第七十五回

譚紹聞が運悪く錬金術を行うこと

夏逢若が密談し贋金作りをすること

 

 さて、夏逢若は張縄祖を追い払いますと、紹聞に銀子を量らせて、すぐに手にいれようとしました。しかし、紹聞は言いました。

「今は本当にあちこちに借金があって、すぐには融通することができません。もちろん百五十両はあるのですが、まだ開封していません。すこし暇を下さい。借金を全部計算し、どの店にどのくらいの金を払えばおとなしくなるか考えてみます。銀子を払うときは、誰にも借金を完済することはできませんが、全員に金を払う積もりです。あなたも当然その中に入っています。決して約束を反古にしたりはしません。ただ、すぐに払うことは無理なのです。金は後日送り届けましょう」

「君が僕をごまかそうとしているなどとは言っていないよ。だが、一日早く手に入れば、一日早く飾り付けをすることができる。君が自ら送り届けてくれるのなら、日を決めてくれ。僕は食事を用意するために、料理人をたのむから」

「少なくとも三五日以内には送り届けますよ」

夏逢若もあまりしつこくしようとはせずに、尋ねました。

「盛兄さんの件はどうした」

「あの人のせいで僕は困っているのです」

夏逢若は驚いて言いました。

「あの人が僕を援助しないといったのかい」

「僕はあの人に会っていないのです。あの人のところには僕の銀子が百両以上貸してあります。あの人は、今、山東に行ってますが、西湖にも行くといっているのです。ですから僕は計画が立てられないのです」

「それなら尚更のこと、君だけが頼りだよ。僕は、本当に君だけを煩わすことになってしまったな。僕は帰るぜ。毎日、家で待っているよ」

 門の外に送り出しますと、紹聞は家に戻りました。東の楼につきますと、興官児が巫氏のベッドで座りながら『三字経』を読み、冰梅が横で見ていました。紹聞

「先生はどこへ行ってしまったんだい」

冰梅は笑いながら言いました。

「裏庭にいかれたようです」

話しておりますと、巫氏が楼に入ってきて、盥で手を洗いました。紹聞

「とんでもない先生だな。勉強をさぼるなんて」

巫氏は笑って

「子供がどれだけ本を読んだか御覧になれば、先生がさぼっていたなんて言えませんよ。この子は、一行読めば一行読み、二行読めば二行読みます。ここから後には私が知らない字がたくさんあり、でたらめをこの子に教える訳にはいかないのです。興官児、本をもってきて、お父さんに読んで頂きなさい」

紹聞は笑って言いました。

「先生が主人に勉強を教えるように頼むとはね。主人に学問があれば、先生を呼んだりはしないよ。おまえみたいに生半可な学問で、勉強を教える奴は、女児国へ左遷されるべきだよ」

冰梅は笑って言いました。

「冗談はその位に致しましょう。興官児、お父さまに何句か読んでいただきなさい」

そもそも冰梅は自分の生んだ子が、読んだものを忘れぬ賢い子であることに気が付き、とても喜んでいたのでした。しかし、孔慧娘が亡くなるとき、興官児を抱いて見せるようにいっていたことを思いだすと、心の中で密かに悲しく思いました。

 まもなく、王氏は興官児と一緒に寝ました。興官児は手紙を巫氏に渡し、テーブルの上に置かせ、楼に行きました。そこで、妻と妾は眠りにつきました。紹聞だけは、布団の中で、城隍廟の裏の家に葬式代を援助しよう、金をやらないわけにはいかないが、三十両は絶対に無理だ、姜氏とは夫婦ではないが、愛おしくてならない、もう一度会って思いのたけを述べれば、少しは心が慰められるかもしれない、と考えました。そして、次の日、城隍廟の裏の家に出掛け、この願いをかなえ、帰ってきてから借金返済のかたをつけることに決めました。

 次の朝になりますと、済寧からもってきた包みを開き、さんざん考えた揚げ句十八両を揃えました。食事の後、耿家の堀を通って、夏家にやってきました。裏門に着きますと、尋ねました。

