第十六回
地蔵庵で盛希僑が兄の位を占めること
内省斎で譚紹聞が賭け事を試みること
さて、王隆吉は一更に家に着きました。次の日になりますと、盛家は拝匣を送ってきました。封套には金二両と書かれていました。そこで、隆吉も二両を揃え、すぐに地蔵庵に行きました。范師傅に会いますと、自分たちが結義するから、伽藍で焼香をしたい、三人で六両の金を出すので、庵の中に席を設けてもらいたい、という話をしました。范師傅は気前良く承知しました。隆吉
「庵には鍋や竈がなく、薬味や野菜も揃っていない。用意できない物があれば、準備してあげよう」
范師傅は笑いながら
「大丈夫です。夜に起きますから。朝に来てくだされば結構です。ただ酒がないのが心配です」
「酒は盛家から送ってくるよ」
「ご安心ください。仰ったことは忘れませんから」
「あさっての三日の朝に来るまでに、用意はできるかい」
「今日、来られても構いませんよ。噂がもれないようにするのは、おやすい御用です。それに、二テーブルの宴席ぐらい何ともありません。ご安心ください」
王隆吉は別れを告げると去ってゆきました。
その日、范師傅は人夫を雇って、廟を綺麗に掃除させました。次の日、范師傅は街に出、庵に戻りますと、使用人に命じて、台所の、職人に茶を沸かすための大釜を、きちんと準備させました。
三日の朝になりますと、四人の男が、盒子を一つ、酒甕を一つ担いでやってきました。范師傅が言いました。
「酒はいりませんよ。盛さんが酒を送ってきますから」
酒を担いできた男が言いました。
「これが盛家の酒です」
范師傅はようやく盒子も盛家のものであることに気がつきました。担いできた男が行ってしまいますと、范師傅は弟子たちと一緒に開けてみました。一テーブル分の料理が入っており、茶器、酒器、箸、匙がすべて揃っていました。まもなく、男が盒子に入れた、一テーブル分の料理を担いできました。范師傅は台所に置くように命じました。そして、盒子を担いできた男に言いました。
「食器類は、明日、取りに来て下さい」
担いできた男「そうする様に言いつかっております」
范師傅は、庵の横に住んでいる二人の女房に、盒子の中から、暖める必要のある肉料理を取りださせ、鍋の上に置き、蒸籠を被せて、とろ火で蒸してもらい、客が来るのを待ちました。
王隆吉は朝にやってきました。程なく、譚紹聞もやってきました。范師傅は彼らを出迎え、仏殿の裏の客間に案内し、母親の安否を尋ねました。話が終わらぬうちに、盛公子がやってきましたので、やはり客間に迎えました。二人が挨拶をしますと、
王隆吉「これが従弟の譚紹聞です。こちらが娘娘廟大街の盛さんだ」
二人は初対面でしたので、お慕い申し上げておりましたといったことは、言うまでもありません。更に、范師傅に世話を掛けたことへの礼を述べましたが、このことについては細かくは申し上げません。
しばらく無駄話しをしますと、范師傅が言いました。
「皆さま、伽藍殿でご焼香を」
三人が言いました。
「さあ、焼香をしよう」
范師傅が質問しました。
「旦那さま方がお祈りをされるときの疏頭[1]、線香、紙銭は、おつきの方がおもちですか」
三人は言いました。
「持ってきていない。そこまで考えなかった。どうしたらいいだろう」
希僑
「王くんの準備は完璧でないね」
范師傅
「皆さま、今日はお祝いなのですから、『完璧でない』などということを口になさってはいけません」
隆吉
「こんなことをするのは初めてですし、実を言うと、すっかり慌てていたのですよ」
「大したことはありません。庵に銭香と紙銭がありますから、旦那さま方に貸してさしあげましょう。お祈りのときの疏頭は、私が旦那さま方に読んでさしあげれば十分でしょう」
