第十九回

晁大舎が女と姦淫すること

小鴉児が二人の首を切ること

 

陌上使君[1]にあ妻があり

貧しけあ美人だと思ふ

富めば厭へり老いたるを

千金を出だして新妻をば求め

二人の美女を得んとせり[2]

後妻を娶ることはあれども

密通、浮気は悪しきこと

密通しなばあつといふ間に

二つの(かうべ)を旗に掛く 《蝶恋花》

 晁大舎は、葬式を終えますと、紙銭を送った人々へのお礼をし 、下男をつれ、雍山の荘園へ、人々が麦を収穫するのを見にゆきました。麦の収穫がおわりますと、臨清の秦家に、お礼の挨拶にゆき、縁談を纏めようと考えました。荘園の広間、楼屋は、一昨年、狐の精に放火され、焼けており、まだ再建されていませんでした。そこで、退屈な思いをしないように、すぐに城内に戻らなければなりませんでした。

 ところが、年明け前、一人の靴屋がやってきました。彼は背丈は八尺、丸い目、濃い眉、高い頬骨と大きな鼻をしており、二十四五歳で、ずっと雍山の北に住んでいました。人々は、彼の姓名を呼ばず、幼名で小鴉児と呼んでいました、小鴉児は、普段は革の荷物を担ぎ、山の南に行き、人々のために仕事をしており、無骨な男ではありましたが、とても素直な心をもっていました。雍山の荘園の人々は、みんな彼と知り合いでした。彼は、去年の秋、数日間雨が降り続き、藁屋が鉄砲水で押し流されたとき、南の荘園にきて、耿という姓の人のために靴を縫いました。そのとき、自分の家が押し流されてしまった、山の南にやってきて、家を探し、住みたいのだがといいました。耿さんはいいました。

「東の晁さんの家には、幾つかの空き部屋がある。人が住んでいるかどうかは分からないが、おまえが靴を縫いおわったら、一緒に見にいってみよう。人が借りていなければ、山の南に引っ越して住めばいい。仕事をするのにはずっと便利だ」

小鴉児は、靴を作りおえますと、耿さんの家と晁家にゆき、荘園の管理人の季春江を訪ね、こういいました。

「小鴉児が住む家を探しているのですが」

季春江「以前、靴を持ってゆき、縫ってもらったとき、おまえは自分の家に住んでいたじゃないか。とても綺麗な家だったのに、どうして家を借りるんだ」

小鴉児「先日、雨がふりつづき、鉄砲水で押し流されてしまったのです、私が女房を背負って高い楊の木の上に上らなければ、私は、今頃、『水晶宮』[3]で楽しく暮らすことになっていたでしょうよ」

季春江「そんなにひどい目に遭ったのか。家はたくさんあるが、家を借りようとする奴らの素性が知れないので、貸そうとしなかったのだ。おまえがきて住み、朝晩靴を縫ってくれれば、時間の節約にもなる。夜には俺たちのために家の番をし、小作人が忙しいときは、おまえの女房に、厨房で手伝いをしてもらうことができる。自分で気に入った家を選び、入り口に鍵を掛け、吉日を選んで引っ越してきてくれ」

小鴉児「吉日を選んでも仕方ありません。明日、引っ越してくればその日が吉日です」

夕方になりますと、小鴉児は、靴屋の荷物を季春江の家に預け、自分は何も持たず、家に帰りました。翌日の朝、自分でぼろぼろの家具を担ぎ、女房とともに、新しい家にやってきました。

 彼の女房は、姓を唐といい、やはり靴屋の娘で、二十歳になったばかりでした。季春江は、小鴉児の女房は、田舎女だろうと思っていました。牡丹ほどは気高さがなく、芍薬ほどはなまめかしさがなく、海棠ほどは趣がなく、梅ほどは香しさがなく、蓮ほどは清らかさがなく、菊ほどは気高さがなく、美しさはありませんでしたが、艶やかな山の花といったところでした。その有様はといえば、

毛青布[4]の広袖長衫(ながぎ)

薄紅の紗の藏頭膝褲。

羅の裙は高々と、

綾の(したうづ)はぴつちりと。

その肌は羊脂の玉ほど白くなく、

鬢髪(びんがみ)は犬の(くび)ほど茶色くはなし。

(かんばせ)は四弁の甜瓜[5]にあらざるも、

目に秋水を湛へたり。

常に自分で自分を見、

靴を直すは慣れたもの。

人の心をくすぐりて、

人を動かすこともする。

季春江は、彼女を見ますと、心の中でこう考えました。

「このような娘が、どうして山の中に住んでいたのだろう。亭主が強かったおかげで、人に辱められることがなかったのだろうが、坊ちゃまがみたら、事件が起こるだろう。しかし、家に呼んだ以上、また帰らせるわけにはゆかない」

