第六十一回

譚紹聞が急いで父の埋葬を企てること

胡星居が妄りに墓の移転を勧めること

 

 さて、双慶児は、夏家へ、賭博の借金を返すことについて相談しにきましたが、夏鼎の姿は見えませんでした。間もなく、夏鼎が賭場を開帳して、真夜中に、刁卓が「入幕の賓」[1]になり、悪い噂が広まり、役所で二十五回板子で打たれたことを聞きました。そこで、双慶児は、家に戻りますと、このことを譚紹聞に伝えました。紹聞は借金を返さなければなりませんでしたので、びくびくしていましたが、これは賭博の借金でしたし、借金取りが不面目な事件を起こしたので、心の中で喜びました。そして、この賭博の借金は、将来うやむやになり、忘れられてしまうだろうと思いました。そして、王隆吉が送ってきてくれた四百両の銀子を自分の物とみなし、手元で使ってしまおうと考えました。

 ただ、従兄の誼で譚紹聞のために銀子を借りた王隆吉は、喉に蝿が入ったような気分で、紹聞が貧乏を理由に借金を踏み倒すのではないかと心配していました。そこで、一日過ぎますと、我慢できずにふたたび様子を見にきました。書斎に着きますと、譚紹聞は、夏家の情報のあらましを述べ、賭けの借金を踏み倒そう、難癖をつけて返さないことにしようと思っていると言いました。これはちょうど隆吉の考えと合っていましたので、隆吉は言いました。

「お前が賭けの借金を返さないのは正しい考えだ。賭博の借金は、大したことではない。あいつに金をやらないのなら、まったく与えないことだ。悪者の集まる場所では、銭を出さないのが、頭のいい人間なのだ。ごろつきというのは、負ければ人と殴りあい、勝てば乱暴になってしつこく請求してくるだけだ。お前のその考えはとても立派だ。それに、借りた銀子は、文書には品質が記されているが、実は品質が劣っていることをごまかしているのだ。秤も狂っていたし、毎月十数両の利息がつくから、どうしてもそれを使うことはない。僕が持ち帰って、借りてきた金をそのまま返すのがいいだろう。他の人が借りたのなら、すぐに利息を払わなければならないが、向かいの鄭相公は、ずっと僕の親父と仲良くしていた人だ。借りてきた金を返せば、まだ五日もたっていないのだから、利息をくれとは言わないだろう」

しかし、譚紹聞は、手元不如意で、目先の利益を考えていましたので、言いました。

「持ってきたのなら、すぐに送りかえす必要もないでしょう。行ったり来たりしては、格好が悪いというものです。二三か月たったら、利息付きでお返ししましょう。そうすれば、隆吉兄さんも格好がつくでしょう」

王隆吉はハハと笑って、

「商人の間では、金を借りるときに、格好がつくとかつかないとかいうことはないよ。俺は、お前が将来─」

王隆吉は、口を閉じました。譚紹聞

「最后までおっしゃってください」

王隆吉は続けて言いました。

「お前が将来最低のところまで落ちぶれてしまうのを心配しているんだ」

この言葉を聞きますと、譚紹聞は、顔を真っ赤にして、無理に言いました。

「隆吉兄さんはご存じないのです。僕は父親を埋葬しようとしているのです。棺を長年にわたって家に置いてありますが、埋葬するべきでしょう。私は、この銀子で葬式をあげようと思っているのです。それに、葬式を行えば、普通の借金取りも、家にやってきて取り立てをするわけにはゆかないでしょう。まして、賭博の借金はなおさらのことです。だんだんと催促が緩やかになり、将来は全部帳消しになるかもしれません」

「お前はまったく間違っている。賭けの借金の取り立てを拒むために、お父さんを埋葬するというのか。そんなことは二度と言うな。噂が広まったらとんでもないことになるぞ。諺に、『死人は土に入るが幸せ』というから、お前がお父さんを埋葬したいと思うのは、至極尤もなことだ。しかし、普段から金をためず、金を借りて、このような大事なことを執り行なおうと考えてばかりいては、将来、家は必ず破滅するぞ。俺は忠告しておくからな」

