第三十回

譚紹聞が体裁を保つため利息付きの借金をすること

茅抜茹が衣装箱に関して嘘を言い法廷に訴えること

 

 さて、譚紹聞は靴屋に籠絡され、金を失い、恥をかき、辛い気持ちになりました。彼は二三日眠り続け、昼間は人に会おうとせず、本当に夜にはばかりにゆくようになってしまいました。そして、心の中で考えました。

「母さんはお金を渡した。母さんに会わせる顔がない。妻や妾もびっくりしていた。彼らに会わせる顔もない。王中に事件を隠しおおせることはできない。下男に会わせる顔もない。この噂が広まれば、それこそ、『好事は門を出ず、悪事は千里を走る』ということになってしまうだろう。親戚や友人が事件を知ったら、先生、義父さんに合わせる顔がないのはもちろん、盛公子、夏逢若にも合わせる顔がない」

王氏は、息子が昼間でも起きてこないのを見ますと、怒るのも忘れ、息子が病気になるのではないかと心配しました。そして、息子に会いますと、茶や飯が欲しくないかと尋ねました。紹聞は答えました。

「僕みたいな人間に構われるなんて、母さん、何のお積もりですか」

孔慧娘は今まで通り妻としての勤めを果たし続けましたが、笑顔は減りました。そして、毎日冰梅に興官児を連れてこさせて遊び、つとめて暇潰しをしていました。

 紹聞は、二三日眠りますと、突然、起きると言い、東の楼を出て楼の二階にやってきました。王氏

「どうして馬鹿な考えを起こしたんだい」

「僕の過ちを、家で誰かがこれ以上話題にしたら、僕は死んでやる」

王氏は慌てて言いました

「おまえは立派な男だといえるよ。あの靴屋みたいに、女房をおとりにして、銀子を奪いとる奴は、世間に顔向けすることはできないよ。私たちの銀子を持っていっても、門を出れば追い剥ぎに襲われるかも知れないよ。明日になったらあいつのことをきいてごらん。あいつのことを知っているのはお天道さまだけだろうよ」

更に、幾つか罵りの言葉を吐きました。孔慧娘はそれを聞きますと、姑が何の分別もないことが分かりました。

 そこへ、王中が中庭からやってきました。紹聞は考えを変えて、こう思いました

「あいつはうちの下男で、僕に指図することはできないんだから、あいつに会うのを恐れることはない。いつまでも会わないわけにもゆくまい」

そこで、王中を呼びました。王中は呼ばれますと、楼の入り口にやってきました。紹聞は尋ねました。

「東の小さな中庭の部屋はどうしたものだろう」

「靴屋が行ってしまった日、左官屋を呼んで、箱を置いた南の部屋の入り口を、煉瓦で塞がせました。宋禄、ケ祥を靴屋の部屋に移させ、馬の世話と、箱の見張りをさせています」

「それはいい。だが、あの箱は大切なものだ。人様の物だから、僕たちの物とはわけが違う」

「あの箱は大切だと思います。大体、芝居を演じる人間には、落ちぶれた地主や、やくざ者が多く、訴訟をして、自分たちが堅気の人間であることを示そうとするのです。鍵がこじあけられていますから、一を十と言ったり、『逃げた魚は大きい』という話をしないとも限りません」

紹聞は高い声で、

「あの人はそんなことはしないだろう。あの人は僕たちに借金や食事代の借りがある。僕があの人を訴えないのに、あの人が僕を訴えるはずないじゃないか。それに、茅拔茹は義気のある人間だから、心配ないよ」

王中は返事をすることができず、うなだれて出てゆきました。

 入り口に着きますと、質屋の宋紹祈がやってきました。王中は、彼を東の廂房に招き入れました。宋紹祈

「若さまを呼んでください」

王中は奥へ行って言いました。

「質屋の宋二爺がお話しをしたいとのことです」

紹聞は、連日なかなか外に出ませんでしたが、外に出るきっかけができましたので、すぐに東の廂房へやってきました。会うと礼をし、時候の挨拶をしました。宋紹祈

「細々したことを、お話しするべきではないのですが、若さまのお祝いの時に、私は都へ髪飾りを買うお金を持ってゆきました。その時、持っていった銀子が足りなくなりました。二つの純金の髪飾りは十八換[1]の物でした。私は親戚の真珠屋から総額百九十両を借りて、私の八十二両四銭と合わせました。先日すでに書き付けをお送りしたので、御覧になったことと思いますが」

「見たよ」

「先日、親戚が京師から手紙を送ってきて、この銀子の取り立てをしたのです。一つには真珠屋で親戚に世話になりましたし、二つにはこれは利息付きでない借金なので、私はお金を払って頂けるかどうかを尋ねにきたのです。ぐずぐずしてはいられません。今回、東の店に上京する人がいるので、金を持ってゆかせようと思っています。私のものは、帳簿につけてもいませんから、少し遅れても構いません」