仕方なく彼女を住まわせました。

 一年近くたちました。小鴉児は、異常なほど嫉妬深い男でしたが、唐氏は邪心などはもっておらず、同じ屋敷に住んでいる人々も、ちょっかいを出そうとはしませんでしたので、季春江も安心しました。

 晁大舎が荘園にきてからというもの、唐氏は、身を隠し、あまり顔を出しませんでした。しかし、彼女の家は貧しく、仕事をする下男、下女もなく、自分で火を起こしたり、水を汲んだり、臼を挽いたり、豆腐を作ったりしなければなりませんでしたので、一つの部屋に隠れていることはできませんでした。晁大舎は、何度か彼女に会うと、美人がいることに気が付き、出てゆく必要がないときでも外に出、立ち止まる必要がないときでも立ち止まって、井戸端で彼女が水を汲むのを見たり、粉挽き場で彼女が臼を挽くのを見たり、わざと彼女に話し掛けようとしたりしました。しかし、唐氏は頭をさげ、彼に見られても彼を見ようとはせず、話し掛けられても、返事をしようとはしませんでした。唐氏が、考えていることと口にすることが同じで、裏表がない女であれば、一人の晁大舎はもちろん、十人の晁大舎でも、彼女と密通することはできなかったでしょう。ところが、このろくでなしの女は、便所の石のように、強情で嫌な奴で[6]、晁大舎を見ると、わざと身を隠し、晁大舎が通り過ぎますと、門を閉めて隙間から、彼を見るのでした。また、出会ったときは、きちんと立ち止まり、晁大舎がちらりと見ますと、後ろ向きになって飛ぶように逃げるのでした。このように、晁大舎を馬鹿にしておりましたので、彼とは何のかかわりもありませんでした。水を汲んだり、火を起こしたりするとき以外は、飯を食べる部屋に座り、靴を作り、靴底を縫い、衣装を縫ったり、繕ったりしましたし、屋敷には、たくさんの人がおりましたので、晁大舎は、部屋に入って捕まえる訳にもゆきませんでした。ところが、彼女は、晁住、李成名の女房と義姉妹の契りを結び、仲間になり、晁大舎が少しでも目をしますと、厨房にゆき、彼らが薄餅をのしたり、水飯をすくったり、饅頭を蒸したり、春巻を切ったりするのを手伝い、笑いさざめきながら、騒ぐのをやめませんでした。晁住と李成名の女房は、餅、饅頭、春巻を、数十個彼女に与えました。二人は食べきれませんでしたので、乾燥させ、味噌にしました。初めのうちは、小鴉児は、しばしば送られてきたものを調べました。彼女は、晁さんと李さんから靴を作り、底をつけるように頼まれた、さらに、彼女に厨房の手伝いを頼まれ、もらったのだといいました。

小鴉児「あの人たちがおまえに物を送ったことを、若さまは知っているのか。出所の分からないものだったら、俺は貧乏人とはいえ、このような物を有り難いとは思わないぞ」

唐氏「大きなおうちの食べ物を、調べることはありません。いずれにしても、厨房の人々が持ってきたものです。若さまは、このような小さな事には関係ありません」

 ある日、麦を刈り、肉を煮、饅頭を蒸して、小作人を労いました。小鴉児は、お得意が二対の靴を送ってきましたので、家で仕事をしていました。彼は、唐氏に脇で麻の紐をよっているように命じ、彼女を厨房にゆかせませんでした。晁住の女房は、袖を捲り、ズボンを穿き、二十数個の大きくて真っ白な饅頭、大きな碗にはいった霜降りの、水煮した肉の切り身の入った柳の枝の篭を持ってきますと、早口で罵りました。

