第三回

老学究が二度夢に現れること

旦那さまが一心に親を訪ねようとすること。

 

父母を悲しまするなかれ、

育ての親を思ひやれ。

請ふらくは見よ枯れた骨、

牛馬のごとく子に尽くす。

 さて、晁家には、李成名という下男がおりました。彼は、脇に狐の皮を挟み、門を出て、皮屋に持っていってなめし、急いで敷物にし、正月に馬に敷いて乗ろうと思いました。ところが門を出て数十歩もゆかないうちに、とても大きな鳶が空から飛んできて、李成名の顔を、右の翼で思いきり叩きました。それは、まるで巨霊神[1]のびんたのようでした。鳶は、李成名が挟んでいた狐の皮を掴みますと、雲の彼方に飛んでいってしまいました。李成名はしばらく気を失っていましたが、ぼんやりとして家に戻りますと、血の気のない顔で、鳶が顔をはたき、狐の皮を奪い去っていったことを、逐一晁大舎に話しました。さいわい晁大舎の家法[2]は、それほど厳しくはありませんでした。彼は李成名を咎めず、「あの良い皮は惜しいことをした」と何度か言っただけでした。

 除夜になりますと、晁大舎は、幾つかの新しい衣服を出し、書吏に挨拶状を準備させ、馬に刷毛を掛けるよう下男に命じ、何杯か酒を飲み、寝床を掃除させ、眠りました。さらに、珍哥とともに、床の上で、古い年に別れを告げ、うなじを抱き、熟睡しました。すると、七八十歳の、象牙色の毛織物の頭巾を被り、中古の粗布の道袍[3]を着た白髭の老人が現れ、言いました。

「源児よ、わしはおまえのお祖父さんだ。わしの話を聞くがよい。おまえの父親は、おまえのために財産を稼いだのに、おまえは満足せず、勝手な行いをしようとしている。必要もないのに、女の召し使い[4]たちを引き連れ、男女が一緒になって、狩りをするとはどういうことだ。城外の者たちに笑われるのは、小さなことだが、おまえは天を怒らせてしまったぞ。雍山の洞窟の中にいる狐姫は、一千年修行をし、神通力を持つようになっており、泰山元君の部下の中で、四五番目に名声があったのだ。彼女を見たときに、邪心を起こさなければよかったのだ。彼女と出会ったので、彼女はおまえが救ってくれることを望んだ。ところが、おまえは彼女を救わなかったのはまだしも、矢で射殺し、皮を剥ぎ、人になめしにゆくように命じた。この間、おまえが客を送ったときに、おまえにびんたを食らわせたのは彼女で、昨日、李成名の顔を翼で叩いた鳶も彼女だ。さいわいおまえたち父子は、どちらも運気が盛んなので、門神、宅神は、彼女を中に入れさせなかった。先ほど、おまえはわしを家に迎え、供物を捧げたが、あの狐姫は、皮を小脇に挟み、馬台石[5]の上に座っていたぞ。彼女は、わしがきたのを見ると、おまえが彼女を殺した様子をくわしくわしに話し、おまえが邪心を起こして、彼女に懸想しなければ、彼女は遠くに避けていたと言っていたぞ。おまえは彼女を目の前におびき寄せ、命を奪った。彼女は、明日の朝、おまえが外出するときに、まず仕返しをし、おまえの運気が後退したときに、おまえの身内と組んで、おまえを殺すと言っていたぞ。さらに、おまえの妻の計氏は従順ではないが、真面目な人で、前世でおまえが彼女の妻だったため、おまえの夫になったが、おまえが彼女を愛さず、苛めるので、彼女を生まれ変わらせ、おまえに報復するといっていたぞ。彼女は夫を尻に敷くこと以外に、悪いところはなかった。彼女は、今はおまえの家の風気、財産を損なってはいないが、数年間にわたり、悪行への仕返しをしてから、去ってゆこうとしているのだ。おまえは今でも彼女を許そうとしない。前世ではおまえは彼女に辛い思いをさせたが、彼女はおまえに辛い思いをさせなかった。この世では彼女がおまえに辛い思いをさせ、おまえも彼女に辛い思いをさせている。恨みに報いるに恨みをもってしては、きりがない。ふたたび計氏に無念の死を遂げさせれば、悪行に悪行を重ねることになり、おまえは持ち堪えることができなくなる。わしの話に従い、明日は絶対に外に出ず、家の中に二か月隠れ、おまえの父母とともに北京にゆけば、災いを避けることができるかもしれない。出発するときは、荘園にある、朱砂で印刷した梵字の『金剛経』を身辺に持つのだ。あの狐姫は、おまえの荘園にいって火を放とうと思うが、お経が荘園にあり、前後をたくさんの神将が護衛しているので、手の下しようがないと言っていた。さらに城内にいるおまえの女房は、三つ前の世では狐姫の仲間だったから、計氏をびっくりさせたくないと言っていた。彼女はきっと『金剛経』を恐れているに違いない」