しかし、譚紹聞は、埋葬ということを口にした以上、言ったことを変えるわけにもいかず、どうしても銀子を返そうとしませんでした。

 昼になりますと、王隆吉をとどめて食事しました。二人は楼に行きました。食事の最中に、埋葬のことが話題になりますと、

「私は心の中でちょうどそのことを考えていたんだよ。棺を長いこと置いて、怪しいことがおこらなくてすむからね。昨日は、裏の書斎に幽霊が現れた。この頃は、子供達も怖がって、夕方には余りやってこなくなってしまったよ」

王隆吉は笑いながら、

「伯母さん、それは間違いです。そんなことはございません」

「私が言ったことを信じないなら、徳喜児に聞いてごらん。あれも本当に見たんだから」

隆吉は笑っているだけでした。そして、ゆっくりと四百両の銀子のことを話しました。

「ちょうど良かった。端福児の考えは正しいよ。埋葬しよう。隆吉は、この城内で、誰が優れた陰陽師か聞いていないかい。その人をよんで吉日を選ばせ、先代の野辺の送りをすればいい。この四百両の銀子は全部使って、暮らしが上向いたら、元本と利息をすっかり返すことにしよう。その時、もし金が足りなかったら、お前は端福児のために融通してやらなければいけないよ」

「伯父さんを埋葬するのは、もちろん正しいことです。しかし、金がないのですから、手厚く葬ることはできません。並みにするしかないでしょう。あまり派手にし過ぎると、やがて生活が苦しくなり、伯父さんがご存命で、倹約をして手元が豊かだった頃よりひどくなるでしょう。今は我慢するしかありません」

「先代の一生の大事だから、隣近所がみてもさまになるものにしなければいけないよ。お前は今の城内で、どの陰陽師が一番だと思うかね」

「私はよく知りません。ただ、昨日、北道門を通った時、北の隅の入り口のところに、広告が貼ってあり、京師からきたばかりの胡なんとかと書いてあったことを、ぼんやり覚えています。『地相、人相判断、並びに結婚、葬式の吉日をお選び致します』、それから何やら長々と二三行の小さな字が書いてありました。多くの人がその人を呼んでいるようですから、すぐれた陰陽師なのかも知れません。私の考えでは、朝廷が頒布した月朔書(こよみ)で、吉日を見付ければ、それでいいと思うのですが」

「その胡先生がいいんだね。都からきた人だから、能力もきっと優れているに違いない。その人は風水に通じているなら─私の家で毎年よくないことがおこっているのは、先祖の墓に何か問題があるのだろうから─その人をよんでみよう。端福児、覚えておくんだよ。書斎へいって皇書(こよみ)を見て、吉日を選んで、宴席を用意して、その胡先生をお招きしよう」

隆吉は余計なことを言ってしまった。さらに厄介なことになってしまったと後悔し、午後になりますと、そのまま帰りました。しかし、四百両の銀子のことを、伯母に説明して、私的な借金が公の借金になったので、心の中が幾らかすっきりしました。

 隆吉が行ってしまいますと、王氏は、紹聞と、胡先生を招く話をしました。そして、双慶児を書斎に行かせ、皇書を持ってこさせて見てみました。第三日が、友達に会うのに良い日でした。家では、食事のことについて相談しました。次の日になりますと、王氏は、すぐに譚紹聞を北道門に行かせ、胡先生を呼びました。

 さて、この胡先生は、名は星居、字は其所といい、もともとは祥符県の黄河岸の胡家村の人でした。幼いときから小利口で、祥符県の童試に応じたこともありましたが、いかんせん心の中では何も分かっていませんでしたので、白紙答案を提出して何度も落第しました。先生の外祖父の宋爾楫は、祥符県の陰陽官でしたが、彼が病没した後、先生は外祖父が残した陰陽、風水、選択[2]に関する書物を、梱包して持ち帰りました。ところが、十年前に、黄河が南に流れを変えたとき、胡家村は押し流されて河原になってしまいました。胡其所は生活が苦しくなったので、梱包してあった本を読み、勉強を始めました。そして、隣人の田再続が、京師で司獄司になっていましたので、上京して身を寄せました。しかし、田再続は、刑部の獄の中で罪を犯した役人が自縊したので、免職になりました。胡其所は京師をさすらい、毎日占いをして暮らし、後に、南へ行く車に乗って、本籍に戻りました。そして、一人の素性の知れない少年を弟子にし、北道門に家を借り、「胡其所の風水、選択」という広告を書いて、門口に貼り、全身に絹を纏い、都言葉を喋りながら、人が呼びにくるのを待っていました。

