第四十九回

巫翠姐が廟の中で物色されること

王春宇が楼の下で縁談を説くこと

 

 そもそも芝居が行われる場所では、士大夫の子弟は、人々から注目されるものです。紹聞は、潘安[1]のような美貌でしたから、当然注目されました。閨房の美人は、人から流し目を受けるものです。魯姜氏は、文君[2]のような若後家でしたから、当然注目されました。ですから、きちんとした教育を受けた若い生員には、学校の決まりをおとなしく守らせ、閨房の婦人には、中門から出ないようにさせるべきであり、人々が集まるところに、彼らが出て行こうとするときは、たとえひどく融通がきかないといわれようが、彼らを引き止めなければなりません。若い生員、若い娘が芝居を見て、引き起こす事件、醜聞は、詳しくはお話しできません。紹聞は、夏鼎の言葉にしたがったために、姜氏の前で軽薄な姿をさらし、横から見ていた人に怒鳴られましたが、これは自業自得というものでした。

 さて、二人は廟の門を出ますと、

夏逢若

「うまくいっていたのに、よりによってひどい目にあってしまった。あいつは趙という奴で、名前を碰児、あだなを打路鬼といい、酔っ払って、街で人を殴ったり怒鳴ったりしているんだ。あいつを怒らせる必要はない。蔡胡子の油条屋にいって、相談をしよう」

 二人は店に入りましたが、蔡胡子は店におらず、一人の子供が留守番をしていました。子供は夏逢若を見ますと尋ねました。

「夏さん、油条を食べるのかい」

「そうだ」

「夏さんは二三年間つけの代金を払っていないね。またつけにする積もりかい」

「お前の親父だって俺にそんなことはいわないぞ。この小僧、そんな気のきかないことをいいやがって。譚君、大粒の銀塊を出してくれ。街へ行って、銭に替えて、きれいさっぱり清算し、こいつの油条を買ってやろう。それからうまい茶を沸かさせて、食事をしながら相談をすることにしよう。この小僧は親父に似ず、まったく気のきかない奴だよ」

譚紹聞は、財布を開けますと、包みを開いて、二つの塊を摘み出しました。

「細かいな。僕がもっと一杯もっていって、銭にかえてこよう。僕に油条代を払ってくれ。僕は他にも話があるんだ」

そう言いながら、大きいのを七八粒とって、いいました。

「ちょっと座っていてくれ。すぐに戻ってくるから。丁丑児、茶をもってこい」

夏逢若は、間もなく、二串余りの銅銭をさげて入ってきますと、いいました。

「丁丑児、帳簿をもってこい」

夏逢若は計算をしました。今日買った二斤分もいれて、全部で七百三十文でしたので、全額を丁丑児に渡しました。

「おじさんの借金はなくなったぞ。年端のいかない商売人の癖に、話しの仕方を知らない奴だ。親父が戻ってきたら、お前を殴るようにいってやるぞ」

丁丑児は、銭を受け取りますと、何もいわなくなりました。そしてただ一言、

「油条はお茶受けにされますか。包んでお持ち帰りになりますか」

「いいものを一斤選んで盆にもってくれ、お客と茶を飲むから。残りの一斤は包んでくれ。持ちかえるから」

丁丑児は二つの盆に上等の油菓子をもり、二つの湯のみを拭いて、沸かしたての茶を注ぎました。二人は食べながら、姜氏のことを相談し始めました。

 夏逢若

「君、人生、後悔するようなことがあってはならないぜ。諺にも『稲の不作は一年だけ。女房の不作は一生もの』というからな。君がこの前娶った孔家の娘のことは、僕も知っている。この機会を逃せば、あの人にまさる嫁さんを娶ることはできないだろうから、一生後悔するぜ。あの娘をどう思ったんだい」

「美人でしたね。結婚したい気がしました」

「君は家柄もいいし、若いし、他にも縁談が持ち込まれるかもしれない。もし他に縁談を持ち込んでくる人がいれば、二またをかけるのはやめてくれ。これは真面目な話なんだから」