「考えさせてくれ。母親と相談するから」

「五日後に出発致しますので、急いで頂ければさいわいです」

茶を飲みおえますと、別れを告げて去ってゆきました。

 紹聞が表門まで送りますと、そこには手に護書を持った男が一人おり、紹聞を見ますと腰を屈めて、

「こんにちは、若さま。招待状を持って参りました。若さま、明日いらっしゃって下さいまし」

と言い、招待状を取り出しました。紹聞が受け取ってみますと、上には

「明日、粗菜を準備してご来臨を待つ。眷弟孟嵩齢、ケ吉士ともに拝す」と書かれていました。男は言いました。

「明日は早目にいらっしゃって、お話しを致しましょう。他に客はございません」

「早目に行くよ。王中、茶を出しておくれ」

「お茶は結構です。酒席は西の店に設けてございます」

「分かったよ」

 次の日になりますと、紹聞は、嫁を迎えた日に着た色付きの服に身を包み、徳喜児、双慶児の二人の下男を従えて、布政司大街にやって来ました。街角を曲がりますと、店の中から一人の小者がこちらを見て、飛ぶように走ってゆくのが見えました。店の入り口に着きますと、孟嵩齢、ケ吉士、景卿雲、陸粛瞻、郭懐玉の五人がお辞儀をして出迎えました。三回拱手を交わすと、隆泰号の表門に入りました。中庭を一つ通りすぎますと、小さな部屋に着きました。そこには、家具がきちんと並べられていました。テ─ブル、椅子は綺麗でした。人々は、互いに挨拶しますと、席に着きました。茶が出されますと、紹聞

「今日は皆さんお揃いですね」

孟嵩齢は笑いながら、

「若さまが結婚されてからだいぶたちますが、私どもも薄酒を買い、若さまをご招待することに致しました。陸二爺、郭三爺も、一緒にお祝いされるそうです。商売人は忙しいので、いつも揃うことはできませんが、今日は暇を見付けて、私ども借家人の心尽くしをすることに致しましょう」

「それはそれは、どうもありがとうございました」

陸粛瞻、郭懐玉は口を挟みました。

「私ども二人は孟三爺のお手伝いをしているのです。私たちの店は小さく、お客様をお持て成しすることができないので、失礼にあたるのではないかと思い、孟三爺のお店で、お祝い致した次第です」

ケ吉士は笑いながら、

「われわれ客商がより集まって譚さんをお持て成しした上に、大家さんの家が狭いなどと言うとはな。将来、あんたたちが金持ちになったら、若さまにゆったりとした広い屋敷をもう一つ造って頂いたらどうだい」

すると、陸、郭の二人は声を揃えて、

「旦那さまのお力添えを頂ければ、その時は、私が劇団をお呼び致しましょう」

と言いましたので、一同は大笑いをしました。

 間もなく、すべての料理が出てきました。大商人の宴席は、現職の官僚のそれよりも立派でした。あらゆる珍味が、すべて揃い、北の食べ物、南の食べ物がすべて並んでいました。酒の最中、孟嵩齢が真っ先に言いました。

「昔、先代さまがご存命の時は、ずっとご恩を受けて参りました。このたびは若旦那さまが後を継がれましたが、やはり大変お世話になっております。すべて相談しながら事を処理すれば、間違いはないでしょう。先日、若さまの結婚式が行われた時、奥さまは、私たちに服を買うようにと仰いました。気に入られたかどうかは存じませんが、すべてご受納頂けたことと思います。さて、その時に私たちが使った銀子については、明細書をお渡ししましたので、もう御覧になったことと思います。閻相公が家にいれば、私たちは相談して清算を行うことができ、若さまの所に押し掛ける必要もございませんでした。しかし、今では閻相公が家に戻ってしまいましたから、若さまと相談するしかないのです。若さまは手元にお金をたくさんお持ちですか。私たちは、関係者が一人だけではないので、早いうちに清算したいのです。家賃と相殺するか、借金と相殺するかし、残りは、返済されるか、借りることになさって下さい。そして、彼ら一人一人が出資者と清算ができるようにして下さい。若さま、いかがでしょうか」

「皆さん、いずれにしても、僕は母と相談しなければならないのです」

景卿雲

「今すぐでなくても結構です。後日、彼ら一人一人が銀子の清算書を書いてから、返済を考えて頂いても結構です」

紹聞

「それがいい」

すると、ケ吉士は叫びました。

「はやく熱燗を持ってきてくれ。話しをしていて、酒が冷めてしまった。熱いのに換えて、若さまに一杯差し上げてくれ。みみっちいことを話してどうするんだ。これ以上しゃべると、世間は俺たちが若さまに対して不人情なことをしていると言って笑うだろうよ」

紹聞は更に何杯か飲みますと、別れを告げて帰りました。一同は引き止めることもできず、店から彼を送り出しました。双慶児、徳喜児の顔にも、赤味がさしていました。大通りに着きますと、拱手して別れました。数歩歩いて、振り向いて拱手しますと、商人たちは中庭に入っていったので、紹聞も家に戻りました。

 家に着きますと、商人たちから借金の返済を求められたこと、先日、質屋の宋相公が京師から手紙をよこし、銀子を請求したということを母親に話しました。母と子は憂鬱にならざるを得ませんでした。

 そもそも譚紹聞の家には、毎年千九百両の余裕があるはずでした。しかし、譚紹聞が茅抜茹に会ってから、数日間で百数十両を使ってしまい、張縄祖に百数両負け、靴屋との一件で、さらに百五十両を失い、納幣、親迎の時に千数両を使ったので、この時、手元にはまったく金がありませんでした。母と子は相談しましたが、ますます憂鬱な気分になりました。王氏