「足が折れたのかい。自分は台所に入ってこずに、私に食べ物を送ってこさせるとはね」

中に入りますと、小鴉児は、腰を掛け、靴を縫い合わせており、唐氏は、白い腿を露にして麻の紐をよっておりました。

晁住の女房「どうして手伝いにこないのかと思ったら、にいさん[7]と一緒にいたんだね」

みんなで無駄話をし、小鴉児も何度もご苦労さまと言いました。晁住の女房を送りだしますと、小鴉児は唐氏に尋ねました。

「さっきあの人たちはだれのことを『にいさん』と呼んでいたんだ」

「多分あなたのことをいっていたのでしょうよ」

「俺がどうしてあの人の『にいさん』なんだ。おまえはあの人と親戚なのか」

「私たち二人と、李成名の女房とは、義姉妹の契りを結んでいるのですよ」

小鴉児はああと言いますと、

「おまえたち女どもは、『胡姑姑』だの『假姨姨』だのといってばかりいるんだな」

「いいじゃありませんか。あなたには何も迷惑を掛けないのですから」

夫婦は饅頭をとりますと、肉をつけ、がつがつと食事をしました。同じ屋敷に住んでいる女たちは行ったり来りして、ごくりと唾をのみました。

小鴉児「おまえ、きいてくれ。おまえが義姉妹の契りを結び、忙しいときに手伝いをするのはいいだろう。だが、人にやるべきでないものをやるのはやめてくれ。俺は、人さまの物を食べたからといって、黙っているわけにはゆかないぞ。少しでも噂が俺の耳に入れば、俺たちは、白い刃が入って赤い刃が出てくるということになるぞ」

唐氏は、首から顔まで真っ赤になり、小鴉児をじろりと見ますと、

「どうしてそのような嫌なことをいわれるのですか。よそさまは、みんな見ているのですよ。これから、周りに人がいないところへいって住むようにすれば、他人があなたの女房を欲しいと思うことはなくなるでしょうよ」

「女というものは、心が正しいか正しくないかが問題で、周りに人がいるかいないかは問題ではない。心が正しい女は、練兵場に住んでも、千万の人や馬のいるところにいても、男に指一本触れさせないが、邪悪な女は、人っこ一人いない所にいても、石に跨がろうとするものだ」

「きっとあなたは前世ではそんな女房だったのでしょうよ」

「俺が女房になったら、貞節をたたえる牌房が建つことだろうよ」

 小鴉児は食事をとりますと、靴を縫い合わせ、荷物を担いで出てゆきました。唐氏は門に鍵を掛け、こっそり奥の厨房にゆきました。

李成名の女房「あなたはたくさん食べたんだから、例のところをきちんと閉じて座っていればいいのに、またどうして入ってきたんだい。とてもうまい水飯があるからお食べ」

唐氏は、にんにくの茎、油をあえた味噌漬け瓜、さらに、スープとご飯三碗を食べました。晁大舎は、唐氏が入ってきたのを見ますと、後ろ手を組みながら、部屋の入り口にゆき、わざと尋ねました。

「この人はだれだい」

晁住の女房「表の小鴉児の女房です」

唐氏は、碗を置こうとしました。

晁大舎「飯を食べさせるのなら、野菜を買ってあげればいい。こんな塩辛い瓜、にんにくの茎など、お客さまに出すものではないぞ」

晁住の女房「お客さまですって。下女ですよ。この人は、毎日、家に手伝いにきているのに、客扱いにするなんて」

 晁大舎は、後ろを向きました。

唐氏「私は、若さまが人を苦しめていると思っていましたが、こんなに親切な方だったのですね」

李成名の女房「この方を怒らせてはいけません。この方はすぐに凶暴になり、おとなしくありませんし、気難しいのです。今回、奥さまが亡くなり、珍ねえさんも監獄にいるので、私たちに親切にしているのですよ」

唐氏「珍ねえさんの結納金は八百両だったと聞いたことがあります。どのような人なら、それだけの銀子で買えるのですか。八百両の銀子があれば、銀の人形が作れるのではないのですか」

李成名の女房「何をいっているのです。何もしない銀の人形など、何の役にも立ちません。あの人は、本当に生きた宝なのですよ」

唐氏「それだけの銀子を使われたのですから、きっととても綺麗なのでしょうね」

晁住の女房「ふん。人間で、上には口、下には穴があり、胸には二つの乳房があるだけですよ。私があの女の姿を話せば、あなたも分かるでしょう。あなたと同じぐらいの背丈で、あなたよりも白くて綺麗です。鼻はあなたのように高くはありません。くりくりとして、潤いのある目はあなたとまったく同じです。あの人の靴は、あなたも穿けるかもしれませんよ」