「それは良い」
「お年からいえば、盛さまが兄、王さまが二番目、譚さまが三番目ということになりますね」
隆吉
「間違いありません」
そこで、范師傅は戸棚から線香と紙銭を取り出し、三人を引き連れて仏殿に行き、伽藍廟の中に入りました。各人は線香を一本手渡され、炉の中に挿し、拝礼を行うために跪きました。范師傅は磬を三回叩きますと、跪き、天に向かって言いました。
「阿弥陀仏、聖賢菩薩のおみ足の下に三人の信士が住めり。一人は盛公子、一人は王相公、一人は譚公子なり。今日、聖賢の炉の前で義兄弟の契りをなす。福有らばともに受け、馬有らばともに乗らん。二心を抱く者あらば、周将軍[2]に監察せしめん。阿弥陀仏、彼らを助け守り、財産を豊かに、子孫を繁栄せしめたまえ。彼らはさらに歇馬涼殿[3]を改築し、御身に彩色を施さんと願えり」
范師傅は唱え終わりますと、更に三回磬を叩きました。三人が拝礼を終えますと、范師傅が言いました。
「お二方、盛様にご挨拶をなさってください。盛さまがお兄さまですから」
希僑
「その必要はないでしょう」
隆吉
「いいえ、ご挨拶しなければいけません」
譚紹聞を引っ張って拝礼を行わせました。盛希僑は略式の礼を受けました。隆吉
「紹聞、僕たちはこんなことはしなくていいよ」
譚紹聞はすぐにやめました。
さて、譚紹聞は胸を熱くし、顔を紅潮させました。彼はもともと躾を受け、父や先生の説教を聞かされていましたので、今日、このような事をして、とても不安になったのでした。しかし、隆吉が誘いに来た時に、いい加減に承諾してしまっていましたので、今日は何も言うことができず、成り行きに任せるしかありませんでした。盛希僑は生来の悪人、官門の不肖の子でしたし、王隆吉は商家の出身でしたので、何の分別もありませんでした。盛希僑は義兄弟の契りを交わすことを何とも思っていませんでしたし、王隆吉もとても喜んでいました。これは三人の心の中のことですから、細かくは申し上げません。
さて、范師傅は三人を引き連れて仏殿を抜けますと、客室へ行って腰を掛けました。范師傅が茶を持ってきますと、盛公子は茶碗を手にとらずに、言いました。
「僕は茶を持ってきた。范さん、急須を洗って、別に湯をもってきてくれ」
そして叫びました。
「宝剣」
宝剣は双慶児、王隆吉についてきた進財児と、結義をしようと相談をしている最中でしたが、希僑が叫んだので、慌てました。希僑は幾度か罵り、台所へ茶を捨てに行くようにいいました。范師傅は、門に入った時、盛希僑が茶を手にとってすぐに置いた理由が分かりました。程なく、宝剣が茶を持ってやってきました。茶碗も、下男が革でくるんでもってきました。人々は茶を飲みました。普屑[4]か君山[5]か武彜[6]か陽羨[7]かは分かりませんでしたが、変わった香りと味の、珍しいものであるように思われました。
茶を飲み終わりますと、范師傅が料理を並べました。すべて山海の珍味で、人々は箸をとって食べました。ところが希僑は少し食べますと、言いました。
「これらの料理は二三品残して、ついてきた者に食べさせよう。家からもってきた料理を出してくれ」
范師傅は無理強いするわけにもゆかず、言いました。
「これは本当に旦那さま方にお出しするものではございません」
そして、料理を引っ込めますと、盛家から送ってきたものを並べました。果たして、光鴨、固鵝[8]の他に、河南のものはありませんでした。飲み物は盛家の酒で、香しく美味であったことは言うまでもありません。隆吉は言いました。
「范師傅、あなたも座ってください」
「台所は私がぬけると困るのですよ」
希僑
「行ったり来たりするのも良くないな」