「王中を呼んで態度を決めるべきだろう」

そこで、王中を楼の前に呼び、つぶさに事情を話しました。王中

「通りに面した部屋を一つ質入れする以外に上策はないでしょう」

王氏

「家を売ったりしたら、よそさまに笑われるよ。利子付きで金を借りるのがいい」

「利子付きの金は、借りる時は忍耐し、返す時は迅速にしなければなりません。質入れをしなくてすめば、それにこしたことはありませんが、これ以上金を借りれば、毎日利息が付き、やがて通りに面した部屋を売っても、返済することができなくなるでしょう。これが『利子付きで金を借りて借金を返しても、必ず損をする』ということなのです」

紹聞

「お前の言うことは間違いではないが、この借金はとても催促が厳しくて、三四日で完済しなければいけないんだ、質入れや売却をしていては、間に合わないよ。面子が大事だから、金を借りるのがいい」

王氏

「若さまの言う通りだよ。嫁をとった時、派手にしたのに、一年もたたないうちに、財産を質入れしては、面子が潰れてしまうし、曲米街の叔父の噂の種にもなってしまう。王中、金を借りてきて、若さまに借金の証文を書いて貰っておくれ。私の考えはもう決まった。だが、こっそりと事を運ばなければいけないよ。東街の耳にいれては駄目だよ」

王中

「家にはまだ数百両の銀子があるのですから、すぐに金を払って、あとはゆったりと過ごすのがいいでしょう。金を借りるなどと仰らないでください」

王中がこのような事を言ったのは、金がもうなくなっていることを知らなかったからで、すんだ事への当て擦りの意味はまったくありませんでした。ところが、紹聞は心に疚しいところがありましたから、王中が彼の弱みを口にしたものと思って、こう言いました

「数両あったが、僕が使ってしまったんだ。金があるだろうなどと言わないでくれ。僕が一人で事を処理するよ」

王中は話がうまくゆきませんでしたので、黙って退きました。

 紹聞は外出して、泰和号の王経千を訪ね、千五百両を、二分半の利息で借りたいと言いました。王経千は紹聞のような金持ちが銀を借りにきたので、福の神に会ったような気分になり、口を開くと言いました。

「仰る通りの額をお貸し致しましょう」

さらに

「親しい間柄なのですから、利息はなしということに致しましょう」

といい、笑いながら、借用書を広げました。

「譚さま、花押と年月をお書きください」

 紹聞が銀子を手に入れ、宴席を設け、客商たちを呼び、清算したことは、細かくは申し上げません。しかし、質屋への九十数両の端数分は、完済することができませんでしたので、さらに借用書を一枚書き、三分の利息をつけました。

 ある日、紹聞は、興官児をあやして遊んでいました。すると、徳喜児が帖子を持って楼にやってきました。そこには「眷弟茅抜茹拝す」と書かれていました。紹聞は彼が先日の借金を返しにきたのだと思いました。そこで、箱を返そうと思い、急いで出迎えますと、彼を東の廂房に招いて座らせました。茅抜茹は、破けた木綿の服を着け、顔は黒ずみ、疲れた様子をしていました。彼には、体がとても大きく、少し粗野な感じのする、五十数歳の老人が付き従っていました。紹聞はすぐに尋ねました。

「九娃はどうしましたか」

茅抜茹は「ああ」と言いますと、言いました。

「死にました」

紹聞は驚いて

「何の病気ですか。綺麗な子だったのに、惜しいことをしました」

「本当にね。あれが死んで、私どもも落ち目ですよ」

紹聞が急いで事情を尋ねますと、

「九娃はもともと隣の県の学生でした。しかし、少し軽薄な性格で、劇団の一人に引き込まれて、劇を習ったのです。あれの叔父はそれを認めませんでした。私が去年省城にきたのは、あれの叔父を避けるためだったのです。ところが、私の本籍の県の知事さまが、私たちの劇団に、どうしても戻るようにと仰いました。私たちが劇を上演しますと、あれの叔父がすぐにあれを引っ括っていってしまいました。しかし、劇団の者は、みんな九娃を頼りにしていました」

そして、ついてきた男を指差しながら、

「この浄が、一計を案じ、劇団を率いている者だと称して、追いかけてゆき、あれの叔父を一発殴り付け、あれを奪い返してきました。しかし、その後、劇を上演していた時に、あれの叔父が親戚を連れてやってきて、また掴まえてゆきました。そして、家に着きますと、木に縛り付け、こてんぱんに打ちのめし、部屋に鍵を掛けて閉じ込めました。しかし、母親が部屋を開けてやったので、また劇団に逃げてきました。あれは体中ぶたれて傷だらけでした。暑い時に、何も食べずに、一晩走ってきたのですが─体の弱い子でしたから、あなたもご存じでしょう─体がもちませんでした。私は女房に手厚く看護をさせましたが、数日しますと、死んでしまいました。私は、県庁に殺人事件の告訴を行いました。しかし、昔から、『強い龍もその土地の蛇には勝てぬ』といいます。私たちは毎日劇を上演している人間で、土地との馴染みは薄かったため、三班六房[2]の下役たちは、誰も私たちの味方をしてはくれませんでした。お白洲に引き据えられずにはすんだものの、金が掛かったために、僅かな数頃の土地も売り払い、劇団も解散してしまいました。しかし、この年寄りの浄が、また劇団を作ろう、『羊がいなくなったら、羊の群れの中を探せ』というじゃないか、と言ったので、お宅に私の箱、筒を預けてあることを思い出し、持ち帰って下手な劇をすることにしようと思ったのですよ」

