第六十四回

賭場を開き機嫌を取り沢山の利益を得ること

飯炊き女と奸淫し人を首吊りに追い込むこと

 

 さて、譚紹聞は父親の霊柩と先妻の孔慧娘を埋葬しました。数日間、ずっと客へのお礼をし、さまざまな職人、竹馬、旱船、さまざまな出し物、二つの劇団などに銀子を支払いました。さらに、餞別の品を買い、儀式をたすけた年配、年少の賓客に感謝しました。すべてが終わりますと、婁老人の話を聞いたのだから、今までの非をすっかり改めようと思いました。そして、双慶児、徳喜児を呼んで、裏の書斎を掃除させ、今まで通り勉強することにしました。

 一日座っていましたが、何ごともありませんでした。王象藎の眼の病気がひどいので、眼病の薬について書いた本で、肝火[1]をしずめて眼病を治療する処方を調べ、双慶児に命じて姚杏庵の薬屋へ薬を買いにゆかせました。

 次の日、本を捲っていますと、急に一人の男が入ってきました。譚紹聞は席を立って迎えました。何者でしょうか。それは虎鎮邦でした。譚紹聞がうやうやしく先日のことへの感謝を述べますと、虎鎮邦は挨拶を返して

「おめでとうございます。おめでとうございます。お葬式も済まされ、心もすっきりなさったことでしょう」

二人は席に着きました。譚紹聞は、虎鎮邦が来たのは、例のことに違いないと思い、話しをしてごまかそうとしましたが、何も言うことができませんでした。そこで尋ねました。

「虎鎮邦さんは、先日高郵で何のお仕事をされたのですか」

虎鎮邦は

「私の上司が高郵の人間なのです。公務があったので、ついでに二通の手紙を届け、さらに兜や刀を磨くことができる職人を呼んだのです。しかし、運悪く、高郵に着くと大雨が二三日降り続き、長江の水が溢れ、退屈でしたので、賭けをしたところが、四百数両負けてしまいました。そして、一昨日戻ってきたとき、開帳をした男がついてきて、賭けの借金を要求したのです。私はその男に、あなたと上司が同郷人だから、役所に連れていって会わせてあげようと言いました。しかし、その男は自分は忙しい、私の上司が同郷人なので、引き止めて、すぐに帰そうとしないのではないかと言いました。そして、毎日、私の家に泊まっているのです。家に客がいなければ、先日お父さまを埋葬された時も、仕事をしにこないわけにはゆかなかったのですが、友達のわたしは何もできませんでした」

紹聞は、虎鎮邦が嘘をついているのが分かりましたが、問い詰めようとはしませんでした。虎鎮邦は、紹聞が黙っているのを見ますと、さらに言いました。

「今、家にその男がいるので、私は気が気ではありません。譚さん、あなたは余裕があるのですから、私に数百両貸してください。私はその男を高郵に戻らせますから。それができなければ、私のために金を借りてください。日を改めて元本、利息をお返しします。譚さまがお葬式を終えられたので、お願いするのです。今よりも前にこのようなことをお話ししていれば、我々兵士の頭は、身の程知らずだということになりますからね」

「後日、相談しましょう」

「日を改めてとおっしゃるのなら、きちんと日を決めましょう。高郵から来た男とも日を決めます。譚さまが話されることなら、間違いもないでしょうからね。私はその男のために送別の準備をしてやろうと思います」

「三日後にしよう」

「三日なんて、いっそのこと五日後にしましょう。その男が二日多く泊まっても、私は何も損はしませんから。私は四日目の晩に送別を行います。では、失礼致します、私は帰ります」

さっさと立ち上がると行こうとしました。譚紹聞は、彼を送るしかありませんでした。借金をしておどおどしていましたので、胡同の入り口の土地廟まで送りました。虎鎮邦は、振り返って拱手をしますと、

「二言はなしですよ」

といい、向こうをむくと悠然と去っていきました。

 譚紹聞は書斎に戻りますと、とても慌てました。そして、毒を以て毒を制そう、夏逢若を尋ねて相談をしようと思い、双慶児を呼び、夏逢若を訪ねさせることにしました。すると、双慶児

「夏さんは最近どこに住んでいるのか分からないのです」

「この間、聞いたんだが、城隍廟の裏街の馬さんの家に住んでいるそうだ。そこへいってきいてみてくれ」

実は城隍廟の裏の馬家は、ちょっとした金持ちでした。後妻として夏逢若の義妹─譚紹聞が瘟神廟の小屋掛けの下で見たあの女です─を娶っていました。夏逢若は譚家との縁談が成立しませんでしたので、馬九方の家に縁談を持ち掛け、親戚になり、ここに引っ越していたのでした。

 双慶児は、すぐに夏逢若の家を捜し当てますと、門を叩いて叫びました。

「夏さんはいらっしゃいますか」

すると、一人の老婆が出てきて言いました。

「昨晩、馬兄さんと城外へ鶉狩りに行きましたが」

双慶児は仕方なく家に戻りました。すると、一群の人々が南から街に入ってきました。網を背負っている者もあり、小さな籠を下げている者もありました。中には夏逢若がおり、一本の縄をもち、十数羽の死んだ鶉を括っていました。双慶児は、夏逢若を迎えますと、言いました。

「主人が夏さんと大事な話をしたいと申しております」

「僕もそろそろ呼びにくる頃だと思っていたよ。僕は必ずいくよ。ただ、家に戻って、雨靴を履きかえて、馬おじさんと一緒に鶉を炒めて食って、午後になったらいくよ。ちょっと聞くが、ここ数日の間に、虎不久が家に来たかい」