 紹聞が返事をしないでいますと、徳喜児が騾馬を引きながら、店に入ってきて、言いました。

「若さま、早くお帰りください。東街の王叔父さまが亳州から、若さまに会いに戻ってこられました。若さまが瘟神廟で劇を見てらっしゃるとききましたので、廟の入り口にいきましたら、油条屋にいかれたといわれました。これは叔父さまの騾馬です。叔父さまは乗って帰るようにとおっしゃっています。叔父さまは家に戻り、荷物を下ろすと、顔も洗わず、茶も飲まれず、私たちの家にこられました。今は立って待ってらっしゃいます」

夏逢若

「徳喜児、菓子をお食べ。お前は戻って、若さまはいなかった、どこにもいなかったというんだ」

「菓子はいただきませんし、そんなことを申し上げることはできません」

譚紹聞

「これはまずい。僕が亳州へ行ったことは、君も知っているだろう」

「知っているとも。僕の言うことをきいて、張の家へいかなければ、あんなおかしなことにはならなかっただろうに」

譚紹聞は立ち上がりますと、

「叔父が家で待っているので、帰らないわけにはいきません」

「他人の汗巾をもっていきながら、こんな尻切れとんぼなことをして。いいと思っているのかい。君がどうしても最后まで話をきかないというなら、質ぐさを置いていってくれ。そうしたら僕は君を行かせてやるよ。─銀子の包みを、全部俺に渡してくれ」

「持っていってください」

夏逢若は、財布を受け取りますと、言いました。

「帰っていいよ。後日話をしよう」

「仕方ない、君を待っているよ」

すぐに油条屋を出、騾馬に乗り、別れを告げますと、去っていきました。十数歩進みますと、譚紹聞は、騾馬をもと来た方向に向け、店の入り口に行きました。夏逢若は菓子を包み、銅銭を手にとり、銀子を包んでいるでいるところでした。紹聞

「やっぱり汗巾を持ちかえってください」

「諺に、『寸絲もて定めを為す』[3]という。俺は、他人の縁結びをめちゃくちゃにするほど図々しくはないし、他人の結納品を送り返すほど恥じ知らずではないよ。君の汗巾を、誰に渡せというんだ」

紹聞は騾馬を引きかえさせ、家に戻りました。

 胡同の入り口につき、騾馬から降りますと、徳喜児に騾馬を繋がせ、鞭をもって、裏門から楼の一階にいきました。すると、母親が泣きながら、弟と話をしていました。進み出て拱手しますと、

王春宇「戻ってきてよかった。蘇州で染め物屋が絹を隠した件について裁判をして、亳州の店に着いたら、周小川が、お前が亳州にわしを尋ねてきたが、銀子を人に盗まれたので、お前に二百銭の旅費をやって、お前を家に帰らせたと言っていた。わしは顔、年、服装を細かく尋ねたが、お前とぴったりだった。わしはお前が亳州にわしを訪ねてきた理由が分からなかったし、帰り道で何かあったのではないかと心配だった。お前はお父さんの一粒種だからな。わしはすっかり肝を潰し、次の日、すぐに出発して戻ってきた。わしは家に着き、褡褳を下ろすと、すぐにお前がいるかどうか見にきたのだ。しかし、まあよかった。お前が生きていることが分かったからな。お前のお母さんは、わしに御馳走してくれた。わしは帰るぞ。隆吉に会っていないのでな」

