第六十九回

広場の軒下で兵士が腹を立てること

酒の席で門客が大いに語ること

 

 さて、譚紹聞は虎鎮邦の借金の催促を気に掛けていましたが、二百両の銀子を借りたいということを言い出せずに、おどおどしていました。すると、盛希僑は笑いながら、

「譚くん、嫌な顔をしないでくれ。きっといいようにするから」

と言い、一声叫びました。

「満相公、広間に来てくれ」

満相公がやってきて、譚紹聞に挨拶をしました。盛希僑

「お前たちは気取らなくていいよ。はやく昨日の一千両を持ってきて、譚君に見せてくれ。相談の続きをしよう」

満相公は命令を受けますと、二三人の小者を呼び、一千両を持ってこさせ、テーブルの上に置きました。盛希僑は笑いながら、

「二百両の借金を反古にしたりはしないよ」

「何を仰います」

「絶対に返すよ。ただ、この銀子は持っていってはいけないぜ。君と相談して、商売をして、金を運用しようと思うんだ。僕たち二人の最近の暮らし向きは、以前とは違ってしまった。先祖の財産だけに頼って、数日たつごとに財産を売り払うのは、まっとうなやり方ではない。譚くんはこのままでいい。僕は弟と分家し、兄弟が別々に、才覚を発揮しなければならない。僕は弟に僕の過ごし方を見せてやるんだ。弟の奴は、夜には明りを灯す時は、一本の灯草に火をつけるだろう。昼間は野菜を食べ、一本の葱を味噌の小皿につけ、鶏の卵を買って、塩をつけて食べるだろう。僕は、あいつに、僕のように毎日派手なことをしている方が楽しいということを思い知らせてやろう」

「その事についてはゆっくり相談しましょう。大事なことがあるのです。人から催促を受けて、本当にもちこたえられないのです。現金がないのなら、僕は他から借りるしかありません。今、現金があるなら、徳喜児に持ち帰らせて、債権者たちに金を払うことにしましょう」

「全額を動かすことはできないよ。全部をもっていこうなんて思わないでくれ。ちょっと聞くが、誰に借金があるんだい」

「他はみな客商たちで、まあ人情をわきまえていますが、虎鎮邦だけは、標営の兵隊で、乱暴で、本当に怖いのです」

「どうしてそいつから借金をしたんだい。君はずっと悪いことをしてきたから、きっと賭けの負けなんだろう」

「実はそうなのです」

盛希僑は満相公に尋ねました。

「標営の将軍がいつもうちにきているが、あの人の兵隊で、虎何とか邦という奴を知っているか」

「虎という名字の人を私は知っていますし、旦那さまもご存じです」

「思い出せないが」

「この前の六月に城内の幕僚を招いて、広間で骨牌遊びをした時、兵隊が一人将軍さまの後ろに立って指図をしていました。旦那さまは『その(かしら)は、体が大きすぎる。見ているだけで熱くなって、汗が絶え間なく出る。さがってくれ。私の家には伺候する人間がいるから』と仰っていました。あの男は虎という名字でした。きっとあの男です」

「忘れてしまったよ。そいつであろうがなかろうが、そいつが賭けの借金を請求しているのなら、ここに呼ぶことにしよう。僕が金を払ってやれば、少しは金の節約になるだろう」

譚紹聞は、銀子を返してくれとは言いにくかったのですが、虎鎮邦が家の前で無礼を働くのではないかと心配でもあったので、言いました

「今うちに催促しにきているかもしれません。徳喜児を家に戻らせてみましょう。もしいれば、ここに呼んできて清算をすることにしてはどうでしょう」

盛希僑は徳喜児を呼んで、用事を言い付けて家に戻らせました。

 その頃、虎鎮邦は、譚家の門の前で、譚紹聞が隠れて出てこないのだろうと言っていました。徳喜児が出てきて、言いました。

「うちの主人が盛さんの家で銀子を手に入れたから、盛さんの家へ来て欲しい、借金を全部返そうと言っています」

虎鎮邦は盛家と聞きますと、行きたくはありませんでしたが、借金を清算するというので、徳喜児とともに娘娘廟大街に行きました。盛家の入り口には、数人の下男がいましたが、誰も彼には構いませんでした。徳喜児がまず中に入り、しばらくして出てくると言いました。