出発するとき、珍哥の頭を叩いて、

「何という妖婦だ。おまえのせいでわしの子孫の身が破滅してしまうのだ」

 晁大舎は、すぐに目をさまし、おかしな夢であったことに気が付きました。珍哥は夢の中でうなされ、叫んで起き上がりましたが、こめかみがとても痛みました。夜明けの太鼓を聞きますと、ちょうど五更四点でしたので、晁大舎は、起き上がり、服を着ながら、珍哥に言いました。

「この前の狐は、射殺すべきではなかった。今、とてもおかしな夢を見た。二日たったら、おまえに話してあげよう」

少し恐ろしい気がしましたので、門を出るのはやめようと思い、更に考えました。

「体は元に戻ったのに、外に出ないなんて、正月だというのに、とても退屈なことだ。友人たちは、俺が外出しないのを知ったら、みんな俺の家に来るだろう。酒席を設けるのは大したことではないが、奴らの相手をする元気はない……」

あれこれ考え、

「やはり外に出て、どんな様子か見てみよう」

髪梳き、洗顔を終え、服を着替え、天地竈[6]の前で紙を燃し、家廟に叩頭していますと、東の空も白んできました。珍哥は、頭痛のため、床から起き上がれず、寒気を訴え、発熱していました。晁大舎は言いました。

「頭が痛いなら、ゆっくり起き上がるがいい。俺は廟へいって叩頭し、県庁に帖子を出し、家に戻り、みんなで食事をとってから、外に挨拶しにゆくことにしよう」

 晁大舎は、茘枝紅[7]の大樹梅楊緞子[8]の道袍を着、五十五両で買った新しい貂の帽套[9]をかぶりました。二人の下男が、一対の赤い紗の提灯を持ち、一人の下男が、毛氈の包みを挟み、二人の下男が拝匣を持ち、さらに三四人の手ぶらの男が付き従い、前に先払い、後ろにしんがりをつけ、表門を出ました。馬台石に上り、馬に乗ろうとしますと、何者かに、馬台石から力一杯地面に押し倒されました。頭は石にぶつかりましたが、帽套の毛が厚かったので、帽套がお碗ほどの大きさに破けただけでした。また、目がぶつかって腫れ、桃のようになりましたが、顔は傷付きませんでした。晁大舎は、意識を失い、家に担ぎ込まれました。そして、服を脱がされ、頭巾を取られ、珍哥の床に寝かされました。彼は、夜に見た夢、狐の精の報復があるというとが嘘でないことが分かり、とても恐ろしくなりました。珍哥も頭が痛くて一日中叫び続けました。一人は北側の床で、もう一人は窓べの炕で、うんうん唸るのをやめませんでした。

 元旦を過ぎ、二日の朝になりますと、ふたたび楊古月を呼び、診察をしてもらうことにしました。楊古月は家にやってきますと、笑いながら言いました。

「お二人は恋の病になられましたね。才子佳人が一緒に体を壊されていますからね」

腰掛けながら、正月の世間話をしました。晁大舎は、昨日の朝、馬に乗るときに転んだことを告げました。さらに

「珍哥は除夜の三更に眠りましたが、五更に、うなされて、目を覚ましましたのです。頭痛と熱で、一日(ついたち)だというのに起き上がることができませんでした」

と言いました。楊古月は返事をしました。

「お二人の病気は、脈をみなくても、八九割りは想像がつきます。大きなお屋敷の方々は、正月は忙しいですから、お疲れになったのでしょう。旦那さまは遅く眠り、早く起き、酒をたくさん飲まれたのでしょう」