浄は、身振り手振りを交えて、九娃の父親を殴った時の様子や、県庁で劇団長の命を救おうとしたときの様子を話し始めました。そして、話しているうちにいい気になって、凳子に座りながら、口から出まかせを言いはじめました。

 紹聞は、嫌になりましたので、言いました。

「裏門のところにある小さな東の中庭へ箱を見にゆきましょう」

そして、役者たちに服を作り、食事を出してやったことを話しましたが、茅抜茹は返事をしませんでした。徳喜児は鍵を取り出し、一緒に表門を出て、胡同の入り口に回り、小さな東の中庭に着きました。煉瓦を取り去り、入り口を開けて見てみますと、四つの箱の鍵はみなこじあけられていました。茅抜茹は海千山千の男でしたから、それを見ますと悪巧みを起こして、こう言いました。

「その箱は見ないことにしましょう」

紹聞

「僕がここに移して、靴屋に見張らせていたのです。ところが、あの悪党は夜逃げをして、鍵をこじあけてゆきました。しかし、何も持っていってはいません」

ところが、茅抜茹は

「ああ。私はあなたを見損ないました。あなたを友達だと思っていたのに」

と言いますと、後ろを向いて去っていってしまいました。そして、恨み言を言いました。

「人の心は知れぬものですな。お金持ちでもこんなことをなさるとはね」

 その時、王中は茅抜茹たちが箱を見にきたことを聞いて、急いでやってきました。茅抜茹は友達がどうのこうのと言い、声を高くしたり低くしたりしながら胡同の入り口を出てゆきました。紹聞はあっけにとられて見ていましたが、急いで追いすがりますと言いました。

「あなたの品物は無事だったのですか。それとも無事でなかったのですか。どうして行ってしまうのです」

「無事だろうが無事でなかろうが、鍵をこじあけられた以上、お役人に調べていただかなければなりません。鍵をこじあけたのですから、いずれにしても泥棒です。ただではすみませんよ」

王中

「我々が泥棒したと言うのか。劇を上演するわけでもないのだから、あんなものは必要ないぞ」

「あなた方が必要でなくても、金に換えて使われたんじゃないですか。私の衣裳を盗んだくせに、私たちがあなたがたに、借金や食事代の借りを持っているなどと仰る積もりですか。大通りで追い剥ぎでもなさった方がいいですぜ」

紹聞は慌てて、胡同の入り口に走ってゆきますと言いました。

「夏逢若と一緒に金を貸したり食費を払ったりしたんだよ。借金がないのに、借金があると言っているわけではないんだよ。夏逢若を呼んできてくれ。あなたも知っているだろう。あなただって顔を合わせれば分かるだろう」

「あなた方は同じ城の人です。耳と頬とは切っても切れないもの。その人はあなたの味方をするにきまっています。私に味方するはずがありません」

「彼に誓いを立ててもらうよ」

「私が誓いを立てて、あなたに一万両貸していると言ったら、あなたは私に金をくれますか。物ごとは筋が通っていなければいけません。誓いを立てたって何にもなりませんぜ」

 言い争っていますと、街の保正[3]が、譚相公が一人の男に罵られているのを見て、大声で言いました。

「どこのごろつきだ。真っ昼間から、ゆすりをするつもりか」

茅抜茹は冷笑して

「フン。ご大層だね。びっくりさせないでくれよ。あんたは何者だい」

男「街の保正の王少湖だ。お前はどこの者だ」

茅抜茹が返事をしないうちに、浄が言いました。

「我々は筋を通しているのに、省城は筋の通らぬ所だったとは知りませんでしたよ」

王少湖「お前たちの言い分を述べてみろ。どちらが正しいか判断するから」

茅抜茹がちょっと話しをしただけで、譚紹聞は押し黙ってしまいました。茅抜茹は王少湖に向かって、

「あなたがお役人ならちょうどいい。一緒に箱を検査してもらいにゆきましょう」

 一緒に小さな東の中庭の南の家に行きますと、茅抜茹

「四つの箱の中には、私が南京、蘇州で買ってきた衣裳、蠎衣八着、鎧八着、補服[4]十着、女物の衣裳六着、儒衣六着、宮衣四着、輝きのある錦の衫四着、色のついた裙五着、宮裙六着、その他、はっきりとは覚えていませんが、二十数件の古い肌着が入っていました。王さん、一緒に検分してください」

箱を開けますと、旧い衣裳は数件ありましたが、その他は銅鑼、太鼓、旗、虎の頭、鬼の面ばかりでした。茅抜茹

「まともな服が一つもなくなっている」

紹聞

「四つの箱と、一つの靴籠に、それだけの物を入れられるはずがない」

王中

「茅さん、嘘をつくなよ」

「所有者が話しをしているんだ。つべこべ言うな」

茅抜茹

「俺が嘘をついているだと。この四つの箱にはもともとしっかりと封がしてあったんだ。嘘をついているはずがないだろう」

王少湖

「譚さん、どういう風にしてここに置いたのですか。誰が一緒にいたのですか」

「夏逢若が一緒にいました」

「夏逢若を呼べばはっきりするでしょう」

「王中、夏さんを呼んできてくれ」

王中

「あの人がどこの街に住んでいるのか知らないのですが」

「瘟神廟邪街だよ」

徳喜児が言いました。

「街の南、溝の北側に住んでいて、門は西向きです」

紹聞

「行ったことがあるんだったら、お前も一緒に行ってくれ」

王少湖

「茅さん、俺の見たところでは、あんたも相当海千山千の男だな。この事件は、すぐにはかたがつかないよ。うちに来てくれ。俺は小さな店を開いていて、静かな部屋があるから、そこでゆっくり相談することにしよう。どんな事件にも必ずけりがつくし、殺人事件だって真相が明らかになる日がくるものさ。こんな小さな事件ならなおさらだよ」