「夏兄さんはご在宅ですか」

夏鼎の女房が出てきて、譚紹聞をみますと、家に迎え入れ、中庭に腰掛けを置いて座らせました。紹聞

「夏兄さんは」

「馬兄さんと一緒に城の西の尤家にお悔やみにいきました」

「先日は御馳走になりました」

「お粗末さまでした」

「尤家とはどういうご関係ですか」

「馬兄さんのもとの舅の家なのです。今度、あの人の姑を埋葬するのです。馬兄さんは婿でしたから、もちろん行かなければなりません。私たちの家で先日葬式をしたときは、尤家から弔問に来ましたので、今日はお礼のために、一緒に出掛けたのです」

「表の中庭の姜さんは行かれたのですか」

「譚さまをおもてなしした次の日、尤家から迎えの車がきました。姜さんは尤家の二番目の義理の娘ですから、行かないわけには参りませんでした」

紹聞は昨晩の夏鼎の話しが、でたらめであったことに気が付きましたが、ここまできた以上、そのことは考えないことにするしかありませんでした。それに、夏鼎は家におらず、ぺちゃくちゃ喋られなくてもすむので、袖を振って十八両の銀子を取り出し、腰掛けの上に置きますと、言いました。

「これは夏おばさんを埋葬するための銀子です。夏兄さんが戻られたらお渡し下さい」

「譚さま、本当に申し訳ございません。あれが戻りましたら話をしておきますので」

紹聞は外へ出ましたが、たくさんの純度の高い銀をすてた上に、うっすらとした蛾眉の美人には会うことができませんでしたので、辺りを見回すと、ひどく索漠とした気分になりました。これぞまさに、

優しき心を投げかくる人はなく、

たちまち物を失ひたるがごときなり。

悲しき気分で行くところなく、

がつかりとして行くあてもなし。

 紹聞は夏家から出ますと、がっかりとして行く所もありませんでしたが、さりとてずっとそこにいるわけにもいきませんでした。そして、不意に、城隍廟の道士のことを思い出し、あの人はよそに出掛けてしまったかもしれないが、半日話をして、とりあえず借金取りを避けるのもいいだろう、夕方になってから、家に帰っても遅くはないだろうと思いました。そこで、城隍廟の裏門にやってきました。

 この間腰を掛けた中庭に行きますと、入り口に新しく聨が書かれていました。

黄庭[1]を詳しく説きて、

老いを(とど)めり。

白石[2]を煮ることができ、

人が来んことを待ちたり。

紹聞が部屋の中に入りますと、道士が座って本を読んでおり、横では一人の弟子が、床の上で杵と臼で薬をついていました。挨拶が終わると席が勧められ、紹聞は道士の席に着きました。開いてある本を見ますと『参同契』[3]でした。朱筆がいれてあったり、新たに批評が書かれているところは、すべて「嬰児[女宅]女」[4]に関することでした。道士は

「この書には、あなた方儒家の先賢たちも、みな注釈を施しています」

と言いますと、すぐに弟子に命じて栞をもってこさせ、帙の中に入れました。そして、さらに言いました。

「あなたは顔に幸運の気が満ちており、将来は内閣や三省、翰林院に入ることができる運勢をおもちです。しかし臥蚕[5]の下に、少し不運の気があり、そのせいで現在事が思うように運んでいません。当たっておりますでしょうか」

「当たっています」

 弟子が茶を捧げもってきますと、道士は叱り付けて、

「このような貴いお客様を、こんな器とこんな茶でおもてなしするのか。昨年四川に旅したとき、重慶府からもってきた蒙頂[6]を沸かしてくるのだ」

まもなく、弟子が報告しました。

「弱火から強火になって、湯が沸きました」

道士は奥に行きますと、鍵の音を響かせて、二つの湯のみを取り出しました。銀の器で、きらきらとして細工がしてありました。道士が金の壺に入った茶葉を、湯のみの中に入れますと、弟子はお湯を注ぎ、蓋をかぶせ、二人にさしだし、暫くしますと、飲むように勧めました。紹聞は、湯のみを手にとり、ちょっと嗅いでみますと、思わず溜め息をついて言いました。

「本当に逸品です。それに、器も精巧で高価で、普段まったく見たことがないものです」

「褒めて頂いたのですから、差し上げましょう。朝晩お茶を飲まれるときにお使い下さい」

「銀杯のできが精巧でしたので、思わず褒めてしまったのです。これを私に下さっても、俗人には不似合いなものではございませんか」

道士は笑って

「世俗を離れた野人には、俗心はとうになくなっております。竹の杖と草鞋の他は、すべて無用の長物です。それに、このような物は、私にとっては常に手に入れ、いつでも使うことができるのですから、気にされる必要はありません」