 この日、のんびりと本を捲っていますと、車の音が聞こえ、入り口にきて止まりました。やがて、下男をつれた、一人の若者が入ってきて、護書をひろげますと、机の上におきました。胡其所が広げて見てみますと、「明日のご来訪をお待ち申し上げております」とあり、下には譚紹聞と書いてありました。二人は挨拶をして腰を掛けました。胡其所

「私は久しく京師に旅をし、郷里に戻って日も浅く、まだお会いしたことがありませんでした。お宅に名刺をお送りしたこともなかったのですから、譚さまから先に名刺をいただくわけにはまいりません」

「久しく先生のご高名は伺っておりました。相談したいことがあるのです。明日、早速お迎えに上がりますので、どうか私のところにきてくだされば、さいわいです」

「それは大変結構なことです。あなたと私は、初対面でも旧友のようなものです。ご用は何でしょうか。はっきりとおっしゃってくだされば、微力をお尽くしいたしたく思います」

「本来なら、明日、お酒を差し上げ、跪いてお願いしてから、用向きを申し上げるべきですが、今、ご下問とあれば、本当のことを申し上げましょう。実は先代が長いこと塗殯(かりもがり)の状態にありますが、今、埋葬を計画しており、先生に吉日を選んで頂きたいのです。それから、先生にわが家の墓を見て頂きたいと思います」

「ほう、それは譚さまの一生の大事ですから、慎重にしなければなりませんな。本には『惟だ死を送るは以て大事と()すべし』[3]とあり、大変なことなのです。真面目な仲間ならば、墓の方向の善し悪し、墓穴を掘るか否か、日取りの選択など、縁起の悪いことが絶対に起こらないように世話をしてくれますが、放浪をしている仲間に会えば、でたらめを言いまくり、山向[4]や化命[5]に構おうともしません。風水を見せれば、いい土地だといい、日を選ばせれば、吉日だといいます。彼らは、人から数銭をだましとろうとしているだけで、実は人の禍福など考えていないのです。これは自から罪作りなことをしているといわざるをえません。昔、私が京師から山東の済南府にいったとき、田という姓の郷紳が私を呼びました。実は一人の放浪をしている仲間が、その人のために墓の方向を決め、日取りを選んだのですが、埋葬の後、家では子供が死に、騾馬が死に、詐欺にあい、裁判沙汰になり、金を失うわ、腹は立つわで、とんでもないことになってしまいました。そこで、私がきたと聞きますと、どうしても招こうとしたのです。私は、その人の墓地にいって見てみたところ、亥龍入首[6]でした。ろくでなしの仲間は、龍脈をすっかり見間違えていたのです。埋葬の日も、飛廉[7]、病符[8]を犯していました。その頃、京師の弟子─今欽天監[9]の漏刻科にいますが─が手紙を書き、私を京師に呼んでいましたので、彼の世話をしてやる暇はありませんでした。しかし、この田郷紳は、何度も人に頼んで、私をひきとめようとしたので、私は仕方なく、彼のために墓の方向をかえ、天上の三奇[10]の日を選んでやりました。すると、すぐに家は平穏になりました。今年、瞿宗師が済南で試験をした時、息子さんは学校に入り、彼の弟も廩生になりました。譚さん、埋葬というのは、大事なことなのですよ」

