第二十五巻     徐茶酒が騒ぎに乗じて新しい妻を奪うこと　鄭蕊珠が怨みを鳴らして旧い事件を終わらせること

 

 

　　瑞気清暁に籠む。珠簾を巻き、笙歌を整へ、一時に奏づ。限りなき神仙は蓬島[1]を去り、鳳駕鸞車ははじめて到る。擁するを見る、仙娥窈窕。玉珮は玎鐺として風は縹緲、嬌姿を望めば、垂楊の揺るるがごとし。天上にあり、世間に鮮し。劉郎はまさに年少。加ふるに、天より授かる、才貌はもつとも優る。玉樹瓊枝はともに輝き、たれかいとよく安排したる。幾ばくぞ、風流(いろごと)と歓笑と。来春に名をなさんとす、馬は龍に似、緑綬[2]は芳草にぞ勝る。富貴をともにし、老いをともにす。

　　この詞は『賀新郎』といい、宋代、辛稼軒が他人の新婚の祝宴のために作ったものでございます。天下の吉事のなかでは、まずは洞房の華燭の夜が、もっとも賑やかであり、この賑やかさのせいで、混乱に乗じた強盗が起こるのでございます。呉興安吉州の富豪の新婚の夜、泥棒が、人が混雑しているのに乗じ、忍びこんでゆき、新郎の牀の下に伏し、人が静まった後、出てきてものを奪いとる準備をしていました。ところがこの家の新郎新婦の部屋では、夜通し灯りを置き、牀の上の新郎新婦は、雲雨してしばらく睦みあい、枕辺で切切と私語(ささめごと)し、あなたが問えばわたしが答え、くだくだとしてやむことがありませんでした。話して興が乗りますと、さらに例のことをしはじめ、あまり眠ろうとしませんでした。賊は牀の下に隠れていましたが、聴くにたえない嫌らしい話は、静まることはありませんでした。さらに燈火は明るく、喘ぐこともできず、抜け出して盗みをするのはなおさらのことでした。そこでじっと臥しているしかありませんでした。水火[3]を催した時は、昼間、牀に人がいない時を待ち、牀の下の暗い角にしました。このようにすること三昼夜、結局手を下せず、腹が空き、我慢できなくなりましたので、生死に構っていられなくなり、人の声がやや静かになりますと、命懸けでこっそり走り出、道を探して逃げさろうとしました。ところが、火影の下で、早くも家の不寝番に見つかり、「泥棒だ。」と叫ばれてしまいました。表と奥の人々は、みな起きあがり、賊を捕らえ、まずは殴り蹴り、縄で縛り、夜明けに役所に送る準備をしました。盗人は哀願しました。「わたしはほんとうに物を盗んでいない。入ってくるべきでなかったとしても、先ほどひどく打たれたことで、帳消しになったはずだ。どうかわたしが役所にゆくのを免じ、逃がしてくれ。もちろんお礼しよう。」主人は言いました。「誰もおまえがお礼することを望んでいない。おまえたちのような悪党は、とにかく役所に送り、うち殺せばさっぱりするわい。」盗人は言いました。「まったくわたしを許そうとしないなら、役所にいっておのずと話すことがある。後悔するなよ。」主人は盗人が言うことが素直でなく、憎らしいのを見ますと、さらに数回打ちました。

　　縛って翌日になりますと、地方に申告し、いっしょに県庁に送ってゆきました。県知事が審問しますと、まさに「賊には賊の智恵がある」もので、盗人は慌てず騒がず言いました。「知事さま、よくお調べください。わたしは賊ではございません。わたしにぬれぎぬを着せないでください。」県知事は言いました。「賊でないなら、どのような人間で、他人の家の牀の下に隠れていたのだ。」盗人は言いました。「わたしは医者でございます。この家の新婦には、幼いときから人に言えない病[4]があり、発作の時、耐えがたい痛みがあるのでございます。わたしだけが癒やせるのですが、かならず手ずから治療しなければなりませんので、一時もわたしから離れられぬのでございます。このたびは新婚の夜でございましたので、旧い病の発作を恐れ、ひそかにわたしを招いて部屋に従わせ、薬を施すのに備え、牀の下に隠れさせていたのでございます。このしもべはそのことを知らず、賊として捕らえたのでございます。」県知事は言いました。「そのようなことがあるものか。」盗人は言いました。「新婦は幼名を瑞姑といいますが、新婦の家の父親は、妾が生んだ子をかわいがり、十分新婦を世話しませんでしたが、母親はあのひとの味方で、もっともかわいがっていました。ですから人に言えない病になりますと、しばしばわたしを呼んでひそかに治療させていたのでございます。今あのひとを呼んで役所に来させれば、もちろんわたしを知っていますから、はじめて賊でないことがお分かりになりましょう。」知県はかれがしっかりと話すのを見ますと、すこし信じはじめ、言いました。「そのような事があるなら、無実の人に濡れぎぬを着せてはならぬ。今はその新婦を連れてきて役所で確認すればよかろう。」