「うちの若さまが広間で待っています。清算をして、金をもっていってもらおうと言っています」

虎鎮邦はふたたび足をひきずりながら、一緒に広間の前に行きました。そして、譚紹聞、盛希僑が広間に座っているのを見ますと、階段を上がり、格子の外に立ち、こう尋ねました。

「若旦那さま、お元気でしたか」

 そもそも小人というものは、むさくるしくいかがわしい場所にいますと、すぐに気が大きくなりますが、大きな広間や厳粛な雰囲気の場所へ行きますと、知らない間に気が挫かれてしまうのです。それに、盛家は虎鎮邦が普段上官と一緒にいつもやってきていた所ですから、緊張しないはずがありませんでした。このことから、きちんとした家の子弟と、狐や犬のような小人たちは、格が違うものであることが分かります。盛希僑は、今では没落しかかった郷紳になっていましたが、父祖の余徳で、小人たちを恐れさせることができたのです。みだりに下賤な者と付き合い、彼らに侮られるのは、自ら招いた結果でなくして何でしょうか。これは、話しの途中で正論をさしはさんだものですので、とりあえずここまでと致します。

 さて、盛希僑は虎鎮邦を見ますと、会ったことがあるような気がしましたので、尋ねました。

「譚さんはお前から銀子を借りているのか」

「ほんの僅かです」

「どのくらいだ」

「たったの八九百両です」

「八九百両を、お前はほんの僅かというのか。誰もそうは思わないぞ。譚くん、君はきっとこいつにだまされて、賭けをして負けたんだろう。そうじゃないか。彼らは標営の兵隊で、何も持っていないのに、どうして君はこんなに多額の金をこいつに払わなければならないんだ」

「私が騙したのではございません。私は六つの馬蹄銀をもってきて両替し、賭けをしたのです。どうか譚さんに聞いてみて下さい」

「ふん。その六つの馬蹄銀は、お前の数十人の兵士みんなで分ける給料だろう。譚くん、こいつは給料を分ける前の時を利用して、君を騙したんだよ。君が負けたときはもちろん、君がこいつに勝ったときも、君が馬蹄銀をもっていって君の家に一晩置けば、こいつらは、次の日には、兵士への給料で賭けをしたといって、君を告訴していただろう。すぐに返しても、こいつらは君が夜の間に馬蹄銀の端を削ったと言っただろう。君は本当に学者馬鹿だな。彼らはろくに財産を持っていなかったくせに、君が八九百両負けたと嘘をついているんだ」

「賭場では多いも少ないもありません。一文銭で一万両儲けることだってできるのです」

「俺の前でそんな話しをするのはやめるんだ。さあ、俺は百両を賭けるぞ。お前は何を賭けるんだ。一勝負しようじゃないか」

「私は今では給料をもらっていないので、何も賭けることができません」

「女房か倅でも賭けろよ。お前が裏の目を出せば、銀子を持ってゆくことができるぞ。俺は怖いとは思わないぞ。お前が表の目を出せば、十年間、お前の倅を俺の召し使いにし、お前の女房に飯を作ってもらうことにしよう。さあ。宝剣児、色盆を持ってきてくれ。いつでも相手になってやるぞ。俺が約束を破ったら、俺の顔を蹴ってもいいぞ」

「この件は若さまとは関係ありません。何もそんなに他人の世話を焼かれることはないでしょう。譚さん、何とか言ってください」

譚紹聞は口を挟もうとはしませんでした。

「俺たち二人は生死を誓った兄弟だ。譚君のことは俺のことだ。お前が情をわきまえず、強情をはって、俺を怒らせたら、すぐに七八人の大男を呼んできて、お前をぶっても、ぶちたりないぞ」

虎鎮邦も腹を立てて、大声で言いました。

「私をこけにしないでくださいよ。瓦だって人を倒すことはできるんですぜ」

盛希僑はハハと大笑いして、

「倒せるものか。倒せるものか。お前は自分が解職になった兵隊だから、標営がお前を管理することはできないと言うつもりなのだろう。俺は帖子を持って、免職になった兵士のかしらが軍人だと称して、賭けをするように唆して人を騙したという届けをすることにしよう。お前は多分三十回棒打ちになって、絶対許されはしないだろうよ」

