●巻六

◎貧士が棄てられた女を収めること

四明[1]の袁道済は、家庭が貧しく、資産に乏しく、秋闈[2]に赴かず、七月の望日の前にも、なお家にいた。親戚友人が三両を贈り、ゆくことを勧めると、いった。道で一人の捨て子に会ったが、拾って養おうとするものがいないので、哭いて飢え、死にそうになっていた。袁は惻然とし、すぐに三両を豆腐店の夫婦に託し、よく世話させた。省城にゆくと、同郷の友人はかれが貧しいことを嫌がり、泊めなかったので、一人の旧知の僧が、しぶしぶ泊めた。僧が夜に夢みたところ、各府の城隍がみな集まり、郷試冊[3]を文昌帝君[4]に呈したが、中に落とされたものがいたため、なお調査して補わなければならなかった。すると寧波の城隍が申した。「袁生は人を救う心が切実だったので合格できる。」帝君は命令して招いて来させたが、かれが卑賎であるのを見ると、言った。「このものは顔が醜いがどうしよう。」城隍は申した。「お易いことでございます。判官の鬚をかすことができます。」僧は目ざめると、たいへん驚いた。翌朝、袁に告げようとしたが、会うと、それは以前は鬚がなかったが、一晩の間に、突然両頬に鬚が生えていたので、くすくすと笑ってやめなかった。袁がわけを尋ねると、僧は詳しく話したが、袁の夢と合っていたので、たがいに驚嘆した。後に合格発表があったが、本当に合格していた。さらに沔陽[5]の王沔は、家は赤貧で、試験になると、かならず市で占いした。妻の張氏は性格が慈悲深く、近隣に娘を生んで溺殺しようとしているものがいると、むりに抱いてきてそれを養い、そのようにすることが再三であった。乾隆甲寅の春、同郷の某生員が夢みたところ、神が告げた。「今回の試験の、本省の解元は嬰児を育てたものである。」目ざめてからおかしいと思ったが、合格発表となると、合格したのは王烜であった。某生員は詳しく烜に尋ね、神の啓示の違わないことに恍然[6]としたという。

◎子女を溺殺・遺棄した悪報

莫譚は、饒州の人で、家計はたいへん豊かであった。年が四十で、妻はすでに五子を生んでいた。いささか字を知っていたので、星命の術を学んでいた。一族と近隣で娘が生まれると、すぐにかれを迎えてその八字[7]を調べさせたが、娘の運勢が良くないものには、それを溺死させることを勧めていた。人々はその言葉を信じ、その娘を溺死させることが少なくなかった。まもなく、自分の五子のうち四人がつづけざまに若死にし、残ったものも盲目になった。まもなく、莫は癆咳で死に、絶命したが蘇生し、哭きながらしもべに告げた。「さきほど捕らえられ、冥府にいったが[8]、冥王は激怒し、こう言った。『古に命学[9]はなく、義が敗れれば禄を掃うという説もない[10]。漢唐の時代以来、外国が和親を求めて拒絶し難いので、この説に託け、その求めを塞いだことは、各命書[11]の中ですでに論及している[12]。おまえはまったく知らぬのに、みだりに語ろうとしている。それにこの娘が将来本当に不幸になっても、それは定めで、一人の娘を溺死させることができても、さらに一人の娘を生みだそうとするので、女の運命を占うものは、良い八字を答え、彼女が嫌われて嫁ぎ難くなることを免れさせさえすれば、はじめて天理に合うのだ。わたしが帳簿で放生しているのに、あなたが口で死刑判決することがどうしてできよう。ひとまず護送して人の世に戻らせ、ひろくこの言葉を伝えさせれば、世人はみな過ちを改めることを知り、いささか罪を減らせるかも知れない。』徐柏舫[13]は言った。「これはわたしが近年眼のあたりにしたことだ。」徐柏舫はさらに言った。「乾隆四十年乙未、長沙の農民米上西が朝に外出し、路傍に小さい籮[14]を置き、中に女児ならびに布一匹、銀十両を貯え、生年月日一枚をつけていた。これは思うに、どうしても留め難い形勢であったので、この曲全[15]の術をなし、遇ったものが引き取って養っても、育嬰堂[16]に送り込んでもよいようにしたのであった。ところが米は結局娘を河に沈め、銀と布を取って帰った。百日足らずで、雷に撃たれて死んだ。」ああ。人を殺して財を取れば、上天の怒りを犯さないものがいようか。

◎陳宗洛

桃源県[17]の秀才陳宗洛は、性格が慈悲深かったが、家はきわめて貧しかった。その郷里には昔、育嬰堂があったが、資金不足でひさしく廃絶していたので、陳は募金・修理しようとし、郷里で施捨を勧めた。一人の守銭奴がおり、金を出すことを惜しんだばかりか、陳を謾罵し、言った。「一介の貧乏儒者のくせに、身の程知らずな。わしらの銭は、どうして銃で撃ってきたものであろう[18]。おまえのために五臓廟を修理しようとするものか[19]。」陳は怒って帰り、しもべに向かって言った。「わたしの志が一郷に行われないことが恥ずかしい。同じ家の中で妻妾・子女および弟・甥らがわたしの志を体して行うことを願う。」みな答えた。「つつしんで仰る通りにいたしましょう。」陳は言った。「わたしの父より下の男女から、子子孫孫、ともに今日の誓いを守れ。」人が棄てた娘を見つけたら、かならず拾い、乳が出るものに渡して養わせた。乳が出るものの懐がいっぱいになったら、乳のないものに渡し、蜜餅[20]で育てろ（蜜餅で育てられたものは、すでに七名いるが、体力も充実しており、俗にいう　、乳を飲まないものはおおく孱弱であるというのとは違っている）。二三歳になると、貧乏だが忠厚なものが、娶って童養媳にすることを願ったので、それに従い、本姓に一字を加えて陳×氏と称することを求めたが、そもそも陳氏から出たようにしようとしたのであった。その娘が成長したら、やはり乳の出ない女に乳を分けることを約させたので、綿綿と広がり、助けられたものはたいへん多かった。陳は事を起こした時、年は三十六、昨年の九十の誕生日に、子孫は富貴両全になっていた。陳×氏と称するものたちは、みな親戚のように、膝下で杯を挙げたが、すでに百七十六名いた。陳は客に向かって大声で笑って言った。「古に、『善行をすることはもっとも楽しい』[21]というが、本当ではないか。人は義子の契りを結ぶことを好むが、わたしの家のように陳×氏と称することができるか。惜しむらくは、当時わたしを罵ったものがすでに死んで三十余年で、かれの激成の恩に拝謝しようとしても、叶わないことだ。」客は言った。「以前あなたを罵りましたのは、もとより謹厳な家でしたが、かれの子孫が今なおその富を保てているかは分かりません。」陳は言った。「話せば憐れなことですが、この人は五十過ぎになりますと、三人の息子がすべて若死にし、病気・死亡・訴訟・盗賊がつぎつぎに来、財産は減り、貧乏になり、自活できなくなりました。××年、わたしが緑蘿山[22]に泊まりますと、同郷とともに館童[23]にしてくれと頼みました。わたしも旧悪を思わず、憐れんで引き取りましたが、結局、人の下にいるのに甘んぜず、十月になって去り、その後、結局、家々に食を求めていました。」客は言った。「当時謾罵の心を、善を楽しむ心に変えれば、後に貧乏になっても、あなたはかならずかれを守る手立てを考えたでしょう。」陳は言った。「そうではありません。そもそも富とは、天が人の善行をなすことを助けるもので、その人が善を楽しめば、天はかならずその人の富を奪いませんから、さらにわたしが守る必要はありません。」客は言った。「あなたでなければ、見識はここまで及びません。願わくは、ながくこの言葉を守り、人を励まし、陳さんが貧しかったのに富んだことに則らせるのは、陳さんを罵ったものが富んでいたのに貧しくなったのに勝ることはありません。」