「今日、朝食の後、主人と書斎で話をしていました」

「そうかい」

馬九方

「鶉を炒めて食おうぜ。夏くんが食べないなら、俺は家で一人で食ってしまうぜ」

夏逢若

「双慶児は家に戻ってくれ。食事をしたらすぐにいくから」

 双慶児は書斎に行き、譚紹聞に報告しました。果たして一時たちますと、夏逢若が意気揚々と書斎にやってきました。譚紹聞

「ずいぶん待ちましたよ」

「君のことは、昨夜、明かりの下で占いをして、すっかり考えたよ。ただ、君の家には疫病神がいて、僕とは相剋の間柄なので、僕もどうしようもなかったんだよ」

「たかが王中じゃありませんか」

「分かっているなら結構だ。あいつをくびにしてしまえば、君は少しも困ったりすることはなくなるよ。例えば、昨日、あいつが目の病気になって、光を見ることができなかったら、僕は君の手伝いをすることはできなかったぜ。埋葬もあんなに豪華にはできず、君は何度も腹が立つ思いをしたはずだ」

「南関にあいつの菜園を見にいかせればいいでしょう。簡単じゃありませんか。今、虎鎮邦の件をどう処理したらいいか話してください」

「広間のある中庭に連れていってくれ。君に話しをすれば、君は心配事がなくなるばかりでなく、喜ぶにちがいないよ」

譚紹聞は夏逢若をひっぱって家の中を通り過ぎました。客がきたことを一声告げますと、楼門は一斉に入り口を閉じました。

 二人は広間のある中庭に着きますと、夏逢若はハハと笑いながら、

「この屋敷なら一日一斗の金を手にいれることができるが、君にはそのようなことはできないな。しかし、僕のいう通りにすれば、一日に一斗の金を稼げなくても、毎日半斗の銭を稼げることはうけあいだよ」

「どうしたらいいか言ってください」

夏逢若は辺りを指差して言いました。

「この客間の中で三回賭けをすれば十分じゃないか。二つの套房に二人の妓女をおけばいいじゃないか。それに東と西の六間の廂房が空いているんだから、布団を何枚か敷けば、かなりの人を寝かせられるだろう。西の偏房には上等の妓女をおいて、二門の外の四間の部屋は、一部を台所にし、一部をおつきのものを寝かせるために使えばいい。門の外の四間の市房は、二間で惣菜屋を開いて、鳥肉、魚、腸、胃、豆腐干、麩、晩の酒のつまみを売り、もう二間では紹興酒、金華酒を売り、さらにお菓子、茶、海産物などをうればいい。城内や城外から賭けをする人がやってきて、食事をしようと思えば、鮮魚、若鳥を出し、喉が乾けば、紹興酒、金華酒を出し、賭けをしたいと思えば、色盆、紙牌を出し、女郎買いをしたいと思えば、紅玉、素馨を出し、女、賭け、食事、酒など、彼らの好きなようにさせればいい。彼らは食事をしたら肉代を、酒を飲んだら酒代を、賭けをしたら所場代を、女郎買いをしたら部屋代を払うだろう。家主の君が四つのことを自由にさせ、彼らのしたい通りにさせれば、一文の銭、半分()の銀のかけらも持ち出す必要はないよ。これは君のご先祖が君のために建ててくれた幸福をもたらす家だ。この間、お客の相手をしたとき、僕は様子をみて、しっかり計画を立てていたんだよ。賭けをするにはもってこいの場所だ。張縄祖の家は狭くて、必ず何人かはあいつの家の祠堂に押し込められることになるんだから、いいお得意がくるはずないよ。昨夜、君のために台所のコックをきめてやったよ。一人は張二粘竿児、もう一人は秦小鷹児というんだ。二人の親父は、どちらもちゃんとした惣菜屋を開いていた。今は家を借りる金もなくなって、毎日雀、霈鴿[2]を鳥黐でとり、塩辛く煮て、街で売っている。秦小鷹児は五香豆、瓜子児を売っているだけだ。城隍廟の裏に住んでいて、僕に落ち着き先を探してくれと頼んでいるんだ。この二人はとても慇懃で、白鴿嘴たちのように、口達者でずうずうしくはないよ」

「家の連中が承知しないのではないかと心配でしょう」

「大丈夫さ。承知すること請け合いだよ。お母さんに何度かご機嫌取りをし、興官児に何回かお金をつかませれば、奥の人々は表の人々が賭博をやめるのを恐れるようにさえなるだろうよ」

「ご機嫌取りをしたり、お金をつかませたりするとはどういうことですか」

「真夜中まで賭けをして、お母さんが数十個の鶏の卵を煮るか、卵を三四皿炒めるか、麺、葛湯を幾椀かもってくるかすれば、誰だって二三串銭をくれるさ、これをご機嫌取りというのさ。興官児が昼間にやってきたら、勝った人は、きっと二百銭のお菓子代を送るとか、二百両の文房具代を送るとかいうだろう。これがお金をつかませるということさ。ただ、君の家には賢い奥さんはいないね。僕の義妹が君の家にくれば、性格もおとなしいし、頭もいいから、君に逆らったりしなかっただろうに。嫁いだ相手の馬九方は、毎日網や鳥銃をもって鳥を捕り、せっかくの賢婦人を相手にしていないんだ」

「それはそうと、実は、虎鎮邦が例の金をしつこく催促してきたのですが、どうしたらいいでしょう」

「病気が四百四種類なら、薬は八百八種類あるものさ。僕はさっき、あいつと仲間になりさえすれば、彼にたくさん銀子を返さなくてもいいだろうと言ったんだ。『水がなければ火は消せぬ[3]』という状態にするだけでいいんだ。これはすべて僕が昨晩計画したことなんだ。それに、君がそうすることができれば、君が店主で、あいつは店員ということになるから、あいつは借金をきれいさっぱり帳消しにしてくれるかもしれないぜ」