譚紹聞は、返す言葉もありませんでした、王春宇は、鞭を受け取りますと、帰ろうとしました。母子は裏門まで送りました。王春宇は一言、

「戻ってきてよかった」

と言いました。徳喜児が騾馬を引いてきますと、春宇はそれに乗り、曲米街に戻っていきました。

 晩になって寝るとき、譚紹聞は、一本の汗巾を、いつまでも弄びました。しかし、相手が再婚者であることが嫌な気もしたので、一人でぶつぶつ言っていました。

冰梅「これはどなたの汗巾ですか」

譚紹聞は笑いながら

「拾ったんだよ」

冰梅も気にとめませんでした。譚紹聞は床に着きましたが、相変わらず例の件について考えていました。

 翌日、王氏は紹聞に向かって、

「叔父さんが千里の彼方から、お前に会うために戻ってこられたのだから、お前も叔父さんを呼んで、お酒を飲ませ、旅の苦労をねぎらってあげるといいよ」

「今日、宴席を設けて、王中に帖子を届けさせます」

ちょうど王中が楼のある中庭にやってきましたので、紹聞は言いました。

「王中、東街に招待状を持っていって叔父さんを呼んでくれ」

「叔父さまが戻られたのなら、若さまみずから東街に会いにいかれ、ついでに酒宴の話しをなさるべきです。あらかじめ帖子を出される必要はありません。叔父さまに暇な日を選んで頂いてから、こちらから帖子を出せば良いのです」

王氏はとても喜んで、言いました。

「王中は珍しくいいことをいったよ。お前、明日、すぐにお行き」

譚紹聞は、心の中で、夏鼎の例の件について考えており、明日、面会して約束をしようと思っていましたが、もう午後で、すぐに準備ができませんでしたので、言われるままに、いい加減に返事をしました。

「明日いくよ」

 翌日、王中は、ケ祥に車の準備をさせますと、いいました。

「若さまが朝食の後、王叔父さまに会いにいかれるぞ」

食事がすみますと、王中は譚紹聞に出発をうながしました。紹聞は、仕方なく車に乗り、王中は、車の前に乗りました。胡同の入り口には、夏鼎が返事を聞きにきていました。しかし、王中が車の前に座っていましたので、夏鼎は怯えて、ランタン屋の中に隠れ、車が通り過ぎて行くのに任せるしかありませんでした。夏鼎は、がっかりして帰っていきました。

 紹聞が叔父の家にいきますと、王隆吉が出迎えました。彼らは、一緒に奥の中庭にいきました。紹聞が尋ねました。

「叔父さんはどうされましたか」

「巫家へ呼ばれていったよ」

譚紹聞が従兄の王隆吉とともに、叔母と世間話をしておりますと、天をどよもす銅鑼の音が聞えてきました。譚紹聞

「どこかで芝居をやっていますね」

「山陝廟だよ。油屋の曹相公がお礼に奉納しているんだ」

「どこの劇ですか」

「蘇州からきたばかりの劇団で、歌がうまいという話だが、実は僕もまだ見ていないんだ」

譚紹聞は、蘇州の新しい劇団と聞きますと、盛家の老師匠が教えていた曲の中に、幾つかの見慣れない字があり、自ら平仄を調べたときのことを思いだし、劇を見にいこうとしました。王隆吉は承知しませんでした。

「一つには、親父が帰ってきたのにまだ話しをしていないし、帳場で店番をする人もいないから、二つには、曹相公が劇を奉納しているので、あそこへ行って彼に出くわしたら、お金を払わなければならないからさ」

譚紹聞は、どうしても行きたいと言い張りました。王隆吉も楽しみを阻むわけにもいかず、仕方なく一緒に劇を見にいくことにしました。

 店を出ますと、王中が彼らを見て尋ねました。

「叔父さまはご不在なのでしょうか。お二人ともどちらへ行かれるのですか」

譚紹聞

「東の学校[4]へ行って、華先生に会うんだ」

王中は、若さまがよその学校の先生に会おうとしているということを聞きますと、心の中で喜びました。街角を曲がりますと、王隆吉は笑いながら、

「お前は最近嘘が言えるようになったね。山陝廟へ劇を見にいくといっても、王中は引き止めはしなかっただろうに」

「知らないのですか。王中は人に反対してばかりいるのです。山陝廟に行くと言っても、あいつは僕たちを邪魔することはできないでしょう。しかし、あいつは嫌な顔をするので、こちらは行くのが悪いような気持ちになってしまうのです。あいつをだませば、不愉快な思いをせずにすみます。僕は、いずれあの男を追い出してやろうと思っていますよ」

