第三十三回
譚紹聞が妄りに悪者と交わること
張縄祖が計略をもちいて賭場に誘うこと
さて、譚紹聞は、王中を追い出しますと、自分で街へ二十両の銀子を借りにゆきました。自分の店子の店に行こうと思いましたが、借金がかさんでいましたので、話しをするわけにもゆきませんでした。そこで、馴染みのない店を尋ねようとしましたが、突然金を貸してくれと言うわけにもゆきませんでした。しばらく街を歩きましたが、どうしようもなく、家に戻ることにしました。どこの店でも、拱手をして茶を出してきましたが、みな、
「今は忙しいので、後日お話しを承りましょう」
と答えるのでした。酒館の前を通りかかりますと、酒売りの白興吾がほろ酔い加減で勧めました。
「譚さま、一杯お茶を飲んでゆかれて下さい」
紹聞は急いで拱手しますと、
「日を改めて御馳走になるよ」
「では、日を改めてお待ちしております。本当に御馳走致しますからね」
紹聞は振り向きますと、
「分かったよ」
と言い、すぐにその場から離れました。
家に戻りますと、王中が出ていった後でしたので、幾分不安ではあったものの、目の上の瘤が取れたことが嬉しくもあり、気持ちも晴れ晴れしました。王氏が尋ねました
「銀子は借りられたかい」
「いいえ」
「必ずしも夏逢若に二十両やる必要はあるまい。ちょっと融通してやるだけでいいじゃないか」
「お母さまの仰ることもご尤もですが、あの人が承知するかどうか」
憂欝な気分で、東の楼へ戻りますと、眠りました。慧娘にはすでに病気の兆しが現れていました。その晩は何事もありませんでした。
次の朝になりますと、徳喜児が言いました。
「夏さまの家から使いが来て、裏門の所で、お尋ねしたいことがあると言っております」
「今晩送ると言ってくれ。そうすれば帰ってゆくだろう」
徳喜児がその通りにしますと、その男は行ってしまいました。
紹聞は朝食をとりましたが、心は憂欝でした。そして、ふたたび街へ出てゆきました。白興吾の酒屋の入り口を通りかかりますと、白興吾が紹聞を引き止めて、
「店にお入り下さい」
と言いました。
「実は急の用事があって、ゆっくりしていられないのだ」
「譚さま、約束が違いますぜ。日を改めて食事をしにくると仰っていたのに、どうしてまた駄目だと仰るのです」
白興吾はあばた面で、髭をはやし、腹が大きく、長身で、力が強かったので、引っ張られますと、紹聞は逃げることができず、断っているのに、白興吾によって店の中に引き込まれてしまいました。白興吾は一声、
「裏の小部屋のテ─ブルを拭いてくれ。譚さまに酒を差し上げるから」
ボーイが飛ぶように走ってゆきました。二つの廂房では、一二人が酒を飲んでいましたが、あまりうるさくはありませんでした。楼の裏の小部屋に入りますと、白興吾
「お座りください、どうぞどうぞ」
そして、肉を三斤炒めるように命じ、幾つかの大皿を用意させました。紹聞
「本当にいいんだよ」
「汚い店で、お出しするものもなく、お恥ずかしいことです」
間もなく、大きな碗に入ったあつあつの炒め肉、四つの大皿に入った、麩、豆腐干の類が出てきました。さらに、二壺の酒も出てきました。白興吾は一杯注ぎますと、言いました。
「若さまと一杯飲みながらお話をしたいと、かねがね思っておりましたが、傲慢な方で、貧乏人を相手にしてくださらないのではないかと心配してもおりました。最近、若さまが傲慢な方でないことが分かりましたので、お近付きしようと思ったのです」
紹聞は杯を受けますと、
「何を言っているんだ」
三杯も飲まない内に、紹聞は用事があるので、別れを告げようとしました。すると一人の男が「白兄さん、西街の粉屋がどうしてもあんたの驢馬が欲しいと言っていますぜ」というのが聞こえました。白興吾は、その男を見ようともせずに答えました。
「十二両を出さなきゃだめだぞ」
言い終わらないうちに、その男が入ってきました。腰に短い柄のついた革の鞭を差した、家畜の仲買人でした。彼は酒の肴を見ますと、言いました。
「結構ですねえ」
白興吾
「お前、座れよ。知らないか。こちらは西街の譚さまだ」
仲買人は言いました。
「知ってますよ。しかし、譚さまは私たちをご存じありませんよ」
白興吾は紹聞に向かって、
「これは私の義弟の馮三朋です」
紹聞
「どうぞお座り下さい」
馮三朋は、立ったまま笑いながら、
「いや、私は杯は見ないことにしているのです。酒は頂きません。商売の邪魔になりますから─城外に、義兄から耕作用の牛を買いたいという人がいるのです」
白興吾
「座ってお客様のお相手をしてくれ。あの牛はいつだっているさ。譚さまはお金持ちだが、とても気さくで、温厚な方だ。お前は騒がないでくれ」