茅抜茹もちょうど調停をしてくれる人が欲しいと思っていましたので、一緒についてゆきました。

 徳喜児が瘟神廟邪街に着きますと、ちょうど、米を入れた柳斗[5]をさげて、家に入ってゆく夏逢若に会いました。夏逢若は徳喜児を見ますと、言いました。

「久し振りだな」

「夏さんを呼びにきたのですよ」

「どうしてまた俺を思い出したんだい」

そこで、徳喜児が茅抜茹の箱の一件を話しますと

「おや。事件が起こったものだから、急場を救うための便所よろしく、僕を訪ねてきたというわけだね。以前、張家で賭博して、数千銭の金をすった時、譚さんは、よそさまに、僕があの人を騙したと言ったね。しかし、勝った時は、あの人は僕に分け前をくれたかい。最近では、盛さんも、僕を犬の糞みたいな奴だと言って、構ってくれなくなってしまったよ。僕は、何度もあんたたちの家へ行って、このことについて申し開きをしようとしたんだが、譚さんは全然出てこなかった。怒りを腹におさめて、会ってくれたっていいじゃないか。ところが、結婚の時、僕がお祝いに行くと、怒りを露わにして僕に会うんだからな。茅抜茹があんたたちに箱をこじあけられたと言っているのなら、きっとあんたたちがこじあけたんだろう。衣裳を取られたと言っているのなら、きっとあんたたちが取ったんだろう。今、僕はすぐに返さなければならない借金が二十両あって、不面目な思いをしているんだよ。あんたは家に戻ったら、きちんと挨拶し、夏逢若は家で子供を売り、妻を嫁がせて借金を返そうとしているから、行くことができないと言っていたと伝えてくれ。裁判が開かれて、呼び出し状がきたら行くことにするよ。その時は、僕がちょっと喋っただけで、勝つ者は勝つし、負ける者は負けるだろうよ。しかし、今は行けないね。まあ、家に来て、一杯お茶でも飲んでゆくんだな」

 徳喜児は、仕方なく家に戻り、夏逢若の話の一部始終を伝えました。王中はそれを聞きますと、言いました。

「まずい。これは金がほしいと言っているのです。金額まではっきり言ってきましたよ」

譚紹聞

「僕たちは香を焚いて、帖子を交換した間柄だ。あの人が僕たちから金をとれば、面子も傷付くだろうに」

「若さま、まだ帖子を交換しあった友人だなどと仰るのですか。世間の契りを交わした義兄弟などというものは、官界では権勢が目当てで尊敬しあい、民間では酒と肉が目当てで寄り集まっているものに過ぎません。本当の友達なら、帖子を交換する必要はありませんからね。私の考えでは、あいつの借金を請け負ってやれば、あいつは本当のことを言うでしょうが、何もしなければ、あいつは風に靡いて、茅の奴の嘘が通ってしまうでしょう。茅の奴に衣服を弁償することになれば、たくさんの金が必要になります。このようなろくでもない事件の時はもちろん、昔、先代さまが孝廉に推薦された時でも、銀子を使って根回ししたのですよ」

「よく分かった。そうすることにしよう」

 王中は、徳喜児に夏家の家の目印を尋ねますと、まっすぐ瘟神廟邪街に行きました。どぶに沿った西向きの門に着きますと、夏さんと叫びました。夏逢若は王中を見ますと、びっくりして言いました。

「王さん、どうぞ。お客さまに座って頂く所もありませんから、瘟神廟の巻棚で話をしましょう」

「話はすぐにすみます」

「いい話しはすぐにすむもの、よくない話しは長々と続いて役に立たないものですよ」

王中は、夏逢若が言わんとしていることがますますはっきりと分かりましたので、夏逢若について瘟神廟の巻棚に入りました。そこには廟守はおらず、二本の太い梁がありましたので、二人は腰を掛けました。王中

「先ほどは夏さんをお呼びして茅の奴の箱のことについて相談しようとしたのですが、夏さんがすぐに返さなければならない借金二十両があるから、相談する暇はないと仰っていたということをお聞きしました。うちの若さまは、十両や二十両くらいわけはない、夏さんにお貸ししよう、と言っています。あいつらに衣裳を作ってやったことの証人になって頂ければ、貸し金と食事代は手放してもいいのです。あの茅の奴はひどく貧乏しているようで、箱を受け取るとき、われわれに銀子を返したくないようなのです。そして、箱の鍵がこじあけられているのを見て、難癖をつけているのです。きっと借金を帳消しにして、ただで箱を持ってゆこうとしているに違いありません。─私はこのように考えています。夏さんがきて、ちょっと証人になってくだされば、あいつは何も言うことができなくなります。二十両のことは、私が責任を持ちますから、心配なさらないでください」

夏逢若は手を叩きますと、罵って、

「泥棒の犬畜生め。人から二百数両を借りておきながら、金を持ってこようともせず、人様が鍵をこじあけて、衣裳を盗んだと言うとは。行ってあいつに会って、あいつがどんな難癖をつけているのか見てやろう。まったく馬鹿な野郎だな。さあ、行きましょう。金を返そうとしないような奴は、目が見えなくなるでしょうよ」