◎章開元

南豊[24]の武挙[25]章開元は、嘉慶二十五年に騎射を生徒に教えた。三月十九日は、試験日だったので、練兵場に赴き、生徒のために馬を放ち、刀をたいへん激しく用い、地に倒れた[26]。人々が助けて寓所に帰らせると、牀で呻吟したが、見ると一人の下役が朱票[27]と鉄鎖を執り、棍棒を負い、にわかに進み出てかれを引いた。あたふたとしてなすすべがなくしていると、突然、後ろから一人の男が引いて叫んだ。「違うぞ。その人は『敬信録』[28]を実行し、『観音経』をたいへん恭しく誦えている。嘉慶二十三年、『敬信録』から犯しやすいこと数条を抜き出し、十余冊を抄写し、人に解説し、心願を立て、刊印したことがあった。それでも短命なら、どうして善を勧められよう。」下役は言った。「上官の命を奉じているのだ。そのほかのことなど知らん。」前のように引き、引くことはますます強かった。下役は手を放し、たいへん怒り、棍棒で章の足を打って去った。転げ回って痛いと叫び、朝晩を分かたなかった。目を閉じるとすぐに、下役がまた引きに来たが、後ろで人がまた引いて争った。心の中で、引くものは誰か、もしや神がお救いになるのかと思った。振り向けば、左になったり、右になったりして、見られなかった。下役が去ると、章に言った。「あのものは去ったが、明日は二十八日の期限だから、かならずまた来、あなたは危うかろう。教えてやろう。南海にゆき、大士に救いを求めろ。」章がよろよろとして歩くのが困難であることを心配すると、言った。「ひたすら合掌端座し、ねんごろに南無阿弥陀仏および大慈大悲救苦救難観世音菩薩の法号を念じ、好もしいものを見ても、けっして心を動かすな。」章が教えられた通りにすると、身は凧のように[29]、空に翻って揚がるのを覚えた。まもなく、深巷で酒を売るものを見たところ、いずれも佳麗で、争って引きに来たが、心を鎮め、顧みないと、見えなくなった。しかし、怒涛は天を衝き、海は眼前に立った。海上には島があり、往来しているものはすべて道路で、はっきりと見わけられた。章は岸の傍らに臥し、しばらく仏号を誦えた。すると二三人の白髪の老爺が一人の男を連れ、山から下ってきたが、容貌は自分に似ていた。後ろの人は言った。「これはおまえの魂だ。はやく菩薩に礼拝し、叩頭感謝しろ。」突然、前の下役がまた来、章の足を棍棒で打って去った。後ろの人は言った。「驚くな。今、菩薩の許しを受けた。冥土に遊び、善悪両方をあまねく見てはどうか。」そしてある場所に導いてゆき、無数の中風の乞食および人面獣身のものを見たが、中に数人がおり、章がよく知っているものであった。さらに広間にゆくと、中には鶴髪[30]の老翁老婆が多く、念珠を握って趺坐していた。逡巡していると、たちまち大邸宅に着いたが、堂上にいるのはすべて顕官で、冠帯は厳かであった。階下にいるのは枷や鎖を帯びたものたちで、心を裂かれ、舌を抜かれ、諸々の酷刑を施されていた。最後の建物では、童子童女が走っていたが、後ろの人が言った。「このものは善で、このものは悪だ。このものは善でも悪でもなく、このものは罪が大きく悪が極まっている。あなたは今から帰ってゆき、前の考えを堅持し、自分を修め、他人を教え、その志を怠るな。」章は唯唯とし、にわかに奔走して疲れを覚え、蘧然[31]として蘇ったが、身はなお牀にあり、一灯は粟のようで、隣家のニワトリは喔喔[32]としていた。夜が明けると、すぐに衣服を着、門外に歩き、足の病はにわかに消え、同僚はみな驚いた。まもなく精神は元通りになったが、結局引いて救ったものは何の神か分からなかった。

◎莱蕪[33]の令

莱蕪の県令は平素から有能であるとの名声があったが、地方は疲弊してすでに久しく、治めるのが急激すぎた。ある日、食糧を取り立てたとき、事変が激発し、大獄となりそうになった。上司は隣県新泰[34]の某知事に頼み、調査懲罰しにゆかせ、某知事はすぐに単騎で鎮圧しにいった。農民は武器を持ち、群がって進んできた。某知事は一人で牛車の上に立ち、懇切に諭し、人々ははじめて隣県の某父母[35]であることを知った。数語で紛争は収まり、輿論は帖然とし、その事件は解決した。まもなく、莱蕪の県令は抜擢されて去り、ほどなく貪婪であったことによって失脚した。新泰の知事は、今の浙江の梁楚香[36]中丞[37]である。

◎馬翁

済寧州[38]に馬翁というものがいた。若くして志を得ず、緑林に交わったことがあったが、後に行いを改め、子を教えて勉強させ、子も貴くなっていた。翁は福と寿がいずれも備わり、郷里の人々は天の報いははかり知れないと言っていた。ある日、乩を招き、科挙合格について尋ね、馬翁の子がどうして貴顕となったかに質問が及んだ。乩は「窓前の白鏹、籠裏の紅裙」の八字を大書したが、みなそのわけが分からなかった。賢いものがおり、すぐに乩の言葉を述べ、翁に尋ねた。翁はもとより藹然[39]たる長者であったので、かすかに笑って言った。「これは人が知ることではございませんが、本当のことを申しますから、笑われないでください。わたしは若い時、四方をさすらっていましたが、群盗に脅されていっしょにゆき、たまたまある家に着きますと、婦人がたいへん悲しげに哭いていました。窓を隔てて尋ねますと、婦人はたいへん驚きました。わたしは言いました。『あなたの苦しみについて尋ねにきたので、他意はありません。』婦人は言いました。『わたしの夫は某豪族の佃戸で、幾許かのお金を借りていましたが、償う力がなく、今わたしの体で埋め合わせ、取りたてを緩やかにさせようとしていますので、哭いているのでございます。』わたしはそこで群盗が蓄えていた贓物の中から銀幾許かを取り出し、かれの窓の外に置き、呼んで与えましたが、かれも結局銀の由来を知りませんでした。さらに郷里に金持ちがおり、富んで不仁なものでしたので、群盗はただちにかれの室に入り、下男下女はみな逃げさりました。幃の中には一人の娘がおり、裸体で、出られませんでした。盗人は言いました。『品物を探しおえたら抱いて攫えばよいだろう。』時に群盗は衣服を奪っていましたので、わたしは暇をみて布団を女に被せ、ニワトリ籠の下に臥させ、みずから火を執ってその上に立ち、群盗を指揮して衣服を席巻させました。しばらくしますと、盗人が女の所在を尋ねましたが、わたしはすでに逃れさったと言いました。群盗がすべて出ますと、わたしは逃れ、女は幸いにして免れました。乩の言葉はこれを指しているのではないでしょうか。」これを見れば、誰でも善行をなすことができ、どこでも善行をなすことができるのである。