「あの人が承知するとは限りませんよ」

「あいつはわが城内第一のやり手だから、一千両勝ち取るだろう。九百九十九両勝ったら、それは彼が一両負けてくれたということだよ。あいつは城内の郷紳や秀才、役人の坊っちゃん、金持ちの商人を食い物にしようと思っているんだ。ただ、あいつは身分が低いし、賭場を開帳するためのいい屋敷がないんだよ。僕たちのようなきちんとした人の家で開帳すれば、格式もあるし、見栄えもするから、あいつに腕をふるわせることができる。あいつはいつも僕と話しをしているから、僕はあいつの考えていることを知っている。没星秤は、まるで子供が乳を飲みたがるときのように、あいつを欲しいと思っているんだ。しかし、あいつは、張縄祖の評判が悪いし、庭も狭く、部屋も壊れていて、人が来るようなところではないから、行こうとしないんだ。君がもし僕の言う通りにすれば、君の賭けの借金が軽減されるのは間違いなく、良いことずくめだよ」

譚紹聞は言いました。

「一緒に開帳するのなら、あなたにも仲間に入ってもらいましょう」

「僕たちは仲の良い義兄弟の間柄だから、僕は君の世話をしてやらなければならない。僕は何も言うことはないよが、君は決心がついたのかい」

「僕は、今、一家をたばねる主です。決心がついていないはずがないじゃありませんか」

「決心がついているなら、今日の夕方、虎鎮邦を仲間に引き込もう。君は、今晩、あの王中を追い出して、明日の朝、真面目な仕事をすればいいんだ」

 二人は相談を終えますと、夏逢若は虎鎮邦と話しをしにいきました。譚紹聞は二門まで送り出しますと、言いました。

「街の人達にお礼をしていないので、外へ出ることができないのです」

「送ってくれなくてもいいよ」

二門の外で拱手して別れました。

 譚紹聞が、南関が静かだから、一人で目の病の養生をするようにと言って、王象藎を追い出したことはお話し致しません。さて、夏逢若は虎鎮邦を尋ねますと、譚家で賭場を開帳し、城内のみっともない利かん気の秀才、甘やかされた馬鹿な坊っちゃん、しっかりした考えをもたない放蕩無頼な小商人、頭が良くて金をたくさん稼いでいる書吏たちを食い物にするための相談しました。そして、譚紹聞が負けた銀子を、とりあえず放っておくことにしました。虎鎮邦

「目の前の飯を食わせずに、食事ができるのを待たせるなんて、俺は賛成しないぜ」

「フン。そんな考えで、鉄火場の切れ者といえるのかい。考えてみろ。俺たちの手の中で、彼らを料理するのは、甕の中のすっぽんをつかまえるようなものさ。彼らを料理するのが面倒な時は、首の上に頭をのせておかせるだけのことさ。俺たちが譚家を利用して一緒に賭場を開帳すれば、家の主人はいいし、見栄えもいいから、いい人寄せになって、きっといい客がくるよ。管九宅、賁浩波、東県の鮑旭、豆腐屋の倅などは、自分から鍋の中に飛び込んでくるだろう。それに、城内には何軒か新しくやってきた博徒、嫖客がいて、みんな金持ちで、甘い汁が吸えるという話だぜ。俺たちが仲間になれば、奴等が食糧を納める花戸[4]になることは間違いないよ。きっとあの八百両より多くの利益があるだろう。お前はどうしても、今、金を返してもらいたいというが、最近の譚紹聞は、以前とは違う。それに、葬式を終えたばかりで、あちこちに借金をしている。諺にも、『借金は金をもっている人には催促できるが、もっていない人には催促できない』という。譚紹聞は手元不如意だから、頑張ってあんたに金を払っても、数十両以上にもならないだろうし、貂鼠皮、白鴿嘴、細皮氓ノ少しも分けてやらないわけでもあるまい。お前と譚紹聞は一回勝負したことがあるだけで、二度目の勝負はしていない。僕の言う通りに、あいつと長の夫婦になる[5]というのはどうだい」

「あんたが言うことも尤もだ」

「承知してくれるかい」

「いいとも。俺は初め賭博のせいで財産をすっかりなくしたから、この城内の何人かの間抜けどもから金を稼がなけりゃいけないんだよ」

「俺たちは譚紹聞と会って、きちんと話しをしよう」

「今晩は仕事をしなければいけない。明日の朝、一緒に譚家にいって話をしよう」

 次の日の朝になりますと、二人は待ち合わせもせず、一緒に譚紹聞の家に行きました。夏逢若は、早くも虎鎮邦の手を引っ張って、どの部屋に妓女を置き、どの部屋で賭博をし、どの部屋に布団を敷き、どの部屋を台所にするかを話しました。これは、飼い葉桶もないのに馬に餌をやる話しをするようなものでした。譚紹聞

「左官屋に帳房の裏に二間の馬屋を建てさせ、さらに小さな中庭をつくって内便所にしよう」

夏逢若は手を叩いて笑いながら

「最高だね」

虎鎮邦は敷地が広々としていて、放蕩な子弟を料理するにはもってこいの場所であるのを見ますと、言いました。

「譚さん、俺たちはもう仲間になったのですから、他人同士のようなことをいう必要はありません。例の八百両の銀子のうち、二百両はおまけしましょう。六百両もすぐにはいりませんので、おいおい返してください。高郵からきた男は、昨晩追い出しましたから。この件に関しては心配なさることはまったくありません。左官屋に馬屋を造らせ、床に煉瓦を敷き、建具屋を呼んで天井に紙を貼らせ、綺麗にしてください」