　　そもそもこの賊は牀の下に三晩隠れ、牀の上の話をくわしく聞いていたのでした。新婦にはほんとうに心と腹の病があり、家でいつも治療していました。それを夫に告げていたため、盗人はそれを記憶し、その家がかれを許さないのを恨みに思うと、役所でこのように話を持ちだしたのでした。こうすればみずからの罪を隠せるばかりでなく、かれの新婦を役所に来させ、かれの家の恥をあらわにすることもできるのでした。これは盗人の悪辣なところでした。県知事は盗人に騙され、ほんとうに新婦を呼ぼうとしはじめました。金持ちの翁は焦り、新婦が出頭するのを免ずることを求めました。県知事は聞こうとしませんでした。金持ちの翁は、盗人を追究しなくてもよいとも願いました。県知事はたいへん怒りました。「人が泥棒したと訴えたのはおまえなのに、証人を求めようとすると、追究しないことを願うというのか。無実の人を誣告して盗人としたことは明らかだ。新婦を出てこさせて対質させなければ、かならずおまえを誣告に問おう。」金持ちの翁はなすすべがなく、はじめて後悔しました。「こうなると分かっていれば、あの悪党を逃がしてもよかったが、今はかえってあいつのわざわいを受けてしまった。」

　　役所の老吏は、金持ちの翁が不安そうにしているのを見、事情を尋ねて知りますと、すぐに言いました。「この悪党をやっつけるのも難しくはございません。ただ丁重にわたしにお礼してください。わたしが言上しにゆけば、あいつを罪に服させることができましょう。」金持ちの翁は謝礼十両を約束しました。老吏はゆきますと県知事に言いました。「この家の新婦は嫁入りしたばかりですから、出てきて賊とともに法廷で弁論すれば、恥辱の極みでございます。知事さまはやはり体面を大事にしてやるべきでございます。」県知事は言いました。「出てこなければ、賊の真偽は分からないぞ。」老吏は言いました。「吏典(わたくし)には考えがございます。思うにこの賊は奥の間に潜み、きっとその女とは面識がないのに、その女と約束があったとごまかしているのでございましょう。いまその女が役所にくる必要はございません。ひそかにほかの女に代わらせ、あいつに会わせることにしましょう。あいつが気づかなければ、その嘘はたちまち露見し、賊だと分かりましょうし、あの家を助けることができましょう。」県知事は頷きました。「もっともだ。」すぐ吏典を呼び、こっそり娼婦を招き、良家の装い、頭巾と素衣で、盗人の面前で堂上に連れてきて、声高に申しました。「その家の新婦瑞姑を捕らえてまいりました。」盗人は偽者とは知らず、いそいで叫びました。「瑞姑さん、瑞姑さん、あなたはわたしを部屋に招いて病を治させたのに、どうしてあなたのしゅうとの家はわたしを捕らえて賊として役所に送ったのですか。一言も話してくださらないのですか。」県知事は言いました。「ほんとうに瑞姑だというのか。」盗人は言いました。「どうして知らないことがございましょう。幼いときから知っております。」県知事は大笑いして言いました。「このようにずるがしこい盗人がいるとは。あやうくおまえに騙されるところであった。おまえは瑞姑を知らぬのに、どうして瑞姑がおまえを招いて病を治させたと嘘を言った。このものは娼妓だ。おまえは本物だと思ったのか。」盗人は口を閉ざして黙ってしまいましたので、県知事はどなって拷問させました。盗人ははじめて盗みをしていないことを訴え、罪を減じることを求めました。県知事は大きな板で打ち、枷に掛けて人々に示しました。贓物がなかったため、その徒刑は許しました。金持ちの翁の新婦はようやく出頭を免れることができました。これは新婚の家の笑い話でございます。

　　まずはこのことをお話しして笑いの種といたします。わたしの話も、新婚の家で、おおくの手がかりのない訴訟が起こったものの、その後はじめて片がついたというものでございます。

　　もとは婚儀の祝宴なれど、是非(いさかひ)の苦海となれり。

　　天網の恢恢たるによらずんば、難題はいづれの時に解くべけん。

　　さて直隸蘇州府嘉定県に家があり、姓は鄭といい、やはり商いする人でしたが、家産はさほど多くはありませんでした。一女を生み、幼名は蕊珠といいましたが、絶世の佳人で、ほんとうに沈魚落雁[5]、閉月羞花[6]の容貌を持っていました。その県の謝姓の家の、謝三郎と婚約していましたが、嫁入りしてはいませんでした。この月に吉日を選び、謝家は娶ってゆこうとしました。その三日前、蕊珠は整容開面[7]しようとし、鄭家の老人は整容師を呼びにゆきました。そもそも嘉定の風俗では、貧家の娘は、髪を梳き、顔を剃るには、すべて男を用いるのでした。その頃、若者がおり、姓は徐、名は達といいましたが、普段から本分を守らず、心は狡猾淫乱で、もっぱら他人の家の娘で、だれが姿形がよく、だれが姿形が醜いかを尋ねていました。心ゆくまで女たちを見ようと思い、わざわざ髪梳きの仕事を学び、奥の間に入れるようになりました。さらに結婚の宴で茶酒をし、新婦を窺いみられるようにしました。茶酒とは何でございましょう。それはその土地では賓相[8]のことで、賛礼[9]のとき傍らにいて、声高に「お茶をどうぞ。」「お酒をどうぞ。」と口ずから言うので、このように呼ばれるのでした。これら二つの商売は、いずれも女に付き添って行動するものでしたが、かれは一人で両方をしました。この時、鄭家はすぐかれを呼んで娘蕊珠のために開面させました。徐達は髪を梳く道具を帯び、まっすぐ鄭家の奥に来ました。蕊珠が娘のとき、徐達は一度も会いませんでしたが、今回、呼ばれて整容しますと、たいへん間近に見ることができました。徐達は手を動かしながら、観賞しましたが、体は雪獅子が火に向かっているかのように、みるみる軟らかくなりはじめ、あのものは石髓[10]を食らった海燕のように、みるみる硬くなりはじめました[11]。惜しいことに前後に人がいましたので、勢いにまかせて蕊珠を抱きしめ、しばらく弄ぶことはできませんでした。鄭老人は傍らで様子を見ますと、徐達がいささか軽薄な考えを持っていることを見破りました。徐達が手仕事を終えますと、すぐにおもてに出てゆかせました。

