第四十三回

范尼姑が賄賂を喜んで請託を受けること

張公孫が酒宴を催して賭場を開くこと

 

 さて、譚紹聞は、程知事によって、童生の案首に選ばれてからというもの、勉強をする決心をしました。恵養民は、精神病になっており、薬を飲んでも治りませんでしたが、譚紹聞は、毎日、東の廂房に静座し、今まで通り、一日中、朗読をしていました。学校の試験の日になりますと、人を孔耘軒の家に遣わして、問題を受け取ってこさせ、答案を完成しますと、岳父に送って、批評をしてもらいました。孔耘軒は、婿が勉強の志を立てたのを見ますと、密かに感嘆して、

「譚家は、やはり真面目でしっかりした家だ。息子が一時的に道を踏み外すことがあったが、子供で心が定まらなかっただけのことだったのだ。今では改心し、文章も容易に書くことができるようになった。これからあの息子は読書人の家風を継ぎ、風紀は改まることだろう」

答案に圏点をつけ終わりますと、弟の孔纉経に向かって、一しきり褒めました。孔耘軒は、きちんとした学問をしてきた人でしたから、侯冠玉のように、でたらめをいったり、恵養民のように、やたらに圏点をつけて褒めたりはしませんでした。譚紹聞は、きちんとした指導を受けたので、侯冠玉、恵養民に教えられていたときよりも、ずっと進歩しました。それに、勉強も面白くなってきたので、以前よりもずっと勤勉になりました。

 ある日、碧草軒で勉強に励んでいますと、祥符の礼房から、程公の毎月の課題である『四書』の問題が送られてきました。「己に如かざるものを友とすること無かれ」でした。詩の問題は、「『緑は窓前に満ち草除かれず』[1]に賦得し[2]、窓の字を韻とせよ」という五言律でした。そこで、書斎を行ったり来たりして、構想を練りはじめました。そこへ、双慶児がやってきて言いました。

「ご隠居さまが、若さまとお話しをしたいとのことです」

譚紹聞は、母親が呼んでいると聞きますと、急いで家に戻りました。楼の中に入りますと、地蔵庵の范師傅が腰掛けに座っていました。范師傅は、譚紹聞が来たのを見ますと、ハハと笑いながら、合掌して王氏に向かって、

「阿弥陀仏。ご老人は、前世で良いお香を焚かれて、功徳を積まれ、金童玉女のようなお子さんを授かったのですね。若さまは、韋駄[3]が下界に下ったかのようです。程知事さまが案首にされたのも尤もですよ。もうすぐ挙人進士、状元探花になられることでしょう」

王氏は笑って、

「そんなに功徳を積んではいませんよ」

「そんなことはございませんでしょう。あなたはたくさんの功徳を積んでらっしゃいます。それに、今日は、さらに功徳を積まれるのです」

譚紹聞は、ようやく口を挟みました。

「母さん、何のお話でしょうか。僕は忙しいのですが」

范師傅は、すぐに答えました。

「若さまに御用があるのです。うちの寺では伽藍と本堂を修理することになりました。あなたがたが義兄弟の契りを結ばれたあの場所です。あの聖人の神像の顔料も禿げてしまい、廟の上の瓦もずいぶん落ち、雨が降ると水が洩ります。今度、お役人様のための歇馬涼殿[4]を改築し、お体を掃除し、色を塗らなければなりません。南門内の張進士に、募縁疏[5]の序を書いていただこうとしたのですが、張進士は、自分は目が霞んで、書くことができない、城内では若さまが字が上手だとおっしゃいました。そこで、善男善女からお金を募るため、若さまに字を書いていただきに参ったのです。先程、ご隠居さまから、五銭の銀子を頂きました。羊の毛は細かいが、集まれば絨毯になるものです[6]。若さま、私のために書いて下さいまし。そうすれば、大きな功徳でございますよ」

「お前、書きにいっておあげ。范さんがこんなに頼んでいるんだから」

「とても忙しくて、少しも暇がないのです。程先生が、礼房を遣わして、二つの課題を送ってきたから、明日、答案を出さなければならないのです」

范師傅は、ハハと大笑いして、

「ご隠居さま、御覧ください。県庁の知事さまだって、若さまにものを書かせようとしています。私が頼みにきたのも当然でございますよね。張進士が、城内では、若さまが字がお上手だといっていたのも無理はございませんよね」

