しかし、間違って人を殺すことが心配でしたので、入り口の脇の火鉢で明りをつけ、照らしてみますと、唐氏は、手に男の一物をもっていました。私は、まず寝ている唐氏の首を切りましたが、晁源は目を覚ましませんでした。私は、奴が意識がないときに殺しては、楽な思いをさせることになると思いました。そこで、奴の頭の毛を解き、手で引っ張り、上に持ち上げますと、奴はようやく目を覚ましました。私はいいました。『犬の首をさっさと俺によこせ。』。奴は明かりの下で私に気がつくと、『命だけはお助けください。銀子は一万両でも差し上げます』といいました。しかし、私はすぐに首を切り落としました」

「どのように中に入ったのだ」

「塀を乗り越えたのです」

「中には他に誰がいたのだ」

「下男の女房が、東の棟で寝ていました」

「どうして分かったのだ」

「まず東の棟に行きましたが、女房がいませんでしたので、北の棟へいったのです」

「下座に跪いているのは何者だ」

晁鳳は跪いて申し上げました。

「殺された晁源の親戚で、首を頂けるのを待っているのです」

県知事「二人の首を彼に引き渡し、棺を買い、埋葬するのだ。銀子十両を、小鴉児が妻を娶るための費用として与えよ。護送をし、すぐに報告をし、受け取り状を送付するように」

小鴉児「私は銀子はほしくありません。いわれのないものは、ほしくないのです」

知事「十両の銀子は、商売の元手にすることができるのに、どうしていらないのだ。はやく受け取り状を渡すのだ」

小鴉児「この銀子を私に受け取るように迫られても、私は棄てるしかありません。このような汚れた金は、使うわけにはまいりませんからね」

県知事「おまえに金をやったりはしない。わしはおまえを試したのだ。しばらく監獄に入っているがよい」

郷約に尋ねました。

「彼の家で寝ている女は何者だ」

郷約「趙氏です」

県知事一本の簽を抜き取りますと、馬快を遣わしました。

「はやく趙氏を捕らえるのだ、晩の法廷で審問を行おう」

使いは簽を持ち、晁鳳は風呂敷で二人の首を包み、騾馬に乗り、飛ぶように荘園に戻りました。使いも、晁住の女房とともに騾馬に乗り、作男を従え、城内に向けて出発しました。

 晁夫人は、首を見ますと、泣くのをやめませんでした。針、糸で首を縫い付け、二つの棺を作りおわりますと、納棺し、棺蓋を釘付けし、唐氏の棺を担ぎ出し、よその廟に安置し、毎日彼女のために紙銭を焼きにいき、晁源と同じように祈祷、供養をしてやりました。晁源の棺は、彼が殺された部屋に置かれました。喪服を着て弔問を受けたことは、お話し致しません。

 下役は、晁住の女房をつれてきて、県庁の前で待機させました。晁住は、そこで女房の面倒をみました。県知事が出廷しますと、晁住の女房は、法廷に連れていかれ、県知事に見えました。

県知事「前後の事情を最初からくわしく話してくれ。この件についてはっきりと知ることができれば、わしも深く追及はしない。おまえが本当のことを言わなければ、わしはおまえを夾棍にかけてでも自白させるぞ」

夾棍をもってきて、待機させました。趙氏は、計家が訴訟を起こし、伍聖道、邵強仁が刑庁によって夾棍に掛けられたときの恐ろしさを目にしたことがありましたから、夾棍に掛けられるのを恐れ、一は一、二は二という具合に、嘘偽りなく話しをしました。ですから、第十九回で述べたことは、すべて趙氏の口から話され、人々は事実を知ることができました。県知事は、趙氏を拶子に掛けますと、言いました。

「このような恥知らずは、裸にして三十回板打ちにしてもよいのだが、本当のことを話したから、ぶつのはやめることにしよう」

そして尋ねました。

「だれがこの女を連れてきたのだ」

「彼女の夫の晁住でございます」

県知事「彼を呼べ」

そして言いました。

「恥知らずめ。おまえは女房をよく躾けたものだな」

やはり四本の簽を抜き取り、二十回板打ちにし、趙氏をひきとらせました。そして、監獄から小鴉児を出してきますと、四本の簽を抜き取り、二十回板打ちにし、血塗れにしました。小鴉児は、ふたたび荘園にいき、皮の荷物を担ぎ、唐氏の死体には構わずに、悠然と荘園から去りました。後に、ある人が、彼が泰安州で商売しているのを見たとのことでした。