「先生は優れていらっしゃるのですね」

「私とて何も知ってはおりません。優れているなど、とんでもないことです。私は自分の良心を裏切ることがなければそれでいいと思っているのです」

譚紹聞が別れを告げますと、胡其所

「まだ早いですから、お話を致しましょう」

「明日の朝、よびに上がりります、先生のご光臨をお願い申し上げます。家にこられましたら、お教えを承りたく思います」

 次の日になりますと、ケ祥が車を走らせ、双慶児が速帖をもって呼びにいきました。胡其所と弟子の二人は、新しい服と帽子をつけ、車に乗ってやってきました。胡同の入り口に着きますと、彼らは車を降り、紹聞は身を屈めて迎えました。碧草軒に入りますと、挨拶をして席に着きましたが、椅子には錦の座布団、テ─ブルには刺繍をした布が掛かっていましたので、胡其所は大喜びでした。時候の挨拶をしますと、間もなく全部の料理が出てきましたので、譚紹聞は、礼物を捧げ、さらに四両の礼金をさし出しました。胡其所は、しばらく辞退しましたが、弟子の白如鷴にうけとらせました。紹聞は、安席[11]、叩拝の礼を行い、主客が席につきました。しばらくして酒席が終わりますと、胡其所が尋ねました。

「お墓はどちらですか。一緒に見にいきましょう」

「墓は城の西の近くにあります。明日、車で一緒に参りましょう」

すぐに、寝台を用意させて、先生と弟子を碧草軒に泊まらせました。晩のことは略します。

 次の日、食事が終わりますと、ケ祥がやってきて、車が胡同の入り口に準備してあるといいました。譚紹聞は、胡先生に、先に行くようにといいました。先生と紹聞は書斎を離れ、胡同の入り口に出、一緒に車に乗りました。徳喜児は暖壺にいれた細茶[12]、革の覆い[13]に入れた蓋付きの碗、点心や菓物を持ち、車に載せました。ケ祥は馬を追いたてて、西の門を出ました。

 すると、道端に神道碑の楼が見えました。碑楼の後ろには大きな墓があり、道からは近くでした。譚紹聞

「胡先生はこの墓をどう思われますか」

「こちらがお宅のお墓ですか」

「いいえ。ここからうちの墓までまだ四里あります」

胡其所は車の上からその墓を見てみましたが、立派な石碑が高く聳え、塀がぐるりとめぐらされており、松柏の木が、緑濃く天を覆っていましたので、こう言いました。

「この墓は昔つくられたものですね。全体的な様子は、とても結構です。この龍虎[14]沙は、とても壮大なものです。周りを塀がとぎれることなく囲んでいるのは、発展の兆しです」

「先生の判断された通りです。ただ、この家には、今は科挙合格者はおらず、墓を移そうとしています」

「移してはいけません。本に『其の地を遷さば能く良と為すこと弗し』[15]とあります。この墓の位置は、昔、きちんと選定されたものです。今、放浪している仲間は、『揺鞭賦』[16]をもっていて、古い墓の判定をしています。それらはすべてでたらめですから、私はそんなことはできません。移してはいけませんし、人に移させてはいけません。

 さらに半里行きますと、ケ祥

「胡先生、この墓を見てください」

胡其所が小さな土饅頭の墓を見てみますと、小さな酸棗[17]が緑の葉を垂らし、一むらの野菊が黄色い花を綻ばせており、[18]の巣が二つ、蛇の抜け殻が幾本かありました。そこで言いました、

「この墓は無縁仏です」

ケ祥

「ここに埋まっているのは私の両親ですが」

胡其所は失言をしたと思い、急いで言いました。

「私は、明日、あなたのご主人の墓地の中から、あなたに縁起のいい土地をおくりますから、改葬しなさい」

そして、紹聞に向かって、

「この人は、人相はとてもいい人ですから、重く用いてやらなければいけませんよ」

紹聞はうなずきました。

 さらに一里ばかり歩きますと、胡其所は、天をつかんばかりの怒りがあるような調子で、罵りました。

「フン。フン。フン。畜生め。いいと思っているのか」

紹聞は呆然として、何が何だかわかりませんでした。すると、胡其所は弟子に向かって、

「如鷴、これを見るのだ。わしがいつもお前にいっている通りだ。あれが良くないのだ。子孫の方が辛い思いをされるではないか」

「鬼星[19]、禽星[20]を間違えていますね」

胡其所はうなずいて、

「まさにその通りだ」

譚紹聞は、胡先生と弟子があちこちを指差していましたので、ようやく新しい墓を造る位置を決めていることを知りました。墓の上の招魂紙は、まだひらひらと南になびいていました。胡其所