王氏は、尼に向かって

「この子には暇がないようです。県がこの子にものを書かせようとしているようですから、きっと忙しいのでしょう」

「今日、暇がなければ、明日でも結構です。私も茶菓を用意致しますから、その方が宜しいです」

「あなたは、出家された方なのですから、お気遣いはご無用です。この子を、明日行かせることにしましょう」

譚紹聞は、心配事があるのに、尼に絡まれましたので、思わず言いました

「明日行きましょう」

「阿弥陀仏。明日、若さまが、書きにきて下されば、神様は、それを御覧になるでしょう。城隍神さまは、試験場を監督されますから、若さまが上位合格されることは請け合いでございます」

譚紹聞は、いい加減な返事をしますと、すぐに碧草軒へ行って作文をし、韻を調べました。方圓は、王氏にもてなされ、午後になると去ってゆきました。

 次の日の朝食の後、二人かきの轎が、碧草軒に迎えにきました。紹聞は、仕方なく轎に座り、竹の簾をさげ、地蔵庵へやってきました。轎からおり、尼寺の門に入りますと、范師傅が、彼を見て笑いながら、

「若さま、ようこそご来訪くださいました」

客殿には案内せず、東の通路を通って、楼のある中庭に着きますと、叫びました。

「慧娃、譚さまが来られたよ」

すると、慧照がにこにこ笑いながら、飾り模様のある楼門から首を出しました。彼女は下を見ましたが、言葉は発しませんでした。范法圓は、紹聞を階段の下に案内しました。二階に上がりますと、慧照は、急いでテ─ブルの上の裁縫箱を、隅に押しやり、席を勧めました。方圓は、階下から茶を取ってきますと、譚紹聞にさし出しました。

 茶が終わりますと、譚紹聞が口を開きました。

「張先生の募縁疏の序文の原稿を見せてください」

方圓

「何を急いでらっしゃいます。若さまに何もおもてなしをしないわけには参りません。それに、お手を煩わすわけですから、ちょっと街へ行って、お茶うけにお菓子を買ってまいりましょう」

「お気遣いはご無用です。原稿をもってきて、字がどのくらいあるか見せてください。行数を決めますから。もし字が多ければ、書斎に持ち帰って書き、送り届けさせることにしましょう」

「挙人、進士さまでも、一日二日では読みおえられませんよ。午前中は、この寺でお参りをされれば、心もすっきりされるでしょう」

慧照

「奥さまは、孔さまの家の娘さんで、針仕事がお上手で、刺繍も巧みだとうかがっております。後日、幾つかもってきて拝見させてください」

方圓

「若奥さまをまだ見たことがないのかい。散花天女[7]のようなお方で、譚さまとはお似合いのお方だよ」

譚紹聞は、読書をしたくてたまりませんでしたので、尼と弟子のおしゃべりには我慢ができませんでした。そこで、募縁疏の序文の原稿をもってくるように促しました。方圓は、客殿へ行き、募縁疏の序文をもってきましたが、それは小さな帳簿でした。黄色い表紙に赤い題箋がはってあり、中には「張門李氏銀一銭を施す」「王門宋氏銭五十文を施す」などと書いてあるだけで、募縁疏の序文の原稿ではありませんでした。譚紹聞

「もってくるものを間違えたのでしょう。張進士の募縁疏の序文がありませんよ」

范法圓

「若さまに、原稿を作っていただきたいのです。ご自由にお書きください。あなたは、進士さまになられるお方なのですから」

「仕方がありません。施主の姓名を書くことにしましょう。募縁疏の序文がないのはお嫌でしょうが、私の知識では書くことはできませんから」

慧照

「その帳簿はもうあります。もう一度書かれる必要はありません。私は、若さまにお手本を書いていただき、幾つか文字を勉強させていただきます」

そう言いながら、箱を開けて、二枚の真っ白な紙をとりだし、テ─ブルの上に置き、早くも墨をすり始めました。譚紹聞も、とりあえず相手の言う通りにしようと思い、手に筆を取り、書き始めました。杜少陵の『奉先寺に遊ぶ』という詩でした。二行書きおわらないうちに、范法圓は言いました。