李成名の女房「この人は、あの人のように歌うことはできませんよ」

唐氏「だからたくさんの銀子が必要だったのですね。私も、その人が歌えるとは思いませんでしたよ」

晁大舎は、ふたたび厨房の前に歩いてゆきますと、いいました。

「油を売っているんじゃない。はやく午後の飯を作ってくれ。短工[8]はすぐにいってしまうだろうからな」

晁住の女房「いずれにしても、手伝いの人がいるのでしょう」

晁大舎「こんな暑い日に、この人に手伝いをさせるのか」

晁住の女房「当然でしょう。逆さに吊り下げて、井戸さらいでもさせたらどうですか」

晁大舎「おまえたちが手伝いをさせることができても、俺は手伝いをさせることはできないな」

 その日以後、唐氏は、だんだん晁大舎と親しくなり、出たり入ったり、しきりに通い、以前のように隠れたりしなくなりました。晁大舎が何かいえば、唐氏も話をしました。晁大舎は、何度か手を下そうとしましたが、晁住と李成名のろくでもない二人の女房は、焼き餅をやき、しっかりと番をし、少しも気を緩めませんでした。晁大舎は、鼻の先に砂糖を塗られたときのように、嘗めたくてたまらない気持ちになり、臨清にゆく気もなくなってしまいました。珍哥のことも気に掛けなくなり、晁住に朝晩面倒を任せました。すると、どういう訳か、晁住も、彼の女房が城外にゆくのを気に掛けなくなり、まったく荘園に様子を見にこなくなりました。珍哥も、晁大舎がどうして城外にばかりいるのかと尋ねませんでした。晁住の女房も、夫がなぜまったく会いにきてくれないのかと考えませんでした。晁家の男と女には、気掛かりになることはありませんでした。

 五月が近付きますと、晁大舎は李成名、晁住の女房に言いました。

「もうすぐ端午で、小鴉児の女房が、毎日手伝いにきてくれるだろう。あの女に二匹の夏布を与え、衣裳を縫わせ、俺たちのために仕事をしてもらおう」

二人の女房「二匹の夏布がございます。私たちが、一匹の布で衣服を作りますから、あの女に与える必要はございません。思いを断ち切られた方が宜しいですよ。ほかに奥さんを娶られるときだって、私たち二人が承知するかどうかは分かりませんよ。実を申しますと、今、私は李成名の女房のことを余計だと思っておりますし、李成名の女房は、私のことを余計だと思っているのです、さらにあの女が加われば、『存孝が現れれば、彦章は引っ込む[9]』ということになります。あなたは本当にあの人を諦めることができないのですか。我慢して、数日したら、はやく城内に戻られるのが真っ当でしょう」

晁大舎は、頭をさげ、口を開けて笑いました。

晁大舎「この私娼どもめ。家では巡査のように熱心に見回りをするのだな」

彼の屋敷には、たくさんの人が住んでいました。そのほかはすっかり焼けてしまい、人気のない場所はありませんでしたので、「大きな象が瓜子をかじる、見るだけでは腹の足しにならない」ということになってしまいました。

 ある日、脱穀場から、まだ脱穀をしていない麦二十数束がなくなりましたので、季春江は、厳しく捜査を始め、長工[10]を引き連れ、店子の家を一軒一軒捜査しました。二三束が見付かったり、四五束が見付かったりしましたが、小鴉児の家からは、見付かりませんでした。一つには、小鴉児が朝に出て晩に帰る商売をしていたから、二つには、彼がこそ泥のようなことをしようとはしなかったから、三つには、唐氏は今何もしなくても食べ切れないほど食べることができたので、盗みをする必要がなかったからでした。その噂が晁大舎の耳に入りますと、晁大舎は喜びました。

「天が俺のために縁結びをしてくださったのだ。人の力では、このようにうまくはゆかないだろう」

この事件に託つけて、屋敷に住んでいた人々を脅したり、宥めたりして、罪を認める契約書を書かせ、役所に送るのを免れさせるかわりに、全員を追い出しました。晁大舎は、人々がいなくなりますと、唐氏の家に行こうとしましたが、小鴉児が家にいることを恐れ、わざと自分で靴をもってゆき、門の外で叫びました。

「小鴉児、この靴に踵をつけてくれ」

唐氏「家にはおりません、朝から出てゆきました」

晁大舎「すぐに履きたいのだが、あいつはいつ戻ってくるんだ」

唐氏「今日は、市場がたちますから、帰ってくることはできないでしょう。執事の方に靴をもたせ、市場にあの人を探しにゆかれてください」

晁大舎「見付からないだろう。おまえの家で待つことにしよう」

晁大舎が靴を持ち、彼の家に行ってみますと、小鴉児は家におりませんでした。晁大舎がこれこれこうしますと、唐氏はまったく拒まず、すぐにかくかくしかじかしました。そして、もともとは見ず知らずだったのが、にわかに床をともにする仲となり、互いに人に知られないようにしようと言い含めあいました。その後は、部屋を借りようとする者がいても、わざと冷たい態度をとり、住まわせようとはしませんでした。