 さて、晁家には近い親戚がいませんでした。遠縁の親戚は幾人もおらず、普段からの付き合いもなく、あまり訪問しませんでした。親戚には二人のならず者がおりました。一人は晁老人の族弟、もう一人は晁老人の族孫でした。この二人は、とびぬけたならず者でしたが、その他にもさらに数人のちんぴらがおり、二人の部下になっていました。晁源が死にますと、彼らは、晁老人が最近娶った春鶯に五か月の忘れ形見があり、男か女かは分からないものの、まだ晁家が存続する希望があるということを知りませんでした。そして、晁夫人に身寄りがなくなると思い、数万の財産は晁夫人とは全く関係がなく、すべて彼らのものであると見做しました。各人が金を出し合い、豚の頭、一羽の鶏、一つの焼き魚、一さしの紙銭を買い、二人の男に担がせました。族弟の晁思才、族孫の晁無晏は、ちんぴらどもを引き連れて荘園にいき、弔問にきたと称して、晁夫人に会い、声を張り上げ、何度か叫び、晁夫人を責め、

「『夫があれば夫に従い、夫が死ねば子に従う』といいますが、今では息子さんも亡くなってしまいました。息子さんは我々の一族だというのに、どうして少しも知らせてくださらなかったのです。今でも郷紳、監生がいるから、私たちを眼中に置かなかったというわけでもないでしょう」

晁夫人「晁家にきてから今まで四十四、五年になりますが、一族の方が訪ねてきて、冬至、新年のときに、先祖の前で正月の挨拶をなさるのを見たことがありません。どうして今になって現れ、つまらないことをおっしゃるのですか。私は、誰が世代が上で誰が下なのかも分かりませんが、弔問をしにこられたのであれば、おもてなしを致しましょう。しかし、弔問にきたのではなく、人を責めるためにやってきたのであれば、文句をいう人をもてなすための食事はありませんし、この手厚い礼物も受け取るわけにはまいりません」

晁無晏「私はあなたのことを『おばあさま』とお呼びします。先ほど、話しをしたのは私の祖父ですので、おばあさまを『義姉さん』とお呼びします。祖父は、昔からあまりよく考えずにものをいいます。大舎さまのために弔問にきたのは、本来は好意からだったのですが、不躾にあのようなことを言い、おばあさまに不愉快な思いをさせてしまいました。先ほど、おばあさまが知らせてくださらなかったことを責めましたが、あれは本家の者があのようなことがあったのを知らないと、世間に笑われてしまうからです」

晁夫人「この前は主人が、一昨年は大舎の嫁が死に、昨日になって葬式を出しましたが、あなたがたは世間に笑われるのも気にせず、様子を見にこようともされませんでした。それなのに、どうして今回は世間に笑われることを気にされるのですか」

晁思才「何をおっしゃいます。二度も三度も黙って私たちに知らせてくださらなかったから、私たちはよそさまにひどく笑われたのですよ。彼らは『立派な家なら、他人にだって孝布を送るのに、同じ家の者に、半尺の孝布すら送らないとはな』といっていますよ。私は腹が立ったので、自分でやってきたのです」

晁夫人「弔問にきたとおっしゃるなら結構です、おもてに腰を掛けられ、食事をとられてください」

彼らは座席に腰を掛け、人々を呼び入れますと、喪服と白い木綿の道袍がほしいと言わせました。

晁夫人「主人の野辺送りのときにやってこなかったのに、ますます怠け者になりましたね」

人々「私たちが今日来るとは思わず、準備をしていなかったのだな。法事をする日にまたこよう。奥さまに、喪服を作ってくれ、身に着けて外に出、行香をすれば見栄えがいい、女房たちもみんな弔問にくる、と言ってくれ。奥さまに、準備するべきものは全部準備し、あたふたすることがないようにしてくれと言ってくれ」

晁夫人「衣服は幾らもしませんが、差し上げれば次から次にほしいという人が現れるでしょう。いずれにしても、私は人から殴られることでしょう。お天道さまが哀れんでくだされば、お腹の中にいるのが男の子であるということもあるかもしれません。私に身寄りがなくなるかどうかはわかりません。身寄りがなくなった場合も、私は、狼に餌をやっても、犬に餌をやることはないでしょう」