「若さま、お書きになっていてください。私はすぐ戻って参りますから」

……─この時に起こった事柄は、わざと略したのではございません。ただ、若い学生のために、猥窃な悪しき道を踏みたくはないのです。識者は自ずとお分かりになるはずです。

 さて、昼近くなりますと、范法圓は、食べ物を買ってきました。そして、弟子に、二階で、譚紹聞の昼食のお伴をせました。二人は、手を握って別れました。紹聞は、楼をおりますと、東の通路からおもての中庭に出ました。すると、白興吾が客殿の入り口に立っているのが目に入りました。譚紹聞は、顔を赤らめて、白興吾に拱手しました。白興吾は、下男らしい様子をして、手を後ろにまわし、腰を少し曲げ、低い声で答えました。

「南街の私どもの主人が来ております」

すると、張縄祖が早くも客殿から出てきて、大笑いしながら、

「譚君、ずっと見掛けなかったな」

と言いました。譚紹聞は、客殿についていかないわけにはゆきませんでした。互いに挨拶しますと、方圓が席を勧めました。張縄祖は叫びました。

「存子、茶を注いでくれ」

方圓

「お客様のお手を煩わすことはできません」

張縄祖は笑って、

「こいつは、数年間、うちで働いていなかったが、昨日、またうちに呼び入れたんだ。こいつが礼儀を忘れて、外で偉そうにして、親友に無礼を働くことがないようにするんだ」

白興吾は、仕方なく茶をなみなみとつぎ、三つの皿を捧げもってきて、譚紹聞にさし上げました。紹聞は、いても立ってもいられない気分で、一杯受け取りました。張縄祖は、手に杯をとりますと、紹聞が親しげにしていないなと思いながら、何度かじろりと見、更に、方圓にも杯をさしだしました。方圓は、慌てて立ち上がって、

「お客様に注いでいただくわけには参りません。いたみいります」

張縄祖は笑って、

「あんたがお客さまなんだから、遠慮する必要はないぜ」

譚紹聞は、帰りたくてたまらなかったというのに、このような悪魔に出会い、無理に時候の挨拶はしたものの、針の筵に座っているような気分でした。すりますと、張縄祖は、突然、白興吾を呼び

「存子、先に帰って、女房に料理を用意するように言ってくれ。譚さんとは久し振りだから、一杯飲むことにする。早く行ってくれ」

白興吾は一声

「畏まりました」

といい、譚紹聞が断った時には、尼寺の門を出ていってしまっていました。

 范法圓

「譚さまには、募縁疏の序文を書いて頂き、張さまには、お布施を贈って頂きました。『縁あれば千里離りょと出会うもの』とは、本当でございますね。ただ、私は尼なので、ご一緒することはできませんけど」

張縄祖

「二十年前だったら、あんたも仲間になることができたんだがな」

譚紹聞

「張兄さん、実は、最近、僕は勉強をする決心をしたので、あなたの言う通りにすることは、本当にできないのです。後日、あなたの家で御馳走になる時に、謝りましょう」

「後日、俺が手紙を送ったら、君はまた断るのだろう。君は俺が賭けをさせるのが恐いから、断るんだろう。君に賭けをさせたら、俺は人でなしだよ。俺たちは読書人で旧家だ。俺が君に俺みたいな下品なことをさせるわけがないよ。もう日も傾いたから、君には泊まってもらうよ。賭けはしないから、安心してくれ。ほんの数杯飲んで、久闊を叙するまでさ。よそよそしくしてくれるなよ」

話をしていますと、早くも白興吾が戻ってきました。張縄祖は、譚紹聞の袖を引っ張って、言いました。

「さあ、行こう」

譚紹聞は、なおも拒もうとしました。

「君がついてきてくれなければ、罰として井戸から汲んだばかりの冷水三杯を、すぐに飲んでもらうぜ。俺がわざと君を殺そうとしているなどと言うのは許さんぞ[8]。俺は馬鹿じゃないぜ。あらゆる所を見ているし、八方に耳をすましているんだ。さあ、行こうぜ」