馮三朋はハハと笑いながら腰を掛け、スープの入ったお碗を貰いますと、喉を潤しました。ボーイが急須に入れた熱い酒を持ってきますと、馮三朋はまずスープ用の二つのお椀に酒を注ぎ、ゆっくりと食事を始めました。
紹聞は酒がいつまでも終わりませんでしたので、立ち上がって別れを告げました。
「本当に用事があるんだ。失礼するよ」
「何のご用事でしょうか。仰って下さい。私にできることでしたら、若さまのためにしてさしあげましょう。もし駄目なら、どうぞお帰りになって下さい」
馮三朋
「義兄さん、譚さまは私たちを嫌ってらっしゃるんじゃありませんか」
紹聞
「そんなことはない。二十両の金が急に必要になったんだ。晩までに必要なんだ。すぐには用立てられないから、借りにいこうとしているんだ」
白興吾は笑いながら、
「嘘でしょう。二百両払えと言われても、お宅にとってはどうということはないでしょう。二十両など、我々が二銭を払うようなもので、口になさるほどの額でもないでしょう。若さま、でたらめを仰って」
「本当に、今、金がなくて、すぐには用立てられないのだよ」
馮三朋
「『一文の銭が豪傑を殺す』とも言いますがねえ」
白興吾
「本当に二十両だけが必要だと仰るのなら、私が若さまのために用立てて差し上げましょう」
そして、腰から鍵の束を取り出し、箪笥を開け、引き出しから、包みを取り出し、店で麦を買って粉を挽くための銀子二十両だと言いました。さらに一包み取り出し、屠殺屋の丁端宇が預けている、豚を飼うための銀子二十両だと言いました。
「若さま、模様のいいのを選んでお役立て下さい。いつ返してくださっても構いません」
「二十両だけで十分だ。すぐに返そう」
「水臭いことを仰いますね。はやく返されるのなら、借りられない方が宜しいですよ。私たちが金が目当てで付き合いをしようとしているとでも思ってらっしゃるのですか」
馮三朋
「義兄さん、とりあえずお金はおしまいなさい。行く時に、若さまに測りとっていって頂きましょう」
白興吾は笑いながら、
「ふん。わしはテ─ブルの上に何年金を放っておいても何とも思わないが、お前さんが金を見て悪い心を起こすのは恐ろしいわい」
一同は笑い、さらに酒を飲み始めました。紹聞は銀子が手に入りましたし、白興吾の厚意に背くわけにもゆきませんでしたので、じっと腰を掛けていることにしました。
酒を幾らも飲まないうちに、豚を引っ掛ける鈎をもった二人の男が、入り口から入ってきて、言いました。
「あんたの家の豚小屋にいる豚を見たいんだが」
「お座りください。豚は丁端宇さんが予約しました。テ─ブルの上にあるのが丁さんの様銀[1]です」
二人の男は、後ろを向きますと去ってゆきました。そして言いました。
「いつも豚は俺たちが買っているのに、丁なんて奴が出てくるとはな」
すると、白興吾は笑いながら彼らを引き止め
「座って話しをしましょう」
二人は戻ってきて、鈎を入り口に立てかけ、搭連をテ─ブルの上に置きますと、言いました。
「お客様がいらっしゃるから、血を流す商売の話はできんよ」
白興吾
「譚さまはとても気さくな方です。みんなが揃ったのだから、一杯飲んで、世間話をして、お教えを承ることにしましょう。しかし、大皿には手がつけられていますから、あなたたちに出すわけにもゆきません。もう一席粗菜を準備することにしましょう」
屠殺屋は言いました。
「相棒、棚から五斤の肉を取ってきてくれ。帳簿につけておくんだぞ」
馮三朋
「魏さんは屠殺屋を開いていて、口を開けば豚肉というが、譚さまにお出しするようなものではないよ。一緒に街へいって、他の物を幾つか買ってきてはどうだい」
白興吾
「馮さんは店で二年間商売をしているだけあって、話すことの筋が通っていますね」
馮三朋
「筋が通っていようがいまいが、戻ってきてもあんたの酒は飲まないよ。あんたは紹興酒の店へ一甕買いにいって、尊酒、汾酒*[2]をまぜて飲むことにしろよ」
屠殺屋の魏胡子も言いました。
「それはいいや」
紹聞は何度も引き止めましたが、止めることはできませんでした。
二人は、出掛けて一時もたたないうちに、半分酔っ払った人を連れてきました─捕り手の、張金山という者でした。この張金山は役所に住んでいる男で、譚紹聞にだらしのない拱手をしますと、言いました。
「譚さまのお名前は久しく伺っておりました。二人から、若さまがこちらにお出ましだと聞かされ、何も差し上げるものがございませんでしたので、五斤の牛肉を切ってまいりました。─回教徒から買った清潔な肉です、ささやかではありますが、お贈り致します」
「申しわけありません。ご名字は」
白興吾
「張といいます、渾名は『雲裏雕』です。腕利きの捕り手で、荊知事が最近彼を頭役[3]に任命しました」
馮三朋