　　徐達は蕊珠を見て全身が火のようになり、こっそり手銃を何回もし、忘れられませんでした。謝家に嫁いでいったことを知りますと、すぐに手立てをもうけて謝家にゆき、吉日の茶酒をすることを請け負いました。その日になりますと、鄭老人はみずから娘を送って嫁入りさせましたが、迎えに出てきた賓相は、先日の髪梳きの徐達でしたので、心をはっとさせて言いました[12]。「こいつは今度はこちらにいるのか。」新婦が轎を出ますと、司会しましたが、徐達は何も見ず、心を新婦の身だけに集中していました。口調はでろでろとして、司会はすっかりめちゃくちゃになりました。そのありさまは、

　　東と西を誤認して、左へ右へでたらめにゆく。口に任せて呼びかけて、父はたちまち母となる。賛喝[13]をする心なく、拝すべき時にかへつて立つべしとせり。泰山[14]に会ひたれど、また岳翁[15]を招きよせ礼を受けしむ。堂上[16]に拝礼すれど、また父母を登庁せしむ。郎君[17]をいたく騒がせど構ふことなく、ひたすら新婦を貪り見たり。

　　徐達はめちゃくちゃにおおくの司会を行い、新婦は結婚式が終わりますと、部屋に入り、終わりとし、ただ送親[18]をもてなして祝い酒を飲もうとしました。

　　この謝家は民間の家で、人手はありませんでしたので、謝翁と謝三郎は表で客につきそい、奥では母親が一二人の下女を率い[19]、みずから厨房の酒を調えていました。数人のしもべは、東に西に[20]、手脚を忙しくさせながら、次々にやってきました。徐達は相礼[21]し、客が席に坐し、まさに「スープをどうぞ」、「お酒をどうぞ」と賛唱[22]しなければならないときに、たちまち見えなくなりました。二三度スープが送られてきましたが、やむなく主人みずからがお飲みくださいと言いました。宴が終わりに近づきますと、はじめて徐達があたふた奥から走ってきて、何度か叫びました。酒席が散じますと、謝翁は茶酒がこのように秩序を失っているのを見ますと、心の中で喜ばず、かれを呼んできて怨み言を言おうとしましたが、またも見えなくなりました。しもべは言いました。「先ほどおもてへゆきました。」謝翁は言いました。「なぜあのようなろくでなしを使ったのだ。このようにずるがしこいとは。」親家翁は茶酒が賛礼しにくるのを待たず、身を起こして酒宴への礼を述べました。

　　謝三郎は新郎新婦の部屋に入りましたが、新婦は中に見えませんでした。牀の上で眠っているかと疑い、帳を掲げて見ますと、やはり空の牀で、前後を照らしてみましたが、姿は見えませんでした。厨房にいって人に尋ねますと、厨房の人は大声で喚きました。「わたしたちはみなこちらで片付けをしているだけです。新婦は結婚式がおわったら、部屋に坐しているはずなのに、どうしてわたしたちに尋ねにくるのです。」三郎はしもべを呼んでその後あちこち探させ、裏門にいってみましたが、門もきちんと閉ざされていました。堂の前に走り出て話しますと、家じゅうが驚きました。しもべは言いました。「あの茶酒は、昔から善人でなく、さきほどの喝礼[23]のとき、あいつは何も考えず、両眼でひたすら新婦を見ていました。あいつが見えなくなったのは二度目ですが、今度はどこへいったのか分かりません。あいつはなにか悪巧みして、新婦を隠したのではないでしょうか。」鄭老人は言いました。「あの茶酒は、もとより善人ではございません。娘が先日開面[24]したのもあいつでした。あいつの軽薄な態度を見て、まさに心のなかで怪しんでいましたが、お宅の茶酒にもあいつを用いていようとは思いませんでした。」鄭家からついてきたしもべも言いました。「あいつはもともと口先三寸のごろつきです。髪梳きと賛礼は、いずれも近頃学んだもので、人を騙して生活をしているのです。きっとあいつのせいでしょう。まだ遠くへいっていないでしょうから、追ってゆきましょう。」謝家のしもべは言いました。「奥から新婦を攫いだしたなら、きっと裏門から裏路地に出ていったのでしょう。さきほど裏門がきちんと鎖されていたのは、きっとあいつが戻ってきて鎖ざし、人に疑われないようにしたのでしょう。ですからさらに堂前にいって適当に仕事したのでしょう。きっと表から裏路地へ回っていったため、今は姿が見えないのでしょう。あいつであることは疑いありません。」