「お父さんが昔から使っていた下男を、急にくびにするものじゃないよ」

「あいつはまさにそのことを頼りにしているのです」

 そう言っていますと、早くも廟の入り口につきました。譚紹聞は、太鼓や笛の音を聞きますと、言いました。

「この曲は『集賢賓』[5]ですね」

「僕には少しも分からないよ」

廟の中庭に入りますと、瘟神廟の芝居よりも賑やかでした。中庭も広く、舞台も高いものでした。男が沢山劇を見ていましたし、通路の東側の女達も、瘟神廟の中庭にいた人々と同じくらいいました。譚紹聞は、先日夏鼎と縁日に出掛け、美人の物色することをおぼえていましたので、芝居を見ながら、通路の東側に、とても綺麗な娘がいるのを見付けました。そこで、どこの親戚か尋ねようとしました。しかし、趙打路鬼に罵られたこともあったので、軽々しいことをしようとはしませんでした。尋ねるのをやめようとしましたが、心がむずむずしてきました。そこで、一計を案じ、王隆吉の手を引っ張っていいました。

「廟の外で用を足したいので、ついてきてください」

「自分でいきなよ」

「戻ってくるときに、人込みで迷子になってしまうかも知れませんから」

王隆吉は、仕方なくついていきました。人がいない所につきますと、譚紹聞は笑いながら、

「ちょっとお聞きしますが、あの通路の東側の、二番目の檜の木の下に、座っている娘は誰ですか」

「聞いてどうする積もりだい。あれは巫家の翠さんだよ」

「どうして名前まで知っているのですか」

「七八歳の時、親父が僕をつれて劇を見にきたが、あの檜の木の下に、あの人はいつも座っていた。この廟で劇が上演されるときは、昼間だろうが夜だろうが、いつも見にくるんだ。両脇に立っているのは、彼女の家の下女と乳母だよ。彼女の家はわが曲米街の新興の大金持ちで、最近はますます裕福になっているんだ。今日、親父は、あの人の家に招かれて、御馳走になっているよ」

「誰かと婚約しているのですか」

「全然知らないな。戻って二三幕見てから、家に帰ろうよ」

 実は、王春宇が、昔、巫家の縁談を持ち込み、譚孝移が承知しなかったことは、譚紹聞も母親の王氏から聞いていました。しかし、今日、たまたま巫家の娘を見たので、思わず心を動かされました。そこで、ふたたび廟に入りますと、譚紹聞は、じっと彼女を眺めましたが、彼女の容貌はまったく孔慧娘に劣らず、瘟神廟で見た姜氏よりも、みずみずしさがありました。じっと品定めをしていますと、あいにく劇は終わってしまい、中庭にいた人々ががやがやと歩き出しました。しかし、譚紹聞は廟を出ようとはせずに、いいました。

「少し待って、人が少なくなってから帰りましょう」

「もし曹相公に見られたら、僕はまだあの人に神様を祭るためのお金を送っていないから、面子が立たないよ」

譚紹聞を引っ張りますと、笑いながら

「お前も僕が用を足すのに付き添ってくれ」

二人は、人込みにおされながら、山陝廟を出て家に戻りました。

 まさに、

娘を閨房(ねや)の奥深く隠すべし、

芝居を見るは豪勢なことならず。

役者が芝居しない日に、

死にし娘は一人とてなし。

 さて、譚、王は壮繆廟[6]を出ますと、家に帰りました。昼食はすでにできており、叔母が食事をとらせました。譚紹聞は、ふたたび芝居を見ようとしましたが、王隆吉は承知せず、無駄話しをしました。