紹聞は尋ねました。

「道士さま、どうして自由に手に入れて使うことができるのですか」

「ご存じないでしょうが、この世の中には、二つの奇術があるのです。一つは剣術、もう一つは錬金術です。剣術に通じている者は、刀をふるって人を刺し、錬金術に通じている者は、石を金にすることができます。私は、昔、仙人に従って秘伝を授かり、二つとも教えてもらいました。しかし、私は人のために仇討ちをするばかりの剣術は嫌いで、人助けができる錬金術が好きでした。剣術は義侠に近いものですが、やや殺戮の気があります。錬金術はもともと仁慈に属するもので、自分が五岳[7]を旅するための費用にあてる事もできます。ですから、私は錬金術だけを習得したのです。先日、上京する途中、南陽の玄妙観にちょっと泊まったとき、一人の貧乏書生が、貧しいのに苦学しているのに会いました。私はその人の人相を見て、科挙に合格する人物だと思ったので、錬金術で援助してやりました。今頃は貧乏ではなくなっていることでしょう。私は戻ってその人に会うつもりです」

「道士さまは人助けを好まれるのですね。実は、私はもともと祥符の旧家で、先祖は代々官になっていますが、若くて気が弱かったため、誤って悪人に誘われ、今ではだんだん貧乏になってしまいました。私も救っていただけないでしょうか」

「もとよりお易いことです。しかし、私は今、省城の喧騒が嫌になり、江西の匡廬[8]、浙江の雁蕩の名山に遊覧しようと思っているので、暇がありません。別の年に御縁があったらふたたびお会いしましょう」

「私は、眉に火がついたように焦っています。どうかすぐに救ってください。年がかわるのを待っていては、『枯魚の肆』[9]になってしまいます」

「これには訳があるのです。私はもともと無欲だったのですが、この馬鹿な弟子は、修行が足りなかったため、華やかな都にきて、手当たり次第に金をばらまいたのです。ある日、彼は、礼部の門前で、可愛そうな人に出会い、袋から銀を出して救ってやりました。今では丹母も少なくなってしまいました。一が十になり、十が百になるといっても、わずかな草の根で、錬金術を行うよりは、とりあえず何もしない方がいいでしょう」

「丹母でしたら簡単です。どうか道士さま、仙術をほどこし、涸れた轍に水を湧かして下さい[10]

「あなたの懇ろなお言葉を、お断りするべきではありませんが、事は最も機密を要します。省城には役人がうようよしていますから、もしも天の秘密を漏らせば、彼らは私に邪悪な道士の汚名をかぶせることでしょう。私が高飛びするのは簡単ですが、あなたには差し障りがあることでしょう」

「道士さま、どうか万全の策をお教え下さい」

「それは簡単です。私は家相見にも通じていますから、家相見をさせるということにし、堂々と帖子を届けて呼びにきて下さい。錬金術をするときは、運気をつかまなければなりません。子の刻の初めの頃に、運気が発動するのです。しかし、錬金術を行う時に最も心配なのは、心の中に疑いの気持ちをもつことと他人が急に入り込んでくることです。もしも他人が入り込んできたり、炉の近くで、妊婦、喪服を着た人が話したりすると、炉は壊れてしまいます」

紹聞は、喪服を着た人を近付けず、母親と巫氏に小声で喋るように言うだけなら、あまり難しいことではないと思ったので、答えました。

「他人が入り込んでくる恐れはありません」

「他人が入り込まないのは簡単ですが、疑いの気持ちを持つということはよくあることです。鼎を据えるときに、香を焚いて神に誓いを立てなければなりません」

「私は絶対に疑ったりしません。心配なさらないで下さい」

「丹炉が壊れるのは構わないのですが、神明を怒らせるのが心配です」

「道士さま、心配される必要はありません。明日、早速来ていただきましょう」

 別れを告げて立ち上がりますと、道士は銀杯を贈りました。紹聞は受けとろうとしませんでした。道士

「それは俗人の振る舞いというものです。私は置いておくわけにはまいりません」

弟子は銀杯を紹聞の袖の中に押し込みました。譚紹聞は、別れを告げると去って行きました。道士は相変わらず淡々とした調子で立ち上がりますと、軽く拱手をしました。弟子は、譚紹聞を送り出しました。