◎風水師が夢みることができること

六合[40]の某氏は、父が県令であった。仰思忠という風水師を招き、墓を占わせた。探してある吉地[41]を得、点穴[42]すると、雨がにわかに来たので、山を下り、空が晴れるのを待ってふたたびゆくことを約した。その夜、風水師は一人の老人を夢みたところ、問われた。「今日の地はよかったか。」「ようございました。」「その地はけっしてあのものに与えるな。あのものは、生前試験官をしていた時、三人の挙子から収賄したので、陰禍[43]があるはずだ。このような穴に葬り、かれの子孫を栄えさせるのは、天意ではない。」翌日、六合の尹林克正[44]に尋ねた。「某県知事の役人ぶりはいかがでしたか。」林は言った。「あのものはまず教諭となり、後にこの官職に選ばれたが、まもなく亡くなったそうだ。ただ、言い伝えでは、かれは試験官であった時、おおいに口利きし、賄賂を得ることがたいへん多かったので、郷里ではかれを軽蔑しているのだ。」思忠は�ﾀ然[45]とし、理由をつけて辞して帰った。三年後、その郷里の人に会い、某大県令が葬られたかを尋ねた。その人は言った。「某大県令の家は豪族と墓を争って殺し、訴訟に纏いつかれ、暮らしむきが落ちぶれましたので、今もなお埋葬されていないということでございます。」。

◎銀を隠して命を失うこと

道光辛丑の夏、祥符口[46]で黄河が決潰し、城の内外はすべて水郷となり、田宅、男女の漂い沈むものは数えきれなかった。大府[47]は銀を出して救済し、某丞をその事に任じさせた。某は銀四万を受けとると、まず二万を家に隠し、二万を舟に載せていった。当時、到るところすべて水であったが、城堞[48]の上から船に乗ると、突然暴風に遭って舟が覆った。救うものが某丞の屍を得たところ、その左腿は失われていたが、銀はすべて掬いだした。受けとった金額と照合すると、半分があるだけであったので、その事は上申された。大官が人員を派遣してかれの寓居を捜索させると、二万銀があった。当時、わたしの郷里の葉小庚先生（申薌）[49]が河南を守っていたが、某丞と旧交があり、長江大河で公務のために死んだものは、一律に恤典[50]できたので、某丞の子は葉に頼み、代わって大府に請願してもらおうとした。葉はすでに省城におり、顛末をよく知っていたので、嘆いた。「これは孔門の『身を以て財を為す[51]』というものだ、死ぬのが遅すぎたくらいだ。」この事は小庚の子旭昌から聞いたが、その事を見ており、某丞は李姓であったといっていた。

◎師を侮ること

新安の汪某は、天資穎異で、目を通せば暗誦し、八歳で文を作れた。しかし、みずからの才能を恃み、教師を侮っていた。ある日、あくびすると、口の中から突然物(もののけ)が飛びでてきたが、姿は人のようであり、汪を指して言った。「おまえはもともと状元になるはずだったが、教師を侮ったので、冥府によってすでに剥奪されていた。わたしもおまえに従わなかった。」そう言うと見えなくなった。翌日、本を捲ると、一字も分からなくなっており、貧窮飢餓の中でその身を終えた。

◎湖州の鈕氏

湖州の鈕氏は、代々陰徳があった。樹槐封翁[52]（之瑜）は寿命が八旬(やそじ)を超えていたが、善を楽しんで倦まず、郷里の義挙は、かならず力を尽くして主導し、代々衣を施し、棺を施し、放生殺生を戒め、それぞれの善行は枚挙しきれなかった。その曽孫では平斎儀部（芳治）[53]がはじめて辛酉の進士[54]に合格し、平斎の弟詣津（芳題）、賡雲（芳図）は、前後して賢書に登った[55]。晴嵐明経（芳鼎）[56]は岐黄の術[57]に詳しく、貧しくて治療できない者がいると、つねに大金を惜しまず、薬を調合して救っていた。県の文廟が傾き崩れると、ひとり修理を引きうけ、徳を積み、善を楽しみ、よく先代の志を継いだ。その子松泉（福保）[58]は戊戍の状元となり、しばしば文衡[59]を主管した。兄弟たちで甲午榜にいっしょに合格したものは二人で、己亥榜にいっしょに合格したものは三人であった。松泉の子（承筠）はさらに癸卯[60]に賢書に登った。さらに伝えるには、かれの亡き祖父で布政使の役所の幕友になったものがおり、農民の大事件に遭い、連座したものは千余人であったが、ひそかに巻冊[61]を減らしてやり、揉み消しによって救われたものは数えきれず、今でも雲仍[62]は繁栄し、浙西に冠絶し、みな報いを受けたのはこのことによっていると言っている。松泉は状元となった時、人に語ったことがあった。「どうしてわたしの学問がこのことを齎すに足りようか。父のしたことが発覚しただけだ。」「遠く報ゆること児孫にあり[63]。」というのは、本当である。