虎鎮邦は言いました。

「この賭けは県庁で断罪されています。同じ罪でふたたび罰せられることはないでしょう。私は銀子が欲しいだけです」

「譚くん、裁判沙汰になったのか」

「はい」

盛希僑は笑いながら

「虎さん、お引き取り願おうか。賭博は裁判沙汰になれば、係争金は国庫のものになるはずだ。あんたの家に庫があれば、俺は金を返してやるが、庫がなければ、俺たち兄弟はあんたに一文の借りもないということだ。悪いが、帰ってくれ。俺たちは真面目な相談ごとがあるのでな」

虎鎮邦は何も答えることができませんでした。満相公は虎鎮邦を引っ張って言いました。

「門房へ行って、座って相談しよう」

虎鎮邦は仕方なくついてゆきました。

 まもなく、満相公は戻ってきて言いました。

「水がなければ火は消せぬといいます。ああいう人間は一銭ももらわないと、譚さんがもちこたえられなくなったとき、事を荒立たせるかもしれません。少し金を出さなければなりません」

譚紹聞は慌てて言いました。

「百両やればいいだろうか」

盛希僑

「ふん。俺たちはどうせ貧乏になる身だが、君は俺より二十年早く貧乏になるぜ。君がそんなにあいつを怖がっているのなら、俺にも考えがある」

「少ししかやらないのはよくないでしょう」

「そんなことはないんだよ。満相公、あいつを呼んできてくれ」

虎鎮邦は満相公についてきて、格子の脇に立ちました。盛希僑

「譚さんは、お前と今まで仲良くつきあってきたから、お前が給料をもらえなくなったのを見て、かわいそうに思ったといっているぞ。俺が譚さんに十両の銀子を貸して、お前に金を返すとしよう。何か文句があるか」

満相公

「二十両にしてください。二十両に」

盛希僑

「それなら、譚君に二十両貸すことにしよう」

虎鎮邦はずっと黙っていました。盛希僑は首を振って、

「野原で拾った薪のようなものさ。少し我慢しろ。湿っているなどと文句をいうんじゃない。これまでのことは、すべてなかったことにするんだぞ」

満相公

「虎さん、御覧なさい。私は情義を尽くしましたよ」

「俺は情をよくわきまえた男だから、少しもいらないよ」

満相公は

「もう日も暮れました。虎さん、食事はまだでしょう。門房に食事しにゆきましょう」

と言いますと、子鎮貌を引っ張って戻ってゆきました。

 満相公は、帳房で二十両を秤に掛けると、虎鎮邦に渡しました。虎鎮邦

「若さまは自分と関係のないことに関わるんだな」

満相公は背中を推しながら言いました。

「役所には訴え出られないんだから、手を引くんだな。坊っちゃんを怒らせて、まずいことにならないようにしろよ」

虎鎮邦は腹立たしいような嬉しいような気分で、帰ってゆきました。

 満相公は広間に戻りますと、盛希僑

「今日の様なことに、うちの弟が出くわしても、僕はあいつのために世話を焼こうとはしないだろう。彼に副榜の面目を試させてやろう。一つには僕と譚君が仲がいいから、二つには譚君があいつを支えきれないと、この千両の銀子がばらばらになってしまうからだ。だから、僕は、譚くんを極力かばい、あいつに二十両くれてやったのさ」

譚紹聞

「明日、銀子をとりにくるときは、百八十両に差し引くことにしましょう」

「譚君、別にいいよ。二十両は君に返す二百両の利息ということにしよう。君に返してもらわなくていいよ。ただ、二百両は持ってゆかないでくれ。満相公は今日三百両を借りた。残りの八十両を帳房に残して使うことにしよう。二百両をこの一千両の中に加えよう。それぞれが六百両を出して商売をし、それぞれ利息を負けることにしよう。この一千両は、昨日、関帝廟の山西や陝西の客商たちが拝殿、舞楼を修理するために貯めた銀子を借りたものだ。毎月一分の利息だから、利息は軽い。本当は山陝社中の人しか使ってはいけないのだが、一千両無理に頼んでみよう。満相公から金を借りて、三四分の利息をつけられるよりましだろう」