 次の日になりますと、紹聞は双慶児を連れて自ら帖子を届けに行きました。そして、武当山の道士を呼んで家相見をしてもらうことを説明しました。

 三日目の朝、紹聞はケ祥に説帖[11]をもたせ、南馬道の張家に車を借りに行かせました。張類村は帖子を見ますと、すぐに車と馬を用意し、譚家へ車を借すと称して、杜大姐を騙し、愛児を見にきました。南の中庭に着きますと、年老いた父と幼い子は相見えました。ケ祥は張家の車が胡同の入り口に来ていると言いました。紹聞は張類村が来たとは知らず、すぐに双慶児を車に乗せ、ケ祥に馬を駆らせ、城隍廟に家相をみる道士を呼びに行かせました。

 二時ほどしますと、道士が車に座り、簾をおろしてやってきました。弟子は簾の外に座っており、双慶児が付き従っていました。胡同の入り口に着きますと、紹聞は道士たちを碧草軒に迎え入れ、荷物の二つの箱と二つの籠を、書斎に運びました。蔡湘が茶を捧げもってきて、三人にさし出しますと、紹聞

「六安[12]の新茶ですが、景徳鎮の俗な器で。お恥ずかしい限りです」

「山のうまい泉を、手で掬って飲むのは、もっと快適です。私はいつも茶器をもっていますが、実際は旅ばかりしている身ですから、茶器などに気を遣われる必要はございません」

さらに少し無駄話をしました。

「ここは表の書院のようですね。きっと本を読まれる所なのでしょう。照壁[13]は低く、しかも狭いので、奎壁の像[14]に合いませんが、大した差し障りはありません。ご尊宅を拝見させて下さい」

紹聞は双慶児に命じて、各楼の門を閉じさせ、道士にじっくり見てもらいました。まもなく双慶児が書斎にやってきて、紹聞に向かって言いました。

「家ではもう準備がととのいました」

「むさくるしい所で、見ていただく価値もございません。道士さま、どうかお笑いにならないで下さい。詳しいお話しを承りたく存じます」

「事実をそのまま申し上げますから、お聞き苦しいところがあるかも知れません。どうか上辺は従って心は従わないということのないようにお願いします」

紹聞は立ち上がって道案内をしました。道士

「私の荷物は、もとより遊行道士の荷物にすぎませんが、中には大切な物がありますから、持っていくことに致します」

紹聞も中に鼎や丹薬などの貴重品があると思ったので、双慶児、蔡湘に担がせ、一緒に楼のある中庭に入りました。

 道士は四方をじっと見ますと、言いました。

「すべて釣り合いがとれており、まったく差し障りありません」

そして、表の中庭に行きますと、言いました。

「お宅の建物はすべて結構です」

さらに、ちょっと見ますと、言いました。

「東の側門は、大耗[15]、豹尾[16]を犯しています。塞いで通れないようにすれば、お金が集まり、幸せになれるでしょう」

まっすぐ帳房に戻りますと、紹聞はすでに二つの床と帳をしつらえ、テーブルや椅子を綺麗に拭き、床を綺麗に掃き、妄りに唾を吐かないようにさせていました。蔡湘、双慶児は、荷物を部屋の隅に置きました。道士は喜んで、

「ここはご尊宅の中で一番財の集まる所で、天庫星[17]に合った造りになっています」

「昔は帳房で、銀子や銅銭の出し入れをしていました」

「この部屋を使えば、財運は燃え始めの火のように盛んになりますが、この部屋を用いなければ、財運は消える前の灯火のように衰えます。この宝の庫を粗末になさってはいけません。昨日申し上げたよそ者、喪服、寡婦、妊婦を避けるということには、どうか注意して下さい」

紹聞は小者に言い付けました。

「もし夏さんが来たら、あの人が声を枯らして叫んでも、絶対に中に入れては駄目だぞ。奥にも言い含めてこよう」

 楼に行きますと、まず母親に言いました。

「大声でしゃべらないで下さい」

王氏

「どうしてしゃべってはいけないんだい」

「小声で喋ればいいのです」

「また、何を始めたんだい。訳が分からないね。家のお祓いでもするのかい」

「そうなのです」

「わかったよ」

 紹聞は東の楼にも行って巫氏に言い含めました。巫氏

「あの道士は真っ白な髭をはやして、太白李金星みたいですね」

「李金星を見たことがあるのか」

「何度も見ておりますわ」[18]

