第十七齣 効顰(顰みに倣う)

(東施が大きなおなかをして登場)

わらははやはり女なり

私通はいつも露顕するもの

清明に胎児ができて

端午には子供を産めり

中秋にならざるにおなかはまたも膨らめり

私は姓は施、苧蘿の東の村に住む。そのため東施と呼ばれている。わが家は代々この地に住んでいるのだが、家族の数が多かったため、一部は西の村へ移った。西の村のおじさまは西施という娘を産んだ。顔立ちはとても麗しいが、いまだに人に嫁いでいない。ところが最近どういうわけか胸の痛みを訴えて、先日隣の王媽媽を使いによこし、北の村から北威姉さんを呼び寄せて、脈をとらせたいと言ってきた。北威姉さんは苧蘿北村に住んでいるため、北威と呼ばれる。その昔一族は分家して南村へ行き、南威と呼ばれる姉さんがいる。南威もとても美しく、晋文公に娶られて后となった。残っているのはわらわだけだが、猫背のために、娶られることもないため、婦人科を学んでいる。本日は北威を呼んで西村に行き、西施に会わせることにしよう。ゆるゆると歩いてくれば、早くも北威姉さんの家。北威姉さん、居られましょうか。

(北威が猫背で薬の包みを背負って登場)

わらははもとより猫背なり

最近は医者となり婦人科を学びたり

男も診察するものの

実入りはさほど多くなし

どうやら名医とはいへず。[1]

(東施)名医とはいえないけれど、あなたを招く人がおります。開けてください。

(北威)どなたかえ。

(東施)わたしです。

(北威)おやまあ東施さんかい。

(東施)北威姉さん、こんにちは。

(北威)東施さん、こんにちは。久しぶりだね。ますます綺麗になったものだね。

(東施)お互いさまです。

(北威)今日はどういう風の吹きまわしかえ。どうぞお座り。

(東施)その必要はございません。仕事があってきたのです。

(北威)どうしたのだい。

(東施)まだご存知ないのですか。最近西施が胸を患い、もう一月になりまする。先日は手紙をよこし、あなたに脈をみてもらおうと申していました。

(北威)それは知らなんだ。それならば、ぐずぐずしてはおられない。いっしょに行こう。

(東施)山は深く、日は永く、花は散り、鳥は鳴き、あっという間に、また春が来て去ってゆく。

あつといふ間に晩春となり

連れ立ちて、あたふたと友を訪ねり

(北威)

急ぎ進めば

松雲を隔てて見ゆる家々の煮炊きの煙

西の村へはいづれの道が近かりし。

(東施)お忘れでしょうか。石橋の南を西に曲がればそこが西の村。いそいそ歩けば、石橋の南から西の村へは目と鼻の先。花は落ち、鶯は鳴き、入り口は半分閉じられています。入り口が半分開いていますから、一緒に中に入りましょう。

(北威)長いこと病気ですから、ずっと外には出てきません。憐れなこと。ほんとうに憂わしいこと。蒼苔(あおごけ)弓鞋の跡はなく、訪ねる人もいないとは。

(奥から犬の鳴き声。西施が胸を押さえて登場)

子犬は籬の根元にをりて

何故に絶え間なくワンワンと鳴く

かならずや人があるべし

(北威、東施)西施はいるかえ。

(西施)どなたです。

(北威、東施)私たちだよ。

(西施)いらっしゃい。おや。本家の方が貧しい私をご訪問とは。

(北威、東施)病気であるとは聞いていたが、この春はずっと手紙を出さなんだ。床について何日になるのかえ。

(西施)憐れと思ってくださるのですね。病のことはお尋ねになられませぬよう。顔は去年の春よりも美しくなく、少しの色気もございませぬ。

(北威)かえって綺麗になったようだよ。

(西施)お二人ともこんにちは。

(北威、東施)こんにちは。

(東施)一ヶ月以上床に臥していたと聞くが、誰も話しをしてくれなんだ。先日お前が王媽媽に手紙を寄せて、こちらもようやく気がついて、北威姉さんを呼びよせて脈を診ていただくのだよ。

(西施)お二人にはご足労をおかけしました。

(北威)尋ねるが、どうして病気になったのだえ。今の加減はどうだえ。

(西施)私とて存じませぬ。普段から谷川のほとりで紗を洗っておりましたが、体は疲れ、頭はくらくら、体は重く、今では日夜胸が痛くて、食事も減ってしまいました。

(東施)綺麗な人にめぐり合い、春の心を動かして、日夜焦がれて、このような病気になったのだろう。

(西施)ご冗談を。北威姉さん、脈をご覧になってください。

(北威が脈をとる)私の手、東施の口は、おかしなことに同じもの。病因は七情[2]が動かされたため。春の光は美しく、風景は晴れて穏やか、蝶と蜂とは狂わしく飛び、いたるところに遊絲と柳絮。夏が来て、春は去り、花は落ち、鶯は鳴く、さまざまな憂えが訪れ、一点の春の心を抑えることは難しく、胸の病は、癒えることがない。咳をして頭は痛み、顔は赤く、体は熱く、心は乱れ、夢は穏やかではなかろう。そうではないかえ。