◎粛寧の知事

わたしは甲辰の春、礼部試闈に応ずる前、制義[64]を馮景亭（桂芬）先生に質し、教えを受けた。景亭先生は言った。「近々あらたに県知事の孫公が来るが、かれは一大因果があるから、ぜひ記憶しておかねばならない。」そしてわたしに述べるには、孫蘭皋（翹江）[65]は、貴州黄平州の人、乙未の進士で、癸卯十二月に直隷粛寧県知事を授かり、二十日に着任して政務を執った。三日するとすぐに、一人の白衣の娘が従って離れなかった。晩に地に昏倒し、しばらくすると蘇った。当時、幕友たちがそれを聞き、大勢で駆け込んで見ると、孫は泣いて言った。「宿業だろう。娘は阜城[66]の人で、某家と婚約したが、痞(つかえ)を患い、腹が大きくなった。婿の家は孕んでいると疑って結婚を断った。娘はもとより貞烈であったので、自経した。女の父母はお上に訴え、わたしは前生では姓を黄といい、やはり粛寧[67]の知事となり、腹が堅くなったの[68]を貞節を失ったと断じた。魂は怨みを抱き、探すこと五十余年であった。」幕友は孫に勧め、城隍神にそのことを訴えさせ、孫は願文を作り、城隍廟で焼いた。その後、二十七日の夜に、ふたたび前のように昏倒したが、そもそも女の幽霊は願文を受けた後、府に訴えたので、城隍は孫生の魂を捕らえて対質したのであった。神も孫のために宥め、言うには、孫の過ちは無心から出たもので、前世では役人ぶりはたいへんよく、今世では親を世話してたいへん孝行で、淫戒を犯さなかったので、命を取りにくい。それに禄籍[69]を調べると、官位は四品に至ることになっている。今、得られる官禄[70]をすべて削って相殺し、ひとまず教官に変え、両親の余年を世話することを許す。女の幽霊はやむを得ず承諾した。孫は目ざめると、すぐに幕友を促し、教官に変える文書を作らせたが、幕友はぐずぐずして作らなかった。幽鬼はそれを知ると、孫を催促しに来、みずから上申書を作らせた。上申書ができた後も、駅が渋滞していたので出発しなかったが、幽鬼は孫にいっしょに河間府へゆくように強いた。河間の知事は、熊空谷（守謙）[71]、江西新建の人で、丙戌の進士であった。孫が熊に会い、事情を告げると、熊は言った。「幽鬼は名節を表彰してもらおうとしているに過ぎぬ。わたしたちはそれを朝廷に聞かせられないが、伝を作り、碑に記してやれば、やはりそれを不朽に伝えられ、これによって励ませば、怨みを解けるかもしれない。あなたは着任したばかりなのだから、すぐに教官に変わることはない。」孫がそのことを幽鬼に相談すると、幽鬼は承知せず、言った。「おまえがなおもこの一官に恋々とすることは、神の裁きに従わぬことだから、今またおまえの命を取ろう。」すぐに黄色の帯を授け、自経するように迫った。孫はすぐに自縊する動作をしたが、人々がやんわり宥めるとはじめてやめた。孫公の頭頂の髪はすでに一束引き抜かれており、黄色の帯も現にあり、人々はみなそれを見た。幽鬼は言った。「はやく教官に変わらねば、ふたたびおまえの命を取ろう。」孫はそこで熊とともに幽鬼を見たが、幽鬼は孫の体に憑き、熊を「大人」と称した。熊がさらに直接宥めてやると、幽鬼は言った。「無心の過ちですが、神断[72]でなければ、どうしてかれを許そうとしましょう。大人にお尋ねしますが、この事件は陽律[73]でしたら、失入[74]でどんな罪を得るべきでございましょう。教官に変えるだけにとどまりましょうか。」熊が幽鬼にどうして大人と称するのかと尋ねると、幽鬼は言った。「大人は他日開府[75]なさいますので、武備にだけご留意ください。」同時に一首の幽鬼の詩があったが、言葉はたいへん卑俗であった、熊はやむを得ず、上申し、教官に変えてやった。孫は役所で、乾隆五十一年の一件を調べたところ、これとちょうど合い、官は本当に姓が黄で、役所では、老吏がそのことをよく知っていた。そこで上申書の原稿に附録してこういった。「つつしんで申しあげます。江は前世でも粛寧の県令でしたが、良家の娘を、あやまって失節[76]とし、かれが晴らしようのない怨みを抱くことを招きました。娘の怨霊はわざわざ纏いつきに来、口で北直の人と称し、すでに天地の神に求め、江をふたたびこの官にならせないようにさせました。昨年十二月二十三日の夜、江がかれと城隍神の前で対質しますと、神は簿冊を擲ち、江に示して言いました。『江の生平を調べると、いささか孝を尽くすことを弁えており、淫行を犯していぬから、江は終生教授にし、飢寒の苦しみを免れることを許そう。』ああ。誤りが前生にあると、罪は世を隔てても従い、すでに醜態を晒していますが、今生の罪ではないのです。民を牧するものはこれを慎むべきでございます。現在、目を閉じるとすぐに一人の白衣の娘を見ますが、あるものは笑い、あるものは罵り、手で江を抑え、すぐにみずから語れなくなります。この地で役人とならないことを約束すれば、姿はすぐに消えましょう。伏してお願いいたします。知事さまはすぐに人員を派遣し、粛寧の職務を代行しにゆかせますように。江は本当に官署に戻ろうとせず、命の危険があることを恐れました。江は家が貧しく、親は老いており、知事さまが即日江に代わって詳文を提出され、教職に改め、いささか親に仕え子を養う私情ｗ遂げさせてくださりますなら、感謝は朽ちないことでしょう。ならびにお願いいたします。この罪状を刊行し、人々に示せば、かれの怨霊を慰め、ご恩は再生に等しゅうございましょう。知事さまは、将来官位が開府に達せられますので、もっとも武備に留意なさるべきでございます。江は低い位にあり、衷情を述べようとし[77]、恐懼して命を待つに堪えません。粛寧県知県孫翹江がつつしんで申しあげます。さらに一言申しあげます。哭きつつ申しますのは、江は昨晩二更過ぎに心がぼんやりとし、眼は瞠れますが口は言えませんでした。すると、たちまち女の怨霊が手で江の頭頂の髪を提げて言いました。『許してやろう。許してやろう。おまえがここで役人にならなければ、わたしはさらに何を余計に求めよう。』江はすぐに女の姓氏を尋ね、知事さまの意向を示し、あなたのために詳しく上司に通知しようとしました。表彰を奏請し、貞潔な魂を慰め、天下後世の、訴訟を審理する時に慎重にせぬものの戒めにしましょう。』女の怨霊は首を振って言いました。『わたしの事迹はすでにはっきりしていますから、熊大人がそのように気を使われる必要はございません。それにわたしの来意は、名声を求めるためではございません。』江がさらに経を誦えて済度することを約束しますと、女はさらに言いました。『わたしは和解を求めるものではございません。あなたは前生で、根も葉もないことで、わたしを害しましたから、わたしも今生で、根も葉もないことで、あなたを害するのです。』そう言うと、目を怒らして向かい合い、本当に恐ろしゅうございました。まもなく退き、『わたしは去ります。』と言いました。江は今回教官に変わることを願い、升斗[78]の禄を求めて親を養い、伏して知事さまが特別にお助けになることを求めます。江に任地に戻るように命ずる必要はございません。恐らくこの後心が乱れ、公務の処理に錯誤があり、あの世の誅戮[79]を逃れましても、この世の譴責に遭い、かえって知事さまの一片の援助のお慈悲を無駄にしましょう。江は着任して数日、一切の倉庫・銭糧の訴訟を処理していません。ひとえにご賢察をお願いします。」勉強すること二十年、奔走すること七千里、上に父母がおり、下に妻子がいたのに、悲しいことであった。思うにこの事件は、衆目がともに見、衆口が喧伝しており、戒めにもなり、励ましにもなる。一つには事件の審理が慎重でなければ、世を隔てても解消できる怨恨はないことが分かる。一つには小さな孝行が神を感動させれば、前世の罪でも軽減できることが分かる。

◎彭孝廉

わたしは甲辰の会試の後、彭詠莪[80]京兆[81]に会いにいった。おりしもその族弟で名を蘊煒[82]というものも座におり、あらたに会試に合格したものであった。京兆はわたしに告げた。「去年、わたしの郷里の郷試のとき、わたしの弟の寓居に娘を売って負債を償ったものがおり、わたしの弟はそのために惻然とし、資財を尽くして助け、その事を収めることができた。その祖父を尋ねれば、秀才であった。後に合格発表があり、わたしの弟は四名に合格したが、人は急を救った報いだと思った。

◎閻作梁

試験場で幽鬼に遇い、命を取られることは、しばしばあるが、多くは郷試の試験場で見られ、会試の試験場では少ない。甲辰の会試[83]で、わたしは二場で西の闕字号[84]に坐していた。十一日、同号[85]のものたちは、幽鬼が叫ぶのを聞いた。十二日の戍の刻、突然人が縊れ死んだことを聞いたが、そもそも号字の六十八号は闕字の一号の前であった[86]。翌日、わたしは辰の刻にすぐに答案を提出し、試験場を出たが、西の塀の下で人々が押しあっており、かれの屍骸が塀から吊りだされており、かれが縊死したわけはまだ分からないようであった。後に、三場で呉碩夫（駿昌）[87]に会ったが、二場でいっしょに号字号にいたものであり、かれが言うには、その男は閻作梁といい、甘粛の人、年は五十三歳で、号舎[88]に入った後、嘆く声は絶えず、「聯奎、しつこくわたしを追ってくることはない。試験後まで遅らせることができないか。」と言い、翌日になると、神色は悲しげであった。薄暮になると、号軍[89]に言った。「わたしはまもなく死にますから、はやく都老爺[90]を呼んできてください。」話が終わると、すぐに通路の外れの厠に走ってゆき、帯を頚に巻きつけ、ほどなく息絶えてしまった。同号のものが見ると、かれの試験用紙には一首の詩が書かれていた。「迢迢として万里何の因の為にする、ただ高堂に老親の有るが為なり。語を三江[91]の諸旧友に寄せん、戯笑を将(もつ)て認真[92]と為すなかれ。」落款には「一塘楊聯奎未定稿[93]」とあった。さらに見ると、その試験用紙に四つの言葉が書いてあった。「訴訟で人を殺すこと三たび、鶏奸して殺すこと一たび、これすなはち経文[94]、請ふ大人法を正せ。」。さらに聞けば、この人はしばしば高利貸しをしていたもので、罪悪は多端で、一死で罪を贖うに足りなかった。天はきっとかれを衆人の耳目に明らかな地で殺したのであろう。ああ。恐ろしいことである。