　　この時、新婚の家には、松明がありましたので、すぐそれぞれが一本を点しました。両家のしもべと主人都合十人ほどが、裏門を開き、みな裏路地へゆきました。そもそも謝家の裏路は、まっすぐな路地で、彎曲もなく、脇に路もありませんでした。松明で照らしますと、白日のように明るくなり、一望すればすべて見えました。はるかに二三人が走っているのが見えました。前方には、二人が走っており、後方には一人の男がまだいました。いそいで追いつき、捕らえて松明で照らしますと、まさに徐茶酒でしたので、尋ねました。「どうしてこちらにいる。」徐達は言いました。「わたしは小用があり、酒席が散ずるのを待てず、戻ってゆこうとしたのでございます。」人々は言いました。「おまえは戻ってゆく時に、その家に声を掛けるにも値しないのか。それに、しばらくおまえを見なかったのに、まだこちらで歩いているのだから、戻っていったのではあるまい。きちんと話せ。新婦をどこへ攫っていった。」徐達はごまかしました。「新婦はあなたの家にいます。掌礼[25]のわたしがどうして関知しましょう。」人々は、打つものは打ち、推すものは推し、怒鳴りました。「とりあえずこの口先三寸のごろつきを捕まえて家にゆき、拷問しよう。」一群の人々は徐達を擁して家にゆきました。両家の父親は新郎といっしょにそれぞれ尋ねましたが、徐達はひたすら知らないと嘘をつきました。人々はいっせいに言いました。「このようなろくでなしは、私的に尋ねても、言おうとはしないでしょう。柱に縛り、夜が明けたら役所に送ってゆきましょう。役所でもごまかせるはずはございますまい。」そして徐達をぐるぐる縛り、ひたすら夜明けを待ちました。この時、謝三郎だけが気落ちしておりました。

　　雨を握り雲を携ふることはかなはず[26]、鼠の牙と雀の角を整へつ[27]。

　　祝宴に新郎を呼ぶもむなしく、洞房にあひもかはらずひとり醒めたり。

　　人々はわいわいがやがやと徐達を取り囲みました。脅すものもあれば、宥めるものもあり、一晩眠れませんでしたが、徐達はどうしても言おうとはしませんでした。

　　まもなく、空はたいへん明るくなりましたので、謝家の父子は人々に命じて徐達を連行させ、訴状を書き、県庁にいって告訴を受理され、直接事情を上申しました。知県は驚きました。「世間にこのような事があるとは。」そして徐達を呼んで尋ねました。「鄭蕊珠をどこへ攫っていった。」徐達は言いました。「わたしは結婚の宴の茶酒で、司会の仕事に関わっていただけですから、新婦の行方は存じません。」謝公はすぐに徐達が別れを告げないで去ったこと、裏路地で徐達を追いかけたことを話しました。知県は拷問をはじめるように命じました、徐達は女好きのごろつきでしたが、もともとは柔弱な人間でしたので、拷問に耐えられませんでした。はじめは何度かごまかしましたが、すぐに耐えられなくなり、やむなく自供しました。「わたしは開面の時、あのひとの美貌を見たため、すぐによくない心を起こしました。謝家に嫁ぐことを知りますと、結婚の宴で茶酒になることを企み、あらかじめ二人の仲間を誘って裏門に潜伏させました。あのひとは儀式を終え、表では酒宴が行われていました[28]。わたしが奥を見ますと、新婦がひとり部屋に坐しておりましたので、わたしはあのひとを騙して、まだ儀式をしなければならないと言いました。新婦はわたしに従って外に出ましたが、路を知りませんでしたので、わたしは裏門に引いてゆき、すぐに推して外の二人に渡しました。新婦は叫ぼうとしましたが、わたしはきちんと裏門を閉ざし、表へゆきました。そしてふたたび表から裏路地にゆき、二人を追いました。まさに逃げようとしていましたら、後ろに明るい松明が見え、人が追ってきたことが分かりました。二人の男はわたしに構っていられず、飛ぶように逃げてゆきました。わたしはこの新婦が傍らにいましたので、動けませんでしたが、ちょうど路の傍らに枯れた井戸がございましたので、一時の焦りで、新婦を抱え、投げおろしました。しかしかれらに追いつかれ、捕らえられ、役所に送られたのでございます。新婦は今、井戸の中におります。これが事実でございます。」知県は言いました。「新婦の家にいた時、なぜ言わなかった。」徐達は言いました。「隠しおおせましたら、新婦を井戸から出してきて楽しむつもりでございました。今は拷問に耐えられず、やむなく正直に申したのでございます。」知県は供述を書きますと、すぐさまひとりの下役を遣わして、徐達を護送させ、謝、鄭の二人のしもべとともに、すぐに井戸端にゆかせて検分、報告させることにしました。