(西施)まさにおっしゃる通りです。

(北威)ものの道理を説いてやろう。第一に気晴らしをすることだ。第二には薬を飲むこと。気を楽にすれば、薬も飲まずによくなるだろう。気を楽にせず、このように悲しんでばかりいては、一万の薬を飲んでも無駄なこと。

(東施)それならば、簡単なことにございます。東村と、西村に行き、綺麗な男を探してきてくれば、病気はすぐによくなりましょう。

(北威)あなたが媒酌したならば、あなたは身持ちがよくないですから、綺麗な男がいるときは、自分のものにしてしまい、他の人に送ろうとしないでしょう。

(西施)冗談はおやめ下さい。

(東施)先日は王媽媽がやってきて、西施が最近胸の痛みを訴えて、胸を押さえて、眉を顰めているものの、顔はますます美しくなったと耳にいたしました。王媽媽のいうことを信じずに、冷静に見てみれば、うるうるとしたかわいい目、青々とした眉、目にたたえるのは秋の水、絵にもかけない春の山、病気などではございません。ますます元気になっています。顔は青ざめてはおらず、ますますかわいくなっています。男がみれば喜ぶばかりか、女が見ても、体がしびれ、動けなくなってしまうほど。惜しいのは冷水がなく、飲むことができないことです。

(北威)これはいけない。この人を飲んでしまったら、あなたのおなかはますます大きくなってしまいますよ。

(東施が胸を押さえて眉を顰める)これはいけない。私も胸が痛みだしました。

(北威)どうしたのだえ。

(東施)お話ししましょう。分家する前、わたくしと西施さんとは東の村に住んでいましたが、二人とも小さいときから同じ心で、とても仲良くしておりました。わたくしが喜べば、彼女も喜び、彼女が怒れば、わたくしも怒りました。彼女の胸が痛めば、わたくしも胸が痛くなります。わたくしにも薬を飲ませてくださいまし。

(北威)実を言えば、私は田舎の医者だから、包みの中にはいくつかの飲み薬、いくつかの丸薬があるばかり。西施の体は小さいから、薬は六七十粒で十分だろう。煎じ薬は七八分ほどで十分だろう。だけどあなたは大きなおなかをしているから、丸薬と散薬ならば六七合、煎じ薬ならば一二鍋、田舎の医者の私では、手におえないよ。

(東施)ご冗談を。西施は胸の痛みを訴え、鼻の上には皺がより、おできもできているものの、ますますかわいくなりました。わたくしの鼻の上にもおできができたようですが、わたくしは西施と比べていかがでしょう。

(北威)私の話をお聞きなさい。東施さんの鼻の上にはおできができた。何に似ているかといえば、常熟県の大麻麻菩薩。

(東施)冗談はやめてください。もう一度西施をご覧くださいまし。眉間には愁えをたたえ、ますます綺麗になりました。わたくしの眉間にも愁えがたたえられていますが、わたくしは西施と比べていかがでしょう。

(北威)あなたの愁えは西施さんよりいいですね。

(東施)何に似ているのでしょうか。

(北威)私の話をお聞きなさい。東施さんは自慢がお上手。眉間には愁えをたたえ、何に似ているかといえば、閻魔王のお堂の前の山鬼のよう。

(東施)またまたご冗談を。

(北威)

美しき娘なれども、やはり体は弱きもの

にはかに胸の病となるは何故ぞ

結婚のできぬため

いらいらとして胸を苦しむ

生臭き食事を減らし

憂へを解きて

寒さを避けて

薬を飲みて

朝な夕なに養生しなば

結婚も叶ふべし

ぐづぐづせずに

すみやかに療養しなば

結婚の日も近からん

(東施)

東西に二つの村はありたれど

もとをたださば一つの村

貧しきことはみな同じ

容貌は麗しきこと花柳の如し

何故に黄昏と

白昼に怯えたる

佳き時と、麗しき景色に遭へば

心はとろけり

西施は家で一日じっとしているが、私はずっと門の前で立っている。

東や西へ人を求めど

()ふ人もなし

占ひすれど

紅鸞と天喜[3]には

めぐり合ふこともなし

(西施)

眉を蹙めて春山を掃くも懶し

腰は痩せ、羅裙も緩めり

顔の痩せるを怪しみて

歳月の一瞬なるを嘆きたり

秋がきて、春がゆくのに任する我を憐れと思ふ人もなし

朝雲は逝き、暮雨に遭ふ

ただ一人、養生すれど

涙の痕の尽くることなし

悲しみに理由あり

体は痩せて

香玉の体は衰へ

いづれの時に癒ゆべけん

(北威)東施さん。この人は体が丈夫じゃありませんから、騒いでいてはいけません。すぐ帰り、薬をもってまいりましょう。

(西施)もう少しこちらにいらっしゃってください。

(北威、東施)その必要はございません。

(西施)お相手もいたしませんで。

(北威、東施)送るには及びませんよ。中に入って、寒さを避けてじっとして、おなかを減らさないように。

(北威)春風は日ごとに吹きて香る草花。

(東施)かの人は何故に衰ふる。

(西施)貧なれば、佳き男より金を受け取ることもなし。

(合唱)病みたれば、隣人が薬の処方を語るのみ。

 

最終更新日:2010119

浣紗記

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[1] 「男も…」以下の原文、「男人也来拖、近銭又不多、看来不是个道地貨」。未詳。

[2]医学用語。喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七つの精神状態。

[3] いずれも吉星の名。

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