さらに、夏逢若に向かって

「省城で、賭場を開帳したという噂がたつのは、危ないことだ。省城にはお役人様がたくさんいるし、祥符県の下役は虎や狼のようで、罪もない人さえ怒鳴りつける。賭けをしたら、ただでは済まされないよ」

「俺はあんたよりも周到に考えているぜ。標営の兵士はあんたに防いでもらうし、祥符県の下役は盛家で防いでもらおう」

「盛さんだってそんなことはできないよ」

夏逢若は笑って、

「盛兄さんも呼んだんだよ。明日開帳する時、あの人は紅玉を見にくるよ。僕は近所には盛さんが開帳したのだと言おう。あの人が一回来ただけで、人々はみんな信用する。あの人は顔も広いし、勢力もあるから、p隷、快手[6]、壮班[7]だって、勝手なまねはできないんだ。実は、盛さんは俺たちがあの人の威光を借りていることを知らないんだ。虎の威をかる狐とはこのことさ。どうだ、うまい考えだろう」

「この虎さまだって弱くはないぜ」

「あんたは二銭の張り子の虎といったところだな。外側は一枚の皮、腹の中はすっからかんだから、よく響くんだ。盛兄さんが怒りますと、手に負えないのにはかなわないよ。すべては金がたくさんあるせいだよ」

二人は、話し終わりますと大笑いしました。夏逢若はさらに言いました。

「さて、俺たちの仕事だが、台所にはもう人が入った。一人は張二粘竿児、もう一人は秦小鷹児だ。ここ数日の間に、俺たち二人は、賭けをする仲間に知らせ、十五日に開帳をする約束をした。この街の地方[8]、団長と、各役所の下役は、みんな約束しているから、彼らだって噂をたてたりはしない。俺たちが集まってお祝いをするだけで、すぐに仲間になってしまう。何も怖いことはないよ」

三人は相談を終えますと、それぞれの家に戻りました。

 十五日になりますと、張二粘竿児、秦小鷹児は、粕漬け、燻製、蒸し物、煮物などを作り、ずらりと並べ、新しく作った急須や壺、急いで買った杯や小皿を、綺麗に洗いました。そして、蒸し物や餑餑を売る人を雇い、一日中隙取ることがないようにさせました。夏逢若、虎鎮邦、譚紹聞は広間に腰をかけ、賭博仲間に「臨潼の大会」[9]を報せるのをまつばかりでした。

 すると、二門の外からわめき声が聞こえました。

「何の出迎えもないとはどういうことだ」

三人は広間を出て迎えますと、管貽安が広間にやってきました。譚紹聞は身を屈めて挨拶をしました。

「先日はご光臨を賜った上、お香典までいただきまして」

管貽安は手を引っ張って、

「素馨を呼んできて、ボタンを縫ってくれ。さっき馬から降りたとき、ボタンが引き千切れてしまった」

夏逢若

「今日は初めてですので、まだ妓女を呼んでおりません」

管貽安

「馬鹿いえ。この間、僕に何といったと思っているんだ」

話しが終わらないうちに、盛希僑がやってきました。彼は笑いながら、

「まるで飲み屋のようになってしまって、ひどく見苦しいな。真っ昼間に、鶏の丸焼きをちぎって薄餅[10]を巻いているのか。犬の肉の露店、驢馬の肉の露店を呼んで、一人一人が犬の腿肉をかじり、驢馬の大腸をお盆一杯に切るようにしたらどうだ。みっともないなあ。譚君、君はとんでもないことを始めたな」

一同が席につきますと、張二粘竿児は急須に入れた茶をもって広間にやってきました。盛希僑は笑いながら、

「お前の腰の前掛けをとってくれ。ボ─イのなりをするなんてな。俺はお前の茶を飲むことなどできないよ」

宝剣児が茶を沸かしてもってきますと、盛公子はそれを受け取りました。張二粘竿児は一人一人に茶を出しました。管九宅は盛公子を見ますと、貧弱な巫女が立派な巫女にあった時のように、茶を一杯手にとったまま、あまり喋らなくなりました。虎鎮邦の前に来ますと、盛希僑

「こちらは」

夏逢若

「前営[11]の虎さんです」

盛希僑は一言も喋りませんでした。まもなく、豆腐屋の倅がやってきますと、三人の主人は、立ち上がって迎えました。豆腐屋の倅は、すぐに盛公子に気が付きましたが、拱手して挨拶をしようとはしませんでした。譚紹聞が椅子を引っ張ってきて、席を勧めますと、盛希僑

「夏さんと約束したから、僕は来ないわけにはいかなかった。だが、今日の昼、遠くから客がくるので、昼食に付き合わなければならないんだ。僕は帰るよ」

立ち上がりますと、茶碗をテ─ブルの上に置いて、言いました。

「失礼します。皆さんは送ってくださらなくて結構です」

宝剣児はすぐにきちんと伺候しました。夏逢若、譚紹聞の二人は、表門まで送りました。盛希僑は馬に乗りますと、さらに言いました。

「まったく素晴らしい酒屋だな」

街の人は何のことか分からず、盛公子が自分が開帳した賭場の様子を見にきたのだと思いました。夏鼎の考えは間違っていませんでした。

 二人が広間に戻りますと、夏逢若

「盛さんはいつもあの調子だ」

すると、管九宅が威張りだして、言いました。

「あんたの家の賭場は賭場といえるものではなかったな」

「九宅さん、数か月前の、わたしの家の賭場と比べていかがですか。気に入られたでしょう。私の考えでは私たち五人で賭場が開帳できます。遊びの準備をしましょう。九宅さん、さあ、始めましょう」