　　人々は井戸端にゆきました。鄭老人はさきに見にゆきましたが、井戸の底は真っ暗で、なんの音もしませんでした。心のなかで娘はもう死んでしまったかと疑い、徐達を引いてはげしく数回打ちますと、言いました。「おまえはわたしの娘を死なせたのだから、命を償うだろうな。」人々は宥めました。「とりあえず引きあげましょう。乱暴してはいけません。もとよりこいつを処罰する法律がございましょう。」鄭老人は心は慌てたり恨んだりし、徐達の肉に咬みついて、放そうとしませんでした。徐達は豚が殺される時のように叫びました。謝翁は人を呼んで竹籠と縄を用意させ、井戸に下りていって人を救わせることにし、いささか大胆なしもべを、きちんと縛り、吊りおろしてゆきました。井戸の中には人はおらず、手で探りますと、人が蹲って倒れているようでした。推してみますと、すでに動きませんでした。抱いて籠に置きますと、吊りあげてゆかせました。人々が見ますと、新婦などではなく、大きな鬍男で、鮮血でびしょびしょになり、頭はすっかり裂けていました。人々はおおいに驚きました。鄭老人は徐達を捕らえ、言いました。「これはどういうことだ。」徐達もそれを見ますと、驚いて茫然としました。謝翁は言いました。「今度はどんなおかしな事が起こったのだ。」井戸の中に向かいますと、下にいる人に尋ねました。「中にほかに人がいるか。」井戸の中で答えました。「何もございません。わたしを引きあげてください。」すぐに縄を下ろし、そのしもべを引きあげますと、ともに尋ねました。「井戸の中にはほかに何があった。」しもべは言いました。「石の塊がすこし中にあるだけで、涸れた井戸でございます。さきほど暗闇から引きあげた人は、生死が知れませんでしたが、新婦でしたか。」人々は言いました。「死んだ鬍男で、新婦ではなかった。見てみろ。」護送の下役は言いました。「騒ぐな。知事さまに報告しにゆき、やはりこのろくでなしに新婦の行方を追究しよう。」

　　鄭、謝二老人は大声で言いました。「仰るとおりでございます。」すぐに地方を呼んで屍骸を見させ、下役といっしょに県知事へ申告しにゆかせました。知県は徐達に尋ねました。「おまえは鄭蕊珠を井戸の中に突き落としたといったが、井戸の中にあったのは男の屍骸だった。とりあえず鄭蕊珠がどこへいったかを言え。この屍骸はどこからきた。」徐達は言いました。「後ろから追ってくるのを見、新婦を井戸に突き落としたのが事実でございます。いま男の屍骸になっていますのは、わたしにも想像がつきません。」知県は言いました。「おまえははじめ二人の仲間を誘ったが、何という名か。きっとこの二人の仕業にちがいあるまい。」徐達は言いました。「ひとりは張寅、ひとりは李卯でございました。」知県は名と住所を書き、すぐ人を遣わし、捕らえてこさせました。甕の中からすっぽんを捕らえるように、すぐに捕らえてき、それぞれ一回夾棍に掛けますと、自供しました。「徐達とは裏門で待ちあわせ、その後、徐達が新婦を推しだしてきますと、背負ってすぐに逃げました。徐達は後ろから追いかけてきましたので、まさにいっしょにゆこうとしました。望みみますと後ろで松明がともに明るく、叫ぶ声はたいへん大きかったので、わたしたち二人は怯え、新婦を徐達に渡し、懸命に逃げました。その後の事は、いささかも存じません。」さらに徐達に言いました。「あの時、新婦を連れて、どこへいった。どうして送ってこなかった。おれたちがおまえのために苦しみを受けるのか。」徐達は口を閉ざして言葉がありませんでした。知県は徐達を指して言いました。「やはりおまえが悪いのだな。」さらに挟みあげろと命じますと、徐達はわたしは死んでしまいますとひたすら叫びました。会話しましたが、井戸の中に推しましたと言うばかりで、あとは何も言えませんでした。

　　知県はすぐ鄭、謝両家の父親と、ともに媒酌した人々を呼び、さらに両家の左右の隣人をすべて捕らえ、くわしく尋問しました。みな一様に事情を知らず、なにも新しい話はなく、この屍骸を知っているものもいませんでした。知県は告示を出し、遺族を召して確認、引取、埋葬をさせようとしましたが、申し出るものもいませんでした。鄭、謝両家は賞金を準備し、知県はさらに告示を書いてやり、鄭蕊珠の行方を探りましたが、消息を知る人はいませんでした。知県は判決できず、徐達を監獄に収め、五日に一回比較[29]しました。謝三郎は悲しみ、しばしば報告を催促しました[30]。県知事はなすすべがなく、鄭蕊珠になることもできませんでしたので[31]、どれほど打ったか分かりませんでした。徐達ははじめまちがったことをしましたが、これについてはいささかも事情を知りませんでした。かれはどうしようもなく、五日たちますと、この痛い棒を受けるしかありませんでした。尋ねる場所もなく、事を終わらせる方法もなく、ほんとうに手がかりのない事件でしたが、そのことは措くことといたします。