「今日はお客さまをお持て成ししているのだから、売り物を出すのは許さん。張さんと売り物だけじゃだめだ」
「張さんは牛は殺せないから、売り物ではないぞ」
「あなたは別のものを出して下さい」
「そうだな。あんたたちは何を持ってきたんだ。俺の紹興酒はもうきたぞ」
屠殺屋の魏二が籠に入った物を並べました。焼いた鶏、塩漬けの鴨、燻した鳩、ハムの類でした。さらに二斤ほどの鯉が二匹、新鮮な羊肉が五斤ありました。白興吾は、これらをすぐに台所にもってゆかせ、調理させました。
間もなく、テ─ブルが拭かれ、料理が並べられました。山盛りの料理十皿ばかりがテ─ブルに並べられました。譚紹聞は首座に、張捕頭は次座に、屠殺屋の魏胡子は左側に、仲買屋の馮三朋は右側に、魏二屠は馮三朋の下座に、酒屋の白興吾は主の席に着きました。さて、うまいものが並べられた時の様子はといえば、
大きな切身が、暖かい湯気をたててやってくる。がつがつした口と舌とは、猛々しく海と山とを崩さんばかり。顎に包み、口に収め、一度入ったら出てこない。歯は噛み、牙は砕き、柔らかい物ばかりで、固い物はない。箸は心無きものなれど、隴を得て蜀を望む[4]。匙もまたずるがしこく、近くの魏を捨てて遠くの斉と交わる[5]。碗と盆とがぶつかって、テ─ブルの上で金を叩き玉を叩く音を奏でる[6]。スープはこぼれ、テーブルの上に秦漢の篆字を書く[7]。羊の脾臓と牛の胆で、腹は一杯。にわとりの骨と魚の骨が、喉に刺さるも何のその。あっという間に盆は空しく並び、震上震の卦の如し[8]。瞬く間に空のお碗が鱗のように並び、魯鼓と薛鼓の模様を描く[9]。
食事が終わりますと、猜枚、酒令が始まり、酒もりが始まりました。
いずれにしても、これらの屠殺屋には、悪気はなく、大いに飲みかつ食らって交遊を深めようとしたに過ぎませんでした。紹聞は初め、嫌な気持ちでいましたが、酒が回ってきますと、熱心に卑しい者たちと遊び始め、酒が入った後は、親しげに話をしました。ある者は
「お父さまがご在世の頃は、私たちは親しくして頂きました」
と言い、またある者は
「お父さまがご在世の頃は、貧富貴賤に関係なく、目をかけて下さいました。若さまもそうした立派な徳をもってらっしゃいます。これから何かあったら、私どもは一生懸命お役に立ちたく存じます」
と言いました。酒が話を盛り上げ、話は酒興を助けました。夕方近くになりますと、捕り手は泥酔して、はばかりに行くと称して、街へ行き、二人の歌をうたう子供を連れてきて、歌わせ、酒を勧めました。日が西に沈む頃には、みんな酔っ払いました。人々は、下らないことを言って喧嘩し、組み討ちを始めようとしました。そこへ、家から迎えが来たので、譚紹聞は支えられながら帰りました。銀子を借りたことは、譚紹聞ばかりでなく、白興吾も東の大海の彼方に忘れてしまいました。
紹聞は家に着きましたが、誰が誰だかも分かりませんでした。ぐてんぐてんに酔っ払って、助けられながら東の楼に入りますと、部屋中に吐きました。たまらない臭気でした。孔慧娘は文句を言いませんでしたが、病気なので、掃除をすることができませんでした。そこで、冰梅が灰や土を被せて綺麗に掃除をし、急須に茶を沸かして、紹聞の面倒をみました。慧娘は病気がぶり返して、突然目まいを起こしました。冰梅は興官児をお婆さんの所へ行かせて眠らせますと、自分は東の楼で眠り、酔っ払いと病人の世話をすることにしました。
次の日の夜明けになりますと、夏逢若が使者をよこして、銀子を催促しましたが、紹聞はまだ夢の中でした。巳の刻になって、ようやく目を覚ましますと、徳喜児が窓の外で言いました。
「昨日、夏さまの家からきた男が、また話しがしたいと言っています。昨晩は、遅くまで待ったのに知らせがなかった、今日は本当に焦っている、すぐに銀子をもらいたいと言っています」
紹聞は、昨日、白興吾から銀を借りたが、泥酔していたので、忘れてしまったことを思いだしました。
紹聞は、仕方なく服をはおると立ち上がりました。そして、夏家の使者が裏門の所にいることを聞きだしますと、表門を通って、白興吾の酒屋に行きました。酒屋に入りますと、うつむきながら、まっすぐ楼の裏の小部屋に行きました。ボーイ
「主人をお探しですか」
「そうだ」
「主人は店では寝ずに、毎晩家に戻ります。昨晩は遅く帰りました」
「あの人の家はどこだい」
「眼光廟街にあります。道の南に豆腐干の店、店の東には小さな瓦葺きの楼があり、中には葡萄棚があります」
「すまないが、一緒に行ってくれないか」
「酒屋には誰もいないのです。酒を漉して、粥を煮て、お客の相手をしなければなりませんので、一緒には参れません。若さま、申し訳ありません」