十二人の和尚を雇い、十五日に経をよむことにしました。ここで少し話しを省略して、先を急ぐことに致しましょう。十五日になりますと、晁夫人は、一生懸命彼らのもてなしをしようとしました。ところが、和尚が腰を掛け、太鼓、はちを叩きますと、黒雲が出、盥をひっくりかえしたような大雨がふってやまず、道には鉄砲水が溢れ、人々は一人もやってきませんでした。

 十九日は、晁源の初七日で、人々は、その日も雨が降るだろうと思い、一日前に荘園にいこうとしました。ところが、晁思才の女房が、急に心臓が痛くなって死にそうになりました。蛇は頭がなければ進むことはできないものです。晁無晏という悪者がいましたが、彼は狼と別れてしまった狽のように、動きがとれなくなりました。そこで、十九日にも来ることはありませんでした。

 晁夫人は、初七日をすぎますと、片付けをして門を閉じ、一切を季春江に任せ、城内に入りました。晁思才たち二人の悪人は、晁夫人が荘園で初七日を過ごしただけで城内にいってしまうとは思ってもいませんでした。晁思才の女房の心臓の痛みが治まりますと、蝦、蟹のような男たちが、それぞれの女房をつれ、びっこも、めくらも、何頭かの騾馬を探し、山犬か犬の群れのように追いかけていきました。しかし、晁夫人がすでに城内に入ってしまったことを知りますと、唇を尖らせました。女たちは、霊前にいき、何度か叫びました。季春江は、慌てて飯を作り、人々をもてなし、彼らのために騾馬に餌をやりました。人々は、それでもあれやこれやと、季春江の行き届かないところを詰りました。ご飯を食べますと、季春江に麦の刈り入れはしたかと尋ねました。

季春江「麦はございますが、大奥さまのお言い付けを受けておりませんので、私は一粒も妄りに動かすことはできません」

晁思才は口を開きませんでしたが、晁無晏は罵って

「何をぬかすか。今、おまえの大奥さまには、家事をきりもりできる子供や娘がいるのか。この財産は、いずれにしても我々のものだ。我々に仁義があれば、住む家をやり、毎年あの女に数石の食糧をやるが、俺たちに仁義がなければ、一本の棍棒であの女を家から追い出してやるぞ」

季春江は返事をしました。

「あなたの言うことは、武城県の人の言葉ではなく、蛮族の言葉のようです。あの方には娘さんがいますし、家には妊娠した人もいます。あの方は、ただ一人の奥さんだというのに、夫が稼いだ天にも届くような財産を、貰うことができないとでもいうのですか。あなたは、棍棒であの方を追い出そうとするのですか。あなたには追い出す勇気などないでしょう。まったく腹が立ちますね。大奥さまの面子を立てなければ、私はあなた方の言うことをききませんよ」

晁思才は、進み出ると、季春江にびんたをくらわせ、罵りました。

「くだらんことを言いおって。おまえが腹を立てたって、何もできまい」

季春江は思わず、晁思才の胸倉を掴みますと、晁思才を仰向けにし、地面に転がしました。晁無晏が進み出て、季春江と取っ組み合いますと、晁思才と彼の女房、それに晁無晏の女房が、男も女も一斉に進み出ました。彼らは仲裁をするふりをして、季春江の手を封じました。季春江は、普段から腕っ節は強いほうでしたが、大勢の男女たちには適いませんでした。季春江の女房は、夫がひどい目に遭っているのを見ますと、街に走っていき、

「郷約さま、地方さま、お助けください。強盗が真っ昼間に屋敷に入っております」

銅鑼を手にとり、さんざん叩きました。隣家と荘園の郷約地保が、たくさんの人々を集め、中に入りますと、人々はまだ季春江を取り囲んでいました。季春江は、ぶたれて鼻から血を流していました。女たちは、布団袋を手にとったり、木綿の衫を脱いだり、袖を縛って袋にしたりしながら、道をあけ、円陣を組み、麦を奪っていました。さらに、晁源が供えた香炉、燭台を踏み付け、襠(まち)にいれたり、孝帳[4]を数枚引き下ろし、身辺に隠し持ったりしていました。郷約、地方は、この有様を見ますと、叫びました。