「紅玉、素馨たちがいると言っていたのに、どうして出てこないんだ」

「賭場を開いたばかりで、あれこれ忙しくて、まだ来ていないのです。あなたは会いたくてたまらないのでしょう。あなたが、明日、何人か連れてきてください」

「明日、一人連れてくるよ」

「珍珠串児でしょう」

管貽安は笑って、

「知っているか。珍珠串児は、もう駄目になってしまったんだ。あいつと話しをした人が、病気をうつされて体に瑪瑙のような瘤ができたんだ。彼女の馴染み客の賁浩波も病気がうつってでき物ができた。藪医者を呼んだが、何の薬を使ったのか、歯が半分が落ちてしまった。今では鼻にも穴が開いてしまったという話だ。疳瘡[12]は怖いものだから、死んでしまわないともかぎらないし、生きていても、下半身に大きな穴ができてしまうぜ」

譚紹聞

「明日、誰を送って来られるのですか」

「僕の家に、雷妮という若い飯炊き女がいるんだ。彼女の夫は狗瀋児というんだ。僕はもともと飯を作らせることを名目にして彼女を雇ったが、最近、家に置いておくことができなくなったから、明日、こっそり送ってくることにしよう」

夏逢若

「送って来られるのは結構ですが、人々は、管九宅は外に出て賭博をする時も、女を同伴させているというでしょうよ」

「馬鹿なことをいうな。本当に家に置いておくことができないんだ。一つには兄貴と甥が承知しないから、二つには狗瀋児の親父が彼女たち二人を探しにきたからだ。俺は狗瀋児を河北へ一か月行かせたが、あの糞親父は息子と女房に会うことができなかったので、毎日、俺の村で乞食をして、晩には村の牛王廟に泊まり、追い払っても出ていこうとしないんだ。そして、代書を学んだことがあるので、幾つか字を知っているといって、看板を書き、廟の入り口に貼った。僕が彼女をここに送り、老いぼれが証拠のないことを言っているといって、人に頼んで太い棍棒であの老いぼれをぶたせれば、あいつは去っていくさ」

譚紹聞

「その雷妮は何歳ですか」

「十九歳さ。僕は、今、晩城を出て、明朝、暗いうちに、城内に連れてくるよ」

夏逢若

「今晩、陰陽先生を呼ばれないのですか」

管貽安

「呼んでどうするんだ」

「お宅の無縁墓[13]を移すのに、埋葬の吉日を見ないとでもおっしゃるのですか」

「お前は本当にろくでなしだよ」

一同はどっと笑い、賭けをはじめました。

 昼まで賭けをし、張二粘竿児、秦小鷹児が惣菜を並べ、金華酒に燗をつけました。食事と酒が終わりますと、ふたたび賭けを始めました。日が落ちるまでに、勝ち負けは決まりませんでした。管貽安は帰ろうとして、言いました。

「俺は家に帰って考えてから、明日の朝に来よう。食事前にでも来るよ」

夏逢若

「いっそのこと一緒に来れば、夫婦お揃いということになりますよ」

「馬鹿野郎、この狗瀋児のご令息め」

 管貽安が雷妮を連れてくる計画を立てたことはお話し致しません。さて、譚家では一晩賭けをし、日がのぼる頃、果たして雷妮がやってきました。見れば彼女は、西施の再来、南威の生まれかわりのようでした。譚紹聞が裏に送って行きますと、女達は怒らずに、むしろ憐れみの心を起こしました。食事の後には、管貽安もやってきました。

 彼らが冗談を言ってふざけあったことはお話し致しません。さて、彼らは賑やかに賭博をしました。数人の博徒も加わり、二人の妓女もやってきました。そして、毎日二三局サイコロ賭博、紙牌遊び、押宝[14]をし、一日に十数串の所場代をとりました。王氏は暗くなりますと、二皿の鶏卵を、三四十個ほど煮、二三串の鋳造したての大銭を持ってきました。興官児が出てきますと、瓜子児を買う金をやったり、文房具代を送ったりしました。興官児が二百銭を持ち帰りますと、冰梅はそれを受け取って樊婆に渡し、興官児が金を欲しがるのを許しませんでした。ケ祥、蔡湘、双慶児、徳喜児たちは、毎日、三五百銭のチップを手に入れました。下男たちは、離れた場所を探して、賭けを始めました。二三人の妓女は、昼間は巫翠姐のかるた遊びの相手をしました。家中の者が惣菜を食べ、鍋や竈を使うことはほとんどなくなりました。

 それ以来、家の内でも外でも、みんなが楽しげにしました。冰梅だけは、孔慧娘の教えを受けていましたので、気が気ではありませんでしたが、賤しい身分だったので、どうしようもありませんでした。そこで、興官児を部屋に閉じ込めて付き添い、おもての広間へ行って遊ぶことを許しませんでした。そして、毎日『三字経』を手にとって、巫翠姐に字を尋ね、本を読ませ、蔡湘、ケ祥に会ったときも、字を質問させました。譚紹聞はその様子を見ますと、とても満足しました、思えば人生の楽しみは、このようなものにすぎず、他の詰まらぬことをする必要はありませんし、この楽しみがあれば、さらに楽しみを求める必要はないのです。それが証拠に『西江月』に、

昼日中から()()と叫び[15]

晩には妓女と戯れり

友と集ひてわいわいがやがや

いましを甕の中へと誘ふ

食らふは魚の粕漬けと腿肉の燻製

飲むは金華[16]筒の酒ぞ

所場代を取るはたかりと同じなり

火の上で氷を弄ぶかのごとし

 さて、その日、広間でがやがやと賭けをしていますと、一人の老人が、広間の前で跪いて言いました。

「私は周家口の者で、劉と申します。息子は狗瀋児といい、嫁は雷という名字です。管家へ尋ねていきましたが、管さんは私たち親子に面会をさせてくれませんでした。私は管さんの村で、嫁がお宅に送られていることをききました。皆さま、厚い陰徳を積まれ、息子と嫁にあわせて下されば、死んでも恨みはいたしません」