紹聞は酒屋から出ますと、行こうとしましたが、一回会っただけの間柄で、手厚いもてなしを受けた上に、銀子を借りるのは、まったく申し訳ない気がしました。しかし、行かなければ、帰った時、裏門で待っている夏家の使者に、申し開きが立ちませんので、面目ない思いをしながら金を借り、体裁を保つことにするしかありませんでした。そこで、道を尋ね、眼光廟街にやってきました。果たして、石灰で文字を書いた看板があり、「竓京黄九皋五香腐干」と書かれていました。東側に瓦葺きの門楼があり、門の中には葡萄棚がありました。紹聞は門口に立ちましたが、誰も出てきませんでしたので、一声
「白兄さん」
と叫びました。しかし、返事はありませんでした。中に入りますと、さらに二声叫びました。すると、女が出てきて、言いました。
「どこから来たんだい。主人は家にはいないよ。手紙をおいていってくれれば、戻ったときに伝えておくよ」
「昨晩は戻られなかったのですか」
「戻ったけど、今日の朝、出ていったよ。酒屋に行ったんだろう。あんたは名字は何ていうんだい。用件があれば、あれに伝えてやるよ」
紹聞は後退りしますと、言いました。
「奥さん、白兄さんに仰ってください。蕭牆街と言えば、すぐに分かります」
門台[10]から下りますと、一人の男が馬から下りてきて、言いました
「譚君、どうしてこんなところで人を探しているんだ。兄さんというのは誰のことだい」
譚紹聞は茫然として返事をすることができませんでした。
「あれはうちの家生子で、白存子というんだ。あれには下女をめあわせてやった。あれは毎日悪さをしては露見して追い払われているんだ。君はどうしてあいつを兄さんと呼ぶんだい。まあいいや。あいつの家へ行って、話しをすることにしよう」
そして、譚紹聞を引っ張って中に入ろうとしました。二人が中に入りますと、男は言いました。
「白旺はいないのか」
奥から返事がありました。
「おりません」
「春桃か。お客さまに茶をお出ししてくれ」
すると、一人の女が急須をさげてやってきました。紹聞が見ますと、さっき出てきた女でした。
「元気にしていたか」
女は黙って、急須を置きますと去ってゆきました。男は紹聞に向かって、
「綺麗なんだが、足が大きくてね」
女は振り向くと笑いながら、
「それを言わないで下さいよ」
と言いますと、まっすぐ行ってしまいました。紹聞は白興吾が下僕だったということを初めて知りました。そして、昨日酒を酌み交わしたこと、今日兄さん、姉さんと呼んだことを思いだすと、顔が真っ赤になりました。男が茶を注ぎますと、紹聞は酔いが醒め、口がからからになっていましたので、四五杯飲みました。男
「今日は祖父の門下生の所へ返礼に行ったんだ。しかし、宿屋に行ったら、その人は出発してしまっていた。うちに来て一日遊ばないか」
「僕も用事があって、行かれないのです」
「朝早くから俺の召し使いを訪ねたのに、召し使いの主人に会ったら、嫌な顔をするとはね。君が俺についてこないのなら、明日、城内の人に、君が召し使いの白存子の弟だということを言いふらすぜ」
紹聞はふたたび顔を赤らめ、うなだれて、男に従うことにしました。まさに、
昔より良民と賎民に雲泥の違ひあり、
鶴の雛は鴨の巣に入ることぞなき。
しかれども我が身が窮地に陥れば、
身は汚れ卑しき者と分かれて住まふことを得ず。
さて、譚紹聞を引っ張って連れていったのは誰でしょうか。それは張縄祖でした。彼はどうして朝に挨拶に行ったのでしょうか。実は、彼の祖父が蔚県[11]で知県をしていた時に、試験で案首にした子供が、進士に合格したのでした。そして、このたび、湖広の孝化県[12]に赴任するため、祥符を通り掛かり、帖子を送って挨拶をしにきて、先生の位牌の前で叩頭したのでした。その人は、新任の役人でしたので、贈るべき物もありませんでしたが、四種類の土産を贈ってきました。張縄祖は、朝、返礼をしにゆき、帖子を送って食事に招こうとしました。しかし、その人は着任日が迫っていましたので、とどまろうとはせず、夜明けに去ってしまっていたのでした。縄祖は旅館に行きましたが、会うことはできずに、戻ってきました。そして、白興吾の門楼から出てきた紹聞に、出くわしたのでした。
張縄祖は、かねてから四つ手網を仕掛けて魚を待ち構えていましたので[13]、紹聞を家に招きました。紹聞は、夏逢若の家から銀子の催促をしにきている人のことが気掛かりでしたので、行きたくありませんでしたが、「白兄さん」と叫んだばかりに、張縄祖に弱味をつかまれ、一緒に行かざるを得ませんでした。下男に馬を引かれながら、二人肩を並べて張縄祖の家に着きました。庭は綺麗に掃除されており、テーブルや椅子はきちんと並べられていました。假李逵も遠い任地に赴く客人に伺候するため、下男の服装をしていました。二人は、広間に入りますと、腰を掛けました。縄祖が尋ねました。
