第二十二齣 訪女(美女を選ぶ)

(宦官が登場)

先王の行くところにはつねに従ひ、今上の東宮に生ひ立ちし時、御衣を着せたり脱がせたり、駿馬が来なば騎乗を教へり。

わしは越王殿下の宦官じゃ。先日は王さまより美女を選べと命ぜられた。山陰、会稽、余姚、上虞で選んだが、一人としていい娘がおらなんだ。王さまとお后さまは大変なご立腹。蕭山と諸曁からはまだ美女が選ばれてこぬ。とりあえず献上されてくるのを待って、改めて手を打つことにしよう。晩には宮中の宴に侍して、朝には御殿で饗応をする。とりあえず休憩し、下役を入り口に待機させよう。何かあったら、すぐに来て報告をするのだぞ。

(下役)かしこまりました。

(宦官、下役が退場。東施が登場)

お后となる美人を求め

村々で選抜が行はれたり

顔ならば

たれか東施に勝るべき

十分な艶やかさ

本日は綺麗な裙に着替ふれば

人々は細腰といふ

人々は細腰といふ

わらわは東施、わが国で美女選びが行われたが、お眼鏡にかなう女は見つからなかった。わが諸曁県にやっては来たが、美人はさっぱり見付からぬ。わらわの家には数貫の銅銭があり。わらわの父は美女選びする役人にいささかの銀子を送り、わらわが名をも報告された。実を申せば我が諸曁県で、本当に美しいのは、西施のみだが、家で病に臥している。それに女は善悪の区別がないもの、宮中に入れば嫉妬を受けるだろう。西施とともに選ばれて宮居に入れば、正室の位を奪われるかもしれぬ。妾になるわけにもいかねば、西施のことを報告するのはやめにして、わらわ一人でいくことにしよう。聞けば司礼監の張さまが美女を選んでらっしゃるとか。急いでいこう。歩いてくれば、ここが張さまの屋敷の入り口。どうして人の姿がないのか。

(北威が登場)

お后となる美人を求む

実の姉は南威とぞいふ

わらわは年老いたりといへども

いまだ嫁がず

肩には薬の包みあり

何人か猫背といはん

何人か猫背といはん

わらわは北威。諸曁県で美女を選んだが、金持ちの家の娘が選ばれていったとか。わらわの父は張さまの家に診察に行き、名を告げられた。ちょっと行ってみることにしよう。

(東施に会う)

おや、夜に寝て、朝に起きたら、わたしのほかにも朝歩きする人がいる。東施さん、何をしに来られたのです。

(東施)北威さん、あなたこそ何をしに来られたのです。

(北威)正直に申しましょう。こちらで美人を選んでいると耳にして、わざわざ様子を見にきたのです。

(東施)それならば、張さまの家に行き、待っていましょう。

(北威)その通りですね。尋ねてみましょう。どなたかいらっしゃいますか。

(下役が登場)何者だ。二人とも何をしに来た。

(北威、東施)わたしたち諸曁の美人二人が、選ばれにまいったのです。こちらで待っておりましょう。

(下役)それはおかしな。人とも鬼ともつかぬのに、ここへ来てどうするつもりだ。

(北威、東施)かくも道理をわきまえぬとは。われら二人の(かんばせ)は、自慢をするにはあらざれど、観賞するに堪ふるもの。おんみの奥さんよりはまし。

(下役)実を申せば、この間、山陰県から美女が送られてきたのだ。その中に絶世の美女がいた。ぶよぶよのでぶでもないし、がりがりの痩せでもないし、ひょろひょろののっぽでもなく、ちんちくりんのちびでもなかった。まことに沈魚落雁、閉月羞花の(かんばせ)だった。

(北威)それは宜しいことでした。

(下役)老公公[1]が献上したら、王さまは喜ばれ、一晩一緒に寝たものの、翌朝には追い払われた。

(北威)それはまたどうしたわけで。

(下役)口が臭いとおっしゃっていた。

(北威)実を申せば、わたくしは、大蒜(にんにく)を一度に十から二十個食べて、焼酎を立て続けに五六瓶飲みますが、わが口はとても奇すしきもの。五更まで寝たとても、まだ佳い香りがいたします。

(下役)そのことは兼ねてから聞いておる。二日目は上虞県から美人が献上されてきた。その中に絶世の美女がいた。髪は黒々、眉は青々、眸はうるうる、鼻は高々、口は(かぐわ)しく、腰はすらりと、腹は柔らか、手先はすっきり、足はしなやか。さらにあかあかとして、てらてらとした、ほかほかとして、あつあつの、さらさらとして、引き締まった、上等のものを持っていた。

(東施)それはますます素晴らしい。お手をつけられたのでしょうか。

(下役)老公公が献上したら、王さまは一晩一緒に寝たものの、翌朝には追い払われた。

(東施)どうしてでしょう。

(下役)おならをするとおっしゃっていた。

(東施)実を申せば、私は普段、新米は八九碗、塩漬け豚は六七斗食べますが、胃腸が丈夫で、夜中には三四回も便所に行きます。寝床の上でおならをしたりはいたしませぬ。

(下役)そのことは兼ねてから聞いておる。老公公はもうすぐ役所にお出ましだ。遠路はるばる来たのだから、連れていってやろう。うまくってもいかなくても、おまえたちの気は済むだろう。

(北威、東施)どうもありがとうございます。

(宦官が登場)下役はどこにいる。何かあったか。

(下役)諸曁県で美女を選んでまいりました。

(宦官)入るがよいぞ。

(北威、東施が扇で顔を隠して中に入る。宦官が彼らを見る)追い出せ。

(宦官、下役が退場。北威)南威さん、興ざめですね。どうしたらいいでしょう。歌をうたって帰りましょう。

(合唱)

苧蘿村に花にも似たる一対の娘あり

かねてより誰にも娶らるることなし

猫背には包みを隠し[2]

細腰なれば(ズボン)はつねにずり落ちたり

このたびは選ばれず

ひからびる薪の山も活路を求めん[3]

(退場)

 

最終更新日:2010119

浣紗記

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[1]宦官に対する敬称。

[2]原文「怕背駝遮個包」。未詳。丸まった背が包みのように見えるとの意か。

[3]原文「柴垜槁去尋活路」。未詳。美人ではない自分たちを粗朶に譬えたものか。

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