 晁大舎は、小鴉児が家にいるときは、わざと表にはまったくゆかず、たまたま唐氏に会っても、彼女を見ようともしませんでした。唐氏が奥にくるときも、晁大舎は、晁住、李成名の二人の女房を以前のように彼女とだべらせませんでした。李成名の女房は、晁住の女房にいいました。

「あんたがあの人に話をしたせいで、首ったけになってしまったよ」

晁住の女房「あんたがきちんと話しをしなければ、『犬が三つの糞の山を手に入れる』、『和尚を手に入れ、『寺』を手に入れる』[11]ということになるよ。なんて浅はかなんだろう。とんでもないことをしてしまったよ」

 五月十六日には、劉埠街で市場が開かれました。小鴉児は、往復五十里の道程を、商売をしにゆきました。埠頭にとどまり、翌日、流紅の市場にゆき、仕事をし、その日は戻らないといいました。唐氏は、厨房に入りますと、晁大舎に手で合図をしました。晩になり、李成名の女房が出ていって彼女の夫と眠りますと、晁大舎は、晁住の女房を追い出し、一人で休みにゆきました。晁大舎は、皆が眠った頃に、頭を掻き、肌着を羽織り、靴を突っ掛け、こっそりと唐氏の家の入り口にゆき、そっと咳払いをしました。唐氏は、それを聞きますと、急いで門を開けて出てきて、晁源を部屋に迎え入れ、しゅるしゅると、何やらをしでかしました。

 小鴉児は、その日、市場に行く途中、ある家で、嫁入りのための靴を縫ってくれといわれましたので、一生懸命一日かけて靴縫いをしました。しかし、縫い終わりませんでしたので、その家では、彼を泊まらせ、翌日靴を縫い合わせてもらおうとしました。

小鴉児「家も近くですし、月も明るいです。夜も更け、風も冷たいですから、ゆっくり家に帰り、明日の朝、またくることにいたしましょう」

ゆっくりと荘園に歩いてゆきました、ほぼ一更過ぎで、表門は半分閉じられていました。小鴉児は、季大叔に門を開けさせました。季春江には聞こえませんでした。小鴉児は、大声で唐氏を呼ぶ気はありませんでした。晁源は、小鴉児が帰ってきたことを聞きますと、大慌てしました。外に走り出ようとしましたが、表門を通りますと、ばったり出くわす恐れがありました。

唐氏「慌てることはありません、安心して下さい。門の後ろに隠れてください。外にゆかれてはなりません。私に考えがあります」

唐氏は、ズボンを穿き、上半身裸になりますと、家の門を閉めました。

 小鴉児は、自分の家の入り口に着きますと、門を押しました。

唐氏「だれ」

小鴉児「俺だよ」

唐氏は門を開けて、

「いいところに戻ってこられました。さっきから蠍が筵の上を這っていて、怖くて、火を起こしにゆけなかったのです。荷物をもってきて、火を起こし、蠍を照らせば、眠ることができるのですが」

さらに、半分の香を、小鴉児に渡しました。その時、月は明るく部屋の中を照らしておりましたが、小鴉児は門の後ろに男が隠れていることには気が付きませんでした。小鴉児が香をもってゆき、火を着けている間に、晁源は、誰にも悟られずに帰ってゆきました。唐氏は、小鴉児に使われる恐れがありましたので、陰部を綺麗に掃除しました。

 小鴉児は、香に火を着けますと、明りをつけ、床の上を何度も照らしましたが、蠍は影も形もなく、二匹の蚤が掴まっただけでした。しかし、有り難いことに、やもりが壁に張り付いていました。

小鴉児「こいつか」

靴を脱ぎ、打ち殺そうとしました。唐氏は小鴉児の手を押さえ、

「殺されてはなりません」

小鴉児「こんな奴のために、俺は、真夜中に外に出て、火を起こさなければならなかったんだぞ」

唐氏「寒い日でもありませんし、正体が分かったのですから、眠りましょう、そうすれば安心ですわ。先ほど、私は眠くてふらふらしていたのに、怖くて眠れませんでした。あなたが戻ってこられなければ、私は一晩眠ることができませんでした。今、この屋敷には、他の人はいないので、私は怖くてたまりませんでした、これからは夜は戻ってきてください」