満相公

「商売をなさるのでしたら、私がお役にたちましょう。金をすこし分けるのも、賞与をやるのも、出資者であるお二人のお取計らい次第です」

盛希僑

「そんなことを言わないでくれ。弟が半分の金を持っていって、あいつは一人で生活をしてゆくんだ。お前が行ってしまったら、金の出し入れを管理する者がいなくなってしまう。弟も僕があいつと同じだと言って笑うだろう」

満相公

「私の従弟はいかがですか」

盛希僑

「あいつは金儲けはできない。それに心も正しくない。俺は昔から気が付いていたよ。まず第一に、あいつは足取りがふわふわしている。家にいる時、あいつが目の前にきても、気がつかないほどだ。それに、声が小さい。目の前にいても何を話しているのか聞こえない。この二点は単に貧相というばかりでなく、きっと心が悪いからに違いない。あいつに金儲けができるはずがない」

譚紹聞

「最近は人相見の本をご覧になっているのですか」

「人相見の本は見ていないよ。『麻衣相』『柳荘相』は、図を見たが、分からなかったよ。字が書いてあるものは、なおさら見るのは嫌だ。満相公の従弟が、ここに半月住んでいたとき、僕は彼を見て腹が立ったから、彼をくびにさせたんだ。今日、また彼を推薦して店員にしようとするとはな。僕は我慢できないよ」

満相公

「商売をするために仲間を組むのも、縁で決まることです。無理強いすることはできません。しかし、お金持ちのお二人で、これから何の商売をなさるのですか」

盛希僑

「酒と小皿をもってきてくれ、ゆっくり相談をするから」

 まもなく、席を移して杯を飲みながら、商売の相談をしました。盛希僑

「譚くん、聞いてくれ。君は今まで賭けばかりして、最近の暮らし向きはよくない。僕は弟に財産を半分とられてしまった。おじきは一つ一つを均等に分けて、二人とも一つのものが半分になり、田畑も東と西に分かれてしまった。互いに牽制しあって、質入れするにも売り払うにも思うようにいかない。僕はこの千二百両の銀子で、まず小さな商売をしようと思うんだ。後日、方法を講じて元手を増やし、大きな元手で多額の利益を得る商売をすることにしよう。ただ、どんな店員を呼んで、どんな商売をしたものだろうか」

「薬屋を開くのがいいでしょう。向かいの姚杏庵が最近とても儲けていますから」

「最近の医者には、学問をして失敗した人が多いんだ。彼らは途中で落伍して、「之、乎、者、也」[1]を読んでも分からないものだから、「望、聞、問、切」の道[2]を歩もうとするんだ。あんな商売をするというなら、僕たちはすぐに君と袂を分かつぜ。僕は店に立派な名前をつけたいのであって、紙の額に何々堂と書いて、恥ずかしい思いをしようと思っているのではないんだ」

「それでは、どうなさる積もりなのですか」

「僕は商売をするなら、海産物屋か、絹物屋だ。店員たちは南京へ言ったり、蘇州、杭州へ行ったりするんだ。そうすれば聞こえがいいだろう。家で使えば便利だし、安上がりだ。薬屋なんか、鄚州、漢口へいって包みや束を買って、年がら年中、誰が病気になるかを待つというだけじゃないか」

満相公

「海産物屋でしたら、この屋敷の料理人たちが助かります。絹物屋なら、この屋敷のお針子たちが助かります。今日書き付けを書いて品物を取り、明日書き付けを書いて品物を取り、清算をするときに、店員が大福帳を取り出してきても、赤い印鑑が押された借用書があるだけで、元手はなくなってしまっているでしょうよ」