さらに、口を晁大舎の耳に付け、ゆっくりと言いました。

「それに年越しの儀式もされたでしょう。ですから頭と目がくらくらして、馬に乗るときに、転ばれたのです」

そう言いながら、椅子を晁大舎の床に持ってきますと、両手の診断をして、言いました。

「先ほど申し上げたことは、少しも間違っておりません」

さらに、小間使いに命じ、椅子を珍哥の炕に運ばせました。小間使いは、炕の脇の帳を半分掲げ、鉤に掛けました。珍哥は、わざと恥じらう振りをし、掛け蒲団で頭を覆いました。

楊太医「まず右手を伸ばされてください」

診察をおえると、さらに言いました。

「左手を伸ばされてください」

さらに脈をとると、小間使いがそっぽをむいているのをさいわい、珍哥の手を捩じりました。珍哥は痛みを堪え、声を出そうとしませんでしたが、楊古月の手の皮を二筋引っ掻きました。楊古月は椅子をもってきますと、言いました。

「少し疲れて、外感を帯びられたのです」

下男に、薬をとりにくるように言い、晁大舎に別れを告げました。広間に出ますと、大杯一杯の茶を飲みました。晁大舎は一両の薬代を包み、下男の晁奉山を一緒に行かせることにしました。まもなく、晁奉山が薬を持って戻ってきますと、下女は薬銚を洗い、きちんと記憶をし[10]、火鉢で薬を煎じました。晁大舎の薬は、十全大補湯でした。彼は転んだだけでしたから、薬を飲むと楽になりました。珍哥の薬は、羌活補中湯[11]で、飲むと少し汗が出るものでした。午後になると、熱もだんだんとさがりましたが、頭はかなり痛みました。晁奉山の女房は言いました。

「私が祟書[12]を探してきて珍ねえさんにさしあげれば、良くなられるでしょう」

そう言いながら、人を真武廟[13]の陳道士の家に遣わし、祟書を借りてこさせ、調べてみますと、三十日は「竈神の機嫌が悪く、黄色の銭紙五枚、茶、酒、呉、餅を、竈に供えれば、吉」とありました。

晁大舎「三十日ではない。目が覚めたときに、頭が痛くなったのだ。そのときはもう五更四点だったから、一日だ。一日を調べてくれ」

一日には「先祖の怒りに触れる日、幽霊が家の正面に居座るが、心から悔い改め、祈れば、吉」と書いてありました。晁大舎は、夢の中で、祖父が去るとき、彼の頭を叩き、罵って、目が覚めてから頭痛がしたが、祟書にかかれた「先祖の怒りに触れる日」とは、祖父が彼を責めることを言ったものだということに気が付きました。そこで、晁奉山の女房に命じました。

「夜になる前に、家廟のお祖父さまの前にゆき、珍哥を許してくだされば、彼女をもう一度自ら謝罪にゆかせましょうと祈るのだ」

 晁奉山の女房は、平素から口の達者な女でしたので、家廟の中の晁太公の位牌の前にゆきますと、跪き、四回叩頭し、祈りました。

「新年に、あなたをお呼びし、供物を捧げましたのに、ちっとも守ってくださらず、つまらない女をとがめ、頭痛、発熱を起こさせました。あの女が盾突いたとしても、立派な方がつまらない者を咎めるのはよくありません。あの女はどうでもいいですが、孫のことをお考えになってください。あの女をひどい目に遭わせれば、あなたの孫はご飯を食べることができなくなってしまいます」

祈り終わると、家に戻りました。すると、不思議なことに、珍哥の頭はだんだんと痛まなくなりました。しかし、晁大舎の顔は、左目が塞がり、ますます腫れ、痛みがひどくなり、左半身が痛み、寝返りを打つこともできなくなりました。翌三日になると、ふたたび下男を遣わし、楊古月に話しをし、薬を取ってこさせようとしました。楊古月は、珍哥のことが気になっていましたので、言いました。

「私がこの目で見て、薬を調合いたしましょう」

すぐに馬を用意させ、晁家の下男とともに広間に来て腰を掛けました。下男は、奥に行き、楊古月が脈をとりにくることを話しました。晁大舎は、馬鹿な旦那さまでしたから、家に大きな磁石があって、針が自然と吸い寄せられてきたのだとは知らずに、言いました。