小鴉児「六の日には劉埠集、七の日には流紅集にゆく。流紅は劉埠から八里のところだから、戻ってくるのは大変だ」

唐氏「明日、流紅にもゆかれるのですか」

小鴉児「例の家には、まだ幾つかの嫁入り用の靴があるから、二日あっても、縫い終えることができないんだ」

二人はしばらく話をし、さらに少し例のことをしようとしました。翌日の朝、小鴉児は、数個の冷めた餅を食べ、二腕のお湯を飲みますと、荷物を担いで出てゆきました。

唐氏「今日はどうか早めに戻られて、怖い思いをさせないでくださいね」

唐氏は小鴉児を送り出しますと、鍋を洗って飯を作ることもせず、髪梳き、洗顔をしただけで、奥に入ってゆき、人がいないところで、晁源と会いました、唐氏は尋ねました。

「どうして苦い水を吐かれていないのですか」

晁源「どうして苦い水を吐くんだ」

唐氏「あなたが肝をつぶしたと思ったのですよ」

 さて、世の中では「人に知られたくなければ、自分が何もしないこと」ともうします。唐氏は、晁源と関係を持ってからというもの、元気で美しくなってきて、以前よりもさらに綺麗に髪を梳かし、二つの足を以前よりもさらに小さく縛り、粗布の衣服だというのに、清潔に洗いのりをかけました。晁源は、彼女のために、装身具を作りたくてたまりませんでしたが、小鴉児に疑われる恐れがありましたので、作ってあげるわけにはゆきませんでした。ある日、晁源は、彼女に七八両の銀子を与え、表門にいったときに、わざと銀子がなくなったといい、小者をぶち、下男を罵り、店子と仕事をしている小作人を調べました。大騒ぎしたため、人々は、晁大舎が銀子をなくしたことを知りました。唐氏は、こっそりと小鴉児に言いました。

「若さまの銀子は、私が拾ったのです」

小鴉児に見せますと、新しくも古くもない汗巾で包まれ、汗巾の端には、いぶし銀の爪楊枝、香嚢が結んでありました。

小鴉児「人が落とした物を、拾って返さないわけにはゆくまい。俺たち貧乏な靴屋には、こんな銀子は不似合いだ。ほかの事件が起これば、もともともっていた財産まで持ってゆかれてしまうぞ」

唐氏の考えには従わず、すぐに銀子と汗巾を晁大舎に返し、女房が拾ったといいました。晁大舎はわざといいました。

「表門に牛を見にいった帰りに銀子を落としたとばかり思っていたが、彼女が拾っていたのか。俺は小者をぶってしまった。おまえたち貧乏人が、七八両の銀子を拾ったのに懐に入れず、返してくれたのは有り難いことだ。世の中に、このような善人はいるまい。半分をおまえに分けてやろう」

小鴉児「全部はいりませんし、半分もいりません。私は貧しい靴屋ですが、このような金は使いません」

身を引いて去ってゆきました。晁大舎は、銀子を受け取り、翌日になりますと、一匹の洗い清めた夏布、一匹の青い夏布、四匹の青い梭布、二匹の毛の青い布を、李成名に命じて小鴉児に送らせました。

 李成名と晁住の女房たちは、唐氏が人妻のくせに、男に流し目をし、いちゃついていることを監視しており、大事なところになると、武城県に捕まるといいましたので、晁大舎は彼女に会うためには、靴をもってゆくしかませんでした。ところが、今回、唐氏は、堂々と、夏布で大小の衫を作り、身に着けました。小鴉児は、調べをしようとはせず、晁大舎も隠そうとはせず、唐氏も憚ることはありませんでしたが、二人の捕り手のような女の目をごまかすことはできませんでした。二人の女たちはあらためて用心をしはじめました。

 ある日、細かい雨が降っておりました。唐氏は小鴉児を送り出し、家に入りますと、晁住、李成名の女房が目の前におりませんでしたので、晁源の家に行きました。李成名の女房が粉挽き小屋から出てきますと、晁大舎の部屋の入り口に、唐氏の濡れた足跡が繋がっていました。簾を掲げますと、晁大舎と唐氏は、曲芸の真っ最中、竿の上の曲芸で、さんざん忙しくしておりました。晁大舎は焦りませんでしたが、唐氏はとてもびっくりしました。間もなく、晁住の女房もやってきました。

晁住の女房「あんたを手伝いに呼んだが、こんな手伝いをすることまで頼んではいないよ。小鴉児が戻ったら、洗いざらいぶちまけてしまうからね」

唐氏「あんたがあの人にいったら、私はあんたたち二人の亭主にいってやる、私たちはみんなとんでもないことをしていたのですとね」

李成名の女房「亭主は、私たちには指図できないから、あんたが話をしても怖くはないよ。自分の女房が自分の主人と間男するのを、咎めることはできないよ。しかし、あんたは私たちとは違うんだよ」