◎黄琴農が述べた三事

永福[95]の黄琴農（義）[96]がわたしに言った。かれの祖父海涛封翁は、莘田先生[97]の猶子で、同腹の兄心庵[98]県令が江西高安[99]県庁で執務するのに従い、すこしもいい加減なことをしなかった。心庵は病と称して辞職し、福建に戻る時、封翁は持っていた残りの銀で東茶[100]を買い、兄に奉ろうとしたが、その友愛はこのようなものであった。以前、大きな袖の布袍を作り、食後すぐに外出し、街で字の書かれた紙を拾うことを日課としていた[101]。汚穢の中に字の書かれた紙があれば、もっとも丁寧に拾って家に戻り、みずから洗った。しばしば銀・銭票などを拾うことがあったが、金に換え、人を雇い、拾うのを助けさせた。おりしも李方伯（賡芸）[102]が福建に赴任してくると、靴鞋の中に字の書かれた紙を貼ることを厳禁することを求め、おおいに嘉奨を蒙った。江西から帰った時、年はちょうど五十であり、字を書いた紙を大事にせぬ日はなかった。齢八十二になって亡くなったが、そもそも三十余年間一日のようであった。まもなく、その子養九公[103]は挙人から一等大挑[104]せられ、教職に改められ、寿命も七十余に達した。二人の孫はともに学校に入り、一人は琴農であった。わたしは家に招き、勉強を教えさせたが、述べたことはこのようであった。琴農はさらに言った。福州には惜字社[105]がもっとも多く、そのために報いを得るものは、指では数えきれなかった。そのもっともはやく効果があるものは、たとえば介石社[106]の発起人林星航（錫賡）は、家がたいへん貧しく、つねに物を質入れし、人を雇い、字を書いた紙を拾わせ、つとめて同志を迎え、報酬を集め、毎日百斤を拾うことを常としていた。数に達しなければ、かならず次の二三日で補足した。行うことわずか三四年で、星航は癸卯科の郷試に合格し、甲辰科で進士に登った[107]。郷試を受験していた時、某友はかれが家庭教師先がないために貧しいことを知り、某生員のために代筆するように誘ったところ、号軍に阻まれたために果たさなかった[108]が、冥冥裏にそれを司っているものがいるかのようであった。同社内で、楊姓・呉姓・方姓なども、前後して合格した。琴農はさらに言った。わが福建の永福県の文廟はひさしく破損し、道光戊子、全県が喜捨・修理し、たいへん崇麗[109]であった。部[110]に知らせた後、県令は加級せられ、主宰者の子弟には、学校に入るものが多かった。壬辰・癸巳・乙未の三科で、つづけて進士に合格するものが三人おり、二人は黄姓、一人は林姓、武挙には、ともに三人が合格した。そもそもわが県には、従来こうした盛事がなかった。さらにわたしは連城[111]の学署に随宦[112]していたことがあり、その県で文廟を新築したところ、辛巳の郷榜で六人が合格するに至ったのをみずから見た。道光初年には、「聖協時中」[113]の扁額[114]を賜わった。童姓のものがおり、独力で金字の扁額をきちんと作って掛け、すぐに乙酉科の抜貢生を得た。聖を敬うものは一人が吉を得れば、全県もともに栄誉を得ることが知れる。以前、権力がある家が、淫祠野廟に対して、喜捨・修繕することに尽力し、福を求める手立てとしていた。しかし義挙やするべき事になると、拒絶して進まなかった。その子孫が振わず、一衿を求めても得られなかったのは当然である[115]。

◎蔡逢龍

湖州の蔡君逢龍は、壮年の時、遠方で幕僚となり、主人の春司馬[116]ときわめて気が合っていた。まもなく、司馬は在任中に亡くなった。司馬は旗籍[117]で、京師に住み、家族は任地に従っておらず、死後、しもべは四散したので、柩は帰れなかった。君は一人毅然として身をもって任にあたり、数千里を憚らず、その柩を送って京師に帰った。晩年、家はやや豊かになったが、性来施しを好んでいたので、米屋を開き、すべてその銭米を郷里の人に貸し与えて、利息を取らなかった。ある農民は君に銭数十千の負債があった。ある日、君がたまたまその家にゆくと、農民はあふれんばかりの喜びの表情で、言った。「今年は豊作で、家に余裕の穀物があり、十余石を償うことができます。」腰掛けないうちに、突然、村の金持ち数人もきて借金をとりたて、その家のあらゆる穀物を、筐を傾け、箱を倒して持ち去り、農民は家中が泣き喚いた。君は惻然と涙を落とし、すぐにみずから自分の帳簿を抹消し、さらに自分の家に納められた年貢米で助けてやったので、見るものはみな感泣した。かれの行うことはおおむねこのようであった。後に寿は七十六に至り、その次男瀛升はすでに庚子科郷試に登っている。

◎楊光禄が述べた三事

楊雲椒先生は科場の果報の事を語るのを好んだ。以前、わたしに告げた。乾隆癸丑[118]に、陝西のある挙子が礼部試[119]に応じたが、号舎で幽鬼に遇い、発狂した。人々が助け出して寓所に帰らせたが、幽鬼もついてき、挙子はみずから首を壁にぶつけ、皮と骨はすべて傷ついた。避けて外城にゆくと、幽鬼はさらについてき、挙子は手ずから「天網恢恢、疏にして漏らさず。」の八字を書き、その友に与え、刃でみずからを刺して死んだ。さらに言った。安徽宿松の知事朱某が江南郷試を分校[120]したとき、一巻を得、首席に推そうとした。夜に夢みたところ、神がこう言った。「そのものは合格できない。」、手ずから「淫」の字を書いて示した。翌日そのことを忘れ、答案を主司[121]に呈した。はじめは褒めていたが、後に突然「険阻」[122]の二字を抹消したので、朱は求めた。「合格答案で、この二字があるものはたいへん多うございますから、抹消なさるべきでないようでございます。」主司はすぐに朱に命じて洗わせたが、洗った時には墨の迹は数層に染み透っていたので、結局不合格とされた。さらに言った。漢陽[123]の諸生蔡某は、若くして文名があったが、後に試験日になると、試験場に入ろうとせず、その友が質すと、こう言った。「わたしは若い時に勉強していたが、隣に美女がいたので、湯浴みする時、つねに隙間から覗いていた。そのから、試験場に入るたびに、両目はかならず朦然として見えなくなったが、出れば元通りなのだ。」そして貧困のうちにその身を終えた。