「わが省城に、一人も鑑識眼をもった者がいないというわけでもないでしょうに、ろくでもない者どもが、でたらめを言い、龍脈まで見間違えていますね。こんなことがあっていいのでしょうか」

紹聞

「ここは明らかに麦畑なのに、どうして龍脈があるのですか」

「『易経』に、『龍の田に在るを見る』とあります。私には見えます。見えます」

 話をしていますと、早くも霊宝公の神道碑の前にきましたので、譚紹聞は、急いで車を降りました。胡其所

「どうして車を降りられるのですか」

「うちの墓についたからです」

胡其所と弟子も車を降りようとしました。紹聞

「ちょっと座っていてください。畑がすかれて、でこぼこしているので、歩きにくいですから」

胡其所は笑いながら、

「あなたは、風水家が『眼は神仙のよう、脚は樵のよう』だということをご存じありませんね。河南の、省城に近い城の付近には、山はありません。私は、昔、山西の洪洞県[21]で、人様のために仕事をしたことがあります。水はすべて西に流れて汾河に注いでいましたが、同じ様に見立てをし、どれだけの山に登ったか知れません。こんな平らな土地は、何ともありません」

と言いますと、さっさと車から降りました。

 ケ祥は、車から馬をはずすと、馬を道端の柳に繋ぎました。徳喜児は暖壺をさげ、三人に付き従い、墓の垣根の中に入りました。譚紹聞は、一つ一つの墓に拝礼を行いました。

 徳喜児は茶を注ぎました。茶を飲み、点心を食べ終わりますと、胡其所は四方を眺め、体を振り返らせ、目で見たり、指さしたりしながら、口の中でぶつぶつと唱えました。どうやら「長生、沐浴、冠帯、臨官」[22]と言っているようでした。そして、突然しゃがみこみ、一か所を見詰め、急に頭をもたげますと、八方を見渡し、しばらくしますと、西北に向かってまっすぐに歩きだしました。譚紹聞がついていこうとしますと、胡其所

「来られる必要はありません。お話ししても分からないでしょうから」

しかし、さらに二三歩あるきますと、振り向いて、

「あなたにとって大事なことなのですから、分かろうが分かるまいが、歩かれるのも宜しいでしょう」

三人は、一緒に西北の高いところまで歩いていきますと、立ち止まりました。胡其所は墓を見ますと、首を振って、

「ああ。大間違いだ。大間違いだ」

さらに白如鷴に向かって

「間違っていることが分かるか」

白如鷴もしばらく見ますと、言いました。

「少し間違っています」

「お前はどうして少し間違っているなどというのだ。本には『差は毫厘の若きも、(あやま)つに千里を以てす』[23]とある。この間違いは大きい。嘘だと思うなら、墓場に行って、羅盤で計測してみよ。すぐに幾つか方角を間違えた[24]ことが分かるぞ」

さらに、振り向いて戻ってきますと、徳喜児に向かって、

「車に行って、黄色い風呂敷包みを持ってきてください」

徳喜児は、無視するわけにいかず、車から風呂敷を取ってきました。白如鷴が風呂敷包みを広げますと、一尺足らずの大きさの羅盤が入っていました。すると、胡其所と弟子は、一本の糸を、羅盤の上にひき、しばらくじっと眺めていました。

胡其所「どうだ。如鷴、見てみよ。これが少しの間違いとはいえまい」

 羅盤をしまいますと、三人は、筵を敷いて座りました。徳喜児が茶を捧げますと、胡其所

「譚さん、これはあなたにとってとても大事なことです。以前の見立てが正確だったら、こちらに埋葬されているご先祖様方は、みな巡撫、布政司、少なくとも知府にはなることができたでしょう。譚紹聞さまは、今ごろは、翰林学士でなければ、員外、主事になっていたはずです。いずれにしても、あなたのお墓は、左に壬龍[25]がうずまき、右に辛水がうずまき、水は辰庫から出、癸山丁向を用い、甲子辰水局に合流しています。今日、昔の選定の仕方をみますと、水は未庫から出て、乙山辛向を用い、亥卯未木局に合流しており、八方の爻象は、みな間違っています。ですから、素晴らしい土地なのに、科挙に合格することはできず、どんなによくても拔貢生になることしかできません。私の見立てによれば─他のことを言ってもあなたが理解できるとはかぎりませんが─東南の村に二三か所の高い楼がありますが、あれはお宅のお墓(に埋まっている方々)の文才が天を衝いているということなのです。御覧下さい。あの高い塔は、獅子なのです。あの長い峰は、象なのです。これは『獅象捍門』[26]と呼ばれるもので、三台[27]八座[28]と関係があります。昔の見立てでは、これらの良いものが、すべて無視されていたのです。私の考えでは、この数人のご先祖さまのお墓は、すべて改葬しなければなりません」