「楊古月は俺たちと親しいから、奔走するのを厭わず、診察をしにきてくれたのだろう」

そう言いながら、衣服を整え、招き入れました。その日、珍哥はすっかりよくなり、髪を梳きおえ、すっかり新しい服に着替え、天地卓[14]の前で叩頭しました。叩頭が終わりますと、楊古月が中に入ってきました。珍哥は、東の間に隠れましたが、楊古月に少し見られてしまいました。楊古月は脈をとりおわりますと、別れを告げ、部屋を出、窓の前を通りました。すると、珍哥は窓辺に戻ってきて言いました。

「お馬鹿さん。おまえはあいつに身を任せていればいいんだよ」

楊古月も思わず笑い、金絲のちんを指差しながら、道案内の下男に尋ねました。

「あなたの家では、いつこんなに利口な犬[15]を見付けられたのですか。この犬は、すきがあれば人に噛みつこうとしますね[16]

広間に出ますと、茶でもてなされ、薬代を贈られ、一緒に薬を取りにゆきましたが、このことはくだくだしくは申し上げません。

 珍哥は、部屋にやってきますと言いました。

「あの人は、入ってくるときに、私に一声かけるべきなのに、すぐに入ってきました。私は天地卓に叩頭を終えたばかりで、黒い目では、あの人を見ることができないはずなのに、あの人に見られてしまいました」

晁大舎は冗談を言いました。

「おまえはあいつが蛤虫介丸[17]を飲んだり、鬼頭散を使ったりするから、顔を合わすことができないのだろう」

珍哥は、晁大舎をじろりと睨むと、罵りました。

「どこでそんな馬鹿なことを言っているのですか」

晁大舎は笑って

「尹平陽の書斎の梨花軒で言われているんだよ」

 珍哥は晁大舎に図星を指されて、笑いましたが、声は出さず、小間使いに命じ、晁大舎の寝床の前にテーブルを置かせました。珍哥は、晁大舎と食事をとりますと、言いました。

「お休みになってください、私は家廟へゆき、お祖父様に叩頭し、先日守ってくださったことへのお礼を言いましょう」

晁大舎「尤もだ。何人かの下女を、おまえについてゆかせよう」

珍哥は、家廟に入りますと、晁太公の位牌の前にゆき、跪きました。叩頭をしようとして、上座を見ますと、彼女は大声で叫び、外に逃げました。ところが、敷居には、白い秋羅[18]の連裙[19]が掛かっておりましたので、それに引っ掛かり、しこたま転び、纒足用の、高底の赤い緞子の靴が、三四歩離れたところに落ちました。珍哥はびっくりして血の気を失い、声を出すこともできませんでした。付き従っていた数人の下女は、靴も拾わず、珍哥の介添えをしながら、飛ぶように部屋に走ってゆきました。晁大舎はびっくりしました。珍哥は、暫くしてから、ようやく話しができるようになり、初めて靴が脱げてしまったことに気付きました。彼女は、小宦童に靴をとりにゆかせ、こう言いました。

「先ほど、跪き、叩頭しようとしましたが、上座に、紫の毛の方巾をかぶり、毛の粗布の袷をつけた、八十数歳の老人が座っていて、咳をしたので、びっくりして立ち上がり、逃げてきたのです。門の脇にも人がいて、私の裙を引っ張ったようでした」

晁大舎は言いました。

「それはお祖父さまだ。何と霊験あらたかなのだろう。先日、お祖父さまが夢に現れたが、とても恐ろしい話をし、一日(ついたち)は外出するな、敵に報復されるからと何度も言っていた。お祖父さまは、去る時に、おまえの頭をぶち、罵った。おまえはうなされて目を覚まし、頭痛になったのだ。どうしてこのように夢の通りになるのだろう。お祖父さまは、他にもたくさんのことをおっしゃっていた。どうやら、すべて言われた通りにするのがよさそうだ」

下男を家廟に行かせ、紙を焼かせ、謝罪をし、願を掛けさせました。

 珍哥は、ふたたび病気になることはありませんでしたが、新年の間は、気持ちが落ち着かず、あまり元気がありませんでした。晁太公は、身内の霊でしたが、晁大舎の運が衰えかけているときでしたので、晁太公の言った通りのことが起こったのでした。さらに、数日が過ぎますと、晁大舎は、転んで腫らした顔が少し良くなり、寝返りもうてるようになりましたが、春の麗らかな時だというのに、金持ちの旦那さまは、病の床に伏し、「びっこの坊さんが宝座に上がる−話しはできるが歩くことはできない」という有様でした。