◎閔鶴亭父子

桂林の閔逢源（三江）は、耆儒[124]であり、作文に巧みで善行を好んでいた。乾隆年間、城内で疫病がはげしく起こったが、閔はもともと医術を知っていたので、一人の老僕を連れ、薬嚢を負わせ、家ごとに診察し、しもべに薬を調合させ、あまねく服用させたため、助かったものはたいへん多かった。まもなく、かれの次男鶴亭（錫爵）は軍機処[125]に仕えて官職を得、その孫鶴雛（光弼）は丁酉の郷試に合格した。言い伝えでは、翁は郷試の時、二度首席になろうとしたことがあった。当初、主司は答案を得るとたいへん喜び、回覧しおわると、帳頂[126]の間に置いたが。その後、あまねく探しても見つからなかった。ある人が伝えるには、主司がこの巻を閲している時、かならず大きな黒い影が前にいたということであった。そこでそのまま放っておいた。そもそもかれの家には、ウシの仲買を生業とするものがいた。翁はすぐに仕事をやめさせて、家じゅうがウシとイヌを食べないことを誓った。行うこと数十年、今、鶴雛もまた大挑で外翰[127]を得た。家大人は荊州の太守となった時、閔鶴亭は磨盤洲[128]巡検となったばかりであり、おりしも荊江は秋の増水がたいへん激しかった。鶴亭は防河に尽力しようとしたが、工事は施せず、彷徨して四方を顧みると、禹王廟があったので、いって黙祷した。四壁は頽然とし、わずかに古い鐘が一つ残っており、あまねく梵字を彫ってあった。鶴亭は丁役に命じて担がせ、水口[129]を鎮め、みずから鐘紐[130]に拠ると、呼んだ。「数万の生霊を、神さまがお守りください。工事が完成しなければ、身をもって殉じましょう。」祈ると、すぐに橋を下り、石を擲つと、堤は完成した。その時、堤から下りてきたものがおり、たまたま砕けた磚で鐘を打つと、鐘は大きく鳴った。その人はすぐに病んだが、祈ると治った。そのため牲(いけにを)で神に報い、何もせぬ日はなかった。家大人は着任すると、堤を巡って鐘を見、質し、はじめてそのわけを知った。巡撫して桂林に達すると、鶴亭はなお健在で、みずから旧事を詳述してやり、鶴雛に記録させた。

◎洪山橋[131]

王菽蘭（道徵）[132]が言った。わが州の西門外の洪山橋と南門外の大橋は、その長さが等しく、いずれも千万人が往来するときにかならず通るところであった。ある年、洪山橋が水に崩されたので、人々が修理を相談していると、某甲がその親戚の某郷紳、および仲間の姓名を列ね、それぞれが政務を執っている役所にいって募金し、若干の金を得たが、日夜驕奢の遊びをし、消耗してほとんど尽きたため、ひさしく起工する時がなかった。事が露顕し、お上はその事を追及しようとした。当時、鰲峰[133]の山長[134]は某官と仲が良く、某甲は郷紳に頼んで援助を山長に求めさせたので、山長はとりなしてやり、事件は解決した。聞けばこの挙に関わったものはおよそ十六人であったが、その後、十四人はみな後継ぎが絶え、某甲と郷紳だけにそれぞれ一子が残ったという。しかし郷紳の子は昨年にわかに亡くなったので、某甲は自慢した。「この工事では、わたしだけが人に顔向けできるのだ。」数日後、某甲の子も結局痘瘡で亡くなった。ある人は、郷紳は人がらが真率で親しみやすく、平生他に罪悪はなかったのに、報いを得ることがこのように烈しいのはおかしいと訝った。しかし郷紳がその中で、実際は不当に利益を得ていたことを知らなかったのであった。ああ。やはり恐ろしいことである。

◎代言人の悪報

王菽蘭がさらに言った。「代言人が善い報いを得ないのを、わたしはすでに三人目撃した。一人は某明経、若くして聡明で、詩・文・字ともに優れていた。中年で訴訟を弄ぶようになったが、かれの害を蒙ったものがみずからを弁明するすべがなく、神に祈ったところ、某事件が起こり、官に懲らしめられ、獄中で死んだ。さらにある友人は詩が上手であることを自負し、ある友人は書に巧みであることを自負し、いずれも訴訟に頼って生活していたが、まもなく妻子がともに亡くなり、いずれも貧窮飢餓で死んだ。わたしはその事を詳しく話せるが、かれらの名を挙げるに忍びない。

◎蜜漬け

家大人は浦城におり、停葬[135]、錮婢[136]、厚葬の三説を作り[137]、勧懲の意を寓した。沈蔭士師[138]はそれを見て喜び、恭辰(わたし)に言ったことがあった。「この三篇の文字は、声高に唱道すれば、浦城に益があるばかりではなかろう。薄俗悪習は、至る処にあり、浦城はそれが甚だしいだけだ。しかし、わたしは浦城の溺女[139]の風習もよそより激しいと聞いている。思えば道光丙戍に、公車で落第し、南へ帰り、浙江に至った。同船していたものの中に浦城の人がおり、その姓氏を忘れたが、話している時、かれの家の家族のことを尋ねると、一男三女がいると言い、嘆息していった。『わが浦城では二人娘の家があるのはまれで、わたしの三人娘などは、同県ではつねに訝って珍事としています。そもそも浦城の風俗では、娘を嫁がせるものは、かならず蜜漬けの果物を用い、多いことを貴び、どんなに少なくても数百瓶が必要です。この物は買うところがなく、かならず家で作らねばならないのも、きわめて厄介です。結婚の数ヶ月前から、準備せねばならず、日夜力を尽くし、技を窮めねばなりません。天の時、人の技が、すこしでも合わなければ、色と味はすぐに悪くなります。婿家はしばしば蜜漬けの精粗で、くる妻が幸運か否かを占います。貧寒の家は、嫁がせるのが難しいことを心配し、娘を産んでも残そうとしないことが多いのは、半ばはこれによっています。わたしの妻は排行は二番目で、生まれた時、やはり溺死させられそうになりました。おりしもかれのおじが来、再三宥めましたので、しぶしぶ残しました。そこで感動して誓い、娘を産むことが多くても捨てないことにしたのです。』わたしは告げた。『あなたは郷試に合格し、行動は一郷の模範になっているはずです。今、娘さんを育てて捨てていられないなら、慈悲を勧めるに足りましょう。将来娘さんを嫁がせるときは、まずこの蜜漬けの陋習を棄て、禍根を塞ぎ、郷里のために模範を示せば、功徳はきっと少なくないことでしょう。』その人はそれを聞くと、おおいに同意した。今この風習がなおも変わっていないかは知らない。」わたしは言った。「近頃、浦城で溺女の風習はやや少なくなっていますが、蜜漬けの習慣は改まっていません。」しかしわたしの長男の姻戚祝東岩太守はもともと蜜漬けを用いないことを持ち掛け、わたしの伯姉[140]はその家の冢婦[141]で、近頃娘を孟家に嫁がせるとき、ひとり衆議を排し、蜜漬けを用いず、多くの手間を省いた。近頃聞いたが、娘を嫁がせる家があり、その家長も蜜漬けを用いないことに決めたが、女たちには、なおもこっそり送ったものがいたそうで、陋習の牢固たるさまはこのようなものなのであった。今、浦城では、大小の宴会、および新年に客をもてなしたり、新しい賓客[142]が家を訪ねたりするときは、かならずこれを用いている。しかし、家大人は杯を捧げて拱手するだけで、唇を潤したことはない。これは嗜むべき滋味がないことにもよっているのである。おおむね溺女の風習は財を惜しむことから起こり、財を惜しむ弊害は婚資を厚くすることによっており、蜜漬けはその一事に過ぎない。しかし益がないものを作って益があるものを害し、国中が脅かされているかのように従っているのは、まことに解せないことである。それに最近聞いたが、ある新婦が実家にいるとき、力を尽くして蜜漬けを作り、癆疾になったそうである。これは本当にやめることができないことなのであろうか。