「聖天子の御世だというのに、真っ昼間から、財産を奪い、人を傷付けるのか」

取り囲んで捕らえようとしました。晁無晏と晁思才の二人の頭目はようやく季春江を放しますと、いいました。

「俺たち本家が財産を分けているんだ、あんたがたとは関係ないぞ」

郷約「晁の大奥さまが生きていらっしゃるのだぞ。財産を分けるのならまだしも、略奪をするとはどういうことだ。今の知事さまはとても厳正なお方だ。昔の愚かな知事とは違って、おまえたちに勝手なことをさせたりはしないぞ」

上申書を書いて県に報告しようとしました。さらに脅したり宥めたりして話しをし、季春江に保辜[5]の証文をかかせ、男女たちに麦などの物を担がせて城内に帰らせました。

 季春江は、翌日、板戸にのせられて県庁に赴き、告訴を行いました。

人々「あんたのご主人はすでに亡くなったし、あんたは一人で、奴らと渡り合うことはできないだろう。我々が奴らの罪を告発しても、徹底的にやっつけることはできず、ますます憎しみが深まることだろう。俺たちのいうことにしたがって、我慢をすることだ。奴らが引き下がろうとはせず、また城内にきて強奪をしたら、そのときは知事さまも近くにおられる。奴らを知事さまの下に送って罰してもらい、恨みを晴らすことにしよう」

一しきり慰めますと、人々は家へ帰っていきました。

 季春江はめちゃくちゃに殴られ、床から起き上がれませんでしたので、下役が城内に報せを伝えました。晁夫人はそれを聞きますと、腹が立ってたまりませんでしたが、どうしようもありませんでした。ところが、晁思才ら二人の悪人は計画を立てました。

「ぐずぐずしていては駄目だ。あの女が娘に財産を与えないようにしなければ、俺たちは『おならをしてから尻を覆う』ようなことになってしまう。俺たちは一族みんなであいつの家に引っ越して住み、後ろと前から婆さんを押さえ付け、わずかなものも持ち出さないようにさせ、さらに、あの女に銀子をださせて均等に分け合い、その後で我々二人が不動産を選びとり、のこったものをおまえたちに分けさせてやろう」

人々は承知しました。彼らは、すぐに女房や子供を引き連れ、がやがやと家を占領し、テーブル、椅子、箱、箪笥、食糧を奪い、小間使い、下女、下男、小者を追い出したりぶったりしました。泣き声は地を揺るがしました。彼らは、仲間同士でも争い、大騒ぎしました。晁夫人は春鶯が手にかかって、腹の子が損なわれるのを恐れ、すぐに楼にあがるように勧め、楼に鍵をかけ、梯子を取り去りました。表門の前では数万人の人々が晁家が略奪されるのを見ていました。

 これらの悪人を、神さまが放置し、彼らの思い通りにさせていれば、この世には応報がないということになってしまいます。ところが、その日は、天子が派遣した役人がやってきたため、徐大尹が城外まで彼らを送り、ちょうど門の前を通り過ぎました。中は千万の人馬がいるかのように騒がしく、外も数万の人々でごったがえし、轎は進むこともできませんでした。徐大尹がびっくりしますと、部下が報告しました。

「晁郷紳の一族が、晁源が人に殺されたため、家財を略奪しているのです」

徐大尹「彼の家では、今、誰が生きているのだ」

「郷紳の夫人がおります」

徐大尹は人々を追い払い、轎を晁家の入り口に運ばせますと、轎から降り、広間に入りました。人々は調子に乗って略奪をしていたため、県知事が広間に入ってきたとは夢にも思いませんでした、県知事は表門に鍵を掛けさせ、さらに尋ねました。

「裏門はあるのか」

「ございます」

人に命じて裏門を閉じさせ、一人を逃せば五十の板打ちにすることにしました。すると、中から二人の男が走り出てきました。彼らは頭を振り乱し、ぶたれて顔中血だらけ、体は青、赤、紫、黒になり、染め物屋を開いたかのようでした。ズボンもめちゃくちゃに千切れており、跪きますと、叫びながら叩頭しました。徐大尹は晁鳳を見ながら