「私はお相手することができませんから、弟子にお相伴をさせましょう」
そして、建物の中に向かって叫びました。
「慧照、針仕事はやめて、お客様のお相手をしておくれ」
すると、二階から尼が降りてきました。十八九歳で、目鼻立ちの良い娘でした。客室に来ますと、若い施主たちに尼の挨拶を行い、横に腰掛け、何も食べずに、箸で客に料理をとってやりました。そしてうつむいて、一杯茶を飲みました。
宴会が終わりますと、范師傅もやってきて寝台の上に座り
「旦那さま方、お粗末でした」
と言いました。希僑
「あなたのお弟子さんは、どうして喋らないのですか」
「貧乏人のなりをしているので、人に会わせるわけにゆきません。毎日二階で刺繍をしていて、お客に会うこともないのです」
「出家した人が、どのような刺繍をしているのですか」
「尼寺は貧しいので、順袋[9]や、鍵袋を縫って、何文かで売り、幾升かの米を買って食べるのです」
「二階に行って、どんな針仕事をしているか見てみよう。そして、幾つかもっていって、家に帰ったら手本にしよう」
慧照が笑って
「御覧になってはなりません」
范師傅
「お見せしてもいいじゃないか。旦那さま方に、気にいったものを、一つもっていっていただければ、十売ったよりもよっぽどいいよ」
希僑は
「二人とも、一緒に二階へ見にゆこう」
と誘いました。范師傅は、三人を引き連れて、二階へ上りました。慧照は仕方なく二階へついてゆきました。人々は縫われたものを見ますと、言いました。
「綺麗な模様が刺繍してあるね」
范師傅は、下へ茶を取りに降りて行きました。希僑は自分で幾つかを選び、無理やり譚紹聞に順袋を一つ、隆吉に巾着を一つ与え、茶を飲みますと、一階に降りました。
客間に行きますと、希僑が言いました。
「庵での生活は質素なものでしょう」
范師傅
「よく食事を抜くことがあるのです」
「心配しないでください。明日、私が十両の灯明代、一石の米を送りますから。弟たちも何かを送ってくれるでしょう」
「阿弥陀仏」
希僑が言いました。
「刺繍はとても良いが、惜しいことに緞子が良くない。明日、私の家に呼んで、客用の枕かけを幾つか刺繍してもらおう。連れていっていいだろう。ただ働きはさせないから」
「お宅の奥さまからいろいろ教えていただきましょう。もちろん行かせますとも」
二人が話を終えますと、隆吉は、譚紹聞が一日中あまり喋らないのを見て、尋ねました。
「紹聞、今日はどうして不機嫌なんだ」
「不機嫌なのではありません」
希僑
「庵に遊ぶものはあるかね」
范姑子
「阿弥陀仏。何もございません」
隆吉
「薬屋の梁相公が置き忘れていった、あの将棋盤は」
「薬屋がうちに忘れていったのですが、さすことができる人がいないのです。多分、駒が足りなくなっているでしょう」
「二つ足りませんから、瓦のかけらに字を書きましょう」
希僑
「君もおかしなことを考えるね。駒がないからといって、瓦のかけらを代用品にするわけにはゆくまい」
「代用品になるのですよ」
范姑子はしばらく探しますと、かけらをもってきました。盛希僑は笑いながら言いました。
「こまが揃ったようだな。ただの木のかけらだ、どんな試合をしようと気楽なものさ。ところで、誰がさすんだ」
隆吉
「兄さん、弟とおやりなさい」
紹聞
「僕はできないのです」
「一緒に勉強していたとき、先生がいないと、ケ祥の台所で遊んだじゃないか」
人々は笑いました。范姑子は慧照に命じてテーブルの上に並べました。希僑
「酒を飲むのが一番だ」
隆吉は希僑が軽薄な行いをしだすのではないかと心配していましたので、ひたすら将棋をするように促しました。紹聞も、酒を飲むのはやめて帰ろうといいました。希僑は仕方なく紹聞と将棋を始めました。