「今日は博徒は一人も来ていないのか」
假李逵
「先ほど火巷里の王さんが博徒を連れてきましたが、若くて、二十二三歳で、絹の服を着ていました。中に入りますと、『客が来るようだ、行こう』と言いました。私は座らせようとしたのですが、振り返りもせずに行ってしまいました。劉さんの家へ賭けをしに行こうと言っていました」
「祝知事は夜明けに、南門を出ていってしまわれたのだ。昼にも呼ぶことはできないだろう。奥へ行ってこう言ってくれ。昼に客に出すはずだった物の中から、でき立ての物を半分選んで朝食を作り、俺が譚さんと食べることにする、昼には、もう半分を料理して昼飯を作ってくれとな」
假李逵は奥に伝えにゆきました。
譚紹聞
「本当に急用があるのです。御馳走になるわけにはゆきません」
張縄祖
「急用とは何だい。話してくれ」
「実は、白興吾が昨日銀二十両を貸すと約束したので、今日探していたのです。あなたの家のゆかりの人とは知りませんでした」
「そんなことはどうでもいいが、銀二十両をどうしようというんだい。君が二十両がないために困っているということはあるまい。信じられないぞ」
「急の物入りがあったのですが、店子の店に金を貸してくれとは言えないのです」
「急に金が必要になったのなら、金を貸してくれる人を他に探すべきだったね。それができないなら、うちにきて相談すれば、何も困ることはなかったのに。服を質入れして、幾畝かの土地を抵当に入れて、小さな屋敷を一つ売っても良かったじゃないか─祖先が子孫に物を残すのは、子孫が災難を受けないようにするためなんだからな。土地の主人は千年間で百回かわるものだ。割り切ることも必要だぜ。どうしてぺこぺこ頭を下げて、あんな下男の口から涎を貰うようなことをするんだい。君は彼らに借金の証文を書いて、金を借りる積もりかい。金を借りるのなら、友達同士の俺たちから借りた方が、世間から落魄れたと思われることもないよ。まったく、君は若くて、しっかりとした考えを持っていないのだなあ」
それを聞くと紹聞は白興吾から金を借りるのはやめようと決心しました。しかし、当面の焦眉の急を救うことができなくなりますので、こう言いました。
「仰る通りです。しかし、さしあたって、二十両をどうやって用立てたものでしょうか」
「簡単さ。僕が君のために銀子を借りてやろう」
そして、假李逵に向かって、
「李魁、譚さんのために銀子を用意してくれ」
実は假李逵は姓を李といい、李魁と呼ばれていましたが、賭事に負けて丸裸になり、賈という名字の人の養子になったので、人々から賈李逵、渾名を假李逵と呼びならわされていたのでした。
李魁「お易いご用です。ここにおじが胡麻を買うための金があります。相場にしたがい、三割の利息をつけましょう。百両ありますから、ご自由にお使い下さい。さしあたっては綺麗なもの[14]が必要ですからね」
縄祖は笑いながら、
「どうだい。『白兄さん』を探す必要もなくなったろう。この『李兄さん』が準備してくれたぜ」
紹聞は顔中真っ赤にして、言葉もありませんでした。
間もなく食事が出てきました。食べ終わりますと、李魁が百両を取り出してテーブルの上に置きました。紹聞が二十両だけ取ろうとしますと、李魁
「全部持っていってください。二十両だけ必要と仰るのなら、差し上げません。細々した額ですと、返して頂く時に面倒ですから」
張縄祖
「全部使ったって構わないぜ」
紹聞は連日銀子がないために困っていましたので、すぐに言われた通りにしました。そして、百両をくずして二十両の包みを別に作りますと、すぐに帰ろうとしました。すると、縄祖はハハと大笑いして、
「銀子が手に入ったらすぐに出てゆくのか。そんなに急いで使ってしまうなんて。誰に上げる積もりなんだい」
紹聞は夏逢若が裁判でひどい目にあった話をしました。縄祖
「君が送る必要はない。李魁に送らせよう。夏逢若も家に呼んで、昼に尻をぶたれたのを慰めてやることにしよう」
縄祖は二十両を手に取りますと、李魁に渡して、
「譚さんのために送って差し上げろ。向こうに着いたら、ついでに夏さんを今日の昼食に誘ってくれ」
李魁は、銀子を受け取ると─途中でそれを開き、二粒失敬しました。二両以上ありました。そして、ふたたび包みますと、夏鼎の家に届けました。入り口につきますと、一声「夏さま」と叫びました。すると、夏逢若が一本の棒にすがりながら出てきて、うなりました。
「何の用だ」
「銀を届けに参りました」
「どこのだ」
「蕭牆街の─」
言い終わらないうちに、逢若
「中庭へ来てくれ」