譚紹聞はあてこすられているのが分かりました。それに、白興吾もついていましたので、ついていかないわけにはゆきませんでした。

 范法圓は奥へついてゆきました。張縄祖

「范さん、ご苦労さま。後日、お布施四両を送るよ」

「阿弥陀仏」

別れを告げて去ってゆきました。

 まっすぐ歩いて、ふたたび生き馬の目を抜く張縄祖の広間につきました。証拠に詩がございます、

貴族の家が衰ふるのは何故ぞ、

老人の教へに違ふ若者のため。

琴と書を置きし棚にはサイコロの盆、

一本の古き梅には歌姫の衣を晒す。

 譚紹聞が、張家に入り、客間を過ぎ、東の、祠堂のある中庭へ行きますと、内側から人の声が聞こえました。

「あんたは、さっきあいつに負けたが、今度もきっと叉[9]だぞ」。一人が言いました。

「嘘だ」

譚紹聞は、入ろうとしませんでした。張縄祖は、彼を引っ張って言いました。

「俺たちは賭けはしないよ。奴等に勝手にやらせておけばいいさ」

 二人が中に入りますと、王紫泥が結膜炎をわずらって、目を胡桃のように腫らしていました。彼は手に汗巾をもち、目を覆い、背凭れの高い椅子の後ろに立ってサイコロ賭博を見ていました。実は彼が見ていたのは十九歳の息子の王学箕で、父親が、椅子の後ろで賭博の勝ち負けを記録していたのでした。もう一人は張縄祖のいとこの孫の張瞻前でした。もう一人は城内で有名な双裙児、もう一人は汾州府の客商の金爾音という者でした。彼は父親が家に帰るので、ここでこっそり賭けをしていたのでした。妓女はやはり紅玉でした。譚紹聞は、王紫泥、紅玉を知っているだけで、その他の人のことは知りませんでした。人々は、客が入ってきたのを見ますと、一言、

「挨拶は抜きにしましょう」

と言いました。そして、口の中で「一、一、一」、「六、六、六」と叫んでいました。

 張縄祖は、譚紹聞を祠堂の東の間に案内しました。そこには、囲禦が十二皿置いてありました。紅玉は、早くもついてきて接待をしました。王紫泥は、目を隠しながら、譚紹聞についてきました。全員が席に着きました。白興吾は、燗徳利で酒を注ぎ、箸を配りました。張縄祖

「これは、東向きに座っている、あの金相公からの頂き物で、本物の汾酒だ」

譚紹聞は賭場に向かって勧めました

「お酒をどうぞ」

すると、色盆の置かれたテ─ブルから、人々が声を揃えて、

「どうぞお飲みになってください」

誰が喋っているのかは分かりませんでした。王紫泥は、杯を手にとりますと、下に置きました。張縄祖

「王さん、強い酒は嫌いかい」

「俺の目を見てくれ。昨日の晩、皀班の頭の宋三奎が、俺に魚を御馳走してくれたんだ。俺は食えないといったんだが、あいつは食い合わせは問題ないし、目もよくなるといったんだ。あいつが熱心に勧めたものだから、俺も我慢できなくなって、少し食べたんだが、昨日の晩は、痛くて死にそうだったよ。今日は、七八割の確率で、失明するだろうよ」

「さっき、息子のために丁半を見てやっていたじゃないか」

「音を聴いていたんだよ。盆の中の黒や赤の点は見えなかったよ」

人々はどっと笑いました。

 紅玉は、慇懃に接待をし、別れていた時の気持ちを訴え、目から真珠のような涙を幾粒も流しました。更に、何曲か歌を歌いましたが、すべては譚紹聞を誘惑するためでした。譚紹聞の酒量は人並みでしたし、汾酒は原酒で、とても強いものでしたので、一時間もたたないうちに、ほろ酔いの山を越えてしまいました。昔からこう申します、  

酒は心を迷はすスープ、

酔へばすぐさま異常となりて。

世の人々を損なへり、

今しばし杜康[10]を誉むることなかれ。

 大体、人は酒に酔いますと、一生言えないようなことでも話してしまいますし、一生することができないようなことでもしてしまうものです。ですから、酒を貪り色を好むとか、酒を(くら)い賭博をするとかいうことを、人々は一組みにして言うのです。酒は、賭博や妓女よりも慎まなければならないものなのです。譚紹聞は、酒が八割方まわりますと、突然立ち上がり、