そして、プンプン怒りながら立ち上がりました。王中は後ろで密かに溜め息をつき、ついてゆきました。

 譚紹聞は、胡同の入り口で東の方を見ていました。そして、王中が夏逢若を連れてきたのを見ますと、碧草軒に迎えました。紹聞は拱手して、

「兄さん、申し訳ありませんでした」

「義兄弟同士なのに、そんなことを言ってどうする。茅の奴は今どこにいるんだ。奴に会わせてくれ」

「すこしお待ちください。相談しましょう」

「人を騙す犬畜生には、本当に腹が立つ。何の相談をするんだ」

「あいつがこの箱を預けた時、中に何が入っているかを確かめませんでした。僕は心配だったので、靴屋の夫婦を探して見張りをさせていたのです。ところが、彼らは悪者で、鍵をこじあけたのです。茅は衣裳がたくさんなくなっていると言っていますが、靴屋が一人では、幾らも持ってゆくことはできません。僕はあの人のために見張りをしてやっていたのに、こんなひどい目に遭っているのですよ」

逢若は低い声で笑って、

「靴屋の件で、君がむざむざ数両を失ったことは知っているよ。僕に一言知らせてくれればよかったのに。僕たちの間では少しの口止め料もいらないんだからね」

紹聞は王中が横にいるのを見ますと、顔を赤らめました。

「過ぎたことはいい。今の話をしよう。あいつは今どこにいるんだ。会ったら、面と向かって問い詰めてやる」

「あいつは街の保正の王少湖の家にいます」

「あいつのところへ行こう。あいつが話をしにくるまで待つ必要はない。それに僕も忙しいしな。明日の朝、二十両を送って清算する約束をしたんだ」

 二人は王少湖の家に行き、王中もついてきました。茅抜茹に会いますと挨拶しました。夏逢若

「茅さんはいつ着かれたのです」

「昨晩着いたんだ。まだ挨拶していなかったが」

「いや、いいんですよ」

王少湖

「それはともかく、茅さんが箱を預けたとき、あなたもご一緒だったのですか」

逢若

「私は茅さんに箱を託されたのです。劇団が去っていった時のことを、私はこの目で見ています。譚君は気持ちが塞いだので、私は彼をつれて張家へ行き、没星秤と一日骨牌遊びをして気晴らしをしました。ですから、知らないはずはありませんよ。あの時、茅さんは、私たち二人に箱を預けたんです、私は毎日劇団の世話をし、譚君から金を借りて団員に服を買ってやりました。食事代は幾らかかったか分かりませんが、衣服、靴、帽子代は今でも覚えています。九娃の衣装代二十一両は譚君が出しましたし、その他現金五十九両、未払いの借金九十両四銭八分も、すべて譚君が出したものです。茅さんの劇団に証文があるはずです」

茅抜茹

「少しも知らんぞ。俳優のかしらが戻ってきたが一言も言わなかったぞ」

夏逢若は冷笑して、

「茅さん、俺たち世間を渡る者は、至るところで名を知られているものだ。頭隠して尻隠さずで[6]、世間から笑われ、人様から犬畜生と罵られないようにしろよ」

こう罵られますと、茅抜茹は怒って、

「てめえ、ぬかすんじゃねえぞ。この俺さまを怒らせない方がいいぜ。俺たちの箱の鍵をこじあけて、俺たちの服を盗んだことを白状しないつもりか。お前みたいな痩せっぽちのおたんこなすを惨たらしく叩き殺すことぐらい、どうってことはないんだぜ」

浄が言いました。

「殴ってやろうか」

茅抜茹は心の中で怒っていましたし、騒ぎを起こして、借金を踏み倒そうとも思っていましたので、こう答えました。

「この犬畜生にはここにいてもらおう」

浄は夏逢若にビンタを食らわせ、地面に倒しますと、更に二回蹴りつけました。王少湖は

「こら。こらっ」

と叫びながら、譚紹聞を逃がしました。浄は、脚がすくんで進めないでいる譚紹聞を指差しながら、言いました。

「悪者が逃げてゆくぞ」

王中は雲行きが怪しいのを見ますと、譚紹聞を引っ張って裏庭から逃がしました。茅抜茹は出てゆきますと、通りの真ん中に立って言いました。

「譚の奴はきちんとした家の人間のくせに、どうして俺の箱を家に置いて、鍵をこじあけて、服を盗んだんだろうな。その上、どこからか馬鹿野郎を呼んできて、共謀して、俺が二百両借りているなどと言わせやがった。祥符県の荊知事さまは立派なお方だから、明日の朝の法廷で、あの犬畜生を告訴してやる」

浄は夏逢若を通りの真ん中に引っ張ってゆきますと言いました。

「お前たちが明日来なかったら、俺がお前たちの家へ行き、土地神さま、竈神さまに、お前を捕まえるように頼むからな」

王少湖

「まったくむちゃくちゃな話しだな。みんなここから動くな。知事さまに報告してくる」

茅抜茹

「今すぐにでも行こう」

 すると、突然、先払いの声が聞こえました。荊公が西関を出て、返礼に行くところでした。茅抜茹と浄は、語気を少し和らげました。程無く先払いの声が通り過ぎ、荊公の轎が到着しました。王少湖は轎の前に跪いて報告しました。