李魁は中庭に入り。小さな凳子に腰掛けました。逢若
「どういうことだ」
「譚さまはあなたに金を払おうとして、とても慌てていました。そして、今朝、私たちの家で私たちの主人に頼んで、一割を天引きして銀子二十両を借り、私に届けさせたのです。主人は今日遊びに来ないかと誘っていますが」
「俺はこんな有様だから、外出できないよ。二日過ぎれば、動き回っても目立たなくなるから、行くこともできるだろうが」
李魁は、戻ってきますと言いました。
「銀子は渡しましたが、夏さんは来られないそうです」
張縄祖
「俺は今日は客を呼ぶことができなかったし、あんたも銀子を兎絲児に送ってしまった。誰もやってこないのなら、火巷へ王紫泥をたずねてゆくしかないな。あいつが新しい客を案内して劉の家に行ったかどうか見にいこう」
紹聞
「僕は賭け事はできませんから、行きませんよ」
「君はまだ白旺に会う積もりでいるのか」
紹聞は、縄祖が言いおわらないうちに、言いました。
「あなたと一緒に行けばいいのでしょう」
「君の八十両は奥に運ぶよ。さあ、行こう」
張縄祖は、銀子を運んで戻ってきますと、紹聞とともに火巷に行き、王紫泥を訪ねました。門口に着きますと、通りに面した三間の小さな楼と大きな門がありました。入ってゆくと三間の広間がありました。格子は閉まっており、中庭の盆栽、金魚鉢は、なかなか幽雅なものでした。誰もいないと思ったら、広間の中で誰かが、「いい嘴だ」と言うのが聞こえました。張縄祖は門を叩いて言いました。
「真っ昼間から、戸を閉めて何をしているんだ」
中で王紫泥が、
「西の通路を通って衝立の後ろから入ってきてくれ。鶉が人影に怯えて飛んでしまうからな」
と言いました。二人は広間の中で鶉合わせが行われていることを知りました。
西の通路を通り、広間の裏口から中に入りました。すると、四五人が明るい窓辺でテ─ブルを囲みながら鶉合わせを見ていました。テーブルの上には細毛の赤い毛氈が敷かれ、漆塗りの大きな輪の中で、二羽の鶉が激しく闘っていました。縄祖が見てみますと、中に瑞雲班の団員が二人いました。一人は髪梳きの孫四妞児でした。もう一人の少年は、全身に流行りの緞子の服を来ていましたが、誰なのかは分かりませんでした。鶉は闘いの真っ最中でしたので、主客で時候の挨拶をするわけにもゆきませんでした。しばらく闘わせますと、孫四妞児
「引き分けにしましょう」
団員
「九宅さん、引き分けにしましょう」
少年
「死ぬまで闘わせるんだ」
鶉たちはさらに二回つつきあいましたが、一羽がだんだんと抵抗できなくなり、はばたいて輪の外に飛びだしました。団員は急いで自分の鶉を手にとりました。すると、少年は顔を真っ赤にして、飛び出てきた鶉を掴みとりますと、地面に叩き付けました。脳漿がほとばしり出て、鶉は羽毛の団子になってしまいました。少年は空の袋を手にとりますと、ドアを開けて出てゆきました。王紫泥は走っていって引き止めますと、言いました。
「ゆっくりお茶を飲んでゆかれて下さい」
少年は振り返りもせず、腕を降り払いますと、黙って行ってしまいました。『荷葉杯』という詞が、鶉合わせで負けたときの屈辱を述べております。
手から離れて輪の中で向かいあう。意気は盛んに、あっという間に闘いを開始する。両雄はぐずぐずとすることはない。さあいけ。さあいけ。
急に退く。羽は落ち、強敵の前で休もうとする。頭を垂れてふたたび立ち向かおうともしない。これ以上の恥はない。これ以上の恥はない。
さて、少年が去ってしまいますと、王紫泥が戻ってきて言いました。
「お構いもしないで、本当に失礼しました」
そして、主客の挨拶が行われ、椅子が整えられ、茶が出されました。縄祖
「君はこの人を知っているのか」
王紫泥
「知らないはずないだろう。譚孝廉先生の坊っちゃんじゃないか。去年林騰雲の宴席でお会いしたことがあるよ」
「さっきの少年は誰だい」
「西の城外の管仲甫の倅だよ。九男坊で、渾名が『管不住』[15]と言うんだ。鶉を持って城内へ賭博をしにきた時、彼ら三人と会い、俺のうちへ来て、輪の中で、鶉たちを闘わせたらしいんだ。ところがあいにく負けてしまって、怒って行ってしまった」
孫四罎児が言いました。
「街で商売をしていたら、管九宅さんが私に『強い鶉をもっているのは誰だ』と聞かれたので、瑞雲班の二人が持っているのが、城内で有名な強い鶉だと言ったのです。すると、九宅さんは私に二人を呼びにゆかせました。そして、私が二人を呼んできますと、王六爺の家で闘わせたのです。終わったら賭けをする積もりだったようです。ところが、あの人の鶉が負けてしまったので、激怒して行ってしまいました。申し訳ないことをしてしまいました」
団員も言いました。