范姑子が出てゆきますと、隆吉もついてゆきました。そして尋ねました。
「今日の料理はとても良かった。どうやって作ったんだい」
「私は二両で、蓮壺館の上等の海鮮料理を頼んだのです。ところが、盛さまが嫌がって召し上がりませんでしたので、私も料理屋からとったものとは言えなかったのです」
「兄さんの料理は本当に良かった。二回食べたが、同じものは何もなく、知らないものがたくさんあった」
更にしばらく雑談をし、将棋を観戦しますと、日はすっかり暮れ、それぞれの家から迎えがきました。盛家からは、「布政司」の三文字が書かれた、一対の、牛の腰のように大きな提灯をもって、三四人の下男が、一匹の馬をひいてきました。譚家からは、王中、徳喜児が「碧草軒」の三字の書かれた提灯をさげ、宋禄が車を一台走らせてきました。隆吉の家からは、おもての帳場の店員が自からやってきましたが、「春盛号」という針金の骨の提灯をさげていました。この様子を夏鼎、字は逢若という男が見ていました。
そもそもこの夏逢若は、他人の家で賭博をして帰る途中、地蔵庵の入り口にたくさんの提灯が点り、車馬や下男たちががやがやとしているのを目にしたのでした。暗がりの中に立って見てみますと、「布政司」の提灯が目に止まりましたので、布政司の役所の人が庵にいるのか、何の公務だろう、と不思議に思いました。しばらく見ていますと、盛公子が目に入りましたが、もう二人は知らない男でした。「碧草軒」がどこの家なのかは分かりませんでしたし、「春盛号」という小さな店が、盛公子と交際しているとも思われませんでした。心の中で訝かしく思っていますと、人々が叫ぶのが聞こえました。
「范姑子、ごちそうさま」
范姑子が言いました。
「お粗末でございました」
更に盛公子が
「二人とも、いずれうちに招待するからな」
と言い、
「范姑子、明日迎えを送るから、あの子をよこさなければいけないぜ」
と言うのが聞こえました。そして、范姑子が
「必ず行かせます」
と言いますと、人々はがやがやと散ってゆきました。
夏逢若は心の中で考えました。
「この人達の仲間になったら、たくさん飲み食いすることができるし、金を使うこともできる。とりあえずゆっくり探りを入れて、研究してやろう」
そして、すぐに自分の仕事をしにゆきました。
盛、王両人が家に帰った話は、ひとまずおきます。さて、譚紹聞は、今日、少し不安になりました。気が付けば日も暮れていましたし、迎えにきたのも王中でしたので、心はますます落ち着かず、車に乗りますと、一言も喋りませんでした。家に着きますと、一人で休みました。
二日後、王中が、表に「明日の昼、粗菜を整えてお待ちしております」、裏に「愚兄盛希僑拝す」と書かれた全帖[10]をもってきて、若主人に手渡しました。紹聞
「盛家の招待状だ。使いの者を休ませてくれ」
「使いは帰りました」
そして、低い声で言いました。
「お父さまが亡くなられても、坊っちゃまは勉強をして、正しい行いをなさらなければなりません。口実を設けて断られるべきです」
「お前の言う通りだ。明日はあの人の家へ行き、日を改めてあの人を招こう。一席お返ししてから、別れることにしよう」
「人々は盛公子のことを放蕩息子だと言っています。あの人は渾名を公孫衍[11]というのです。私は、先日少しでも気付いていれば、坊っちゃまをあの人と結義させませんでした。昨晩、私はお母さまからこのことを聞かされ、急いでやってきたのです。辞退の帖子を送られるのが一番です。家で急の用事があるから行くことができないと言えば、失礼にもあたらず、別れることができます。結義した兄弟は、もともと肉親ではありません。初めは少しばかり親しくしていても、後になれば必ず情が薄まるものです。それに変心したり、罵ったりする者もあります」