「この男は首を受け取りにきた者だ。おまえはどうしてここで略奪をしているのだ」

「私は晁郷紳の下男です。人にぶたれて怪我をしたのです」

「おまえは下男だったのか。おまえの女主人は今どこにいる」

「大奥さまは人々に苛められ、死にそうになっています」

知事は尋ねました。

「封を受けていたか」

「二回封を受けました」

「ご夫人[6]を呼んでくれ」

「女たちに引き止められ、外に出ることができません」

 徐大尹が快手と執事を中に呼びにやらせますと、果たしてたくさんのあばずれ女たちが晁夫人を封じ紙のように囲んでおり、放そうとしませんでした。快手は尋ねました。

「どなたが晁の大奥さまですか」

晁夫人は泣きながら返事をしました。快手はほかのあばずれ女たちを追い払いました。晁夫人は孝衫[7]を取ってこさせて穿きますと、麻縄を締め、二人の怪我をした小間使いに助けられて、泣きながら、拝礼を行いました。

 徐大尹は門の中で跪いて挨拶を返すと、こう言いました。

「怒りを静めて、事情をお話しください」

「私には近い親戚はまったくおりません。彼らは遠い親戚で、私が嫁にきてから、今年で四十四年になりますが、彼らとは一度も会ったことがございませんでした。昔の舅、姑の葬式、最近の夫の葬式のときも、一枚の紙銭も燃やしにきませんでした。ところが、今回、私の息子が死にますと、全員でやってきて、すっかり財産を奪い、私を追い出そうとしました。昨日は城外にいき、すっかり略奪をし、息子の霊前の香机と香帳もすっかり奪っていき、荘園の見張りを死ぬほど殴りました。今日は、更に女子供をつれてきて部屋を占領し、私を身一つで追い出そうとしています。私が物をもっていくのを恐れ、女たちは私の全身を探りました。知事さまがここにおられるのに、彼らはまだ私を許そうとしません。人を中に入らせればわかります」

「全部で何人いるのですか」

「八人の男たちと、十四、五人の女たちです」

「これらの者には、きっと(かしら)がいるはずですが、何という名前でしょう」

「一人は晁思才、もう一人は晁無晏です」

「今、どこにいるのですか」

「全員中におります」

「八人の男を鎖で縛ってくるのだ」

 快手たちは、中に走り込み、六人に鎖を掛けましたが、二人足りませんでした。

知事「二人はどこから逃げたのでしょう」

晁夫人「塀は高くて飛び越えられませんから、きっと中に隠れているのでしょう」

知事「よく探すのだ」

快手が報告をしました。

「これ以上探すことはできません。物見の楼だけは鍵が掛かっており、下には梯子がありませんから、多分、楼に隠れているのでしょう」

夫人「あの楼には人はおらず、身籠もった妾がいるのです。私は悪人どもが胎児を損なうの恐れ、門に鍵を掛け、梯子を運び、彼女を上に隠したのです」

知事は尋ねました。

「身籠もっているのは誰の妾ですか」

夫人「夫の妾です」

「妊娠何か月でしょうか」

「五か月になります」

「妊娠した妾がいるのなら、息子が生まれるかもしれないではありませんか」

さらに

「はやく二人を鎖で縛ってこい」

 捕り手はふたたび捜しに行き、仏殿の中から一人の男を探しだしましたが、晁無晏は見付かりませんでした。

小間使い「男が大奥さまの部屋に駆け込んでいきました」

下役は小間使いに案内をさせながら家の中に入りましたが、晁無晏は影も形もありませんでした。そこで、下役が床の上の掛け蒲団と衣装をとってみますと、晁無晏はその中に隠れていました。下役はすぐに晁無晏の首に鎖をかけました。晁無晏は地面に跪き、腰から大きな包みを取りだしますと、下役に渡して、ひたすら

「お助けください。お許しください」

といいました。彼の女房孫氏も跪いて許しを請いました。

「この人を許してくだされば、私は何でも致します。すべてあなたのおっしゃる通りに致します」

下役は

「俺がおまえの命を許しても、知事さまは俺の命を許してくださらないだろうから、俺は何もいらん」

といい、鎖を掛けて出ていきました。

知事「どこに隠れていて、見付かったのだ」

下役「あちこち捜しましたが見当たりませんでしたが、小間使いが男が晁大奥さまの寝室に走っていったといいました。中に入ると姿が見えませんでしたが、晁大奥さまの床の掛け蒲団の中に隠れておりました。この男はさらに腰から大きな包みをとりだして私を買収し、逃がしてもらおうとしました」