◎丁封翁

わが郡の丁封翁は名を嵩といい、兄弟三人で、岱が長男、次が翁、次は岳であった。岱は家を治め、翁は外で経営し、岳は家で勉強し、兄弟は親しく口喧嘩することがなかった。岱は四人の子を生み、岳は五人の子を生んだが、翁は一人の子がいるだけで、わずか四歳であった。岱はある日、二人の弟に言った。「家族がだんだん増えてきたから、財産を分けて三つにし、それぞれ生計を立ててはどうか。」翁は言った。「わたしの家は九代分家せず、世に称えられてきました。わたしたちがつとめて先人に則れないことからして[143]、すでに恥ずべきことです。今、兄さんは四人の子、弟は五人の子、わたしは一人の子がいるだけですから、甥たちが貧しくわたし一人が豊かになるに忍びません。どうしても財産を分けるなら、十に分けましょう。」兄はそれに従った。翁は湖広に交易し、ある債権千両を回収し、岱と岳は知らなかったが、翁はそれをそっくりそのまま出した。家に戻ると大病し、口では話せなくなり、銀と甥たちを指し、手で十の字を作って亡くなった。兄はかれ[144]の持っているものを利とするに忍びず、すべて翁の妻に返した。その晩、妻が翁を夢みたところ、こう言われた。「はやく前の銀を出せ。」妻は言われた通りにし、やはり十に分けた。丁は白屋[145]であったが、まもなく、翁の子は弱冠(はたち)で進士となり、ついで合格するものは絶えず、今では榕城の世家となっている。

◎婦人の名節

廖儀卿先生[146]が言った。「地方官になれば、不当に人を殺すことはできない。婦人の名節に関わりがあることは、もっとも慎重にするべきである。」と。わたしが江右の監司[147]であった時、某県で、夫がその妻を殺されたと訴え、述べるには、かれの妻は、死にそうになった時、某と姦淫し、拒んだために殺されたと言ったということであった。そもそも姦淫なのになぜ拒むのか。すると「夫が家にいたからです。」と言った。夫が家にいたために拒んだのなら、奄奄として死にそうになった時、洗いざらい正直に言おうとするはずがない。このことには、たいへん疑わしいところがある。後にその姦夫は自縊して死に、事件も決着した。万一この婦人が節を守って殺された時、すぐに夫の言葉に従い、軽率に供述書を確定していれば、この婦人は「海底に冤沈[148]」していたではないか。聞けば某県令が詳文を提出した日は[149]、まさに病没・開缺[150]の日であった。わたしは、この世には王法があり、あの世には神がいると批判したことがあった。しかしすでに幽鬼に殺されていたとは思わなかった。

◎罪が逃れがたいこと

儀卿先生はさらに言った。江右にいた時、糧舟[151]を監督して鄱陽湖[152]に泊まったところ、突然大風に遭った。船に坐したまま吹かれて砂洲に着いたが、わたしの船で沈んだものは百余隻[153]であった。会昌県の亡くなった某前知事の霊柩が船にあり、眷属がいっしょにいた。その一晩前、水夫が見ると蟒衣[154]補服[155]のものが船首を往来し、たえず嘆息していたが、その日、一家は沈んだのであった。柩が浮かんで某地に至ると、人々は箪笥かと思ったが、前に記された銜名[156]を見ると、それを返した。そもそも某知事は水夫に姿を現したが、家族には姿をあらわさなかったのであった。聞けばこの知事の役人ぶりにはもともとよくない噂があったので、やはり罪がかならず逃れられないものであることを自覚していたのか。

◎林州牧

林梅甫州牧（靖光）は直隷定興の知事となった時、任地に赴こうとした。城から二十里の北河店に、楊椒山先生[157]の墓があった。林は拝して墓の下で祈り、言った。「公は国に忠にし、民を愛されました。わたしははじめてこの地に赴任いたしますが、誓って兼愛を旨とし、すこしでも貪婪残刻に関わることがあれば、神さまがご照覧ください。地方の公務で、力が及ばない処がございましたら、神さまのご加護を求めます。」おりしも時間が遅かったので、公の墳(つか)にある祠に宿ったが、迎えの下役たちは知らなかった。着任してまもなく、貢生某が、隣人某に孫で六歳の童子を鶏姦されたことを訴えた。血のついた衣はすべて残っていたが、その犯人はすでに報せを聞いて高飛びしていた。貢生はしばしば声高に申し立て、法律を引き、沙汰することを求めたので、四方を捜索したが足跡がなかった。隣境に尋ねてゆくと、一人の男がぼんやりとして来、様子が疑わしかったので、質したところ、隣人某であったため、鎖で縛って県庁にいった。法廷では正直に供述して隠さなかった、林はもともと許そうとしていたので、貢生に言った。「お孫さんは現在無事ですし、六歳の子供を鶏姦するのは、ありえない事です。お孫さんは将来立派になるかもしれませんから、どうしてその一生を汚すことができましょう。」貢生は頑固に許さず、隣人某もかたく認めて変わらなかった。やむを得ず、事実によって判断し、十日で処刑した。訊問の時、すでに逃れたのに、どうして戻ったかを尋ねた。話では、某村にゆくと、道で六十余歳の老人に会った、背は高く、蒼顔白鬚で、その名を呼んだ。おまえは某処の人ではないか。わたしはわざわざおまえのために来たのだから、隠さないでくれ。そこで事実を告げると、老人は言った。「おまえの件は幸い命に関わるものではなく、裁判はもう収まった。おまえの家の両親はわたしに頼んでおまえに便りを伝えさせているのだから、家に戻って心配ない。」ところが県に入ると、すぐに捕らえられたのであった。かれが自供した容貌から察するに、祠で拝した忠愍[158]の像であった。志を立てて善い役人となろうとするものは、このように神の加護を得るのである。

◎何秀岩副榜

嘉慶年間、わが州の塩商で功徳を施すことを好むものとしては、第一に薩露商[159]農部[160]を推すが、すでに『前録』で詳しく述べた[161]。王菽蘭[162]の『避暑録』[163]を閲すると、その中からさらに一人を見つけた。その話は以下のようなものである。乾嘉の間、わたしの郷里で、孝友[164]で、施しを好み、品行方正なものを論じたところ、人々は閩県の何姓の翁を称えた。翁は名を蔚然、字を秀岩といい、六歳で孤児となり、母が学問を教えたが、家が貧しく、書物がなかったので、人から借りて閲覧し、熱心に抄写し[165]、右手に胝ができてもやめなかった。文を作る時は、すぐに言葉が浮かばず、陳滋田[166]太守とともに郡県試[167]に応じたことがあったが、何通宵・陳達旦[168]と称せられた。乾隆乙酉、郡試[169]で首席となり、諸生[170]となり、その秋、挙人解元となった[171]。その後、家族が多くなったために、しかたなく鹺館[172]に近づき、館東[173]の代理として商人の名を受け[174]、後に専任となり、母と兄を世話し、きわめて孝友で、某甥を慈しんだ。甥はその欲望をほしいままにし、数万両を費消したが[175]、母の怒りに触れるのを恐れ[176]、黙って咎めようとしなかった。幫[177]の仕事が繁忙であっても、夜はかならず帰って母の食事に侍した。母は九十二歳で亡くなり、母が嗜む物は、すべて食べるに忍びなかった。三人の兄たちはみなはやくに亡くなり、おいを育て、慈愛はゆきとどいていた。家に行いの正しくない幕僚が多かった。三党[178]旧友で、衣食・冠婚・葬祭を頼るものは数十軒であった。もともと面識のないものでも、人に頼んで助けを求めると、かならずその思い通りにした。城西に住み、西郊に草堂を築き、書物十万巻を買い、州に入り、貧寒の中、子供たちと硯席[179]をともにし、飲食し、教誨したが、合格できて去るものが多かった。大飢饉の年であれば、粥を作り、餓えたものに食べさせ、工事を行い、民の職がないものを助け、助かったものは数えきれなかった。西湖書院[180]は水辺で崩れやすかったが、翁は三度修理した。他にも城壁を壊したり[181]、廟学[182]を修理したり、橋梁を建造したりし、費用はいずれも数え切れなかったが、進んでして倦まなかった。みずからの生活は貧士のようで、妾を買わず、酒を嗜まず、博奕に耽らず、財産運用はしなかった。以前、子供たちに語った。「わたしはもともと天仙が人に化したもので、しばらく人の世に流され、突然来、突然去るので、子孫のことは考えない。」年が六十八で、病むことなく亡くなった。子の岐海（治運）、孫の肫邁（広喜）は、あいついで名孝廉となった。天が善人に報いることは、遠い[183]。家大人は言った。「薩・何二家が施しを好むのは、いずれもわたしが目撃したことである。薩は素封で志を継ぎ、何は貧士で家を興し、何はかれにとって難しいことをよくしたので詩書の恩沢はやや遠くまで及んだ[184]。今、州には塩商はいるが、この気風には杳として従えず、幇の業務の商況も日に日に低調になっているのは、浩嘆すべきことである。

