第一齣 家門(あらすじ)
(梁辰魚[1]が登場)
佳き客は重ねて来たらず
楽しき遊びにふたたびは逢ひがたし
夕月は台館に照り
春風は簾[木龍][2]を叩きたり
名利を語る暇はなく
緑と紅に寄り添へり[3]
請ふらくはこの曲を見よ[4]
興廃は杯の中にあり
名馬の櫪に伏し
鴻の籠に囚はるるを嘆く
試みに往古を尋ね
傷心をみな詞鋒に託したり
何人かこれを作りし
平素より悲憤せる
呉の市に薪を負える梁伯龍[5]。
(奥に尋ねる)
奥の役者どのにお尋ねしますが、今日はどなたの物語、どなたの劇を演じるのですか。
(奥で返事をする)
本日は、范蠡がはかりごとをし、勾践[6]が越国を復興し、呉国を滅ぼし、伍胥[7]が東海に霊を浮かべて、西子[8]が扁舟に載り五湖[9]に浮かんだことを演じるのでございます。
(梁辰魚)
その劇でしたか。わたくしが家門の話をすれば、劇の大意がお分かりになることでしょう。
范蠡[10]は遨遊し
風流倜儻
諸侯をあまねく経巡れり
東南に覇者の立つるを予測して
越国に逗留し
春の行楽
浙水[11]で西施と出会ひ
婚約をして
紗を送り
二人並んでしつぽりとせり
知らざりき国家には事件が多く
主君とともに異国に身を寄せり
三年間も捕らはれて
国に戻りて傾城を借り
呉への讐にぞ報いたる
才子佳人は扁舟に載り太湖に浮かぶ
『今古浣渓新記』[12]をば見よ
もとの名は『呉越春秋』なるぞかし[13]
(退場)
[1] 『浣紗記』の作者。
[2]簾のかかった連子窓。
[3]緑は柳、紅は花。花柳界の女のこと。
[4]原文「請看換羽移宮」。 義未詳。「換羽移宮」は羽や宮などの曲調を換えること、すなわち、さまざまな曲を列べて戯曲を作り上げること、または作り上げられた戯曲を指すものと思われる。
[5]原文「負薪呉市梁伯龍」。「負薪」は薪を担ぐことだが、転じて身分の低い人間のことをいう。『後漢書』班固伝上「不逆負薪之議」注「負薪、賤人也」。梁伯龍は梁辰魚の字。
[6]春秋時代越の王。
[7]春秋時代呉の臣伍子胥のこと。
[8]春秋時代越の美女西施のこと。
[9]江蘇省太湖のこと。
[10]春秋時代越の臣。
[11]浙江省を流れる川の名。浙江。漸江。
[12] 『浣紗記』の別名。
[13]後漢、趙U撰の歴史書。全十巻。この部分は、『浣紗記』が『呉越春秋』を種本として書かれたことを示していよう。