「憎らしい奴め。包みはどこにいったのだ」

「彼の女房に渡しました」

知事はさらに叫びました。

「すべての女たちに鎖を掛けよ」

 下役は鎖をもって、奥へ走っていきました。女たちは下役が彼らを掴まえにきたことを知りますと、下男の女房を引っ張りながら嫂子と叫んだり、小間使いを引っ張りながらねえさんと叫んだり、竈に潜り込んだり、テーブルの下に身を隠したり、下男の女房のふりをして飯を作ったり、おまるをもってはばかりに駆け込んだり、炕に横たわって髷を解き、病気になったふりをしたりしました。しかし、小間使い、下女は、これらの女たちにぶたれたり、掴まれたりして、女たちを憎んでいましたので、匿ってやろうとはしませんでした。そして、下役に指図をし、一人一人を捕縛させましたので、男たちよりずっと簡単に掴まってしまいました。十四人の女たちは一人も欠けていませんでした。

 皆さん。女たちはどのような姿をしていたと思われますか。

ある者は冬瓜(とうぐわ)のような白き顔

ある者は棗のような紫の(くち)

ある者は革の袋を胸に掛け

ある者は木綿の布で足を縛れり

ある者はでこぼことした顔をして

鳩槃荼[8]とは瓜二つ

ある者は屈強そうな体して

羅刹女にこそ相似たれ

ある者は狐のように色っぽく

ある者は(ましら)のように野放図で

孫行者により翠微宮から追ひ出だされし妖怪(もののけ)

傅羅卜[9]により地獄を逃がれし餓鬼のやう。

知事は夫人に尋ねました。

「女たちは全員捕まったのか」

夫人「この十四人です」

知事は本家の下男の女房をすべて引き出させました。彼らはだらしのない格好をしてやってきました。知事は女たちの体をくわしく検査させました。ある者からは耳飾りが、ある者からは釦が、ある者からは腕輪、かんざしが、ある者からは珠箍が見付かり、その数は少なくありませんでした。知事は数をきちんと調べますと、すべて夫人に渡し、近くから産婆を呼んでこさせました。人々はその理由が分からず、心の中で訝しく思いました。女たちは心の中で考えました。

「きっと私たちの例のところの中にも物が隠してあると思い、女に手を入れさせ、取り出すつもりなのだろう」

顔と顔を見合わせて慌てました。

 まもなく、産婆が呼ばれますと、知事は尋ねました。

「おまえが蓐婦か」

女は蓐婦とは何のことかわかりませんでした。

部下「知事さまはおまえが産婆かとお尋ねなのだ」

女「はい」

知事は晁夫人にいいました。

「身籠もった女を呼んできてくれ」

晁夫人は袖から鍵を取り出しますと、晁書の女房に渡し、人に命じて梯子を掛けさせ、春鶯を知事に会わせることにしました。晁書の女房はいって間もなくしますと、春鶯とともに中から出てきました。その有様はといえば、

色つぽさこそないものの、

羞ぢらひの色を湛へり。

喪服の袴、金の蓮、

白き袖には(ぎよく)(たけ)

年は十六七足らず、

十一二月で身は二つ。

晁夫人「階段の下で知事さまにご挨拶をおし」

知事は立ちながら四回の拝礼を受けますと、叫びました。

「産婆、一族の女たちと静かなところへいき、胎児がいるかどうか検査してくれ」

晁夫人「この広間の西の裏間が宜しいでしょう」

 春鶯は大奥さまについて中に入り、産婆の触診を受け、両手の脈をみてもらいました。知事は春鶯を奥に戻らせました。

産婆「とても元気な胎児で、おそらく妊娠五か月ほどです。脈を拝見いたしましたが、男の子です」

知事「一族の女たちは見たのか」

「全員見ました」

知事は晁夫人に言いました。

「宜人さま、おめでとうございます。私は善人に子孫ができない筈がないと思っていました。いつお子さんが生まれるのでしょうか」

「十一月か、十二月の初めでしょう」

「晁老人はいつ亡くなられましたか」

「この妾は二月二日に娶ったもので、夫は三月二十一日に亡くなりました」

知事は頭の中で計算しますと、ちょうど日があっていました。

知事「憎たらしい奴らですね。私があなたのためにしっかりと検査をし、証人にならなければ、彼らはあとで争いをおこし、流言をまきちらしていたでしょう。子供が生まれたら、私に知らせ、この産婆に取り上げをしてもらうことにしましょう」