そして笑い出しました。紹聞は急いでその口を塞ぎますと、言いました。

「家のお祓いをするんだ」

「どうして私が笑ってはいけないのですか」

「君をうんと笑わしてやろう。だが、笑った後は絶対に笑ってはいけないぞ。ある人が、先生が勉強を教えているのに、生徒は愚かだといった。すると、先生はいった『私が生徒のお腹の中に入り込めばいいのだが、生徒ははち切れてしまうだろう』。今、二人目の子供がおまえのお腹の中にいるから、大声を出してはいけないんだ」

巫氏はじろりと見ますと言いました。

「面白くありませんわ」

「真面目な話をしよう。今晩から、大声を出しては駄目だ」

「私は寝言を言ったりしたことはありません。あなたにそんなことを言われる必要はありません。放っておいてください」

冰梅

「興官児に何行か本を読んであげて下さい」

紹聞

「そんな暇はないよ」

巫氏

「知らない字が三四字ありますから、私に教えて下さい。興官児に読んでやりますから」

紹聞はいい加減に三四文字を指差しながら読んでやりますと、道士と弟子をもてなしにいきました。

 話は速いのが肝要、物語がくだくだとしてはいけません。その晩、錬金術が始まりました。道士は前もって弟子に自分の銀子を一両量りとらせ、丹砂、水銀を混ぜ、八卦炉の中に入れておきました。そして、香を焚き、炭火で加熱し、ふいごで煽りました。まもなく炉の中から五色の瑞気がたち、部屋の中では妙な香りが鼻をつきました。道士は弟子に向かって言いました。

「物事は実地に教わることが必要だ。体験をして初めて会得できるのだ。今、世間には偽の銀を作る者が多いが、すべて邪鬼外道なのだ。彼らは、良い心が損なわれているから、教えることはさらに間違っている。炭を焼く位置さえも、間違っているのだ。お前は一つ一つつぶさに学んで、わしに心配をかけないようにしなければならん」

紹聞は脇で見ていましたが、二更を過ぎますと、眠くなってきました。道士

「お休みになられても構いません。明日の朝、炉を開けば、結果が分かりますから」

 翌朝になり、洗顔と手洗いを終えますと、紹聞は帳房に行って炉を見ました。炉はもとのままでしたが、炉を開けてみてみますと、目を奪わんばかりの真っ白な銀の塊がありました。小秤[19]では量りきれませんでしたので、昔の天秤を取りだし、分銅を載せてみますと、ちょうど十両の冰紋、細絲でした。

道士「五金[20]八石[21]や、薬も足りません。銀匠のところへもっていって、十粒にくずして、薬が買えるようにして下さい」

紹聞は言われた通りにし、江西の銀匠の店へ持っていきました。銀匠はそれを見ますと言いました。

「いい銀ですね。どこの店のものですか」

「済寧の役所のものだよ」

「若さまがこの間済寧からもってきたものですか」

「そうだ」

「役所の銀子は、こんな形はしていませんよ」

紹聞は笑って、

「昔から、役所の銀子は、大抵はどこから来たか聞いてはいけないものなのさ。とにかく砕いて、十粒にしてくれ」

銀匠は言われた通り、十つの粒に砕きました。本当に、底の紋様は群がり集まっているかのよう、表面は鏡のように平らでした。紹聞は両替賃を払って、銀を持ち帰りますと、褒めました。

「道士さまの焼煉の術は神業ですね」

「この術がなければ、北京に行って軍隊に銀を捧げるということもなかったでしょう」

 朝飯をとりますと、

「僕は銀子を出して、銀母[22]にして頂きたいと思っているのですが、焼煉の術を行って頂けませんか」

「私が焼煉を行うときは、あなたは誠実な心をもたなければなりません。少しでも不誠実な心があれば、大きな害があります。まず、今、どのくらいお持ちなのかおっしゃって下さい。一分たりとも嘘をおっしゃってはいけません。一万両必要なら、一千両の丹母[23]を、一千両必要なら、百両の丹母を、百両必要なら、十両の丹母を用意し、多かろうと少なかろうと、香を焚いて神様に報告をしなければなりません。急に丹母を増やして、『再三すれば(けが)る』[24]という戒めを犯すことはできないのです。あなたはどれだけの銀が必要なのですか。まずその数をお決め下さい。今、家にその数の十分の一の銀があれば、今晩すぐに炉を使うことにしましょう。もし十分の一に足りていなければ、すぐに銀を集めなければなりません。十分の一の銀が揃ったら、吉日を選んで神様に報告いたしましょう」