「初めからあの人の鶉は負けると思っていたよ。だが、あの人がどうしても闘わせようとしたんだ。あの鶉の足が萎えてしまっていたのを見たろう。ところが、あの人はどうしても勝負をつけようとして、かえって恥をかいてしまった」
孫四罎
「あの人は自分の鶉が銀六両で買ったものだということを鼻にかけていたのです」
団員は笑いながら、
「値段ではなく、能力があることが大事なんだ。あの鶉は脚がちょっと短かった[16]から、優れたところはなかったよ」
紹聞
「鶉遊びも、面白そうだね。君の鶉をちょっと見せてくれないか」
団員は進み出ますと、鶉を手渡しました。紹聞が手を伸ばして受け取りますと、団員たちが声を揃えて、
「そんな持ち方をされてはいけません」
紹聞は手を引っ込めて言いました。
「慣れていないものだから」
「若さまが気に入られたのでしたら、袋ごと差し上げますよ。これは七八両のものです。五六回対戦しましたが、適うものはいませんでした。私は二番目に強いのを取ってきて、若さまにお届けしましょう。訓練すれば、これを持てるようになりますよ」
張縄祖
「差し上げると言っていたが、やはり惜しくなったな」
「張さんは私たちを見下してらっしゃいますね。ただの鳥ですから、どうということはありません。ただ、この方が鶉の扱いに慣れておらず、鶉を手にとった時に怪我をさせてしまうのが惜しいので、家に帰ってもう一羽をとって来て、二羽一緒に差し上げようとしているのです。この方が私たちに少しでも目を掛けて下されば十分なのです」
そう言いながら、二人の団員と一人の髪梳きは去ってゆきました。
縄祖
「ところで、あんたは今日の朝、若い博徒を僕の家に呼んだが、あれが管九宅かい」
王紫泥
「違うよ。あれは東の県の博徒で、鮑という人だ。二百数両の銀子を持って城内に賭けをしにきたそうだ。昨晩、彼は僕の所に挨拶をしにきたので、僕は彼と今日の朝に君の家へ行く約束をした。だが、君の家に行ったら、お客を持て成しているようだったので、あの人を劉守斎の家に行かせたんだよ。僕は家に戻ってから勉強をしていたが、管貽安が鶉合わせを始めた。僕は賭けはできないし、ここでお祝儀をもらうつもりもない。学道[17]がきた時に、去年のように四等にならないことだけを願っているんだ」
張縄祖は笑いながら、
「そうだったな。来月の十日に、学政官が河北から戻ってきて、省城で試験を行うんだ。しかし、君もずいぶん小心だね。まだ半月もあるじゃないか」
「賭場に座ると、胸がどきどきしてしまうんだ。賭けをするときは、心が落ち着いていないと負けてしまうものだ。学院が行ってしまったら、賭けをすることにしよう。君などは太学生[18]だから、ずいぶん悠長なものだが」
張縄祖は笑いながら、
「嫁入りの時に纏足を始めたって、足は小さくならないぞ[19]」
「脚が小さくなるかどうか[20]は問題ではないんだ。胸がどきどきすることだけが嫌なんだよ。今、お客に付き添っているだけで、胸がどきどきしているんだ。まるで関羽さまの刀を盗んだような気分だよ。学院が近くにいなかったら、東の県の鮑さんを放ってはおかないし、君の口に東坡肉[21]を送り込んだりもしないのだがな」
話していますと、瑞雲班の二人の団員が、二人の女形を従え、五六袋の鶉を持ってやってきました。中に入りますと、王紫泥
「譚さんへの鶉を、全部持ってきたのか」
団員
「譚さま、ご自由にお選び下さい。選ばれたら袋ごと持ってゆかれて下さい」
紹聞
「あれは冗談だよ。本当に欲しいと言ったんじゃないよ」
縄祖
「よく聞け。譚君は金を払うと言っているんだ。ただで送ったりしたら、受け取って頂けないぞ」
「何を仰います。お金を下さると仰るのでしたら、差し上げませんよ」
縄祖は笑いながら、
「どれが一番いいか言ってみろ」
「この黒い緞子の袋に入ったのが、最高でしょうね」
王紫泥
「じゃあそれにしよう。取り出して見せてくれ」
団員が取り出したのは、気力旺盛で、猛々しいものでした。
王紫泥
「これにしよう」
縄祖
「紫泥君は一等[22]を狙っていたんだろう」
「あんたは人を馬鹿にしてばかりいるね。俺は試験場に行ったら、少しも戦わずに、輪から飛び出してしまうだろうよ」
団員
「この鶉はきっと双挿花[23]でしょう」
縄祖は鶉を袋の中に入れ、譚紹聞に渡しました。そして団員に向かって、
「すぐに俺のところから銀子を五両取ってきてくれ」
「そんなことを仰ると、差し上げませんよ」
縄祖
「お前たちの劇団は今、宿屋にいるのか」
「布政司さまが大王廟[24]にお礼参りをされるので、戻ったらすぐに大王廟に行きます」
「お前たちはとりあえず帰るがいい。俺はすることがあるから」
四人の役者は去ってゆきました。
縄祖