譚紹聞は難色を示しました。

「少なくともお祖父さまのお墓の方向を、変えなければいけません」

「それはいけません。ただ、墓の向きが間違っているのもよくないことです」

「これは仕方のないことです」

そこで、胡其所は、さらに羅盤を使って計測をし、木杭を八本うち、二つの墓穴を決めました。さらに、海老の髭や蟹の泡のような、取り止めのない話しや、陰がどうの陽がどうのという専門的な話しをしました。譚紹聞は少しも分からず、先生は優れてらっしゃるといって褒めたり、何かあったらまた頼みますといったりするしかありませんでした。

 譚紹聞は詩書の勉強に励まず、賭博だけを好みました。そして、富貴になれないからといって、祖先を怨み、妄りに陰陽師の言葉を聞き、天に祈って吉日を選び、地に祈って墓穴を選び、天地の神を自分に奉仕させようとしました。どうして「熱心に勉強し、正しい人と付き合え」ということを、自分に課さないのでしょうか。譚紹聞は勝手すぎます。詩がございます。

陰陽師のでたらめをみだりに聞きて、

先祖の墓に骸を求む。

将来は富貴を得んと思へども、

目の前の賭けの借りをやいかんせん。

 墓穴の選定が終わった時は、ちょうど正午でしたので、ケ祥に車を準備させて帰りました。そこへ、西の方から知府が省城にむかってやってきました。先払いの声を響かせながら、たくさんの轎と馬が通り過ぎました。胡其所

「おめでとうございます。おめでとうございます。今日、お宅の墓地で、墓穴を指定しましたが、ちょうど貴いお方がやってこられました。これは大吉の兆しです」

言い終わりますと、一緒に車に乗って帰りました。

 途中で、ケ祥

「胡さんは、さっき私に土地をくださるとおっしゃいました。この道の南の麦畑が主人の土地です。いい土地が見付かれば、私は叩頭致します。若さま、私に墓穴を一つ賜りますように」

胡其所は、ふたたび酸棗の生えた墓を眺めますと、言いました。

「さっきわしはよく見ていなかったから、あまりよくないと言ったのだ。だが、今よく見てみますと、なかなかいい。今まで通りにするのがいい。動かす必要はない」

ケ祥も、それ以上何もいいませんでした。

 まっすぐ城内に入り、碧草軒に着きました。出てきた昼食が、豊富で清潔なものであったことは、細かく申し上げる必要はございますまい。昼食が終わりますと、胡其所が言いました。

「譚さん、私はあなたがとても誠実な君子だと思っています。私はいっそのことお宅の家相を拝見しようと思います」

譚紹聞は、

「お教えを承りましょう」

といいますと、すぐに、家の女達を立ち去らせました。そして、胡其所をつれて、裏の楼のある中庭、表の広間、東の厨房、西の厩屋などを細かく見ました。

 胡其所は広間の裏の二番目の入り口につきますと、言いました。

「壊してしまいましょう。壊してしまいましょう。木星[29]の位置を占領しています。これを壊せば、この堂楼は、生気貪狼木になります。惜しいことに、この堂楼は低すぎます。いずれにしても家中の方が、みんな生気貪狼木に頼るのですから、低くていいはずがありません」