唐氏「あんたの亭主に話しをするのが怖くないのなら、私は自分の亭主に、あんたたち二人が案内人になって、私を若さまと引き合わせたというよ。私は生きることはできないだろうが、私の亭主はいずれにしてもあんたたちを許さず、あんたたちを相手に、人命事件の裁判を起こすだろうよ」

晁住の女房「ちょっと。これは違法に夜歩きをした人が夜回りを捕まえたようなものだね」

晁源「おまえたち、俺の話を聞いて、仲直りするんだ」

晁住の女房を、床に押し倒して、処置しました。李成名の女房は、外に逃げようとしましたが、晁源は、唐氏に彼女を押さえさせ、外に出さず、すぐに李成名の女房も処置しました。晁住、李成名の女房は、唐氏に言いました。

「何て憎たらしいんだろう。私も懲らしめてやる」

一人が唐氏をしっかりと抱きかかえ、もう一人が唐氏を寸糸も纏わぬ姿にし、晁源に迫って、彼女をしこたま懲らしめさせました。晁源は、彼女の相手をしたことがありましたが、このときほどひどい目に遭わせたことはありませんでした。その後、四人は仲良くなり、少しも避けたりすることはなくなりました。

 晁源は、麦の収穫ももう終わろうという頃だということ、荘園にきてすでに二か月近くなることも忘れていました。そして、城内にいって母親に会おうともせず、珍哥がまだ監獄にいることも考えず、三人の気違いにすっかり夢中になり、帰るとは言いませんでした。小鴉児が市場に出掛けて帰らないときはいつも、唐氏は家の中で、晁住の女房たち三人といっしょに、晁源といちゃつきました。李成名の女房は、毎晩眠りにゆきましたので、夜は晁源と例のことをすることはありませんでした。後に、小鴉児は、疑いの心をもつようになりますと、計略を用い、急に家に帰り、彼らのところに踏み込もうとしました。ところが、事が成功する日というものは、きちんと定められているもので、現場を押さえることはできず、唐氏がおとなしく部屋に座っているか、晁源が慌てて外を逃げているかのどちらかでした。

 六月十三日になりました。小鴉児には姉があり、山の家に嫁にいっていました。雍山からはわずか三十里しか離れていませんでした。その日は、彼の姉の誕生日でしたので、小鴉児は、四匹の魚の干物、二つの蓮、一瓶の焼酎を買い、朝起きますと、姉の誕生日のお祝いをしにゆき、今日は帰る事ができないといい、翌日、朝の涼しいうちに家に戻り、荷物を担ぎ、出てゆきました。唐氏は、小鴉児を送り出しますと、晁大舎と晁住の女房に話しをし、晩に白溝河で三人がかりで呂布と戦おうとしました[12]。その日は、李成名の女房も、奥に泊まろうとしましたが、ちょうどその晩、李成名が蠍にさされ、痛くて叫び声をあげたため、看病をしにいってしまいました。晁住の女房と唐氏が、奥に残りました。三人は家を片付け、しばらく酒を飲みますと、星、月のもと、三光[13]を汚すのにもお構いなく、何憚ることなく狂いまくりました。晁住の女房は、しばらくしますと、下の方が小便を漏らしたようになりました。触って月のもとで見てみますと、月の知らせでした。彼女は、自分の寝ている部屋にゆき、綺麗に片付けをしました。そして、酒に酔い、ご飯をたらふく食べますと、何の心配もせず、床で眠りました。晁大舎は火鉢を前にもってきて、自分で燗をして飲みながら、唐氏とともに、明間の入り口で、例のしごとをしました。二更までしごとをしますと、手を休め、酒を飲み、ふたたびしごとをしました。疲れますと、二人はぐっすりと眠り、つまらないことには構いませんでした。

 小鴉児は、その日、姉の誕生祝いをし、日が落ちるときになりますと、姉に別れ、出発しようとしました。義兄と姪が何度も引き止めましたがきかず、一本の棍棒を手にとりますと、足を速めて、まっすぐ帰りました。すると、表門がきちんと閉じられていましたので、足を止め、こう考えました。

「こんな真夜中に、大騒ぎをして門を叩いては、季さんがかわいそうだ。彼を起こしてしまうし、唐氏が俺を避けてしまうだろう。この間の晩、俺に火を起こしにゆかせたが、後でよく考えてみれば、とても怪しいことだ。軒に飛び乗り。塀を走る術を使えば、門から中にはいる必要はないだろう」

棍棒を地面につき、飛び上がり、塀の上に登りました。犬が二声鳴きましたが、知っている人の声をききますと、すぐに鳴くのをやめました。

 小鴉児は、塀から飛び下り、自分の部屋の前に歩いてゆき、門を触ってみましたが、そこには鍵が掛けられていました。小鴉児は、女房が晁源のいる奥にいったことに気付き、こう思いました。