すると、虎鎮邦は色盆を放り出し、目をむいて怒鳴りました。

「どこの乞食だ。勝手にここに来てまとわりつくとは。お前の嫁などいないよ。本当に管家へ尋ねて行ったのなら、また管家にいって尋ねたらどうだ。さっさと行け。少しでもぐずぐずしたら、ひどい目にあわせるぞ」

老人は立ち上がりますと、

「ああ。管家村で、子供が私に、管さんが嫁を城内の譚家に送ったと言ったのです。私は一軒一軒の門楼の額を見ましたが、ここの額だけが譚と書いてありました。城内には他に譚という家はないでしょう」

夏逢若

「他に譚という家がなくても、ここの譚さんの家には、お前の嫁はいない。出ていけ」

譚紹聞

「張二粘竿児はどうした。さっきの残りの焼き鳥を、この爺さんにやるんだ。餑餑も幾つかやって、出ていかせればいい」

老人は食べ物を手に入れますと、うんうんいいながら行ってしまいました。

 夏逢若

「譚君、まずいよ。雷妮をおいておくわけにはいかないよ。あの爺さんは、息子夫婦を焦って探していたが、病気に罹っていたぜ。僕たちが管九宅の身代わりになる必要はないよ」

譚紹聞は決心がつきませんでした。すると、虎鎮邦が言いました。

「いい女ならたくさんいる。墓の上には木がいっぱい生えているのだから、何もどれか一つの木でどうしても首を吊ろうとする必要はないだろう[17]。車に乗って、すぐに彼の家に送れば、けりがつくよ」

 譚紹聞は言われた通りにし、ケ祥に車を準備させました。そして、雷妮に荷物を纏めるように促し、車に乗せました。譚紹聞も車に乗り、カ─テンをさげ、紗の窓をしめますと、あっというまに管家村に着きました。この時、管九は家にはおらず、管貽謀が茶を出しました。紹聞は長居をするわけにもいきませんでしたので、車に乗って帰りました。

 さらに二三日たちますと、管貽安がやってきて、言いました。

「不在で失礼。雷妮がここで、何をしでかしたわけでもないのに、すぐに送り返してくるなんて、君は菜種みたいな肝っ玉なんだな。あと数日たったら、県の役所へ行って、何とかして、辺公にあの犬畜生を原籍に送り返させてもらうよ」

 二日間ぶっ続けで賭けをしましたので、人々は朝でも眠っていました。すると、管家の下男が、慌てふためいて走ってきて、管貽安をゆり起こしますと、言いました。

「九宅さま、大変です。雷妮の親父が門楼で首を吊っています」

管貽安は、それを聞きますと、奢りは空の彼方に消し飛び、恐れが心臓の中に入り込んできました。そして、いいました。

「息はまだあるのか」

「昨夜のいつ首を吊ったのかは分かりません。郷保がもう報告書を出しました。今は検屍場を組み立てている最中です。多分、辺知事が巳の刻にこられるでしょう」

管貽安はそれをききますと、一声叫びました。

「お母さん」

人々は口を押さえてこっそり笑いました。下男はさらに耳打ちしていいました。

「八爺が夜に保正の蘇子杰に二十両やりました。報告書には姓名不明の乞食が、行き先がなく、首を吊ったと書かれています。県知事さまは面倒なので、埋葬してけりをつけるように命令しました」

すると、管貽安は突然笑い出して、

「じゃあ何のことはないじゃないか。馬に乗ってきたのか」

「はい」

「僕たちは帰ろう」

 城を出ますと、自分の家の門楼のことを思い出して、やはり少し焦りました。管家村に戻りますと、門前の検屍場はすでにでき上がっていましたが、死体はまだ降ろされていませんでした。管貽安はそれを見ますと、舌をべろりとだしていましたので、びっくりしてひっくり返りました。そして、表門が内から閉められていましたので、裏門から家に入りました。

 家に入りますと、家の者がみんなで雷妮を囲んで慰めていました。雷妮は泣きやみませんでした。管貽安兄弟は、賄賂を送ることを急いで相談しましたが、賄賂を送る手掛かりもなく、心にはしっかりした考えもありませんでしたので、どこから手を打っていいのか分かりませんでした。あたふたしておりますと、先触れの声が聞えましたので、管貽安ははやくも体が震えてきて、言いました。

「兄さん、兄さんには肩書きがあるよね─」

管貽謀

「俺がお役人を迎えに行くから、お前も下役たちの接待をしてくれ。罰を受けるか受けないかは、この時にかかっているぞ」

管貽謀は急いで外に出ますと、雷妮はますます泣き出しました。管貽安は裏庭に連れていって宥めました。管貽謀の夫人の魯氏が雷妮の懐に十両を押し込みましたが、雷妮は取り出して、ぶちまけてしまいました。そこで、女達は彼女を裏庭へ引っ張っていきました。

 さて、辺公が検屍場に腰を掛けますと、管家では茶を出しました。辺公は一口飲みますと、役人用の席を離れ、死体の脇に行き、しばらくじっくりと眺め、死体を降ろすように命じました。検屍官はすぐに死体を降ろしました。刑房の書吏が検屍書の冊子をテ─ブルに広げ、検屍官の報告を待ちました。検屍官が頭に傷なし、うなじの八字は交わらず、自縊による死亡に間違いないと報告しますと、辺公は検屍書に朱筆で書き込みをし、服を脱がせて検分するように命じました。検屍官が報告しました。