「書斎に行って話を致しましょう」

裏門を出て、書斎に行きますと、胡其所

「譚さん、この家の道理をご存じないでしょう。坎宅巽門は、第一層が天乙巨門土で、第二層が延年武曲金で、第三層が六彪文曲水で、第四層が生気貪狼木です。この貪狼木星は、最も高く大きくなければなりません。だから、私はあなたに広間の裏の二番目の門を壊させるのです。これは、どうしてでしょうか。この門がありますと、あなたの堂楼は五鬼廉貞火になってしまうのです。この小さな門楼を壊せば、すぐに堂楼が生気木星になります。しかし、この堂楼は、いずれにしても、少し低いのです。あなたは左官屋を呼んで、五つの煉瓦で、堂楼の上に小さな部屋を作ってください。中に木板をいれ、私が朱筆で『吉星高照』の四文字を書き、小さな部屋の中に釘付けにすれば木星が上昇し、きっとあなたの家は万事平安になり、すべてが思い通りになります」

「陽宅に関する本に、このようなことが書かれているのですか」

「儒学の本にもそう書いてあります。『方寸の木も、岑楼より高からしむべし』[30]とあります。そもそも道はただ一つなのです。ご尊宅を、私が言った通りになさるべきです。埋葬については─あなたがもう一度先代さまの八字とあなたの八字を書いてくだされば、私があなたのために、埋葬の吉日を選んでさし上げます」

「八字をきいてどうなさるのです」

胡其所は大笑いして、

「譚さん、あなたは本当に何も分かっていないのですね。儒書を読まれると、頭がぼんやりするようですね。あなたは私に会えて幸せというものですよ。でたらめな放浪している仲間に会われれば、あなたは三歳の子供と同じようにだまされてしまいますよ。選定というものは、化命を論じ、納音を論じ、方位を合わせなければならず、方角がうまく揃い、すべてが吉となって初めていいといえるのです。もし良くないところが一か所でもあれば、埋葬の後、ひどいことになります」

紹聞は、仕方なく、父親の誕生日と命日、それに自分の八字を書き出し、胡其所に日を選ぶように求めました。

 胡其所は、続いて譚孝移の化命を見、テ─ブルの上におき、さらに紹聞の八字を見ますと、喜んで言いました。

「譚さん、あなたの八字はとてもよく、拱貴格[31]です。乙巳鼠猴香、八柱の中には申がありません。ただ、未が一つ、酉が一つあり、この貴人を挟めば、『禄を拱し貴を拱し、填実して則ち凶なり』ということになります。あなたは逆行運です。五歳を行運の起点とし、五歳、十五歳、二十五歳、今は庚申の運で、いささか填実であることを免れません。最近数年、物事が思い通りにならないことが多いのではありませんか。しかし、大したことはありません。今はあなたの子平[32]をみる暇はありませんが、まず日取りの選定をしてさし上げ、日を改めて、もう一度あなたの八字を見てみましょう」

「まったく胡先生のおっしゃる通りです」

 「譚さんにお仕事があれば、お世話をさせて頂きましょう。日取りの選定は、あなたのために、じっくり調べてさし上げましょう。あなたはここで一緒にいてください。私は話をして、あなたに付き添いましょう。さまざまな口訣を、私はまだ覚えています。わずかな間にちょっと方角をおろそかにしただけでも、大変なことです。それに、私も弟子にさまざまな仕事をさせるたびに、苦労するのですが、あれはすぐに記憶します。譚さん、あなたはご随意になさってください。どうかお帰りください」

譚紹聞は、仕方なく別れを告げ、先生と弟子が本を捲って、日取りを決めるのに任せることにしました。

 三四日が過ぎますと、日取りが決まりました。一枚の真っ赤な紙に書かれたのは、「天乙貴人、文昌朱衣、上好吉日」といった趣旨のことでした。末尾には、「京都胡星居選択、門人白如鷴繕写」という落款があり、真っ赤で鮮やかな二つの印が押されていました。

 東関の家でも、墓を見てもらうために、胡其所を呼びましたので、この選定の帖子を内宅に送りました。譚紹聞は、急いで書斎に来ますと、引き止めました。胡其所

「これは、東関の劉家が、墓を見てくれと頼んでいる帖子です。私は劉家へいって墓を見てまいります。お宅で埋葬を行われる日には、また来て、ささやかな礼物をさし上げ、お墓に行って、土の深さを見ることに致します。墓掘りが龍脈を傷付けるといけませんから」