「僕も、昨日、後悔したんだ。だが、今断るのは、とても申し訳ないから、ちょっと行ってみることにするよ」
「その『申し訳ない』が坊っちゃんに災いをもたらすのです」
「辞退の帖子は絶対に送らないぞ」
王中も、それ以上止めるわけにはゆきませんでした。
次の日、王中は紹聞と一緒に盛家へ行こうと思っていました。しかし、食事が終わりますと、紹聞は双慶児を引き連れて、盛家に行ってしまいました。門に着きますと、宝剣が中に入ってゆきました。大広間に腰を掛けますと、巳の刻近くになっていました。宝剣が言いました。
「主人はまだ目を覚ましていませんが、私が話しをして参ります」
ほどなく、盛希僑が走ってきました。彼は、靴を引っ掛け、服をはだけながら、何度も言いました。
「東の書斎へ行こう、東の書斎へ」
紹聞が立ち上がり、挨拶をしようとしますと、希僑は
「必要ないよ」
と言いました。そして
「曲米街の王さんを迎えにいってくれ」
と命令しながら、譚紹聞の手をとって言いました。
「東の書斎へ行こう」
二人は一緒に歩き、宝剣が案内をしました。希僑は歩きながら、言いました。
「昨晩、酒を飲んだので、今朝は起きられなかったんだ」
宝剣が書斎に案内しました。「内省斎」という額が掛かっていました。中に入って腰を掛けますと、一人の下女が叫ぶ声が聞こえました。
「宝剣、若さまの顔を洗う水を、もって行っておくれ」
宝剣が簾を掲げ、水をもって入ってきますと、希僑は罵りました。
「馬鹿者が。お客さまにお茶も出さないで、俺のことばかり気に掛けやがって」
紹聞
「顔をお洗いください」
「兄弟、ますます申し訳ないが、服もかえてくるよ」
希僑は去ってゆきましたが、まもなく、服をすっかりかえて出てきました。ちょうど王隆吉もやってきました。希僑は彼を迎えますと、笑いながら
「譚君が来たとき、まだ寝ていたんだ。今、顔を洗って、服をかえたところだ。君は遅く来たから、罰を与えなければいけないな」
「客が来たときに寝ていた兄さんは罰せられないのですか」
皆は笑いました。茶を飲みますと、隆吉が言いました。
「今日は兄さんのお母さまにお会いしたいのです。どうか失礼だなどと仰らないでください」
「腰を掛けてくれ。実を言うと、母は昨日山東のおじの家から戻ったばかりなんだ。駄轎に一千数里乗っていて、今、楼の上で眠っている。数日休んでも疲れはとれないだろう。僕たち兄弟はもちろん挨拶をしなければならないが、日を改めてはどうだい」
隆吉「叩頭もしないという法はないでしょう」
希僑は何度も断りました。そこで紹聞
「まあいいでしょう。仰る通りに致しましょう」
しばらく腰を掛けていますと、希僑が言いました。
「ぼんやり座っているのもなんだから、遊びでもしよう」
紹聞
「座って話しをしましょう」
希僑
「座っていると、よく居眠りしてしまうんだ。いいから遊ぼう。譚君、何ができるか言ってくれ」
「何もできません。父が生前とても厳しかったので、遊びができなかったのは勿論、遊びを見たことさえないのです」
隆吉
「これは本当です。紹聞の父親は堅物で、紹聞は四門[12]すら出たことはないのです」
希僑
「どうして将棋はできるんだ」
紹聞
「屋敷の料理人が将棋をもっていて、こっそり遊んだことがあるのです。ですから、先日、将棋をしたとき、続けて二回負けました」
「将棋は詰まらない。骨牌も面白くない。座っていれば、気が塞ぐ。どうしたものだろう。何なら、サイコロ賭博をしようか」
紹聞は顔を赤らめますと、言いました。