 話しは変わります。計氏は、奥の屋敷で、数人の古くから使っていた小間使い、古馴染みの下女とともに、寂しくじっとしていました。正月になると、計氏は、晁大舎のところへ物を貰いにゆくのを、いさぎよしとしませんでしたし、晁大舎も、年越しの品物を、計氏のいる奥の屋敷に送っていませんでしたので、まったく何事もありませんでした。下女たちは、表の珍哥の屋敷がとても賑やかなのに、奥の計氏主従は饅頭の皮、餃子の切れ端を夢に見ることすらできないありさまなのを見ますと、顔を暗くし、あれこれ八つ当たりをし、溜め息をつき、互いに恨み言をいいました。

「まったくいいご主人さまをもったものだね。正月は、乞食だって饅頭や、小銭を貰い、年越しをすることができるというのに、私たちはこんな運の悪い主人と一緒にいるなんてね。私たちは『八十歳のばあさんが嫁にゆく生活のよりどころを探す』べきだよ」

さらにある者が言いました。

「前世で修行をしようとしなかったくせに、この世でも功徳を積まないつもりかい。表で珍ねえさんに伺候している人たちは、前世で修行をしていたんだよ。私たちはあの人にお仕えできるはずがないよ」

高い声で話をし、計氏に聞かれるのも恐れませんでした。計氏はひたすら聞こえない振りをし、怒り、悲しみました。

 折しも計爺さんが息子の計位頽をつれ、七日に計氏に新年の挨拶にきました。計氏の屋敷に入りますと、鍋も竈も冷えきり、何もありませんでした。娘は目に涙を溜めていました。乳母、端下女は口を閉じていました。顔を見合わせて、少し話しをしましたが、安物の茶一杯も出すことができませんでした。計爺さんは、深い溜め息をつくと、言いました。

「金持ちになったのに、こんな暮らしをするようになってしまったとはな。あの人とどんな喧嘩をしたんだ。衣装や装身具があるのだから、金に換えて正月を過ごせばいいのだ。まだ親兄弟が金を出し、借金を肩代わりしてやることを望んでいるのか」

計氏は笑いますと、言いました。

「どこの金持ちの女房が衣裳、装身具を金に換えて食事をしますか」

計爺さん親子は立ち上がって別れを告げると、言いました。

「おまえは我慢をして苦しい生活をしているが、おまえの主人が改心すれば、またいい暮らしができるようになるよ」

そう言いながら、計爺さんも泣き出しました。計氏は言いました。

「安心なさってください。私はこれからも我慢することができますし、我慢できなければ、舅や姑が戻ってきてから、告げ口をしてやります。死ぬときも、理由をはっきりさせてから死んでやります」

話し終わると、計爺さんを送りました。

 最初は傲慢でも後に従順になるのはよいことです。晁大舎は、以前は、計氏を菩薩のように思い、手に載せれば倒れることを心配し、口にくわえれば溶けることを心配していました。計氏にぶたれるときは、計氏の手が痛くなることを恐れ、じっと横になりました。計氏に罵られるときは、その場を離れて計氏を怒らせることを恐れ、釘付けされたように立ち止まり、計氏が罵りおわってから場を離れました。今は情況が逆になり、大きくなった子供が、母親の言うことを聞かないときのように、少しも怖がらなかったばかりでなく、あの手この手で、菩薩様を踏み付けにし始めました。このような虐待を受けては、木像でも腹を立てていたでしょう。計氏は、計爺さんを送り、部屋に戻りますと、晁大舎が薄情なことをし、下女たちも態度を変えたため、思わず『汨羅江』暗帯『巴山虎』[20]を歌い、泣きながら言いました。

天よ、天よ。下界を御覧になり、私の祈りをお聞きください。衆生は恩義を忘れても、あなたは報いを与えません。あなたは、人々が名声のある善人を地獄の餓鬼のように踏み付けにし、一万人の男と関係もつような臭い売女を霊験あらたかな神さまのように崇めるのをほったらかしにしています。私は毎日よいお香を燃やし、公平無私なあなたのために捧げてきましたのに、あなたさえも世の中の人と同じように、あの盗人に味方するのですね。ああ、私はもっと力があれば、彼らの檻から抜け出ることができることはよく分かっています。ああ、思い切って、死んであの世へゆき、あいつと一緒に、閻魔さまの前で、黒白をつけることに致しましょう。