「中にいって様子を見れば、疑いを晴らすことができるだろう。李成名の女房は、外で寝ている。うちの女房が中で晁住の女房と一緒に寝ていれば、独りで表にいて怖い思いをするのが嫌だったということで、まだ許せるのだが」

自分の部屋の門を開け、皮の荷物の中から、皮を切る丸い刀を取り出し、腰に差し、塀に飛び上り、晁源のいる場所におりました。その晩は、月が真昼のように照っていました。まず、東の廂房の明間にゆきますと、真っ裸で、白い羊のような、晁住の女房が、股の間に布を挟み、死んだ犬のように眠っていました。振り返りますと、入り口の外に唐氏が立っており、小鴉児を見ますと、何も言わずに、北の建物の中に引き返してゆきました。

小鴉児「これはおかしい。こんな夜更けにどうして寝ていないのだろう。俺を見て、何も言わずに、身を翻して北の建物にゆくとはどういうことだろう」

彼女の後を追い、中に入りますと、そこには、唐氏などはおらず、二人の人間が、真っ裸で、ぐっすり眠っていました。

 小鴉児が頭をさげ、よく見てみますと、間違いなく、一人は晁源、もう一人は唐氏でした。

小鴉児「よく確かめなければならん。人を間違って殺しては、大変だからな」

酒甕を置く台の上に明りを点けました。見てみますと、唐氏は、手に晁源の一物を持ちながら、胎児のように眠っていました。小鴉児は、腰から刀を取り出しますと、いいました。

「まず先に淫婦を殺し、獣は目が覚めてから殺すことにしよう。何も知らないうちに殺して、楽な思いをさせるわけにはゆかないからな」

そして、唐氏の首を寝床の上で切りますと、晁源の髪の毛を、手で引っ張り、上に二回もちあげ、言いました。

「晁源。起きろ。俺に首をよこせ」

晁源は目を開け、小鴉児を見ますと

「お許しください。銀子は一万両でも出しますから」

小鴉児「おまえの銀子などほしくはない。俺は犬の首が欲しいんだ」

晁源は、人を呼ぼうとしましたが、小鴉児に首を切りおとされてしまいました。晁源は、唐氏の髪の毛を引っ張ってきますと、一つに結び、肩に掛け、刀を差し、棍棒を持って、塀を飛び越え、その夜のうちに、城内に入りました。これぞまさに、

牡丹の花の下で死ねあ、

幽鬼になるとも洒落たもの。

その後どうなりましたか。さらに次回を御覧ください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

中国文学

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[1]楽府『日出東南行』に登場する人物。

[2]原文「二雌相扼皆珠剖」。「珠剖」は『三国志』蜀志・秦伝にでてくる「剖蚌求珠」にちなむ言葉。蛤の殻を割ってその手を得ることから、美しいものを求めることをいう。

[3]水中にある宮殿のこと。竜宮城のこと。

[4]松江で生産される、膠と豆漿をまぜた藍に漬け、濃い青色に染めた木綿布。明代に流行し、重用された。宋応星『天工開物』巻二 「毛青布染色法:布青初尚蕪湖千百年矣、以其漿碾成青光、辺方外国皆費重之。人情久則生厭。毛青乃出近代、其法取淞江美布染成深青、不復漿碾、吹干、用膠水参豆漿水一過。先蓄好靛、名日標缸、人内薄染即起、紅焔之色隠然。此布一時重用」。

[5]香瓜ともいう。マクワウリ。

[6]原文「誰想這様邪皮物件、就如那茅厠里的石頭一般、又臭又硬」。文字通りの意味は、便所の石のように硬くて臭いということだが、「臭」には、「嫌な」、「硬」には「頑固な」という意味があり、双関語となっている。

[7]原文「姨夫」。自分の姉妹の夫に対する呼び掛け。

[8]収穫時に使う短期雇いの小作人。

[9] 「両雄並び立たず」の意。存孝は五代李克用の養子李存孝、彦章は李克用の敵朱温の部将王彦章。

[10]長期雇いの小作人。

[11] どちらも「欲望に際限がない」ということ。

[12]原文「白溝河三戦呂布」。典故未詳。白溝河は北宋の楊敬業が金軍と戦ったことで有名な場所で、「白溝河三戦呂布」とあるのは作者の誤りと思われる。呂布が劉備、関羽、張飛の三人と戦ったのは虎牢関で、このことは元武漢臣によって、『虎牢開三戦呂布』として戯曲化されている。

[13]日、月、星のこと。

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