いい終わりますと、宜人を家に帰らせました。晁夫人がなおも叩頭して感謝しますと、知事も挨拶を返しました。

 知事は表門の入り口に出ますと、椅子を持ってこさせて腰を掛け、晁思才、晁無晏を県庁に連行し、処罰しました。そのほかの六人は、表門の外でそれぞれ三十の板打ちにした後、鎖を解き、追い払いました。また、女たちを五人一列にし、それぞれ三十の板打ちにしました。晁夫人は晁鳳に報告をさせました。

「女主人が申し上げます、男たちが指図しなければ、女たちはこのようなことはしませんでした。知事さまにはすでに男たちをぶって頂きましたから、女たちは許してやってください。女主人は外に出て申し上げることはできませんが」

知事「女たちが夫を率いて部屋に入り物を奪ったのに、宜人どのはどうして奴らを執り成すのだ。小さな罪なら、それぞれ一回拶子にかければいいが、人の家を理由もなく略奪したのだから、街に引き出して叩かなければ、人々を戒めることはできん。大奥さまによく伝えてくれ、彼らには構わないでくださいとな。連れていってぶつのだ」

晁夫人は、ふたたび晁書を遣わし、何度も懇願しました。しかし、知事は処置を行う振りをし、晁夫人に人々のとりなしをさせました。本当にぶつつもりなら、めちゃくちゃにぶたせ、相談したりはしなかったでしょう。知事は返事をしました。

「あばずれ女どもは許してやろう。しかし、ふたたび家にきて略奪をしたら、わしはまた街にきてぶつことにするからな」

さらに尋ねました。

「郷約、地方は、どうして待機していないのだ」

郷役、地方は、一斉に跪き、返事をしました。

「ずっとこちらに待機しておりました」

知事「おまえたちはこの街を管轄しているのか」

「その通りでございます」

知事「立派な郷約とその副官だな。立派な地方だな。このような悪人を野放図にし、自分では捕らえることができず、県庁にも報告をしないとはな。引き立てろ。一人二十回の板打ちだ」

轎に乗り、二人の頭目を連れて県庁にいき、各人四十回の板打ちにし、一回夾顧に掛けました。晁思才は百回顧に掛けられました。晁無晏は夫人の床に隠れておりましたので、百回を加えられ、二百回顧に掛けられました。獄卒に命じて監獄に連行させ、一か月以内に治療をするように命じ、彼らを殺すことは許しませんでした。

 これは明らかに天が悪人を許さず、彼らの家の門の前に知事を通らせるように計らったものでした。彼らを家の中でわめいたり、ぶったり、大騒ぎさせ、おもてにたくさんの人々を集まらせたのもやはり神さまの計らいでした。知事はすべてを自分の目で見、耳で聞きましたので、証人を探す必要もなく、彼らのために丁寧に、迅速に処置をおこないました。神の思し召しがなければ、百人の晁夫人がいたとしても、知事の前にいくことはできず、知事の前にいったとしても、狼どもは晁夫人が誣告をしたといい、晁夫人が裁判に勝つことは絶対にありえなかったでしょう。今、街の住民、押し掛けた人々は、異口同音に、徐知事は本当に賢明で、人民の父母だ、まるで子や孫に対するように仕事をし、災いを除き、後日の争いを防いでくださるといいました。さらに

「本当に『万事くよくよしてはいけない、頭の三尺上には神さまがおわすのだから』とはこのことだ」

と言いました。春鶯が息子を産み、知事さまの苦労が無駄にならなければいいのですが。どうなりましたでしょうか。後の話しをお聞きください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

中国文学

トップページ

 



[1]百戸長。

[2]原文「沙板」。棺に用いる。

[3]籐製の寝台。

[4]弔辞を書いた絹の布。

[5]旧時、人にけがを負わせた場合、一定期間内に被害者が死ななければ、殺人罪にならなかった、その期限をいう。

[6]原文「宜人」。封誥を受けた女性に対する敬称。

[7]服喪用の衫。

[8]人の精気を食らう鬼。増長天の属神。転じて醜女の意。

[9]戯曲、小説の登場人物と思われるが未詳。

inserted by FC2 system