「今は、二千三百五十両あれば十分です。十分の一の銀はすでにありますから、これ以上揃える必要はありません」

「二千三百では少なすぎます。あなたが使うには十分でないかもしれませんよ」

「十分です」

「あなたが十分とおっしゃるなら、丹母をすべて神に捧げましょう。二千三百五十両の数を約束した後、隴をえて蜀を望む気持ちを起こされては絶対にいけませんよ」

「これ以上つけたすとすれば、装身具を出すしかありません」

「お好きなようになさって下さい。すぐにここに持ってきて、仙牌[25]を書いて香を焚き、数を報告し、誓いをたて、今晩すぐに錬金術を始めましょう」

弟子

「まだ金石と薬物が一二種類足りませんから、あなたと一緒に買いにいきましょう」

紹聞は

「私がいく必要はないでしょう。私はよく知りませんから。鍵で表門を開けますので、お二人で買いに行かれて下さい」

と言いますと、すぐに門を開けていってしまいました。紹聞は済寧の二百三十二両と、砕いた銀一封を、帳房に持っていきました。仙牌を書き、数を報告し、香を焚いて誓いを立てたことは、細かく申し上げる必要はございますまい。

 間もなく、門を叩く音がしました。門を開けますと、弟子が帰ってきました。彼はきらきらした五色の模様のある石を包んで、道士に渡して見せました。道士

「この金砂石[26]はかえなければならん。使えないからな」

弟子はひどく嫌な顔をしました。紹聞は何度も買いにいくように言いました。暫くすると弟子は戻ってきて、表門に鍵を掛けました。そして、晩になりますと、三つの炉に蓋がされ、昨晩と同じように焼煉術が始まりました。道士

「今晩はこちらでお休みになって下さい」

「私には疑いの心はありません。あなたの方が疑いの心を持たれているのではないですか」

「私は疑いの心などもっていません。あなたに炉の中の瑞気を見て頂きたいのです」

「僕の自由にさせておくれ」

 宵の入りになりますと、誰かが帳房のドアを叩く音が聞こえました。出ていってみますと、人が東の側門の陰に立っていました。どうやら樊婆のようでした。紹聞が奥へついていきますと、母親と冰梅が東の楼でおおわらわでした。巫翠姐が産気付いたのでした。大変な難産でしたので、一晩中大騒ぎしました。紹聞はすぐに表の帳房に行き、道士を呼びました。道士は軒下に来ますと、尋ねました。

「譚さん、どうなさったのです」

「道士さまは医術には通じてらっしゃいますか」

「符録[27]、禁呪[28]、推拿[29]、針灸から、望[30]、聞[31]、問[32]、切[33]など、一切の人助けはすべて心得ております」

そこで、紹聞は部屋で出産があることを話しました。すると、道士

「ああびっくりした。丹炉の近くでそんなことをおっしゃったら、あっという間に部屋に火がついていたでしょう。ご自分で処置なさって下さい。私は丹炉を見てきます。大変だ。大変だ」

紹聞は奥に行き、産婆を迎えにいったり、処方箋を貰ったりしました。やがて、一更過ぎになりますと、男の子が生まれましたので、家の中は大騒ぎをしました。

 夜明けになり、帳房に行きますと、紹聞は一声叫びました。

「ああっ」

そこには、黒炭が数本、白い灰が一山、綸巾[34]が二つ、道袍が二着あるだけでした。急いで表門を見ますと、半分開いていました。太白李金星が、いつ仙童を連れて雲にのって去ったのかはまったくわかりませんでした。

 皆さん、初めの晩に銀十両を作ったというのは、目くらましで、道士が自分で中にいれておいたものだったのです。次の日、金砂石をかえたとき、弟子は表門の鍵を袖に入れて街に持って行き、合鍵を作っておいたのでした。解説をしなければ、疑いが増すことでしょう。