「紫泥くん、この賭けには加わってもらわなければならないよ」
「俺だって賭けが嫌いなわけではないんだ。だが、学院の二文字で、ここ数日、頭が一杯で、公、侯、伯、子、男の五等[25]になるのが心配なんだよ」
「本を暗記しておけば怖くないさ」
「旧例通りになるのが心配なんだ[26]」
「学問に通じているのなら、今まで通りでいいじゃないか[27]」
そして一緒に外に出ました。縄祖は鶉の袋を紹聞の腰に掛けてやりました。
鶉合わせを謗った詩がございます。
昔から悪行に三風と十愆[28]あれど、
昨今はさらに由々しきことがあり。
哀れなり鶉の羽は抜け落ちて、
手の中にしぞ握らるる[29]。
もう一つの詩は、
人生の基は幼きときに造らる、
最後には身分に天地の差が生ず。
娘を養ふその時は虎を抱くがごとくせよ、
息子を育つるその時は眠れる龍を守れるがごとくせよ。[30]
最終更新日:2010年11月4日
[1]取り引きのときに払う銀のサンプル。手付け金として用いる。
[2]火酒のこと。光緒十八年『山西通志』巻一百、風土記下「汾潞之火酒盛行於世」
[3]下役のかしら。
[4] 「隴の地を手に入れるとさらに蜀の地をとろうとする」。「ある物をとるとさらに別の物をとろうとする」の意。『後漢書』岑彭伝に出てくる言葉。
[5] 「近くのものを取らずに遠くのものを取ろうとする」。
[6] 「カチャカチャと音をたてる」。
[7] 「篆字のような模様を作る」。
[8]震とは『易』の卦の名。「震上震」とは震の上に震が重なっていることで、ここでは空の皿が積み重なっている様を表現している
[9]魯鼓と薛鼓は魯の鼓と薛の鼓のこと。『礼記』投壺篇に魯鼓、薛鼓の楽譜が記されており、「鼓:○□○○□□○□○○□半○□○□○○○□□○□○魯鼓。○□○○○□□○□○○□□○□○○□□○半○□○○○□□○薛鼓」「魯鼓:○□○○□□○○半○□○○□○○○○□○□○。薛鼓:○□○○○○□○□○□○○○□○□○○□○半○□○□○○○○□○」とある。○では鼙を打ち、□では鼓を打つという。本文の「魯鼓と薛鼓の文を描く」とは、皿がずらりと並ぶことをたとえたもの。
[10]門の両側の高い所。
[11]明代は山西省大同府に属し、康煕三十二年以降は直隷宣化府に属す。
[12]未詳。湖広に孝化県という県はない。
[13] 「譚紹聞を罠にかけようとたくらんでいましたので」。
[14]純度の高い銀子。
[15] 「手に負えない」の意。
[16]鶉は足が長いものがよいとされる。清程石鄰『鵪鶉譜』相法、腿に「長脛粗円骨法全」。
[17]学政官。地方の教育行政長官。決められた時期に各省、府に赴き生員の試験(歳試)を挙行する。歳試の受験者の成績は五等に分けられ、四等以下には罰が与えられる。
[18]国子監の学生。歳試は免除される。
[19] 「泥縄式に勉強をしたって合格はできないぞ」という意味。
[20] 「合格するかどうか」。
[21]蘇東坡が考案した豚の角煮。ここでは「いいカモ」の意。
[22]原文「紫老只図一等一哩」。「一等一」はここでは「一級品(の鶉)」を意味すると同時に、学校の試験で一等になることを掛けてある。
[23]双挿花とは、頭の左右に白い羽がはえているもの。清程石鄰『鵪鶉譜』「合相名目、左右挿花」参照。ただ、ここでは、王紫泥がみずからを鶉に譬えたのを受けて、歳試に合格して、金花(第七回の注を参照)を与えられることと引っかけていよう。
[24]龍神を祭った社。
[25]五等爵と院試の五等を掛けたもの。
[26]原文「怕仍旧貫」。「仍旧貫」は『論語』先進に出てくる言葉で「旧例にしたがう」という意味。ここでは「前と同じ四等になるのが心配だ」ということとかけてある。
[27]原文「既是貫了、何不仍旧」。「貫了」の意味がとりにくいが、とりあえずこのように訳す。直前の王紫泥の台詞にあった「貫」の字と引っかけた発言。
[28]三風(三つの悪い風習)は、巫風(歌舞)、淫風(度を過ぎていること)、乱風(乱れていること)。十愆(十の罪)は、舞(踊ること)、歌(歌うこと)、貨(財貨)、色(女色)、游(遊楽)、遽(狩猟)、侮聖言(聖人の教えを軽んじること)、逆忠直(忠言に逆らうこと)、遠耆徳(老人から遠ざかること)、比頑童(幼稚な人と付き合うこと)。『書経』伊訓に出てくる言葉。
[29]原文「鶉首到冬手内躔」。「鶉首」は星宿名、井宿、鶉火ともいう。双子座。冬になると現れる。「躔」は星が「やどる」こと。表面上の意味は「鶉首が冬になると手の中に宿る」ということだが、ここでは「鶉を手に握る」という意味とかけてある。
[30]原文「養女曾聞如抱虎、撫男直是守龍眠」。いずれも典故は未詳。