　　さて、鄭蕊珠はその晚、徐達に攫われて裏門にゆき、二人に渡され、裏門を鎖されますと、はじめて悪人の仕業だと悟りました。その家の人を呼ぼうとしましたが、もとより来たばかりの嫁で、姓名を知りませんでしたから、すぐには呼べませんでした。それに門はすでに閉ざされており、何回か「たいへんです」と叫んでも、聴く人はいませんでした。若者たちは背負ってひたすら走りました。慌てていますと、後ろから人が追ってきましたので、二人の男は鄭蕊珠を地面に棄てていってしまいました。徐達は鄭蕊珠を抱えますと、井戸に投げこみました。井戸には水がなく、あまり深くもありませんでしたので、転んだだけで、すこしも傷つきませんでした。上では人々が喚いており、自分の家のしもべだと知れました。さらに松明はともに明るく、照らされて井戸の中にも光が届きました。鄭蕊珠はあわてて助けてくださいと叫びましたが、上の人々は徐達を捕らえており、あなたがこう言えばわたしはああ言い、ひどく騒いでいました。女の声は、しょせんかぼそく、井戸の中でもありましたので、聞こえることはありませんでした。人々は徐達を取り囲み、わいわいがやがやいっしょにいってしまいました。鄭蕊珠は人々の声がだんだん遠くなるのを聞きますと、ひたすら悲しみ、大声で哭きました。みるみる空が明るくなりますと、蕊珠は考えました。「この時間なら、上を歩いている人がいないとは限るまい。」声高に、助けてくださいと数回叫びました。さらに大声で数回哭きますと、上にいた二人の男が気づきました。この二人の男が来たために、お話がございます。

　　黄塵の旅人は、井に堕つる魂となる。緑鬢の新婦(にいづま)は、故郷を離るる婦(つま)となる。

　　その二人の男は、河南開封府杞県の客商でした。ひとりは趙申、ひとりは銭巳といい、元手を合わせ、ともに蘇州、松江にいって商売し、多くの利益を得、まさに戻ってゆこうとしていました。たまたまこちらを通りますと、泣き叫ぶ声が井戸の中から聞こえてきましたので、井戸端に走ってゆき、下を見ました。この時、天の光に照らされて、ぼんやりと女が見えましたので、尋ねました。「中にいるのは誰だ。」下では言いました。「わたしはこの土地の民家の新妻で、強盗に攫われてきてこちらに捨てられたのでございます。はやく救いだしてください。家にゆけばおのずと手厚くお礼しましょう。」二人は聞きますと、相談しました。「昔から、人の命を救うのは、七重の塔を造るに勝るという。それに女だから、どうして出てこられよう。このひとを救わなければ、かならず死んでしまうだろう。わたしたちが出くわしたのも縁だろう。旅嚢に長い縄があるから、下りていって救いあげよう。」趙申は言いました。「わたしはいささか身軽ですから、わたしが下りてゆきましょう。」銭巳は言いました。「わたしは体が重たいから、下りてゆけない。わたしはただ上で縄を垂らし、馬鹿力を出すことにしよう。」趙申も運が悪かったのでしょう。娘を見ますと、たいへん喜び、腕まくりして、縄を腰に縛り、両手に縄を垂らしました。銭巳は片足で縄を踏み、両手で縄を持ち、ゆっくり下ろしてゆきました。下に着き、水がないのを見ますと、かれは慌てず騒がず鄭蕊珠に言いました。「お救いしましょう。」鄭蕊珠は言いました。「大きなご恩にふかく感謝いたします。」趙申はすぐに身の縄を解きますと、鄭蕊珠の腰をきちんと縛り、言いました。「恐れることはありません。両手で縄にぶらさがれば、上であなたを引きあげてゆくでしょう。かたく縛ってありますから、落ちることはありません。はやく上ってゆき、縄をわたしに垂らしてください。」鄭蕊珠は出たくてたまりませんでしたので、胆をすえて縄にぶらさがりました。上の銭巳は縄が張ったのを見ますと、ぶらさがった人がいることを知り、力いっぱい引き、井戸から吊りだしました。銭巳が頭を上げてみますと、艶やかな装いの娘でした。

　　鬢は乱れて釵(かんざし)は横たへど、天姿国色。

　　井戸よりふと身を現せば、龍宮で拾ひたるかと疑へり。

　　およそ人は私心をもってはならないもので、私心が一たび起これば、すぐにろくでもないことをしでかそうとするのです。銭巳は趙申と人助けの相談をしたときは、もとより善意でしたが、救いあげ、美貌の娘を見ますと、すぐ独り占めしようとする心を起こし、考えました。「あいつは上がってきたら、かならずおれと争おうとするから、一人で楽しむことはできまい。それにあいつは嚢中の元手がたいへん多い。いま生殺の権は、おれの手に握られている。あいつを引きあげなければ、この娘と荷物はすべておれのものだ。」悪念を起こしていますと、井戸の底で大声で叫ぶのが聞こえました。「どうして縄を下ろしてこない。」銭巳は決心しました。「あいつを殺そう。」井戸端で大石を拾いあげますと、井戸の中にむかって叫びました「落ちてゆけ。」あわれ趙申は上から縄をおろしてくるのを待ち望んでいましたが、石には用心していませんでしたので、避けるのがまにあわず、脳天を打たれ、たちまち粉々にされ、「嗚呼(ああ)哀(かな)しい哉(かな)」ということになってしまいました。