「お前を仲間にさせなかったものだから、景気の悪いことを言いやがって」

満相公は少し酔っぱらっておりましたので、ずけずけと話し始めました。

「仲間になることができなかったから、景気の悪いことをいっているのではありません。大体、金を借りて商売をすることなど、初めから絶対にうまくゆかないものなのです。やがては焼かれた山のようになり、ますます火を消し止めることができなくなってしまいますよ。それに、この土地の人間は、この土地で商売することはできません」

盛希僑

「それはおかしい。この省城で商売をしているのは、多くは山西、陝西、江蘇、浙江の人間だが、彼らの故郷の店が、すべて他省の人によって開かれている訳はないだろう。それに、この省城の店にも、祥符の人が開いているものがたくさんある」

「この土地の者はこの土地で小さな商売をしているのです。しかし、お二人は絶対に商売はできません。理由はこうです。良い家柄、高い身分、穏やかな顔、高い気位。この四つだと商売ができないのはなぜでしょう。つけ買いをされたとき取り立てをすることができません。他人に物を持ち去られたときに彼に腹を立てることができません。要するに、商売人というものは、金だけが大事で、他のものには構わないのです。私たち商売人にも、三四人は先祖が役人になったものもいます。しかし、彼らは河南へいって金を儲ける時は、自分が立派な家柄であることは箱の隅に畳み込んでしまい、そのような素振りを見せようともしないのです。それに、商売人にも、字の読める者はたくさんいますし、学校で勉強をした者、科挙を受験した者もいます。彼らは、家が貧しいので、この省にやってきて金儲けをし、苦しみをなめ尽くし、道を走り、粗末なものを食べ、一人寝をして過ごさなければならないのです。そして、新年になるたびに、両親や妻子のことを考え、夜は泣いて、一人で枕を濡らしますが、仲間にそのことを話すことはできません。お二人にお尋ねしますが、商人に身をやつして、他の省や府へ行って、このような寂しさに耐えることができますか。それに譚さまは顔がお優しく、若さまは気性が激しいのが欠点です。諺にも、『顔の優しい者は貧乏になる』と言います。譚さまはお金のために怖い顔をすることができますか。昔から、『仁は兵を統べず、義は財を聚めず』といいます。若さまはお金のために、激しい気性を抑えることができますか。私のような他省の者が商売をするとき、四つのうち、あとの二つを犯せば、福の神は表門の外に出ていってしまうのです。要するに、金、金、金、苦労、苦労、苦労なのです。いつも金のことばかり考えていないと、福の神は金儲けをさせてくれません。ちょうど読書人が、いつも本のことばかり考えていなければ、古の聖賢があなたのために代筆してくれないのと同じようなものです」

「でたらめを言うな。俺たち二人が商売をするといっても、番台に座ったり、秋夏になると、自分で白い雄の騾馬を引っ張って、城外に借金の催促にいったりするわけではないんだ。何人か店員を呼んで店を経営させ、俺たちが利益をわけあって、手元で気ままにつかうだけだよ」

満相公はさらに酔いがまわっていましたので、答えました。

「諺に『元手を得るのは簡単だが、店員を探すのは大変だ』といいます。店員が簡単に見付かると思ってはなりません。銀子や銅銭のある所で、金を自由に使ったり、支出の帳簿を、私に自由につけたりすることができるようになれば、百二十四分の聖人君子でなければ、少しもごまかしをしないということはありえません。少しでも不誠実なところがある人間なら、役人への礼物の費用として一両使うと、帳簿には二両と書きます。椎茸一包みを、官燕一箱と書き、烏綾[3]三尺を、摸本[4]半疋と書きます。門番、ボ─イへのチップなどは、かってに使ってしまってしまっても、金持ちは役所の中に検分をしにいったりはしませんからね。食費の帳簿には、客に野菜を一皿出した時は、肉を三斤出したと書き、客に鶏を一羽出した時は、鴨の水かきの燻製を四つと書いても、主人は調べることなどできません。ですから、店員を探すのは大変だというのです」

「お前は帳房を管理しているから、店員のようなものだ。お前はまず誠実な人間なのか、不誠実な人間なのか言ってくれ」

「私は半分は誠実で、半分は不誠実な人間です。昔のように家が栄えていた時なら、私も必ずしも誠実にふるまおうとはしなかったでしょう。しかし、今ではお二人が分家されましたから、私は誠実にならざるをえません」