 やがて、王春宇が巫家から戻ってきたので、譚紹聞は、御機嫌伺いにきたことを告げました。王春宇は亳州のことを思いだして、言いました。

「紹聞、紹聞、お前は、この前、亳州に行ったが、わしはお前のただ一人の叔父だから、周小川の話を聞いて、肝を潰したぞ。お母さんもどんな気持ちだったろう。お前のお父さまが生きていたら、どう思っただろう。わしは商人で、世間を長いこと旅し、話せば他の人が死ぬほどびっくりするような、世間の荒波をくぐってきた。話せば他の人がとても悲しむような、辛い目にも遭った。衣食のためにかけまわり、数文の銭を稼ぎ、酸いも甘いもどれだけ噛みしめたか知れん。お前はお祖父さま、お父さまの財産を、風に吹かれず、雨にも濡れないようにしっかりと守り、書斎でじっとして、熱心に勉強をし、出世することを考えればよいのだ。お前のお父さまは、まだ埋葬されていない。わしはお前の勉強が少しでも進み、お父さまの願いをかなえ、お父さまを埋葬することを願っていたのだ。ところが、お前は、こっそりと逃げたりした。お前のお父さまの魂は安心していられないぞ」

王春宇は、話しているうちに悲しくなってきました。そして、一つは親戚の情があったため、二つには譚家が危いと感じたために、思わず目がうるんできました。譚紹聞は黙っていましたが、一言、

「叔父さんのおっしゃる通りです」

と言いました。叔母の曹氏が

「もういいでしょう。子供ですが、もう分かったでしょう」

「今日は、こんな説教をしてしまった。わしは、亳州に着いて、紹聞が帰っていったことを聞いた時、家に戻って、紹聞と会うことができればいいと思い、紹聞が途中で人身事故に巻き込まれたのではないかと心配した。義兄さんが生きていた頃は、彼のためにいつも心を砕いていた。わしは読書人ではないから、譚兄さんが考えていたことを言葉にすることはできないが、紹聞はまだ覚えているはずだ」

 話をしておりますと、王中が食事を終え、帰宅を促しました。紹聞

「母が、叔父さんを西街に呼ぼうと言っていました。叔母さんも暇でしたら、一緒にお話しを致しましょう」

王春宇

「わしはお母さんと相談したいことがある。叔母さんは忙しいから、行かないよ」

譚紹聞は、立ち上がって、去っていきました。隆吉は紹聞を送りながら、言いました。

「この前は、亳州へ行っていたとは思わなかったから、とても慌てたよ」

「もうその話はやめてください」

店を出ますと、主従は車に乗って帰っていきました。

 翌日、王春宇は朝食をとりますと、騾馬に乗り、小さな衣騅を身につけて、譚家にやってきました。双慶児が騾馬を引き取りました。堂楼の一階にいきますと、王氏の用意させたテ─ブルが一つ、部屋の真ん中に置かれていました。春宇は腰掛けました。紹聞が茶を差し出しますと、春宇

「この前は慌てていたので、くわしく尋ねませんでしたが、紹聞の嫁はいつ亡くなったのですか」

王氏

「もう三十五日以上前のことだよ」

「賢い人だったのに、惜しいことをしました」

「本当にいい娘だったよ。お前の女房が、この前、弔問にきたが、とても悲しんでいた。私はますますあの娘のことが忘れられなくなったよ。しかし仕方ない。もう死んでしまったのだから、どうにもならないよ」

「昨日、巫家に呼ばれたのです。一つは旅を労うため、二つは私に縁談を頼むためでした。昔、お話ししたあの娘の縁談です。あの時、義兄さんは孔家と婚約を交わしてあるとおっしゃっていました。しかし、巫鳳山は今でも紹聞と縁結びすることを願っており、亳州から戻った時、私にこの話しをするように頼んだのです。姉さんが態度をお決めになってください」