「できません。そんなことをして遊んではいけません」
「王君はできるか」
隆吉
「正月に胡桃を賭けたことがあります。骨牌と同じようなものです。しかし、うまくはありません」
希僑は手を叩いて笑いながら、
「よく知っているな。これはいい。満相公がいないのが残念だ」
「満相公はどこへ行ったのですか」
「南の城外へ犬を買いに行ったんだ。南の城外の蘇家で、愛玩犬を一匹売ることにしたんだ。八両の銀をやったが、売ってくれない。馬とかえる積もりなんだよ。─あの家がどれほどの家だっていうんだ。そうだ、奥へ行って慧照を呼んできて、仲間に入れよう」
「慧照はどこにいるのですか」
「奥に泊まって二日になる」
「范師傅があの娘をよこしたのですか」
「君も物分かりが悪いね。范師傅があの娘をよこさないはずがないじゃないか。宝剣、奥へ行って慧照を呼んできてくれ」
宝剣は暫くしますと、戻ってきて言いました。
「表にお客がいるから、こないと申しておりました」
希僑
「僕が行こう」
暫くしますと、希僑が慧照を連れてきました。希僑は言い付けました。
「側門を閉めてくれ」
一同は席につきました。隆吉は、紹聞に、庵で御馳走になったことへのお礼を言いました。慧照は口に手をあてて
「お粗末さまでした」
と言いました。希僑
「つまらない話はやめて。色盆[13]をもってきてくれ」
宝剣はテーブルに毛氈を敷き、色盆を置きました。希僑は人々を座らせました。紹聞は座ろうとしませんでしたが、希僑は言いました。
「知らないのなら、宝剣に見てもらえばいい。この馬鹿野郎は目がよくて、サイコロが回っているときでも、丁か半かが分かるんだ。負けたら勘定に入れず、勝ったら君がもってゆけばいい」
さらに叫びました。
「慧照、お前はそこに座れ」
慧照は笑いながら言いました。
「座りませんわ。それに、どこに座ってどうするのかも知らないのです」
希僑「お前が加わらなければ、昨日の晩に俺が負けた五百銭を、お前にやらんぞ」
慧照は顔を赤らめて、言いました。
「負けることはできませんもの」
希僑「負けは俺がもつ。勝てばお前のものだ」
更に隆吉に向かって言いました。
「君には手加減をする必要はないよな」
そして、宝剣に命じて二階から四千銭をもってこさせました。希僑は怒鳴りつけました。
「はやく点棒を片付けるんだ。人に不愉快な思いをさせないでくれ。兄弟同士なんだからどちらが勝とうが負けようが関係ない。ただの気晴らしなんだ」
宝剣が点棒をもってきて、テーブルの上に置きました。人々の前には一千銭が置かれました。希僑が先に擲げ、十四点を擲げましたが、誰も金を賭けませんでした。隆吉が擲げる番になりますと、希僑は紹聞の前の銅銭から、百銭を分けて、点棒を並べました。隆吉は叉[14]を出し、三人に金を払いました。紹聞が擲げる番になりましたが、紹聞は手を伸ばそうとしませんでした。慧照がすでに点棒を並べていましたので、希僑はしきりに催促しました。紹聞は仕方なく、サイコロを手にとりますと、顔を真っ赤にして手を震わせながら、それを擲げました。宝剣が叫びました。
「梅稍月ですよ、梅稍月」[15]。慧照が銭を渡しました。希僑が擲げる番になりました。
紹聞
「僕は本当に擲げることができないのです。胸がどきどきしています」
希僑はしきりに勧めましたが、紹聞は言いました。
「胸がどきどきしておさまりません。やめにしましょう」
希僑
「仕方がない。譚君、慧照と一緒になって、代わりにサイコロを擲げてもらえ。宝剣、お前の金をもってきて、仲間に加われ。ついでに台所の瑶琴も呼んできて、お客の世話をさせてくれ」