「満相公、お前は何杯か飲んで、口が達者になったな」

「口が達者になったのではありません。あなたがたお二人は、商売などなさってはいけません。海産物屋、絹物屋など、なおのことなさってはいけません。諺にも『小さな商売をするときは自分を食うものを買うな。大きな商売をするときは自分が食べる物を買うな』といいます。たとえば牛馬など、穀潰しの品物ですから、一日売ることができないと、草代がかかり、元手を損ないます。なまこ、燕の巣、まて貝、たにしなどは、人間が食べるものです、半年売れなければ、元手をすってしまいます」

「お前の言い方だと、あれも駄目、これも駄目ということだな。俺を食わない物、俺が食わない物を選んで、商売をすることにしよう」

「私の考えでは、本屋を開くのがいいと思います。若さまは昔から本がお嫌いですし、譚さまも、最近本が嫌いになられたようです。南京にいって本を買ってくれば、お二人が本を家にもっていってしまうようなこともなく、元手をすられることもないでしょう」

満相公は酒が入っておりましたので、このようなことを言ったのでした。盛希僑は少し怒って言いました。

「それなら、棺桶屋を開いた方がいいな。譚君は棺桶は嫌いだし、俺はもっと嫌いだからな。僕たち二人が棺桶を家にひっぱってゆくこともないだろうから、元手をすることもないだろうよ」

譚紹聞は笑い、盛、満の二人も思わずどっと大笑いをし、商売をする話はおしまいになりました。

 すると宝剣児が言いました

「外で誰かが門を叩いています。瘟神廟と言っています。今は城隍廟の裏に引っ越した夏で、中で大事な話をしたいと言っています。中に入れるのでしたら、鍵を頂いてドアを開けますが」

「夏逢若が来た。満相公、宝剣児に鍵をやってドアを開けさせてくれ」

満相公

「帳房のテーブルの上にあるぞ。宝剣児、自分でもっていけ」

盛希僑

「怠けるんじゃない。お前が自分でいって夏さんを連れてこい」

満相公はドアを開けに行き、夏逢若を連れて入ってきました。夏逢若は、広間に皓々と灯りがつき、杯や皿が転がっているのを見ますと、手を叩いて大笑いしました。

「結構なことですね。僕をほったらかしにして、こんなことは許しませんよ」

盛希僑

「まあ座ってくれよ。いつでも君は欠かせないよ」

「城隍廟で、道士から、昨日、盛さんが関帝廟にいたと聞いたものですから」

「関帝廟で山陝社の千両の銀子を借りたんだ。君はそれを聞いてすぐにやってきたわけか。この千両は譚君が商売をするための元手だ。君が管理するのは許さないぞ。酒が飲みたいなら、今ここにある。腹が減っているなら、料理人に料理を作らせて食ってくれ。しかし、銀子の話をするのは許さないぞ」

「金の磚とはとても仲良くするのに、玉の瓦には冷たいのですね[5]。同じ義兄弟なのに、どうして差別するのですか。僕も仲間になりたいな」

盛希僑は笑いながら、

「まあ酒を飲んでくれ。商売のことは、話してはいけないし、質問をすることも許さないぞ。君には銀子は見せられない。君がいると、事が台無しになってしまう。何杯か飲んだら、譚君と東の書斎で寝てくれ。僕は眠くなったから、部屋に戻って寝たいんだ」

言い終わりますと、悠然と行ってしまいました。

 さて、満相公の言葉は、なかなか筋が通っていたようです。ここに詩がございます。

朝な夕なに、

南は海へ北は辺地の砦へと。

商の上には客の字をつけ、

故郷も知れぬ浚財神。

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1] いずれも経書でよく使われる文字。ここでは経書のこと。

[2]中国医学の用語。「望」は視診、「聞」は嗅診、「問」は問診、「切」は脈診。「望、聞、問、切」は、ここでは医学のこと。

[3]玄綾。黒の綾子。頭巾などに用いる。

[4]模本緞、花緞、庫緞、花累などとも称する。緞子。

[5] 「金の磚」「玉の瓦」どちらも価値のあるもの。

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