　　鄭蕊珠は井戸の中から出てきて、日の目を見ますと、はじめて衣服を払い、すこし心を落ち着けました。銭巳のこのような仕業を見ますと、驚いて魂も身につかず、口でひたすら阿弥陀仏を念じました。銭巳は言いました。「慌てるな。あいつはわたしの敵だったので、騙して下りてゆかせ、殺したのだ。」鄭蕊珠は心の中で言いました。「あなたの敵でも、わたしにとっては恩人です。」しかし言いだそうとはせず、ただ家に送ってゆくことを求めました。銭巳は言いました。「まったく虫のいい話だな。わざわざ井戸の中からおまえを救いだしてやったのだから、おまえはわたしのものだ。おまえの家に送りかえしてゆこうとしたりするものか。わたしは河南開封の富豪だから、わたしの家に来、わたしの家の女主人になり、富貴を享受するのだ。はやくついてこい。」鄭蕊珠は真っ暗闇で、この路がどこなのか、家から近いのか遠いのか分からず、知っている人も近くにおりませんでしたので、どうしてよいか分かりませんでした。銭巳は鄭蕊珠に歩くように促し、言いました。「従わないなら、またおまえを井戸に投げ、石でうち殺すぞ。さきほどのあの男を見ただろう。」鄭蕊珠は恐れ、なすすべがないと考え、やむなくついてゆきました。まさに、

　　はじめて風狂子を逃れ、さらに軽簿児に会へり。

　　伴(つれあひ)にあらざることはよく知れど、事急なればかれに従ふ。

　　銭巳は道々鄭蕊珠に言いふくめ、家にいって家人に会ったら、蘇州で手に入れられたと言え、趙申のことを尋ねてくる人がいたら、まだ蘇州にいるとだけ答えればよいと教えました。数日足らずで、開封の杞県にゆき、銭巳の家に入りました。ところが銭巳の家にはほかにも妻の万氏がおり、幼名を虫児と言いました。その人はたいへん凶悪で、鄭蕊珠を見ますとすぐに手を出し、あらゆることで指図しました。かれの頭の飾り物、身の衣服を、すべて奪い、木綿の衣服を着、水を汲み、飯を炊くことだけを許しました。すべての辛い仕事は、かれが一身に担当することを要求し、一つでも至らぬところがありますと、大きな棒で打ちました。鄭蕊珠は言いました。「わたしはあなたの家に嫁いだのでもありませんし、あなたの家が銀子を出してわたしを手に入れたのでもありません。むりにわたしを来させたのに、なぜこのようにひどくわたしを打つのです。」万虫児はどうして訴えを聞こうとしましょう。来歴も尋ねず、妾だと思い、ひたすら嫉妬してひどく打つばかりでした。万虫児はかねてから人柄が凶悪でしたので、近所の女たちはみな罵っていました。隣の女房は万虫児がこのようにひどく鄭蕊珠を打つのを見ますと、心の中でつねに不平を抱いていました。突然、鄭蕊珠の口からこのような話を聞きますと、心の中で考えました。「嫁いだのでもなく、貰ってきたのでもないなら、攫ってきたのではないか。このように陰徳を施して[32]、他人の家の児女を酷い目に遭わせるとは。」この話を心に留めておきました。

　　ある日、銭巳がおもてへ出てゆきますと、鄭蕊珠は水を汲むため、隣の女房の家にいって水桶を借りようとしました。隣の女房は鄭蕊珠をとどめて坐らせ、尋ねました。「あなたは良家の出身のようですのに、なぜご実家のご両親ははるばるこちらに嫁がせて、このような虐待を受けさせているのです。」鄭蕊珠は哭きました。「両親がわたしを嫁がせたのではございません。」隣の女房は言いました。「それならば、どうしてこちらに来られたのです。」鄭蕊珠は謝家と婚約し、新婚の夜、人に攫われ、井戸に投げこまれた事を、話しました。隣の女房は言いました。「それならば、銭さんが井戸の中からあなたを救いだしたので、あのひとに従ってらっしゃるのですね。」鄭蕊珠は言いました。「いいえ。あの時は、井戸に下り、みずからわたしを救いあげた人がほかにいました。その人はほんとうに気の毒で、わたしが井戸を出た後に、縄でその人を引きあげることを望んでいましたのに、銭家のあいつは凶悪で、大石を落とし、その人をうち殺し、わたしを引いて逃げました。わたしはその時、一つには家が分からず、二つにはかれが人を殺した手並みを恐れ、三つには家にゆけば女主人になると言われましたが、こちらでこんな虐待を受けることになろうとは思っておりませんでした。」隣の女房は言いました。「あなたの家の人は、前村の趙さんといっしょに出ていって商売をしたのですが、今、趙さんは戻ってきていません、先日あなたの家に来て尋ねた時、まだ蘇州にいると言っていたので、趙さんの家の人はそのことを信じていました。あなたのお話の、井戸に下りてあなたを救ってうち殺された人とは、きっと趙さんでしょう。このことを役所ではっきり告げられてはいかがですか。令状であなたを送りかえしてゆけば[33]、この土地で苦しみを受けるのを免れましょう。」鄭蕊珠は言いました。「わたしはあの男についてきたのですから、やはり罪に問われるでしょう。」隣の女房は言いました。「あなたは女で、あの男に脅迫されたのですから、罰せられるはずはありません。わたしは今からあなたに代わってこのことをさきに趙家に話しましょう、趙家はかならず訴え、さらにあなたのために訴状を書き、役所で渡すことでしょう。あなたが正直に言いさえすれば、きっとあなたはいささかも罪せられずに、帰郷してご両親に会うことができましょう。」鄭蕊珠は言いました。「そのようにできますなら、ふたたび日の目を見ることができましょう。」