宝剣は瑶琴を呼び、二串[16]の銭をもってきて場に加わりました。紹聞はテーブルの脇に座っていましたが、幾らもしないうちに、慧照が「臨老入花叢」[17]の大快[18]を出し、五六串の銅銭を、すっかり取ってしまいました。紹聞は学生風が抜けず、心がびくびくしていました。
暫くしますと、賭博道具は片付けられ、料理が並べられました。希僑
「兄弟だから、挨拶は抜きにしよう」
隆吉、紹聞は揃って言いました。
「申し訳ないことです」
慧照が立ち上がってゆこうとしますと、希僑は引き止めて言いました。
「どこへ行くんだ。ここで客のお相手をしてくれ。お前が枕を縫ったから、お前にお礼をしなければいけないよ」
四人は譲り合って席につき、箸、匙を取りましたが、あまり多くは食べず、すぐに箸を置きました。希僑は盛大に酒を飲もうと思い、皿やお椀をしまわせ、酒席を設けました。すると宝剣が、裏から茶を注ぎにきて、言いました。
「譚さまのお家から、男の方が迎えに来ましたが、側門が閉まっているので、入ってこられません」
希僑は罵りました。
「このおしゃべりめ。昼になったばかりなのに、もう迎えにきたのか。人がきたら、おもての中庭で酒を飲ませるんだ。これ以上余計なことを言ったら、お前の歯を打ち落としてやるぞ」
譚紹聞は王中だとはっきり分かりましたので、不安になりました。そこで、すぐに帰ろうとして、言いました。
「家で用事があって、下男が迎えにきたのでしょう。僕は失礼します」
ここで、希僑がゆくことを許せば、盛公子は、道理をわきまえた性格ということになり、譚紹聞が悪人の仲間になっても、あまり深刻な害はないということができましょう。これぞまさに、
鉄火場はもとより人を騙す場所、
蠆盆[19]で死ぬるを願ふ人なきも
羅刹[20]に激しく牽かるれば、
泳ぎを知れる者より先に滾る油の炉へと赴く[21]。
最終更新日:2010年11月4日
[1]神前で焚く、願文・祝詞をかいたもの。
[2]周倉。将軍の名。『三国志演義』に登場。関帝廟中に、関羽の脇士としてまつる。奇怪な容貌をしている。
[3]参拝者が馬を繋ぐ建物。
[4]雲南省の府名。
[5]江蘇省の山の名。
[6]福建省の山の名。
[7]江南常州府の県名。
[8]光山県産の鴨、固始県産の鵝鳥。河南の伝統的な名物。
[9]護身符や朱砂などを入れる小さな合切袋の類。
[10]交際用の赤紙の名刺。
[11]公孫衍は戦国時代魏の国の人。ここでは、「公孫」─坊っちゃん、「衍」─「厭」(「嫌な」という意味)とかけて、「嫌な坊っちゃん」という意味。
[12]正門から数えて四つ目の門。
[13]
サイコロ賭博に使う盆。
[14]
サイコロ賭博の用語と思われるが未詳。
[15]
サイコロ賭博で得点になるサイコロの組み合わせの一つ。清兪敦培『酒令叢鈔』巻三朱窩令によればサイコロが五、五、一、四となるもの。
[16]「串」はつながったもの一つを数える単位。
[17]
サイコロの組み合わせの名称と思われるが未詳。
[18]賭博の用語と思われるが未詳。
[19]「蠆」は毒虫。『広雅』釈虫には「蠍也」とある。「蠆」と「骰」は、河南語では同音。サイコロ賭博の害毒を蠍にたとえたもの。
[20]悪鬼。
[21]原文「学泅先赴滾油鐺」。「学泅」は『列子』説符「人有濱河而居者、習於水、勇於泅、…而溺死者幾半。本學泅、不學溺、而利害如此」(川沿いに住んでいる人がおり、水に慣れていたので、泳ぐことを恐れなかったが、…その半分は泳ぎを覚えるとおぼれ死んでしまうのであった。泳ぎを学ぶものは溺れたときのことを学ばないので、このようなひどい目に遭うのである)に基づく言葉。ここでは、賭博に長けた者ほど酷い目に遭うことの隠喩。