計氏は泣いて悲しくなり、声も大きくなりました。晁大舎は耳を澄ましてしばらく聞いていましたが、こう言いました。

「正月だというのに、誰が泣いているんだ。貧乏人の家だって、縁起のいいことを望んでいるのに、馬鹿女め、物の道理の分からん奴だ。人を調べにやらせよう」

珍哥「調べにゆかせる必要はありません。あなたの『秋胡戯(にょうぼう)』が、わめいているのですよ。あなたが苛々されるのを恐れ、私は声を出しませんでした。あれやこれやと言っていますが、いずれにしても私を余計者扱いしているのでしょう。私を追い出してください。あの人は、やはりあなたの奥さんですし、あなたはやはりあの人の夫です。私一人のせいで、正月にひどい言葉であなたを呪わせてしまいました」

この言葉は、晁大舎を怒らせ、計氏にますます冷たくさせようとするものでした。晁大舎は言いました。

「大丈夫だ。あいつが呪うにまかせておけ。『一回呪われれば十年元気になり、神鬼も寄り付こうとしない』というからな」

そして、下女に、奥に話しをしにゆくように命じました。

「『正月ですから、少しおとなしくされてください。旦那さまはまだ病気で起きていませんから、旦那さまが亡くなってから泣かれてください』というんだ」

 小間使いは計氏に話しをしました。計氏は罵りました。

「淫売女が勝手なことを言うんじゃないよ。あちこちの男に、おまえは身を任せてきたんじゃないか[21]。おまえはいい暮らしをしていて、正月がきたことを知っているが、私は地獄にいて、正月も迎えられないのだよ。あいつが死ぬ前に泣けば、人様は私が恨みを訴えていることを分かってくれるだろうが、あいつが死んでから泣いたら、人様は事情がわからず、私があいつが死んだので泣いていると思うだろう」

ことさらに泣く真似をし、首を伸ばし、何度も大声を出しました。下女は戻りますと、逐一話しを伝えました。

 晁大舎は笑いました。珍哥は、顔を赤くして、言いました。

「『ぶつのも罵るのも可愛いから』というけど、ちゃんちゃらおかしいことだわ」

睨むと、罵りました。

「人を馬鹿にしやがって。いくじなしめ。唇がないなら、簫を吹かなければいいんだよ[22]

晁大舎「小珍哥、大したことはないじゃないか。元旦の五更に、祖父さんが夢に現れたが、俺たちはあの女のお陰で暮らしてゆけるのだといっていたぞ」

珍哥は、自分の右手を、鼻の真ん中に当て、下から上に押し、ふんと声を出しました。そして、吐く真似をしますと、言いました。

「西門慶の家の潘金蓮は『三本脚の蛤蟆は珍しいが、二本脚のあそこの臭い女房はごまんといる』[23]と言っています。あいつのおかげで暮らしているなんてとんでもないことですわ」

 晁大舎は、正月十四日の昼まで眠りましたが、目の腫れもだいぶひき、体もあまり痛くなくなりましたので、珍哥に向かって言いました。

「今日は元宵節の日だから、起きて、提灯を掛けさせよう。下女に食盒を準備させてくれ。提灯を見、花火を上げることにしよう。俺が起きなければ、みんな元気がなくなってしまうからな」

珍哥もしきりに晁大舎を唆しました。晁大舎は、無理に服を着、起き上がり、髪も梳かずに、手と顔を洗い、浩然巾[24]を被りましたが、頭はまだくらくらしていました。あちこちに提灯をさげ、座席を準備して立ち上がり、炕のある部屋から、二鉢の梅の花を担ぎ出し、寝室の明間[25]に並べ、晩に珍哥と酒を飲みました。そのようなことが三日続き、十六日の晩になりますと、あちこちで提灯が点されました。晁大舎は言いました。

「占い師が俺を訪ねてきて、今、おもての禹明吾の家に泊まっているが、まだ会っていない。綺麗な食盒を用意させ、二つの樽に入った酒、盒子に入った点心、菓子を、彼のところへ送ってくれ」