「それはとてもいいことだよ。主人が私の話しを聞いていれば、嫁に先立たれるようなことにはならなかったんだよ」

「『死生は命有り』ですから、義兄さんに見る目がなかったわけではないでしょう。孔家の家柄、仕付けは、立派なものでした。しかし、あの人が病死してしまった以上、これからのことを考えなければなりません。巫家は、私と同じで、商売をして財産を築いた家ですから、孔家よりは格が落ちます。私がこの縁談を持ち込んだ理由は、娘が美人だからということだけです。私は、幼い頃からずっと彼女のことを見ていますから、心配はありません。しかし、私は、縁談の無理強いをするつもりもありませんから、姉さんがご自分でお決めになってください」

「去年の正月十六日に、東街へ行ったとき、あなたの奥さんが、あの人を指差しながら私に話しをしたので、私もあの娘は見ているが、結婚には賛成だよ」

このことは、紹聞の心にも適っていましたが、叔父の前で、すぐに胸の内を明かすことも憚られたので、わざと尋ねました。

「巫家の娘さんは、どうして二十を過ぎたのに、誰とも婚約をしていないのですか」

「身分の高い家からは縁談がないし、身分の低い家からは縁談を持ち込むことができないので、遅れているのだよ。お前、少しでも嫌だったら、私に言っておくれ」

 紹聞が返事をしないでいますと、帽子をかぶった興官児が、王春宇に向かって挨拶をしにきました。

「おじさんに叩頭しなさい」

王春宇は興官児を懐に引き寄せるといいました。

「いい子だ、いい子だ。目鼻立ちが、お爺さんにそっくりだな」

小さな衣[7]をとりますと、包みを出して笑いながら、

「これは、江南からお前のためにもってきた、四つのおみやげだ。こちらはお婆さんとお前の乳母へのおみやげだ。持ってお行き。戻ってきたら、わしに拱手しておくれ」

すると、興官児は、手に二つの包みをもって、ご隠居さまに渡し、戻ってきますと、拱手をして叩頭しました、王春宇は、とても喜んで、言いました。

「お爺さんにお前をみてもらうことができなくて残念だ」

「もしお爺さんが生きていれば、この子は生まれていないよ、見てもらうも見てもらわないもないよ。お爺さんはお堅い人だったからねえ」

王春宇は、返す言葉もありませんでした。

 間もなく、料理が並べられました。食事が終わりますと、王春宇は帰ろうとし、姉に、約束したことを宜しく頼むといいました。さらに、譚紹聞に向かって、

「最近、仲人をすると、うまくいきそうでうまくいかないことがよくある。いよいよ結婚という時に、急に破談になれば、媒酌人の面子が潰れる。お前はもう大きいし、子供のときの縁談とは違うのだから、もし他に好きな人がいれば、どうか言ってくれ」

「おじさんの主張はご尤もです。しかし、母が望んでいるのですから、異存はありません」

「それなら、今晩、巫家へ行って話しをするぞ」

「先方に、絶対に翻心しないとお伝えください」

 双慶児は、騾馬を連れてきて、母と子は、裏門まで送りました、春宇は、東街に帰っていきました。

 

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1]晋代の美男子。潘岳。車で外出すると、女たちが果物を投げいれ、車が果物でいっぱいになったことで名高い。『晋書』巻五十五に伝がある。

[2]漢の人。卓文君ともいう。司馬相如との駆け落ちで名高い。

[3] 「寸絲為定、鬼神難欺」(わずかな紙に書いて決めたことでも鬼神を欺くことはできない)を省略したもの。

[4]原文「東学」。意味は分かりにくいが、主人公譚紹聞が住む祥符県には、祥符県学・開封府学の二つがある。譚紹聞は祥符県学の生員だから、「東の学校」とは開封府学を指しているものと思われる。康煕三十四年『開封府志』によれば、祥符県学は開封の西、府学は東にある。

[5]曲牌の名

[6]山陝廟のこと。旧時山陝会館(開封にある山西・陝西商人の会館。現存)は関羽をまつった。(開封関帝廟の写真を見る)関羽は山西の人で、諡号を壮繆という。(山陝会館舞台の写真を見る)。

[7]帯状になった褡褳。腰に巻く。

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