 さて、紹聞の方は、帳房を詳しく見ようともせず、債権者に借金を催促される恐れがあることも忘れて、大通りを通り、二歩を一歩で歩いて、城隍廟へあの道士を急いで探しにいきました。ちょうど黄道官が朝の香を焚き、本堂から出てきました。紹聞は黄道官を引っ張って尋ねました。

「奥の中庭にいた武当山の道士は、今日廟に来たか」

黄道官

「武当山の道士は、あなたに呼ばれて家相を見にいったのでしょう。どうしてまたあの人のことを尋ねてこられたのです」

「呼んだことは呼んだが、あいつは僕の二百三十五両の銀子を奪って、夜逃げしてしまったんだ」

「遠くへは逃げていないでしょう。早く追い掛けなさい」

「あいつは道冠、道袍をうちに脱ぎすてていった。明日は、あなたを、妖術士を泊めて、銀子を奪わせたといって訴えてやる」

「あの人は遊行の道士で、亡くなった師匠が武当山参りをしたときに、周府庵であの人と知り合ったというのです。ただ、亡くなった師匠が周府庵にいったかどうかは、もう二十数年前のことですから、誰にも分かりません。あの人は裏の中庭にいましたが、廟の中の空き部屋を借りていただけのことで、廟の食事を食べていたわけでもありません。あなたが家相見のために呼ばれたときも、私たちは仲立ちをしていません。あなたはどこに置いてあった銀子をあの人に奪われたのですか。役所に訴え出るにしても、一つ一つ質問に答えなければなりませんよ」

紹聞は何も言う事ができませんでした。

 ちょうど夏逢若が道房に葬式のことを話しにきました。彼は紹聞を見ますと言いました。

「本当にありがとう」

紹聞は返事をしようとしませんでした。そして、道士に家相を見せ、その晩に丹薬を焼いたが、朝に逃げられた事を、逐一話しました。夏逢若

「それは提罐子[35]だよ。君の運が悪かったということだな。僕も運が悪かった。そいつにまだ受けとっていない十二両をただでもっていかれてしまったよ」

黄道官

「譚さんは私を訴えるつもりなのですよ」

夏逢若

「何を訴えるんだい。僕の家にいって話をしよう」

紹聞も道官を告訴しても意味がないし、埒があかないと思ったので、夏鼎についていきました。黄道官は拱手もしませんでした。二人は裏門から出て行きました。

 夏逢若の家に行って腰を掛けました。紹聞は顔を真っ青にして、黙っていました。夏逢若

「先日、君と相談したいことがあったんだが、双慶児、蔡湘はどうしても取り次ごうとしなかった。君がこんなひどい詐欺にあっていたとは知らなかったよ。今頃は、そいつはどこかの門を出てしまい、六十里先にいるだろうよ。自分の拳で折れた歯は、自分で飲み込むんだな[36]。僕は昨日君と相談したいことがあったんだ。もし僕をいれてくれていたら、そんな奴は追い出して、僕たちは別の仕事ができたのに」

「あなたの家に銀子を届けた日、あいにくあなたが家にいなかったのです。あなたが家にいれば、こんなことにはなりませんでしたよ」

「まったくな。先日の件を君に話そう。ただ、君が息をきらしているから、僕も話しをする気にはなれないな」

「いいから話してください。僕はあいつに前世で借りがあったのです。話してください。とにかく話してください」

夏逢若は耳元で一言言いました。

「銅銭を鋳造するのさ」

「駄目です。駄目です。絶対にそんな事はできません」

「譚くん、君は話してくれといったくせに、僕が最後まで喋ったら駄目だというのか。しかし、僕がいれば心配ないよ」

「僕は帰ります。うまくいくかどうかは分かりませんが、あちこちを探してみましょう」

「君を送るよ。君の家へ行って見てみよう」

一緒に外に出て、耿家の堀を通って家に帰りました。

 夏逢若は道を歩きながら言いました。

「僕が君に話した件だが、家でよく考えるんだね。もともと造幣局の職人だった人が、今、ふいご、金槌をもって鋳物師をしているんだ。彼は銅銭を鋳造する事ができるが、金持ちの大きな屋敷を探して、仕事をしようと相談してきたんだ。僕は盛兄さんの家が一番いいと思っていたんだが、あの人は浙江に行ってしまった。君は最近生活が苦しいし、こんな詐欺に遭ったんだから、損を埋めるには、この手しかないよ。君に銅銭の見本をやるから、まず見て、考えてごらん」