「死体の懐に紙が一枚あり、字が書かれています」

辺公が受け取ってみてみますと、粗末な草紙には、こう書かれていました。

報告者劉春栄。周家口出身。六十九歳。息子の狗瀋児と雷氏は貧乏のため故郷を離れ、土豪の管九宅のものになりました。私は捜索をして、すでに二か月になりますが、面会は許されず、その上年寄りであるため苛められ、しばしば殴られ罵られました。私は仕方なく、彼の家で縊死しました、伏してお願い申し上げます。仁徳ある知事さま、私の恨みを晴らしてください。泉下にて念仏を唱えております。

辺公は読み終わりますと、目を怒らせて、言いました。

「管九を連れて参れ」

検屍官は、体の他の部分に致命傷がないことを報告しました。辺公は検屍書を書き終えました。

 すると、下役が管九宅を引っ張ってきて、検屍場に跪かせました。辺公が尋ねました。

「お前が管九宅か」

「儒童(わたし)は排行が九で、名は管貽安と申します」

「びんたを食らわせろ。何が儒童だ。でたらめを言いおって[18]

左右の者が管貽安の奢り高ぶった顔、慎みのない口目がけて、十回「右伝の八章」[19]を食らわせました。管貽安が、外科におたふく風邪のようになった頬を、内科に歯槽膿漏を治療してもらわなければならないような有様となったのは、誠に痛快なことでした。

辺公「これは死人がお前を告訴した訴状だ。自分で読んでみよ」

門番は、管貽安に渡しました。管貽安は、読み終わらないうちに、すっかり魂が消し飛んでしまいました。そして、何度も

「全部嘘です、まったくのでたらめです」

と言いました。

 辺公は

「雷氏を呼んでまいれ」

と命令しました。左右は一斉に叫びました。

「雷氏を呼んでまいれ」

管貽謀は慌てて家に行き、雷妮に会いますと、言いました。

「いい子だから。悪いことを言わないでくれ。言ってはいけないことは言わないでおくれ」

管家の婦人も一斉に言いました。

「今までお前を疎略にしたことはなかったのだから、良い心をもって、人を巻き添えにしないでおくれ」

雷妮は泣きながら、

「あなた方に良心があれば、父があなた方の門楼で首を吊ることもなかったはずです」

雷妮は検屍場へ行きますと、跪きました。辺公は、彼女を見ますと、顔中の涙のあとは、まるで桃の花に雨が降っているかの様、泣きながら訴える声は、まるで鶯が美しい声で鳴いているかの様でした。辺公は尋ねました。

「お前が雷氏か」

「はい」

「死んだのはお前の舅か」

雷妮は泣きながら

「はい」

「お前の夫はどうした」

雷氏は管貽安を指さして、

「この人がどこかへ使いにやってしまいました」

管貽安

「河北へ借金を取り立てにいったんだ。二三日で戻ってくるよ」

辺公が尋ねました。

「お前はどうして良家の娘に恋々とし、人命事件を引き起こしたのだ」

管貽安

「城内の譚紹聞が女を取り扱っていたのです。私とは何の関係もございません」

「劉春栄が縊死したのはお前の家の門楼だ。彼がもっていた訴状には、お前の名前が書いてある。雷氏もお前の家にいたのを呼んできたのだ。お前は無実の人を連座させるつもりか。この不良少年め。権勢を利用して女を漁ることは知っていても、奸淫をして人を死なせた罪を認めようとしないとはな」

そこで、左右に言い付けました。

「管九に手錠をはめ、城内に護送し、監獄に入れろ。それから、車に雷氏を乗せて城内に連れていけ。薛窩窩に連れていかせろ。晩に審問を行う。劉春栄を納棺したら、明日、法廷で料金をうけとるがよい」

管貽安は叫びました。

「冤罪です。冤罪です。譚紹聞が女を取り扱っていたのです。、どうして私が彼の代わりに罰せられるのですか。冤罪です」

しかし、辺公はさっさと立ち上がりました。左右が声を挙げますと、轎かきが早くも轎を担いで伺候していました。辺公は肩に担ぐ輿に座り、軍pが先払いをし、下役が後ろからぞろぞろとついていきました。

 途中、心の中で、亡くなった父親の歯録に、開封で保挙をうけた、譚という姓の人がいた、この譚紹聞はひょっとして年伯の子孫ではないだろうか、しかし、悪い事件が起こるたびに、すべてこの男が関係している、きっと本分を守らず、勝手に女郎買いや賭博をしている若者に違いない、劉春栄の人命事件は、罪がとても重い、もし管貽安の言うことをききいれ、一人一人を追及していけば、たくさんの人が事件に連座することになる、どうしたらいいだろう、当面の事件だけ処理し、管九宅一人に罪を負わせよう、事件の主犯だけに、罰を与え、しばらくしてから譚紹聞のしたことを細かく追及するのがいいだろう、と考えました。役所に入り、書棚から孝廉を推挙した歯録を取り出して見てみますと、果たして紹聞は譚孝移の息子でしたので、考えを決めました。

 晩の法廷に出ますと、管貽安が奸淫をして人を死に追いやった事件を審理しました。壮班の頭が管九宅を、薛窩窩が雷妮を公案のもとに連れてきますと、逐一尋問を行いました。管貽安は、譚紹聞を連座させようとしましたが、辺公は聞こうとせず、びんたをくらわしました。しかし、管貽安は、なおも勝手なことを言いましたので、辺公は夾板を使おうとしました。管九宅は、知事が怒ったのを見ますと、劉狗瀋児夫妻が災害に遭って故郷を離れ、雷妮を見て奸淫の心を起こして家に雇い、劉春栄に会わせなかったため、劉春栄が訴状を書いて、自縊して死んだことを、一つ一つ供述しました。招房は筆を走らせて供述書を書きました。辺公はそれを見ますと、管九宅に書き判をするように命じました。さらに、雷氏の供述書を取りましたが、一句一句が管九宅の供述と符合していました。そこで、薛窩窩に雷氏を連れていくように命じ、狗瀋児が役所に来たら、夫妻を団円させ、原籍に送り返すことにしました。そして、管九宅を監獄に入れました。管九宅は金持ちなので、監獄に入りましたが、これは、まるで福の神が獄神廟[20]に入ったようなものでした。牢名主や看守は 五人の閻魔のようなものでした。