◎書を編纂して報いを得ること

王菽蘭は亡き伯父曼雲[185]に教えを受けたことがあり、あつく師の言説を奉じ、貧窮に安んじ、学問を好み、もっとも薪伝[186]に恥じなかった。以前、人に語った。善書を刊刻し、人を教化すれば、功を積むことはもっとも大きく、報いを受けることももっとも速い。わたしは年が三十を超えても、なお男子を得なかった。そこで思い出したが、癸巳年、石君孺懐[187]とともに、七曲原本[188]文昌『孝経』離句板[189]を上梓し、印刷することは多くなかった。そこで文昌神の前で祈り、毎年百部を印刷して送ることを願い、男子を賜うことを求め、本当に翌年辛丑[190]に男子兆麟を得た。さらにわたしの家は、以前先正[191]の詩文を所蔵し、断簡零墨がたいへん多く、前年これを借りて勧懲し、論説を編集し、『消寒録』『避暑鈔』の二種を撰した。出版するとすぐに、連夜、夢の中で、しばしば巾冠の数人が次々に感謝しにきた。もっとも珍しかったのは、ある晩、ぼんやりしていると、古貌[192]偉躯、長鬚豊頬のものが、杖をつきながら、わたしに告げた。「わたしは、蓮花洞[193]の仙翁だ。あなたが二つの書物を刊刻したことは、風化に留意していることを見るに足りる。収めている著作は、多くは零細な遺稿であり、その心がけはもっとも淳厚[194]だが、整理を経ていないものもなお少なくないので、どうか先人の志を全うし、功徳を積むのをやめてはならぬ。あなたが現在編集している『東越樵書』は、その逸事美談が、もっとも文献に資するに足りるから、いそいで刻工に渡し、世に伝えるべきだ。」わたしが出版費が集まらぬことを理由に辞すると、仙翁は言った。「困難を恐れているなら、手を打ってやろう。」飄然と辞して去った。後の験がどうだったかは分からない。ただこの夢はたいへん珍しく、それを記せば、残闕を拾い補うと微功があり、幽冥をこのように感動させられることがわかる。思うに、このことはかなり人に知られており、そのでたらめをひそかに笑うものがいたが、家大人は言った。「この事は励みになり、この理も嘘でない。昔人が言うには、先人の遺した詩文を収拾するものは、路に棄てられた子供を育てるかのようなものであり、荒野の枯骨を埋めれば、その功績はたいへん大きい。呉の人顧侠君[195]が『元詩選』[196]を撰した時、各集が完成し、夢みたところ、古の衣冠の百十人が感謝しにきたが、この事は芸林[197]に広まった。菽蘭の志はどうしてこれに異なろう。俗流は見聞に乏しく、さらに人の善事を語ることを楽しまず、『己則ち礼無し』[198]ということで、それなのに人を笑えば、『何故ぞ礼を行はん』[199]であり、これは聖人のいう『どうしようもない』ということだ[200]。」思うにわたしがこの録を続集した時、家大人は、亡き伯父曼雲公のために、『秋竹斎詩存』[201]を編集校訂しており、長兄の吉甫が傍らに侍し、討論することが多く、いつも夜になるまで倦まなかった。ある夜、長兄が夢みたところ、曼雲公が来て家大人および長兄に礼を述べた。朝起きると、それをはっきり言い、家大人は、これは偶然の夢幻に過ぎないと思った。曼雲公は早世し、長兄だけが音容に接することができたので、精神の赴くところが夢寐に現れたのであり、本当に霊威があって感通したとは限らない。わたしはひそかに曼雲公の自序を読んだが、一生の心血の半分はこの編にあり、家大人への嘱望はたいへん切実であった。遅れること二十年に至ってはじめてその素願に報いられたが、冥冥[202]の中で慰められたり感じたりしたのは、まさに故ないことではない。つつしんで附記し、遺文を愛護し、旧徳を闡揚する子孫に励むべきことを知らしめる。

◎江右劉氏の陰徳

劉容軒封翁は、江右新昌の人で、孝廉で郷試に合格し、豁達で大度があった。村に無頼漢の某というものがおり、もともと狡猾で、正業に務めていなかった。ある日、途で翁に会い、指さして罵り、殴ろうとした。翁は偽って聞いていないかのようにし、すぐに走って避けた。傍観していたものたちは不満に思い、翁の家にいって話をした。翁のしもべは汹汹[203]として、出てゆこうとした。翁は止め、言った。「ゆくな。かれがどうしてそのようなことをしよう。」しもべたちは翁が怯えていると思った。まもなく、人が走ってきて告げた。「無頼の某が地に倒れて死にました。」それより前、某は翁と些細な諍いがあったが、たまたま人と賭博し、負債が累累とし、きわめて苦しかったため、毒を服して翁を訪ねて罵り、殴りあって殺され、翁の家に禍を齎すことを願っていたのであった。しかし翁は咎めなかったので、技が窮まり、毒が効いて死んだのであった。翁はそれを聴くと、驚いた。「かれは横暴で、ゆえなくやってきたが、わたしがかれとすこしでも争っていれば、禍がすぐに来たであろう。」人はみな翁の雅量に敬服した。子を七人産み、孫や曽孫は多く、数代もしないうちに数百戸となった。科甲[204]は絶えず、今でもますます盛んである。さらにその孫の夔典封翁は、やはり善行を好み、施しを楽しみ、貧しくて妻を売るものを見ると、かならず金を出して助け、夫婦を添い遂げさせた。力が足りないときは、金を貸して惜しむ色もなかった。一族の中の大きな家に、一人の男子だけが残っており、孤独で困窮して家を治めるすべがなかったので、憫れみ、妻を娶ってやった。今はすでに子孫は多くなり、その支流を存続させることができたのは、夔典の力であった。夫人の蔡氏も、夫を助けて善を為させ、つねに装身具を質入れして貧者を救うことができた。その子（拱宸）[205]はすでに甲辰に南宮[206]で合格し、豫省[207]に出仕した。

最終更新日:2018年2月22日

北東園筆録

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