珍哥は準備をさせながら、言いました。

「ちょうどいい。運勢を占ってもらおうと思っていたのです。あなたも、太歳[26]がどこに座っているかを占ってもらえば、避けることができますよ」

ぺちゃくちゃ喋りながら、盒子を下男の晁住に渡しました。晁大舎も晁住について出てきますと、こっそりと言い付けました。

「この盒子に入れた酒を、裏の奥さんのところへ運んでくれ。おまえは『珍哥さまからの贈り物です』と言い、物を届けたら、おもてへきて、向かいの禹家に泊まっている占い師に送ったと言うんだ。珍哥には奥へ行ったといってはいけないぞ」

晁住「畏まりました」

三つの盒子を捧げ持ち、二樽の酒をさげ、計氏のいる奥へ届けました。

晁住「珍哥さまのお言い付けで、盒子に入れた酒と点心をもって参りました」

計氏は、耳を真っ赤にすると、罵りました。

「恥知らずの淫婦めが。私と同じ天を頂き、同じ地を踏みながら、夫を独占しているくせに、私に物を贈って節句を過ごさせるつもりかえ。これは、鼻水が上に流れるようなことじゃないか」

下女、小間使いは言いました。

「あの方が好意で送ってきたのに、奥さまが受け取られなければ、あの方は恥ずかしい思いをすることになります」

計氏「くだらないことを言うんじゃないよ。あいつが恥ずかしい思いなどするはずがないのに、あの方は恥ずかしい思いをすることになりますなどと言うなんて」

晁住に言いました。

「さっさと持っていっておくれ、私を怒らせるとひどい目に遭うよ」

晁住を追い出しますと、自分で、二門にぱちっと鍵を掛けました。

 晁住は、盒子を持ち、晁大舎のところへ行きますと、言いました。

「あの占い師は、よその県にいってしまっており、誰も受けとる者がおりませんでした」

晁大舎が中門の外に出てきますと、晁住は、計氏の話しを、晁大舎に逐一伝えました。晁大舎は笑って何もいいませんでした。ところが、詳しい話しは、すべて小間使いに聞かれ、そっくり珍哥に知らされてしまいました。珍哥は、話しを聞かないときは何ともありませんでしたが、話しを聞きますと、「怒りが胸に込み上げ、憎しみが肝に生じる」有様になり、頭をざんばらにして騒ぎ立て、叫び、罵って、言いました。

「木偶の坊の馬鹿野郎。のろまの亀野郎。二股を掛けていいと思っているのかい。女房を捨てきれないんだったら、私を訪ねてこなければいいんだよ。物を贈るのなら、贈ればいいさ。豚の毛の縄であんたを縛っているわけでもないのに、どうしてそんなにびくびくしているんだい。あんたが一千個の食盒、一万個の饅頭をあいつに送ろうが、私を他人のところに送ろうが、あんたの邪魔をしたりはしないよ。それなのに、何で算命の占い師だの、道士だのといい、私を騙し、淫乱なあばずれに私を罵らせたんだい。私は去年から晁家に入り、頭に天を頂き、足で地を踏み、夫を守ってきた。あんたの天、あんたの地、あんたの夫などということはきいたことがないよ[27]

何度も何度も恥知らずと言い、騒ぎ立てるのをやめませんでした。晁大舎のその時の様子はといえば、まるで任伯高[28]が玉門関で班仲升[29]と職務の引継ぎをしたときのようでした。彼はひたすら謝罪をし、何度もこう言いました。

「俺は、おまえたち二人が仲良くしてくれればいいと思っていたんだ。俺があいつの味方をするわけがないだろう」

二更まで大騒ぎし、明りも点けず、家廟の香も焚きませんでした。人々は、腹を立て、炕の上で眠りました。

 晁大舎が眠りますと、一日の五更のあの老人が、杖をつきながら、ふたたび部屋に入ってきました。彼は、晁大舎の床の帳を、杖で持ち上げ、鉤に掛けますと、こう言いました。

「晁源よ、わしの言うことを聞かなければ、必ずひどい目に遭うぞ。あの日、おまえに言い含めたのに、おまえはわしの言った通りにせず、どうしても外出しようとした。わしが邪魔しなければ、あいつはおまえを転ばせ、殺していただろう。おまえは、いずれにしてもまだ死ぬ運命になく、半年一年は生き続けるだろう。敵はおまえにぴったりとくっついているし、おまえの家の妖婦は、ひどい悪さをしているし、おまえの嫁の計氏は、良からぬ心を起こしているから、急いで北の父母の下へ避難しなければいかん。わしが明日去ってしまえば、誰もおまえを救う者はなく、ひどいことになるぞ。ここを離れるのなら、必ず『金剛経』を携帯してゆかなければいかんぞ」