「それはますます有り難いことです」

東関から帖子を送ってきた人は、車に乗るように促しました。譚紹聞は、胡同の入り口まで送り、胡其所と弟子は車に乗り、徳喜児は本袋、行李と羅盤の包みを車に置き、双方ともお辞儀と拱手をして別れました。

 皆さんは、この回を読まれて、きっと胡星居が譚紹聞を騙すことはできないのではないかと疑いをもたれたことでしょう。しかし、人の心は水のようなもので、毎日良い本を読んで、正しい人と付き合っていれば、心が澄み、自ずと物事を洞察できるのですが、毎日悪い場所に入り、悪人に近付けば、水が濁るように、心が曇り、話を聞いても必ず惑わされるのです。経験の豊富な方は、必ずこの言葉が嘘でないことが分かるでしょう。

 

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1]『晋書』超伝「郗生可謂入幕之賓矣」。本来は極めて親密な者をいうが、ここでは女性の寝所に忍び込むものという別の意味で使ってある。

[2]吉日選び。

[3] 『孟子』離婁下「養生者不足以当大事、惟送死可以当大事」(生きている者を養うのは大変なことではないが、死んだ者を送るのは大変なことである)。

[4]墓の方向。

[5]未詳だが、あとの文脈から、死者の命日を八字にしたものと思われる。

[6]亥龍入首。龍は山勢のこと。

[7]凶神。埋葬を忌む。これを犯すと公事(裁判沙汰)、口舌(口喧嘩)、疾病、失財を司る。『古今図書集成』博物彙編芸術典第六百八十二 巻引『臞仙肘語神枢』参照。

[8]凶神。埋葬を忌む。これを犯すと疾病と傷害を司る。『古今図書集成』博物彙編芸術典第六百八十二巻引『臞仙肘語神枢』参照。

[9]天文を観察する官職。

[10]術数家は乙、丙、丁を天上の三奇、甲、戊、庚を地下の三奇、辛、壬、癸を人間の三奇という。

[11]旧時、宴席に座る時、主人が客に礼をすることをいう。

[12]未詳だが、高級な、色の濃く出る新茶のことであろう。『金瓶梅』第十二回に「這細茶的嫩芽、生長在春風下。不松不採葉児蕭、但煮着顔色大。絶品清奇、難描難画」とある。

[13]原文「皮套」。未詳だが、皮製の箱状のもので、中に茶碗を入れ、冷めないようにするものであろうと思われる。

[14]青龍、白虎。墓の前の左右の山。

[15]出典未詳。

[16]未詳。『古今図書集成』博物彙編芸術典第六百七十六巻に『揺鞭断宅訣』を引くが、これは陽宅の判断をするための歌訣。

[17] サネブトナツメ。 (図:「本草綱目」)

[18] モグラジネズミ。 学名はTalpamicrura。墳鼠ともいう。(図:「本草綱目」)

[19]墓の背後にある丘。

[20]墓の前の水が流れ出るところの水の中にある石。

[21]平陽府。

[22]第三十七回の注参照。

[23] 「少しの間違いのように見えるが大きな間違いである」という意。『礼記』経解に「易に曰く『君子始を慎み、差は毫厘の若きも、繆つに千里を以てす』とある。『易経』繋辞上には「子曰く『君子はその室に居り、その言を出だすこと善なれば、則ち千里の外もこれに応ず、況やその邇き者をや。その室に居りて、その言を出だすこと善ならざれば、則ち千里の外もこれに違(たが)う。況やその邇き者をや。…言行は君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや』とある。

[24]原文「錯了幾个字」。羅盤は度を表すのに字を用いているので、度数を間違えることを「錯字」という。

[25]以下、堪輿家の用語が出てくるが、特に注記しない限り未詳である。

[26]捍門とは、捍門山のこと。墓の前の、水が流れているところの両側に対峙している山。

[27]大尉、司徒、司空。

[28]六部の尚書と左右の僕射。

[29]以下、陽宅家の用語が出てくるが、特に注記しない限り未詳である。

[30] 『孟子』告子下。「一寸の厚さの木でも、高い所に置けば高楼より高くすることができる」。

[31]以下、算命家の用語が出てくるが、特に注記しない限り、未詳である。

[32]人の生年月日字の八字を、干支に配し、人の吉凶禍福を占うのを、子平術という。

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