夏逢若は腕捲りして順袋[37]の中から、五つの繋がりあった銅銭を取り出し、譚紹聞に渡しました。紹聞は受けとって袖に入れますと、言いました。

「送る必要はありません。家に帰って考えてみましょう」

「注意して保管してくれよ。絶対に人に見せては駄目だぜ。お遊びじゃないんだからな」

二人は双旗杆廟の前で別れました。紹聞は飛ぶように盧家巷を通って家に帰りました。

 

最終更新日:2010114

岐路灯

中国文学

トップページ

 



[1]内丹の用語。人体の一部だが、諸説ある。『夢渓筆談』象数「黄庭、有名而無実、沖気之所在也。…故養生家曰『能守黄庭、則能長生』」(黄庭とは名があって実はないもので、沖気(天地間の調和した元気)が集まるところであり、養生家は黄庭を守れば、長生きできるといっている)。

[2]白石生は『神仙伝』に出てくる仙人の名。白石を煮て食糧としていたという。

[3]漢魏伯陽撰。周易の爻象を借りて錬金術について論じた書。

[4]道家で、錬金術に用いる水銀のことをいう。

[5]相術家の用語で、目の下の皺をいう。また、臥蚕眉という眉もある。

[6]四川省蒙山でとれる名茶。王新城『隴蜀余聞』「蒙山在名山県西十五里、有五峰、最高者曰上清峰。其巓一石大如数間屋、有茶七株、生石上、無縫罅、云是甘露大師手植。毎茶時葉生、智炬寺僧輒報有司往視、簿記其葉之多少。採制才得数銭許。明時貢京師僅一銭有奇。環石別有数十株、曰陪茶、則供藩府諸司之用而已。其旁有泉、恒用石覆之、味清妙、在惠泉之上」。

[7]衡山、嵩山、恒山、泰山、華山。

[8]廬山。

[9]魚の干物を売る店。『荘子』外物の、荘周が轍にできた水溜まりにいた鯉に、長江の水をひいてきてお前を救ってやろうといったところ、鮒は、それならば自分を「枯魚の肆」で探してくれといったという故事に因む言葉。ここでは「手遅れ」という意味。

[10] これも『荘子』外物の鮒の故事に因む言葉。私を救ってくださいということ。

[11]手紙。

[12]安徽省廬州府六安州。

[13]正門の前にある目隠しの壁。

[14]奎、壁は星宿名。ともに文運をつかさどる。『初学記』引『孝経援神契「奎主文章」。『通占大象歴星経』壁宿。「東壁二星、主文章、図書也」。

[15]歳神の名。これがいる場所を侵すと、財物が損なわれ家長に害があるという。参考『協紀弁方書』参照。

[16]歳神の名。これがいる場所を侵すと、財産を失い、子供が死ぬという。『協紀弁方書』参照。

[17]星の名。庫楼。

[18]芝居好きの巫氏は、観劇によって、李白を何度も見たと言っているのであろう。李白を主人公とした劇は元曲『金銭記』を始めとして数多い。

[19]原文「雖子」。これが計ることのできる最も大きな単位は両、小さな単位は分か厘。

[20]金、銀、銅、鉄、錫。

[21]朱砂、雄黄、空青、硫黄、雲母、戒塩、硝石、雌黄。

[22]銀を作るもと。

[23]丹砂を作るもと。

[24] 『易経』蒙に出てくる言葉。本来は、「何度も占いを繰り返せば、占いの神聖さが損なわれる」という意味。

[25]神名を書いた札。

[26]鉛汞。

[27]魔除けの札。

[28]呪術の一種。病気や邪気を封じる。

[29]推法と拿法。按摩の一種。

[30]視診。

[31]患者の声音、呼吸、音、咳などを聞いたり、口臭、体臭、大小便などの臭いを嗅いで病気を診断すること。

[32]問診。

[33]脈診。

[34]黒い糸で編んだ頭巾。諸葛巾ともいう。(図:『三才図会』)

[35]錬金術で人を騙す道士。

[36] 「身から出た錆だと思って諦めるんだな」の意。

[37]腰帯に掛ける小さな貴重品袋。

inserted by FC2 system