「私は蕭墻街の保正の王江です。所管の街に河北の劇団長が来て、団員とともに乱暴をし、人をぶちました。ぶたれたのは本城の夏という者です」

荊公が轎の中から、二人の下役に、人々を役所に護送するように命じ、西関から戻った後、夕方の法廷で審理を行うことにしました。そして、命令を下すと、西に行ってしまいました。やがて、二人の下役がやってきました。一人は張、もう一人は姚といいました。彼らは茅抜茹と浄を縛り、夏逢若も縛りました。

 茅抜茹

「俺だけを縛るのは、承知しないぞ。譚の奴はどうした」

王少湖

「あの人は今ここにはいない」

「ここにはいないが、あんたの家の裏庭にいるんだろう。あんたが今夜あいつを出さないのなら、俺はがんがん罵ってやるぞ」

浄が言いました。

「まったく不公平な保正だ。譚の奴を隠して、あいつが盗んだ衣裳を狙っているんだろう」

王少湖「人の悪口を言うんじゃない。土地廟胡同へ行ってあの人を探そうじゃないか」

 一同は、胡同にやってきましたが、野次馬が百人以上ついてきました。胡同の入り口に着きますと、もう一人の下役が飛ぶように走ってきました。そして、趙という姓の下役に向かって言いました。

「知事さまが趙さんに検屍をしろと仰っていました。朱仙鎮の南の城外へ検屍をしに行ってください。知事さまが西関へ挨拶に行かれたとき、鎮の南の木で一人の男が首を吊っていたという上申書を受け取られたのです。西関から出発されてください。この連中は私が連れてゆきます」

その下役は、耳元で言いました。

「脂身も赤身も同じ鍋で煮て食っておしまいなさい[7]

下役は笑いながら、

「行けよ」

と言いました。すると、もう一人の下役が

「ひどいなあ、徹夜で走っていかなければならないよ。知事さまは明日には戻ってこられるのだからな」

と言いました。下役はまた笑うと

「行けよ。分かったから」

と言いました。

 下役、保正は、茅抜茹、浄、夏逢若を碧草軒に護送しました。譚紹聞と話しをするためでした。紹聞は、一つには怖かったので、二つにははずかしかったので、顔を出すことができませんでした。茅抜茹、浄は一緒になって怒り狂っていましたが、紹聞はまったく出てきませんでした。王中だけが応対をしました。間もなく夏逢若も話し始めました。

「俺がひどい目にあったのは誰のせいだ。出てきたっていいだろう。明日は必ず役所へ行くことになるんだぞ。王中、お前が俺を呼びにきたのに、主人は隠れてしまうとはな。事件を起こした当の本人が、いつまでたっても出てこなければ、この事件はかたがつかないぞ」

王中は収まりがつかないのを見ますと、下役にこっそり話をしました。

「うちの若さまが出てこないのは、ひどい目に遭うのが怖いからです。どうか面子が保てるようにしてください」

下役「真面目で立派なお方に、ひどいことなど致しません。茅の奴をおとなしくさせたいだけなのです。あいつを見てごらんなさい」

王中「下役のかしらが二言三言怒鳴りつければ、あいつはおとなしくなりますよ」

下役「この件は私が何とか致しましょう。ただ、私の相棒は城外の者で、役所に入ったばかりなので、事情をわきまえていないかも知れません。若さまに無礼があったら、お許しください。相棒には付け届けしてください。私たちは、同じ城の者同士ですから、気心も知れていますが」

王中は下役の言いたいことが分かりましたので、家から六両の銀子を貰ってきますと、袖の中で二人の下役に渡しました。

 譚紹聞が書斎に来ますと、二人の下役は笑いながら、

「どうなさったのですか。何度もお呼びしたのに出てこられないとは」

紹聞

「彼らの喧嘩は、僕とは関係ないので、出てゆく必要はありません」

夏逢若

「それじゃあ、これは俺の事件ということか」

茅抜茹

「おう。お前たちはやっぱり同じ県の人間同士だな。鉄の鎖で、他の県の人間だけを縛るつもりかよ」

皀役

「さっきお前たちが街で喧嘩をした時、譚さんがいたか」

浄は声を荒げて

「俺はそいつを指差していたんだぞ。いなかったはずがあるものか」

「犬畜生め、おとなしくせんか。今晩は知事さまは帰ってこない。お前たちに行き場所を与えてやる。日も暮れたのだから、騒ぐのはやめろ。姚くん、まずこの二人の厄介者を監獄に護送してくれ」

若い下役は、笑いながら、茅抜茹たち二人に向かって、

「来い」

茅抜茹は雲行きが怪しいのを見ますと、逆らうわけにもゆかず、ついてゆきましたが、こう尋ねました。

「夏の奴はどうするつもりだ」

下役

「心配ない。もちろん監獄行きさ」

 碧草軒には、下役、保正、譚紹聞、夏逢若、王中の五人だけが残りました。この時、日はすでに暮れていましたので、紹聞は灯りを持ってこさせました。夏逢若

「本当に私を縛っておくのですか。本当に私を事件の当事者扱いにするのですか」

皀役はハハと大笑いして、

「何壺か酒を飲ませてくれ。そうすれば縛ったりはしないよ」

そう言いながら、王少湖を呼び、鎖を解いてやりました。紹聞は酒と小皿を出すように命じました。王中はすぐに、酒と小皿を持ってきました。下役が首座に座り、王少湖を次座に座らせました。王少湖