 その後、辺公は管九宅を収監して絞首刑にすることに決めました。自供をまとめて上申書とし、按察司に報告をし、刑部に文書を送付しました。刑部は天下の罪人を集めて、上奏を行いました。死刑執行が決定しますと、刑部の清吏司[21]が河南省に文書を返しました。按察司は、死刑執行の文書に封をして、祥符に送りました。霜が降りる季節になりますと、憐れ管貽安は、旧家の末裔でありながら、本分を尽くさなかったために、強盗などとともに、街中の絞首台に送られ、淫乱なる魂は、四川の鄷都城へと赴いたのでした。まさに、

三戒[22]で色欲は第一のもの

飯炊き女に関係を迫るとは何事ぞ

この世の中で罪を犯せば

行き着く先は絞首刑[23]

 管貽安の最期は、後の話です。さて、譚紹聞が夏逢若、虎鎮邦とともに賭場を開帳しますと、生臭い肉に群がる蠅、臭いものに集まるごきぶりのように人々が集まってきました。私娼たちには年取った者や醜い者がおりました。博徒たちにはけちな者や貧乏な者がおりました。彼らは毎日のようにわいわいがやがやと遊びました。銀子や銅銭は散らばり、酒や肉は香りを放ち、蝋燭は皓々と照り、ならず者たちは騒ぎ、まことに愉快な有様でした。譚紹聞は自分が、辺公に睨まれていることを知りませんでした。祥符は省城で、「衝、繁、疲、難」を兼ね備えた地でしたので、辺公は人々の応接に暇がなく、すぐには譚紹聞を追及することができなかったのでした。 ある日、起こるべきことが起こりました。辺公は、城の外れへいって名前不明の乞食の死体を検分するため、蕭墻街を通りかかりました。すると、二人の男が喧嘩をして頭から血を流し、保正が轎の前へきて報告をしました。辺公が轎を止め、姓名を尋ねますと、保正の王少湖が跪いて報告しました。

「こちらは秦小鷹児、こちらは張二粘竿児と申します」

辺公は内心ほくそ笑んで、

「名を聞けば、その人物が大体分かるわい」

二人の酔っ払いは、轎の前に跪き、相変わらずわめくのをやめませんでした。そもそも二人は酔っ払って、賭場でのお祝儀を争い、酒の勢いにまかせて殴り合っていたのでした。保正は声を小さくするように命じましたが、二人はやめようとしませんでした。保正は自分も巻き添えになるのではないかと恐れて、報告したのでしたが、これが大事件をひきおこすことになろうとは思いも寄りませんでした。

 まさに、

街で一体何をか騒げる

仲間どち争ふは半文の銭のためなり

腹の中には焼酎ありて

酒が体にゆきわたり天をも恐れず

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1]肝臓にある火。火は病名。『六元正紀大論』「火鬱之発……目赤心熱」とあり、眼病などの原因になるとされる。

[2] イエバト。

[3]金がなければ何もできぬ。

[4]戸籍に記された農民のこと。

[5] 「いつも一緒に人をだます」の意。

[6]調査、聞き込みを職とする役人。

[7]捕り手。

[8]里、甲、地保を地方と称した。

[9]原文「臨潼大会」。「臨潼大会」は戯曲の名。秦の穆公が、周の天子の詔と偽って、諸侯を臨潼に集め、それぞれが持参した宝物を競い合わせるという物語。ここでは、博徒たちが集って技を競うことをたとえる。

[10]小麦粉を水で捏ねて薄く焼いたもの。

[11]虎鎮邦が標営で働いていることは第五七回に見える。前営は、中営、後営、左営、右営とともに標営の一部。

[12]花柳病の一。陰部に腫物の生ずる病。

[13]原文「乱葬墳」。「乱葬墳」にはほかに「性格のきつい人間」という意味もある。ここでは、夏逢若が管貽安のことを遠回しに「性格のきつい人間」といって罵ったもの。

[14]圧宝に同じ。

[15] 「盧」「雉」ともに樗蒲戯の組み合わせの名。五つ投げた樗蒲(表と裏が黒白になっている)がすべて黒くなるのを「盧」、二つ白くなるものを「雉」という。のちに「盧雉」で賭博を意味するようになった。

[16]金華酒。浙江省金華で産する黄酒の一種。

[17] 「女はたくさんいるのだから一人の女にこだわる必要はないだろう」の意。

[18] 「儒童」は童生の自称。

[19] 「右伝」は「右転(右に吹っ飛ぶ)」と、「八章」は「巴掌(手のひら)」と同音。句全体の意味は、「びんたを食らわせて管貽安を右に吹っ飛ばした」ということ。

[20]閻魔廟。

[21]清代、吏、戸、礼、兵、刑、工の六部の各々において、その事務を分掌する部局。

[22]君子の三つの戒め。『論語』季氏「孔子曰『君子有三戒。少之時、血気未定、戒之在及其壮也、血気方剛、戒之在。及其老也、血気既衰、戒之在』に因む言葉。女色、闘争、欲。

[23]原文「落个直而無礼則」。『論語』泰伯「直而無礼則絞(正直であっても礼儀正しくなければ窮屈になる)」にちなむ言葉。「絞(窮屈になる)」と「絞首刑」を引っかけたもの。

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