「僕も賭けをしようかな」

と言いました。

張縄祖

「酔っ払っているから、負けるかも知れないぜ」

紅玉は、賭けをしてはいけないと、慌ててたしなめました。しかし、譚紹聞は、酔っ払いながら言いました。

「そんなことは聞かないぞ」

すると、窓の外の二人のお茶汲みのボーイがこそこそと、

「負けてすっからかんになる人はみんな、『そんなことは聞かないぞ』というんだよ」

張縄祖は、それを聞きますと、罵りました。

「馬鹿野郎。外で何をほざいてやがる」

譚紹聞は、しゃべりながら、早くも賭博が行われているテーブルの所に行きました。そして、手をのばしてサイコロを掴みますと、それをなげて

「快[11]。快。快」

と言いました。人々は、譚紹聞が酔ったのを見ますと、立ち上がって銭をしまい、お開きにしようとしました。譚紹聞は、慌てて言いました、

「五人でやればいいじゃないか。僕に金がないのが嫌か。三五百両負けても、金は払うぞ」

そして、胸を叩いて

「俺たちは男だからな」

王紫泥は、目を覆いながら、急いで言いました。

「譚さん、賭博をしたいのならおやりなさい。ただ、相手を探さなければなりませんぜ。この人達の間では、三五串銭なんて、猫の糞か犬の小便みたいなもので、胸糞が悪くなるだけなんですよ。賭けをなさるんでしたら、もう夜ですから、張さんに灯りをつけてもらって、改めて開帳することにしましょう。息子にも、私の代わりに賭けをしてもらって、心ゆくまで遊ぶことにしましょう。金さん、あんたも行かないでくれ」

譚紹聞

「僕は、勉強をするといったら勉強をするし、賭けをするといったら賭けをする性格なんだ。分かっているか」

張縄祖

「もちろんさ」

 小者は茶を一杯注ぎ、紅玉は、一人一人の接待をしました。張縄祖は、假李逵に、本箱から、筒に入った点棒をとってこさせました。桐油を塗ったものでした。開いてみますと、赤紙に、十両、二十両、数銭、数分と書かれたものが、すべて揃っていました。そこには、『臨汾県正堂』と書いた紙が貼られていました。張縄祖

「これが俺の点棒さ。象牙ではないが、笑わないでくれ」

王紫泥は笑って、

「あんたの口にも象牙は生えないということだな」[12]

張縄祖

「馬鹿言うなよ。俺たちは簽一本を点棒にし、勝ち負けは、明日の朝に清算することしよう。三日以内に、負けた奴が金を送るか、勝った奴が金を受け取りに行くかしよう」

譚紹聞

「僕は現金を賭けたいな。負けたら三日で届けるし、勝ったら持っていくことにしよう」

王紫泥は笑って、

「譚さんは、この間みたいに、騅包に銀子を入れてもって帰られるんでしょう」

譚紹聞は、酔って笑いながら、

「その通りさ」

張縄祖は笑って、

「現金を賭けるのも悪くはないな。假李逵。白興吾と一緒に街へいって、どこからでもいいから、銀五十両を借りてこい。銅銭は二十串必要だ。所場代にするためにな。明日の朝、利息つきで返そう」

 假李逵、白興吾は、間もなく、言われた通りの額をもってきました。祥興号が蘇州へ品物を出荷するため、後日出発する、利息はいらないから、出発するまでに返してくれればいいということでした。張縄祖

「質はどうだ」

白興吾

「全部細絲です」

譚紹聞

「すぐに始めよう。少しでもぐずぐずしたら、僕は帰るぞ」

假李逵は、急いで蝋燭を点し、絨毯を敷きました。譚紹聞、金爾音、王学箕に場所を割り当て、張縄祖はいとこの孫と交替しました。双裙児は、骰を出し、点棒を配りました。王紫泥は、相変わらず目を覆って、骰盆の音を聞いていました。人々は、外に出て便所へ行くふりをし、譚紹聞をだます計画を立てました。やがて、わいわいがやがやと賭けが始まりました。双裙児は、ぽんぽんと骰を振りました。張瞻然は、大小の天秤を組み立て、結局すばらしい賭けが始まってしまいました。

 半更になりますと、紹聞は、十両の点棒八つ分負けました。三更を過ぎますと、二百四十両負け、十両の点棒が二十四本他人の所へいってしまいました。帳面に書くことができませんでしたので、張縄祖は言いました

「假李逵、筒に入った大きな竹札を持ってきて、百両の点棒にしてくれ」

金相公は、竹札をもってきましたが、そこに「臨汾県正堂[13]」と書かれていましたので、言いました。

「張さんのお父さまは、うちの省でお役人をされていたのですか」

「祖父さんが二回役人をしたんだ。初めての任地は蔚県だったよ」

双裙児が、譚紹聞の負けた点棒を数えますと、全部で二十四本でした。

「この二十本を二本の大きな竹札にかえましょう」

譚紹聞が竹札を受けとって見てみますと、朱筆で大きく「行」の字が書かれていました。譚紹聞は、この時、酔いが七八割さめていましたので、言いました。

「僕はもう駄目だ。何が『(シン)[14]だ」

焦って、紅玉はどうしたのかと尋ねましたが、彼女はとっくに奥にいってしまっていました。王紫泥は目が痛いといって、ベッドで横になってしまっていました。張縄祖

「君がどうしようもないというなら、お開きにするか」

しかし、譚紹聞は、借金を帳消しにしたいと思っていましたので、やめようとしませんでした。そして、朝になる頃には、全部で四本の大きな竹札、九本の小さな竹札、一両の点棒が三本、全部で四百九十三両をすってしまいました。