「姚くんのために席を一つ残しておこう」

そこで一つ席をあけました。王少湖は東に、夏逢若は西に座り、紹聞は北向きに座り、杯が汲み交わされました。まもなく、若い下役が戻ってきました。

王少湖「姚くん、待っていたぜ。二番目の席に座ってくれ」

一同はふたたび酒を飲み始めました。

 王少湖は腹に一物ありましたので、こう言いました。

「談班長、あなたの名字はどういう字でしたか」

「若い頃、半年勉強しただけだが、『言』の字の脇に『炎』の字だったと記憶しているよ」

少湖はそれ以上話しをしませんでした。すると、姚が言いました。

「譚さんと同じですね[8]

「譚さんとお付き合いするなど恐れ多いよ」

「ご謙遜なさることはありません。王さん、夏さん、杯を挙げて、二人が同族であるということにしましょう」

「お前は若くて、物事を知らん。勝手なことをしてはいかん」

「同じ名字なら同じ一族です。譚さん、どう思われますか。我々役所の下役をお嫌いにならないで下さい」

譚紹聞は、今日が運命の分かれ道でしたから、皀役たちに対して露骨によそよそしい態度をとるわけにはゆきませんでした。また、「譚」と「談」が別の字だと言うわけにもゆきませんでした。そこで、一言、いいですねと言いました。姚は杯を挙げると談の前に、もう一杯注ぎますと、譚紹聞の前に置き、こう言いました。

「皆さん、拱手しましょう。おめでとうございます。おめでとうございます」

一同は拱手しました。紹聞はなりゆきにまかせるしかありませんでした。談皀役は、譚さまが自分と付き合おうとしているのかもしれないと思い、辞退しようともせずに、こう言いました。

「俺は首座には座れないよ。客が俺のうちにきているのに、俺が首座に座れるはずないよ」

そして姚を首座に、王少湖を次座につかせ、自分はテ─ブルの末席に座りました。そして、譚紹聞を見て言いました。

「俺たちは同族になったが、あんたは俺より若いから、俺はあんたを弟と呼ぶことにしよう。おい弟、もう一つ熱燗を持ってきてくれ。俺達兄弟でお客をもてなすことにしようぜ」

紹聞は王中に命じて徳喜児、双慶児たちに燗をつけさせました。王中は言われるままになっていましたが、怒りのあまり、体の半分は冷たくなっていました。

 まもなく、双慶児が酒を足してやってきますと、姚は更に点心がほしいと言いました。紹聞は食事の用意をするように命じました。更に蝋燭を換えさせ、粗末な宴席を調えました。皆さん、お考えになってください。二人の下役、一人の保正、一人の幇閑が揃えば、大いに飲みかつ食らうのは当然のことでした。彼らは食事の最中、役所でどれだけ権限を持っているかを自慢したり、明日の審理ではどう返事をすればいいかとか、荊知事が下役の自分にいかに目を掛けてくれているか、人々に令状を届けるときに、いかに不義の財をとっていないかといったことを話しました。王中はこれらのことを聞くにたえませんでしたので、若主人が腹を立てるであろうことも気にかけず、ひそかに何度も地団太を踏みますと、行ってしまいました。

 食事が終わってふたたび酒になりましたが、二人の下役は泥酔し、話しが合わなくなりますと、喧嘩を始めましたので、王少湖が仲介に入りました。真夜中になりましたが、夏逢若は家に帰ることができませんでした。紹聞は、楼からおもての廂房へ行って眠りました。夏逢若は、ふたたび二十両の、すぐに返さなければならない借金のことを話し、紹聞は金を払うことを承諾するしかありませんでした。紹聞は東の楼に戻りましたが、孔慧娘に話しをする気にはなれませんでした。ベッドの上に横たわり、すぎたことを思い出して、恥ずかしがったり悔やんだりし、これからのことを考えて、恐ろしくなったりしました。一つは、明日、お白洲で平伏しなければならないのが恐ろしかったし、もう一つは衣裳を弁償しなければならないかもしれないのが恐ろしかったのでした。ああ。紹聞はまことに辛い気持ちでありました。 

昔より良き人と卑しき人に違ひあり、

(おほとり)と鳶は群れをばともにせず。

黒貂の腋ににはかに犬の尻尾が生えなば、

嗅がずとも臭き()は漂はん。

 

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1]一両が銀子十八両と交換できる品質。

[2]県の行政機関。三班は快(探偵、刑事)、壮(捕縛官)、p班(刑罰執行官)。六房は、吏、戸、礼、兵、刑、工房。

[3]一保の長。保は戸籍編成単位で、清代は千戸。『清史稿』食貨志一「州県城郷十戸立一牌長、十牌立一甲長、十甲立一保長」。

[4]清代の文武官の礼服。補子(階級を現すための縫い取りをした一尺四方の布)をつけるのでこの名がある。(補服の図:上海戯曲学校中国服装研究組編著『中国歴代服飾』)(補子の図:上海戯曲学校中国服装研究組編著『中国歴代服飾』)

[5]柳の枝で編んだ籠。

[6]原文「鑽過頭不顧尾的」。訳せば「頭隠して尻隠さず」だが、ここでは「へたな嘘をつく」という程度の意味。

[7] 「悪い奴からもいい奴からも賄賂をおとりなさい」ということ。

[8]「譚」と「談」は同音。

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