さらに、珍哥の炕の帳を引き上げ、杖を持ち上げ、頭を打ちますと、言いました。

「このあばずれが。昼間は何てひどいことをしたのだ」

そして、手を引っ込めると、言いました。

「こいつめ。わしの孫を苦しめおって」

 珍哥は、夢の中で、先日家廟に座っていた太公が、杖を持ち上げてぶとうとしましたので、目を覚ましました。彼女は布団を捲り、炕から飛び下り、素っ裸のまま、晁源の布団の中に滑り込みますと、何度も言いました。

「怖いわ」

晁源も夢の中で大声で叫びました。

「おじいさま。ゆかれないで、家で私を守ってください」

二人は喧嘩をしていたことも忘れて、抱き合いますと、体中に冷や汗を流し、寝言をいいました。

晁源「おじいさまが二回も夢に現れた。おっしゃった通りにしなければ、必ず災いがあるだろう。急いで身支度をし、両親の任地に行こう。−しかし、両親が華亭にいるのに、お祖父さんが何度も北へゆけとおっしゃっていたのは、訳が分からん。俺は明日から、外出するのはやめ、人を荘園に遣わし、『金剛経』を持ってこさせ、荷物を準備し、日を選んで出発し、南へ行くことにしよう」

まさに、

鬼神は事を予知できる、

災害(わざはひ)幸福(さいはひ)はあらかじめ分かるもの。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]黄河の神。巨大な手で川の流れをきりひらいたという。張衡『西京賦』「巨霊贔屓、高掌遠蹠、以流河曲」。

[2]家長が家族や使用人に対して行う処罰。

[3]家で寛ぐときに着る服。直裰。

[4]原文「婆娘」。既婚の女の召使。

[5]乗馬するときに足がかりにする石。

[6]神を祭る竈。

[7]茘枝の外皮のような、臙脂がかった赤と思われるが未詳。

[8]大樹梅楊緞子。緞子の一種と思われるが未詳。

[9]帽罩、雲字披肩とも。帽子から肩にかけてに掛ける、毛皮製の防寒用フード。

[10] 「どちらが珍哥の薬銚でどちらが晁大舎の薬銚かをはっきり記憶し」ということ。

[11]熱や眩暈を直す薬。写真。羌活は、独活の、紫色をし、節が細かく、匂いの強烈なもの。独活の写真

[12]某日に鬼神の祟りがあることを記した書物。

[13]真武真君をまつる廟。

[14]天地を拝するときに、香や燭台を置く机。

[15]珍哥を譬える。

[16] 「機会があれば人を罵ろうとする」の意。

[17] 『証治准縄』によれば「蛤鮖一対、紫苑、款冬花、鼈甲、貝母、p角子各一両、杏仁一両五銭を用いて作る薬という。

[18]薄くて軽く筋もようのある絹。等編著『中国衣冠服飾大辞典』 参照。

[19] ワンピース。

[20] 『汨羅江』『巴山虎』ともに曲牌と思われるが未詳。また、暗帯も未詳。

[21]原文「低倒也曹州兵備」。曹州は山東省の州で、面積が広い。兵備は兵備道のことで官名。「曹州兵備」は「曹州兵備、管得寛」という歇後語で、「曹州の兵備道は広い土地を管轄している」の意。「管得寛」は「広い土地を管轄する」という意味のほかに「管理が緩い」という意味もある。ここでは、珍哥の身持ちの悪さを罵っている。

[22] 「身の程をわきまえるんだよ」の意。

[23]原文「三只腿的蟾希罕、両条腿的騒[尸穴]老婆要千取万」。『金瓶梅』八十七回の原文は「三只脚蟾没処尋、両脚老婆愁那里尋不出来」。

[24]帽子の後ろが長く垂れ下がった防寒帽。

[25]直接外に通じている部屋。

[26]凶神の名。太歳がいる場所は凶方とされる。俗語で、「太歳頭上動土(太歳の頭の上で工事をする)」といえば「危険なことをする」の意。

[27]夫を尻に敷く妻などというものは聞いたことがない。

[28]後漢の任尚のこと。

[29]後漢の班超のこと。任伯高の部下だったとき、任に嘲弄されたが、後に軍功により任の上司となったという物語が、戯曲『投筆記』に見える。

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