 窓格子に日の光がさしました。この時、譚紹聞は酔いもすっかりさめ、胸がどきどきしておさまりませんでした。

「もう夜も明けたから、家の者に知られてしまう。僕はすぐ帰るよ」

假李逵

「譚さん、四百九十三両の銀子は、私が取りにゆきましょうか。それとも譚さんが送ってこられますか」

譚紹聞は、心の中に考えが浮かびましたので、いいました。

「七両を貸してくれ。合わせて五百両借りることにしよう。三日で送ると言ったから、五日目に送るということはないよ」

張縄祖は、譚紹聞にごまかされることを恐れていましたので、言いました。

「假李逵、七両を秤にかけて、お前から譚さんに渡してくれ。おまえが全額を払ってくれ。俺は所場代だけもらうことにするよ」

假李逵は七両を渡すと、紙を一枚持ってきていいました。

「譚さん、借用書を書いてください。あとで証文にいたしますから」

「僕は男だ。嘘はつかない。ごまかしはしないよ」

假李逵

「私どもはしがない人間ですから、譚さまが、明日、逃げてしまわれたら、争うわけにもゆきませんのでね」

王紫泥は、ベッドの上で寝返りをうちますと、

「賈さん、あんたも用心のしすぎだよ。譚さんはそんな人じゃないよ。まあ仕方ないか。譚さん、あなたは、いずれにしたって、こいつに金を払うわけですから、一枚借用書を書かれてはどうです」

そして、王紫泥は、借用書の内容を読み上げました。譚紹聞は、その通りに書くしかありませんでした。

「譚紹聞は、賈李逵の紋銀五百両を借りる。保証人白興吾」という借用書を書きますと、假李逵は、さらに花押を書かせました。書き終わりますと、譚紹聞は、人々に向かって別れを告げ、よろよろと帰りました。張縄祖は、彼を表門まで送って戻りました。証拠に詩がございます、

哀れや若き一書生、

悪しき場所にてご乱行。

楽しきときは狒狒のごとともに笑ひて[15]

酔ふときは猩猩のごと羽目をはずせり[16]

 

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1]朱子「四時読書楽」詩。

[2]古人の成句を詩題にすること。

[3]仏教の天神。

[4]乗馬を休息させるためのあずまや。

[5]仏教、道教で喜捨を募るときの文書、対偶文を用いる。

[6]「塵も積もれば山となる」の意。

[7] 『維摩経』観衆生品にでてくる天女の名。

[8]情交をした直後の男子が井戸から汲んだばかりの冷や水を飲むと死ぬという迷信があったという(原注)。

[9]銅銭賭博で投げた銅銭が表になること。

[10]周の人で、初めて酒を造ったという。転じて酒のこと。

[11]銅銭賭博で投げた銅銭が裏になること。ここで譚紹聞がサイコロを投げて「快」といっているのはおかしい。

[12]原文「低嘴裏也掏不出象牙来」。「狗嘴裏掏不出象牙来」(犬の口には象牙ははえぬ。つまらない人間はいいことを言わない)という諺と引っ掛け、張縄祖を犬に譬えて罵ったもの。

[13]正印官。印鑑管理係。

[14] 「行」は中国語で「よろしい」という意味。

[15]狒狒が笑うという話は、ケ徳明『南康記』に見える。「山都形如崑崙人、通身生毛、見人輒閉目、開口如笑」。山都は狒狒の異名。

[16]原文「酕醄那得假猩猩」。「假猩猩」は「假惺惺」(おとなしい振りをする)とかけてある。句全体の意味は「酔ってしまえばどうしておとなしい振りをしていられよう」ということ。なお、猩猩が酒を好み、捕らえるとき酒でおびき寄せるという話は『蜀志』に見える。『太平御覧』巻九百八引『蜀志』「封渓県有獣、曰猩猩……人知以酒取之」。

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