　　計画が決まりますと、隣の女房は趙家にいって言いました。趙家は県庁に赴いて訴え、鄭蕊珠も訴状を持って役所にゆきました。杞の知県は鄭蕊珠の訴状について尋ねますと、すぐに銭巳を役所に捕らえてこさせました。銭巳はごまかそうとしましたが、鄭蕊珠はあれやこれやと、証言しました。銭巳はごまかせず、怨めしそうに鄭蕊珠に言いました。「おまえを救ってやったのに、おれを酷い目に遭わせるのだな。」鄭蕊珠は言いました。「わたしを救ったかたを、どうしてうち殺したのです。」銭巳は黙ってしまいました。趙家はさらに裁きをして命を償わせることを求めました。知県は言いました。「人を殺したことはほんとうでも、供述ばかりで、屍骸はないから、こちらでは判決できない。これは嘉定県で起こった事で、鄭蕊珠も嘉定県の人で、屍骸も嘉定県にあった。わたしはただ供述を記録して書き判させ、人々と文書を嘉定県に送り、判決させればよいだろう。」まずは銭巳を三十回大きな板で打ち、牢に入れ、鄭蕊殊に保証人を探したところ、隣の女房が鄭蕊殊のために保証書を提出しました。さいわい悍婦万虫児と会うことはありませんでした。杞県は文書を調え、長解[34]をつけ、関係者をすべて蘇州嘉定県に護送してゆきました。

　　その日はまさに五日の比較の期日で、嘉定知県は囚人徐達を連れだし、比較している最中でした。開封府杞県の使者は文書を投じ、役所でその解批[35]の姓名を逐一しらべ、鄭蕊珠まで呼びますと、蕊珠は答えました。徐達が頭を挙げて見ますと、まさにいなくなった鄭蕊珠で、開面の時に間近に見ていたものでしたので、大声で叫びました。「これぞまさしくわたしの恋人でございます。おまえのためにどれほど打たれたか分からない。どこにいたのだ。もしや幽鬼か。」知県はそれを見ますと、徐達に尋ねました。「どうしてその女を知っている。」徐達は言いました。「これこそは井戸の中でいなくなった新婦でございますから、わたしを比較する必要はございません。」知県も駭然として言いました。「このような事があるとは。」鄭蕊珠を呼び寄せ、逐一くわしく尋ねますと、鄭蕊珠は同じことをくわしく話しました。知県はさらに送られてきた文を逐一調べ、はじめて先日の井戸の中の屍骸は趙申であり、銭巳に殺されていたことを知りました。そこで吊り上げた趙申の骸骨を、検屍人に調べさせたところ、頭骨が砕けており、生前石の塊に損なわれて死んだものでしたので、銭巳を死罪に問い、趙申の命を償わせました。徐達は誘拐はうまくゆきませんでしたが、禍の発端となりましたので、三年の徒刑に問いました。張寅、李卯はそれぞれ過失があったので、杖罪にしました。鄭蕊珠は不幸に遭い、科(とが)を免れ、もとの夫謝三郎に返されて結婚しました。趙申の骸骨は、家族が受けとって埋めましたが、省が隔たっておりましたので、埋めおわってから、釈放帰宅させることにしました。知県は沙汰しおわりますと、笑って言いました。「もしもあちらで事件が起こらず、二人の男が護送してこられなければ、この事件はいつまでも終わらなかったろう。」嘉定県ではニュースとして伝えられました。

　　おかしなことに謝三郎は美しい新婦を、この日、はじめて手に入ることができたのですが、すでに疵物になっていました。さらにこの事のために二人の命が損なわれましたが、その禍はみな男が開面したことから起こったのでした。ですから內外の防備は、厳しくせざるを得ないのでございます。

　　男は女の容(かんばせ)を整ふべからず。悪少[36]は愚かしき心を起こさん。

　　今朝試みに見よ含香の蕊、すでに動かすそのかみの函谷の封[37]。

 

最終更新日:2009年6月10日

二刻拍案驚奇

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